bewaad institute@kasumigaseki

  • archives by smart archives
  • 06/08/2007 (6:39 am)

    コムスンの事業譲渡に関して‐「!」

    Filed under: government, law ::

    エクスクラメイションマークは、あるシンクロニティについてです。「?」で論じたように、コムスンに対する更新停止等が「制裁」であるかどうかはさておくとして。

     介護事業所の指定を不正に取得したとして訪問介護最大手のコムスン(東京都港区)が今後4年半、すべての事業所の新規指定や更新が認められなくなった問題で、親会社のグッドウィル・グループ(GWG)は6日、コムスンの事業を同グループ連結子会社の日本シルバーサービス(東京都目黒区)に譲渡する方針を決めたと発表した。厚生労働省は法的には問題ないとしている。事業がそのまま譲渡されれば、約6万5000人へのサービスは継続されることになるが、同省による処分が骨抜きになり、意義が問われそうだ。

    (略)

     これに対し、同省老健局の古都賢一振興課長は「コムスン側から連絡はない」としたうえで、「譲渡先がグループ会社であっても法的には問題ない。譲渡先が新規指定の申請をすれば、都道府県が審査することになるが、コムスンの役員が入るなどしなければ欠格事由とはならない」と、事実上容認する姿勢を示した。連結子会社など資本のつながりは法令上、欠格事由の判断材料とはならず、利用者保護の観点から新規申請した法人がサービスをきちんと提供できるかどうかを点検するという。

    朝日「コムスンの全事業「グループ子会社へ」 処分骨抜きに」

     グッドウィル・グループは6日夜、2011年12月まで介護事業所の新規指定や更新が打ち切られることになったコムスンの全事業について、グループ企業である日本シルバーサービス(東京・目黒)に7月31日付で譲渡すると公表した。これに対し、厚生労働省は7日記者会見し、譲渡計画を凍結するよう同社に行政指導したと発表した。

     厚労省は「コムスンの事業譲渡は、サービス利用者と国民の納得を得ることはできない」と判断したという。コムスンの樋口公一社長は厚労省の指導に対し、凍結するかどうかには直接答えず、「承りました。努力します」と回答。厚労省の指導内容を社内で検討したうえで、最終的な方針を決めるとみられる。

    日経「コムスンの全事業、グループ内譲渡・厚労省が凍結指導」

    というわけで1日にして厚生労働省は方針を転換しました。webmasterならば、当初の方針を堅持すべきと論ずるのでは、とお考えになった向きもいらっしゃるかと察しますが、さにあらず。というのも、奇しくも本件が世に表れた6日、この手の行政行為に大いに影響を与え得る判断が示されたからです。

     大和都市管財国家賠償訴訟で、大阪地裁が6日言い渡した判決の要旨は次の通り。

     規制権限の不行使は、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠く場合は国賠法上、違法となる。

     抵当証券業規制法は、抵当証券の販売業が営業の自由の保障の下にあり、これを尊重し、業務の適正な運営を確保し、購入者の保護を図る目的で登録制を採用している。

     1997年3月末時点で、大和都市管財の融資先だった関連会社6社は累積債務を抱え、事業で解消させる見込みがなかった。利息の支払い原資は関連会社間で融通し合うほか、大和都市管財からの融資を仰ぐ以外になかった。大和都市管財は貸倒引当金を設定すべきで、純資産はマイナスになり資本欠損に陥っていた。同社には更新登録拒否事由(財産的基礎の欠如)があった。

     本件更新登録時点で、大和都市管財が抵当証券購入者への利払いのため抵当証券などの金融商品の販売代金を充てざるを得ないという自転車操業状態だったことは容易に推認し得た。

     大和都市管財グループが透明性を欠いた会計処理をし、近畿財務局の検査に資金の流れの解明を妨げる方向での言動を繰り返していたことなどを考えると、大和都市管財が詐欺的商法を行っているのではないかという合理的な疑いが存在した。

     近畿財務局長には、更新登録拒否事由の有無を慎重に審査すべき職務上の注意義務が生じていた。

     近畿財務局は関連会社の帳簿の検査を放棄し、大和都市管財の預貯金口座の検証を怠るなど、必要不可欠で基本というべき検査を怠った。

     業務改善命令を受けて大和都市管財が提出した実現の見込みがあるとは考えがたい経営健全化計画を、必要な裏付け調査を行うことなく受理した。

     近畿財務局長は、短期間のうちに大和都市管財グループの資金繰りが行き詰まり、破たんする危険が切迫している事態を容易に認識し、大和都市管財が資本欠損の状態と認定することができた。注意義務を尽くすことなく、漫然と本件更新登録をしたというほかない。

