山口浩さんの問題提起にお答えします。
銀行預金が返ってくるかどうかについて不安に思っている人というのは、少なくとも現時点ではそう多くないように思う。(略)
これに対して、国民一般の年金制度に対する不安というか不信というか、そういったものはきわめて強いように思われる。将来給付水準が切り下げられるだろうとか保険料負担が上がるだろうなんてのはおとなしいほうで、制度は崩壊寸前だとかもう崩壊してるとか、果ては詐欺だとか国営ねずみ講だとかいう人までいたりする。そもそもかなりの部分事実誤認があるだろうし、煽ってる人たちもたくさんいるし、怒りやいらだちのあまりことばが過ぎたなんてケースも多いだろうから、これらをすべて「本気」ととる必要もないだろうが、とにかく不安のレベルがけっこう高いのはまちがいないと思う。
(略)
なぜ銀行よりも信用力に勝るはずの国の制度である年金への信頼のほうが低いのか。上記の通り、本来あまり根拠がない部分が多いとみるのが適切なんだろうが、もし根拠のある不安というのがあるとすれば、それはひょっとしたら、国が銀行とちがって、自らルールを設定し、それを強制でき、さらに争いになった際には裁定を下す権限をもった存在であるという点に起因しているのではなかろうか。
(略)
「政府がらみ」というと、郵便貯金というのもあったな。銀行預金だけではなくて郵便貯金に対してもあまり不安を抱くことはないようだから、「政府がらみ」をすべていっしょくたにするのはちょっと乱暴かもしれない。どうも年金に関して、国民はこれまで裏切られすぎた、と考えるべきなんだろう。私にはどうも、この問題の本質が「信頼の喪失」にあるのではないかと思われる。なまじ国家権力を背景にしているだけに、いくら「権利である」といわれても、いつかその力が乱用されるのではないかと不安になってしまうわけだ。それがこれまでこの問題で「期待はずれ」を続けて見せつけられた代償、ということなのではないか。isologueさんの主張が「勇み足」だったのだとすると、それはつきつめればこういうあたりへのいらだちから出ているのではないかと思われるのだ。もしそうなら、私も一国民として共感する部分は少なからずある。私は基本的に、国の制度やそれを担っている人たちに対してそれなりの信頼をおいてはいるつもりだが、実感として、やはりこの種の不安を禁じえない。
「銀行預金が返ってくることにほとんど不安を抱かないのになんで年金がもらえるかを不安に思うのだろうか」(@H-Yamaguchi.net6/11付)
webmasterの管見を申し上げるならば、まさしく山口さんがご指摘のとおり郵便貯金を考えれば政府への不信ということではなく、年金というものが必然的に持つ次の2要素が不信の根源でしょう‐正確には、不信が多数派であるように見えること、も含みますが。
- 他に類を見ないほどの超長期にわたるお金のやり取りであること。
- 受益者と負担者が基本的に重ならないこと。
年金の超長期性
昨日の設例が典型ですが、年金は非常に長い期間にわたってお金のやり取りがあり得ます。年老いてから若い異性と再婚(初婚でもいいのですが)した場合の遺族年金まで勘案すれば、100年以上にわたって保険料の納付・年金の受給が行われることもあり得ます。この超長期性からどのような不信が生まれ得るのか、それはひとつに限りません。
- 不確実性の累積
-
銀行でも年金でも、毎年の破綻確率を同じものと認識していると仮定します。たとえば、破綻確率は年1%と認識されているとしましょう。定期預金は現状最長でも10年ですから、満期までに破綻しない確率は0.99^10=約90%です。他方で年金は、たとえば30代で受給まであと30年だと思えば0.99^30=約74%、上記の例のように100年とまで考えれば0.99^100=約37%にまで下落します。
このように、信頼度が同じであっても(比較のためには、上記のように期間を合わせる必要があります)、自らがリターンを得るまで大丈夫かという観点から眺めるならば、年金に対してより不信感を抱くのは自然ということになります。超長期であるがゆえに、塵も積もれば山となるのです。
- 双曲割引
-
双曲割引とは経済学用語ですが、つまりは目先のことの方が大切だ、ということです。割引現在価値化すれば異なる時点でのお金の価値は比較可能ですが、現在価値が同じであっても(リスクを調整したとしても)、ヒトというものは近い将来のものの方がありがたいと思う、という傾向が見られます。
たとえば、今年の3月に議論が盛り上がったパート労働者への厚生年金適用の拡大については、パート労働者が国民年金のみに加入する場合に比べ多少保険料負担が増えたとしても、得られるリターンはそれ以上に増えるとの厚生労働省の説明に対して、目先の保険料負担(による手持ち現金の減少)の方が問題視されるので、パート労働者自身が厚生年金適用を望んでいない、という反論がありました。他方で銀行預金を考えれば、既述のとおり満期が短いことに加え、解約しようと思えばいつでもできます‐老人にならなければもらえない年金とは大違いなのです。