     許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くというほかなく、国は98年以降に同社から新たに抵当証券を購入した原告らに対し、損害を賠償すべき国賠法上の責任がある。

    山陽「判決要旨 大和都市管財国家賠償訴訟」

    まだ地裁判決であり、上級審で覆る可能性はありますが、従前は形式審査を旨としていた登録制においても、許認可制に準ずる実質審査が求められる方向を示した判決です。もちろん個々の判決はあくまで個別事例に対するもので、一般的な原則として他の事例、まして他の法令にそのまま妥当するとは限りませんが、行政府としては、このような司法府の判断が示されたことは無視できないでしょう。

    さて、事業譲渡が行われた際の欠格事由かどうかで、今般問題となっているのは、次の規定(他のサービスについては別の規定になりますが、基本は同じです)です。

    (指定居宅介護支援事業者の指定)

    第79条 第46条第1項の指定は、厚生労働省令で定めるところにより、居宅介護支援事業を行う者の申請により、居宅介護支援事業を行う事業所(以下この節において単に「事業所」という。)ごとに行う。

    2 都道府県知事は、前項の申請があった場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、第46条第1項の指定をしてはならない。
     一〜七 (略)
     八 申請者の役員等のうちに次のいずれかに該当する者があるとき。
      イ・ロ (略)
      ハ 第84条第1項又は第115条の29第6項の規定により指定を取り消された法人において、当該取消しの処分に係る行政手続法第15条の規定による通知があった日前60日以内にその役員等であった者で当該取消しの日から起算して5年を経過しないもの
      ニ (略)

    介護保険法

    大和都市管財事件とは異なり、本件では個別の規定の文言の解釈としては紛れがありません。すなわち、大和都市管財においては「財産的基礎」が何を指すかが争いになったわけで、他方で本件においては役員が重なっていないことは自明でしょう(仮に現状において重なっていたとして、申請時までその状態をコムスンが放置するはずもありません)。

    しかしながら、見方を変えれば、本件は実質論としては大和都市管財事件よりも当局が問題を把握している点については確固たるものがあります。現にコムスンに対しては行政処分の決定をしており、それをしている以上は介護保険法上問題があると認識しているわけです。その事業者が事業をグループ内企業に譲渡したからといって、その問題がどうなったかはわかりません、という説明は通用しないでしょう。

    したがって、仮に本件が裁判沙汰になった場合(たとえば、事務所の不備により要介護者が何らかの損害をこうむった場合に、当局の監督の不備を理由として行政への賠償請求が行われる場合)、形式的に法令の要件に合致していたかどうかをチェックしただけでは、「注意義務を尽くすことなく、漫然と本件更新指定をしたというほかない」という理由で負けてしまう可能性を否定できません。そのような状況下では、行政府としては、どうしても事なかれ主義に走り、そのような可能性のある申請は行政指導で取り下げさせたいということになってしまいます。

    #さすがに法律論をまったく無視することもできないでしょうから、判決としては、介護保険法第79条第2項第3号に係る不作為(第81条第2項の厚生労働省令における不備)を問題視するロジックでも持ってくるのかな、とはwebmasterの個人的予測。

    でまあこのように登録制(おそらくは届出制(一般に、登録制よりもさらに当局の関与は弱くなります)の強化が求められるとして、すでにbranchさんが次の記事を引用してご指摘ですけれども、それに必要な人員等のリソースはどうしろというのでしょうかねぇ、とは霞が関住人としての愚痴。

     金融庁幹部は「毅然(きぜん)とした態度で、処分を含めた権限を行使することがますます求められる」とするものの、「人員が少なく、個々の業者の違法行為を逐一把握することは今もできていない」と漏らす。

    毎日「大和都市管財事件:大阪地裁判決…金融庁に戸惑い」

    昨年からの5年間で5%以上純減しなければならないのに・・・。

    add to hatena hatena.comment 10 users add to del.icio.us 1 users add to livedoor.clip 2 users

    9 Responses to “コムスンの事業譲渡に関して‐「!」”

    1. 学生さん Says:

      2つのエントリーの投稿時間の間隔が2分ということは
      一旦まとめて書いてからペーストですか(笑)
      それより
      http://72.14.253.104/search?q=cache:PDT4gyve608J:http:/...
      こんなのを見ると、某近未来アニメに登場する
      全自動裁判官の開発が待ち遠しい(warai)
      全自動公務員とかも。

    2. 今日は雨 Says:

      最近とても気になることがあります。
      日本でもいくらか著名な外国人ジャーナリストの方が、
      日本の不良債権問題を含めた経済的失調の根本原因は
      いわゆるマフィアの暗躍であるといった趣旨の著作を
      数年前から出版されているのですが、このような主張
      をどう受け取れば良いのでしょうか。
      これらの本を、エンターテインメント的要素の加味された、多忙で知識の十分でない一般読者のための平易な
      経済入門書的なものと捉えるのが適当なのでしょうか。
      といってもお読みになられていなければ無効な質問ですね。

      ってかさすがに古歩道はワロタ。

      つまるところテレビも映画も本もブログも学問も
      正規品と馬鹿用があるってことに尽きるのかな?
      一般人がしっててエリートがしらないことは無いのかな。
      本当に重要で意義のある文書っていかにも退屈な体裁
      をとってて、あ〜やっぱり役人法曹学者には敵わない
      なあとか思うよ、最近特に。
      以前紹介された福元さんの「立法の〜」とか
      読めたモンじゃない。
      ジャーナリスティックなものがアカデミックなもの以上の
      価値を持つとしたら、それはどこにおいてでしょうかぁ。

      価値はその判断基準によりますとかいわないでくだちい。

    3. 今日は雨 Says:

      こんな記事がありました

      「批評」という言葉はいまや形骸化している.つまり現在書かれている批評文は,かつて小林秀雄に象徴されていたような知的かつ社会的な機能を失っている.おそらくこのような実感は,いま論壇誌や文芸誌を手に取る読者の多く,そして何よりも少なからぬ書き手と編集者たちに共有されている.ならば,その形骸化はなぜ生じたのか.私たちはそろそろ,そのように率直に問うべきだと思われる.文芸誌の世界,すなわち文芸批評を例に取ろう.九〇年代の文芸批評はひとことで言えば,アカデミズムとジャーナリズムへの激しい二極化で特徴づけられていた.状況を簡単に俯瞰しておこう.一方で批評のアカデミズム化は,主に,八〇年代半ばにポストモダニズムの洗礼を受けた三〇代の書き手,とりわけ大学の文学研究者たちに担われ進行してきた.ここでアカデミズムとは,旧来の学問的厳密さというより,むしろかつてのニューアカを継承した柔らかいスタイル,数年前のベストセラーのタイトルを借りれば「知の技法」のことを意味している.そこで書かれる批評文は,ラカン派精神分析や脱構築からカルチェラル・スタディーズやポストコロニアル批評に至るまでさまざまな学問的意匠で装飾され(それらのあいだには立場の違いもあるが,それらがすべて「意匠」であることは変わらない),結果として読者を著しく限定することになった.したがってそれらの文章は,たとえ文芸誌を発表の場としていても,むしろ『批評空間』や『現代思想』のような思想誌の動向と密接に関係し書かれている.この種の仕事は確かに高い知的緊張に支えられているが,残念ながら,いまや社会的効果を失っている─ あるいはその意図的な無視のうえに成立していると言ってよい.他方で批評のジャーナリズム化は,主に九〇年代初めに活躍を始めた職業的な文芸評論家に担われてきた.福田和也や斎藤美奈子に代表されるその傾向は,逆に,上述したような学問的意匠への反発を背景に登場している.その反発は彼らが書く批評文の通奏低音をなしているが(例えば福田が大和歌の価値を称揚するのは,その現れだと考えられる),むしろここで重要なのは,それがまた批評家としての彼らの態度をも深く決定していることである.批評文の意匠的かつ閉鎖的な洗練に反発する彼らは,半ば必然的に,文章そのものの強度より読者への現実的効果を重視する.つまり彼らの批評活動はもはや書かれたものの内部にとどまらず,その外部をも巻き込み行われる.実際ここ数年の福田や斎藤の活動で最も印象に残るのは,特定の評論の内容というより,むしろ彼らが現れた媒体の多様さ,論壇誌から一般週刊誌や女性誌,ミニコミ誌まで含む乱雑さである.したがって彼らの仕事は,社会的効果への強い自覚に支えられているにもかかわらず,あるいはそれゆえに,批評文そのものの知的緊張を半ば意図的に欠いている.言い換えれば彼らの批評行為は,書かれたものの内容よりその効果,メッセージよりむしろそれが伝えられるメディアを重視する選択として成立している.
      (中略)
      アカデミックな批評には社会的緊張がなく,逆にジャーナリスティックな批評には知的緊張がない.   