これは、正確には不信ではなく不満を説明するものといえましょうが、いずれにしても、年金の存在価値を低く評価する要因であることに変わりはないでしょう。
- 財政再計算
-
既述のように超長期にわたって存続しなければならないのが年金ですが、他方で人間の将来予測能力には限界があるので、年金には財政再計算という仕組みが備わっています。日本の場合は5年に一度ですが、出生率や経済成長率、金利などなどの年金数理の前提となる数字をアップデイトして、保険料や給付額の調整を行います。それによって持続可能性を確実なものにしています。言い換えれば、財政再計算をしないと、条件を変更しないまま数十年が経過した後にいきなり破綻、というリスクが高まります。
山口さんは「どうも年金に関して、国民はこれまで裏切られすぎた」とお書きになっていますが、この「裏切られ」たとは財政再計算による条件変更を指すのだとwebmasterは思います。しかし、理屈で言えば、財政再計算による条件変更は最初から制度に仕組まれていることですから、それによって条件が変わったとしても、それは変動金利の預金で金利が下がったことと同じようなものです。
出生率の推計が甘すぎたとはよく言われることで、それが「裏切られ」たとの認識の形成に大いに寄与しているのでしょうけれども、年金不信を訴える現役世代自身がより多くの子供を作っていれば、出生率はここまで下がることはありませんでした。現在年金を受給している世代が、現役世代が子供を作らないから不利な条件変更になるではないかというのであればともかく、現役世代が出生率の低下を反映した財政再計算による条件変更をとがめるのは、本来は天に唾する行為であるはずなのですが・・・。
受益と負担の乖離
先ほど財政再計算についての記述において、受給世代と現役世代という分類をしましたが、webmasterの理解では、基本的に年金不信等を訴えているのは現役世代ということになります。受給世代が年金不信だといっているのは、あまり聞いたことがありません(マスメディアで意見を発表できるような受給世代に属する者は、おそらくは昨日も触れた在職老齢年金制度の適用を受け、年金を受給していないことが多いと思われます)。
考えてみれば当然の話で、受給世代は現に年金を受け取っていて、制度がきちんと機能している恩恵を受けているわけですから、信頼するというのが基本的スタンスです。もちろん、保険料納付記録が社会保険庁に残っていないいわゆる「消えた年金」の被害者であれば不信を抱くでしょうけれども、大多数はそのような目には会っていないわけですから、信頼している者が圧倒的に多数でしょう。
これら受給世代は、わざわざ年金制度に対する信頼を公にはしません。ニュースヴァリューがなくマスメディアでは取り上げられない傾向にあるということもあるでしょうけれども、そもそも信頼を口にしても何のメリットもありません。それどころか、現役世代から既得権者扱いされて敵視されるのがオチですから、黙って年金を受け取っている方がよほど得だということになります。
他方、負担するばかりで年金制度から何の恩恵も得ていない現役世代は、現に恩恵を受けていないわけですから、信頼を実感できないのも無理はありません(既述の双曲割引もその傾向を助長するでしょう)。この場合、とりあえず不信を公にすることに意味があります。不信が誤っていて本当は信頼に足るとしても、不信を表明したからといって報復があるわけではありません。一方、不信が正しくて何らかの対応が必要であるならば、不信を表明してそれを修正させることができれば、大いにメリットがあるからです。
以上から、先に書いた「正確には、不信が多数派であるように見えること、も含」む状況が成立しているというのがwebmasterの仮説です。本来、正確に全日本国民の年金制度に対する認識を調査することができるならば、仮に不信を抱く者が多数であったとしても、現在のマスメディアの報道ほどには不信が一方的にはならないのではないでしょうか。しかし、不信を抱かない者の声は、当事者も出しませんし、マスメディア等においてもそれを発掘するメリットはないので、表に出てこず、見掛けとしては圧倒的多数が不信を抱いているように見えるのではないか、ということです。
実はこれは古くて新しい問題で、年金制度の歴史を振り返れば、現役世代は負担ばかりで何もいいことがないではないか、とは繰り返し主張されてきたことです。積立金を毀損したと批判を浴びたグリーンピアにせよ、民業圧迫であると廃止された住宅融資にせよ、保険料を支払うのみの現役世代に対して、一部なりともその負担に対する受益を与えるべきとの議論から始められたものです。つまりは、昨今の少子高齢化の進展等による年金をめぐる環境の変化に応じて、かつては目先の受益をというものだった現役世代の声が、今では不信という形で表れている面があるようにwebmasterには見えるのです。





6月 12th, 2007 at 10:10:16
> 民業圧迫であると廃止された住宅融資にせよ
なんで廃止するんだよぉ〜
官僚のばかぁ〜(;つД`)
民業でも、金融業は好きなだけ圧迫して良いんだよぉ
圧迫してはいけないのは、製造業だけなんだよぉ
つーか、製造業も圧迫して、いっそ国営にしる!
(`・ω・´)つ
まあ、冗談(でもないが)は、さておき……
不信の原因は、説明不足でしょうね。
グリーンピアが、どれくらい損失を出して、それがどれくらいのインパクトがあるのか?ないのか?きちんと説明しないから、身びいきや保身で「損失を隠している」と思われるのですよ。
きちんと調べて、ミスがあれば処分して、包み隠さず公表すればいいのです。
別に、外交や軍事のように騙しあう必要のある分野でもないでしょうに。
処分だって、別に免職までさせなくても、実名と顔写真を公開して「さらしもの」にする程度のもので、大衆は満足するでしょう。
年金を役人が「食いつぶしている」といういわれのない中傷に、真っ向から反論しないから、逃げていると思われているだけなので、きちんと事実を明らかにして、下げるべき頭は下げればいいのです。
6月 12th, 2007 at 20:38:03
世論調査は「・・・そういわれてみれば不満だな」の蓄積で「国民の不満」が「確認」され、そのデータが既成事実化(?)
しているケースが果てしなく多そうな気がします。
国家のことなど多くの人が深くは考えていませんので。
女性は好きですかと聞かれて「はい」と答えたからといって
「女好き」と思われたら困りますよね・・・
6月 12th, 2007 at 21:48:24
現在の個人的状況と社会情勢とを前提に、往時の状況を論じる傾向というのも要因かと思います。自分の信じる「事実」とは異なる「真実」が存在する可能性(現実)を認めない傾向とかもありそうに思います。
※「真実」に納得された方は沈黙される、納得されない人は声を上げ続ける(大きい声になる)。大きい声は、より増幅されて届ける事が可能な社会的環境(インフラ)がある。 それまで無関心若しくは中立的だった方は、大きい声に組する。
あとは※印を繰り返す、無限ループ?、、、とか思います。
年金法は行政に原簿(記録)保存義務を課すと同時に、国民に適時に適法な手段による適正な届出の義務を課す規定がある筈ですが、、、(エントリ違ご容赦ください、ぽそっ。)
6月 12th, 2007 at 23:00:20
民主主義をきちんと成り立たせるためには、投票行動に移るまえに、全ての立場の人の意見を公平に皆に聞いてもらい意見交換を行う必要がある。都議選で外山某なんぞに公共放送の電波を占有させたのは、それが民主主義的な選挙のためには必要な手続きだから。民主主義というと多数決=多数派による圧制みたいな理解をしている人がいるけど、そうじゃない。そう誤解しているんなら教えた奴が間違っていたということ。
そもそも多数派の意見なんて毎日毎時間聞けるんだから、少数派の意見を発表させてあげる仕組みが必要。良い意見か駄目な意見かは聞いてから判断すれば良いし、議論をする中でよりみんなの理解が深まる。かつては新聞などが少数派意見を伝えていた。メディア側の編集権というのは、少数意見の中でも本当に皆に聞いてもらう必要が無いものだけを排除する事だと思っている。それゆえ、編集部と対立する意見を排除する行為までを権利として主張されると、違和感というか狂ってるとしか思えない。
で、視聴率重視の昨今メディアがその仕事を放棄しちゃったのが問題。既にエレキギターのアンプみたいな状態になっている(入力波形を無限大に増幅する事で、正負の電源電圧で両端カットされた方形波にする事で、歪んだ音を生み出す)。
というわけで、自分の意見と合致しようがしまいが、BI@Kみたいなマイナーサイドの意見ほど喜んで取り上げるブログはとても大事な存在で、読み続ける価値があると思う次第。
6月 12th, 2007 at 23:28:00
>鍋象さん
>少数派の意見を発表させてあげる仕組みが必要
その役割を担うのがNPO団体だと認識しているのですが……
6月 13th, 2007 at 0:00:10