      分かったような分からないような・・・

    4. 今日は雨 Says:

      つまり政治家がやる目玉政策的なもの(ふるさと創生)
      とかは学問的にはアホらしいけど影響力は有るみたいな?
      社会主義計画経済みたいに集票効果ゼロで面白くないけど
      数学的統計的には信頼できる政策ばかりを、色んな学者を
      結集してギチギチに作っていった方がいいのでは?
      三島由紀夫全集を最近読んだけど、将来は科学者技術者
      による統治が現れるだろうみたいな話があったけど、
      どうよ?
      いまだに小泉フィーバーとかなっちゃうから無理か・・・

    5. 規制業種 Says:

      届出・登録・許可・認可は、単に提出する書類と許可権限者の形式的な違いであって、審査については千差万別だと思ってます。私がよくお世話になる某官庁など、「届出でも理由書は参考添付してください」「報告する前に内容をメールで送って下さい」とか当たり前です。

      それはともかくとして、現に不法行為が行われていることが公知な場合とか、届出書類に虚偽があることがあきらかな場合に、形式的に届出を受理してOKとは、誰も思わないでしょう。司法判断はそれを追認しただけだと思います。

    6. 某県の公務員 Says:

      厚生労働省がいくら行政指導しても、介護保険法上の指定権限は都道府県知事。しかも自治事務なので、厚生労働省はグッドウィルへは「行政指導」、都道府県には「技術的助言」しかできないはずです。

      各県がどういう判断をするか見物ですが、大和都市管財国家賠償訴訟なんて他人事だと思っているところがほとんどだと思いますが・・・

    7. webmaster Says:

      >今日は雨さん
      エントリとどのような関係があるのか、申し訳ないのですが私にはよくわかりません。

      >規制業種さん
      おそらくはもっとも参入審査が厳しいであろう銀行の場合、日本振興銀行の申請から8ヶ月というのが最短記録らしいです(木村剛さんの証言によります↓)。
      http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2004/04/pos...

      ご指摘のように実態に応じて制度運営に幅が出てくることはあるにせよ、届出制で最短8ヶ月になるということはあり得ず、やはり各制度において相応の審査の程度というものはありますし、それを超えて厳重/簡略に手続を遂行すべきという実態になっているのなら、制度のたてつけそのものを変えるのが筋であると考えています。

      なお、「現に不法行為が行われていることが公知な場合とか、届出書類に虚偽があることがあきらかな場合」といっても、推定無罪との関係や、虚偽の裏取りをどうするか、なかなか具体的な適用にあたっては問題が残るでしょう。大和都市管財事件でいえば、商法第381条第2項の整理申立てという荒業を使ったわけですが、そこまでやらず、単に登録更新を拒否しただけでは、被害者救済ができないにとどまらず、購入者ではなく会社側から賠償請求訴訟を提起されるおそれも多分にありました。後知恵ではなく97年の段階でどこまでできたか、個人的には疑問なしとはできません。

      >某県の公務員さん
      各県がどう対応しようと考えても、コムスンを押さえれば相当程度のコントロールが事実上できてしまうわけで、だからこその行政指導であったのだと理解しています。

    8. 規制業種 Says:

      制度の立付けそのものを変える労力と社会環境の変化速度が合致せずに、厳重な届出や簡易な認可が出てしまうのは、止むを得ないと考えておりますが、、(某官庁で)届出に2ヶ月もかかった時など、ちょっとどうかと思うこともあります。

      後段ですが、具体的な運用について困難が伴う中、現場の公務員はよく戦っていると思います。特に地整とか労働局など、現場に近いほどその傾向は強いと思います。日本の社会は、こういうところで維持されているのかもしれません。

    9. webmaster Says:

      >規制業種さん
      >(某官庁で)届出に2ヶ月もかかった時など、ちょっとどうかと思うこともあります。
      個別の事例として事情に通じているわけではないので、あくまで一般論ですが、問題事例であると言われても仕方がないものだと思います。昨今の行政手続の透明化の流れにおいては、そのような届出の運用はなかなか正当化は難しいはずなのですが。

      後段について、そのような評価をいただいていると現場の人間が知ったら、とても喜んでくれると思います。現場では、法令をきちんと守らなければ情実・不透明な運用と言われ、きちんと守れば杓子定規と言われ、非常につらい目にあうことが多いですから・・・。

    Leave a Reply

    TrackBack URI