>>bn2islanderさん
NPO団体とてマスメディアを通じてしか自分たちの意見を広く知ってもらう事はできませんし、そこで伝えるのはあくまで団体としての意見であって、少数派の意見一般を伝えようと活動するNPO団体はあるのかなぁ。
今はウェブサイト、ブログなどとプル型の仕組みはそれなりに揃っていますが、読んでもらえなければチラシの裏と一緒なわけで。そういう点でプッシュ型のメディアは強いです。
6月 13th, 2007 at 1:16:23
出生率は、自然回復する楽観的な値を用いて算出して、「年金制度は大丈夫です」といってました。グリーンピアは武士の商売のようで巨額の損失。長官天下り退職金3億円ですし、、、
年金+社会保険庁で、頼もしいニュースってないですね。そのくせ、「将来、年金出すんだから、カネはらえや!いくら出せるかわからんが」と毎月集金するから、ヤクザがショバ代とるみたいでイメージが悪いだけです。
銀行は、きれいなお姉さんが窓口で愛想笑いしてくれます。郵便局はオバちゃんで愛想が悪いけど、お金を取り立てたりはしませんから、悪い印象はありません。
6月 13th, 2007 at 1:46:37
>鍋象さん
その意味では、NPO団体にはロビー活動が付き物だと思っています。一般市民の意見を集約し、議員へと伝え、政策形成過程の一端を担うのがNPO団体ではないのかと。
あくまで、理想論ですが。
6月 13th, 2007 at 6:55:14
>西麻布夢彦さん
グリーンピアは、本来的には、被保険者への還元としてやっているわけですから、赤字の方がより還元率が高いともいえるわけで。同じ赤字でも、客がこない赤字ではなく、安すぎて客が来れば来るほど赤字というものであったならば、違う説明もできたのだと思います。客が来ない赤字では、還元もなされていないわけで、言い訳にもなりませんから。
>夏の足音さん
国家のことを考えれば政治・行政がよくなると仮定すれば、その効果はまさしく公共財ですから、フリーライドする方が合理的ですし。
>素人の浅知恵さん
確かに、不満の声にニュースヴァリューが偏するというのは、年金に限らず政策全般に共通する話であるように思います。
>鍋象さん
>BI@Kみたいなマイナーサイドの意見ほど喜んで取り上げるブログ
好きでマイノリティになっているわけじゃないんですけれども(泣)。
>bn2islanderさん
NPOの世界においても、相対的に多数派意見を代表するような構成員の多いand/or歴史のある団体の声がより遠くまで届くのは、とりあえずは仕方のない前提だということなのだと思います。
>民間人さん
出生率はどこかで下げ止まらなければ、年金なんて枝葉末節で日本国そのものが滅亡するわけですから、下げ止まるものと観念しているわけで。どこまでも下げ止まらないとして、無政府国家にでもなるべきでしょうか?
グリーンピアは、エントリでも書いたようにそれを望むのが民意であると立法府で判断が示された結果です。そんなことは望まなかった、というのであれば、それは立法府の問題ということです。
退職金は、社会保険庁がその水準を決めているわけではありませんから、政府全体の問題です。
で、愛想がよければ社会保険庁は問題なしということですか?
6月 13th, 2007 at 8:54:22
> グリーンピアは、本来的には、被保険者への還元としてやっている
> わけですから、赤字の方がより還元率が高いともいえるわけで。
わかっていらっしゃるとは思いますが、グリーンピアの問題は、需要のない事業を行ったという事業責任です。
もっと、ドロドロした話をすれば、業者との癒着でハコモノをやったのではないか、一部役人に裏金や天下りで利益が供与されているのではないか、という疑惑です。
その意味では、「被保険者への還元」なんて大義名分にすぎないだろう、本音は官僚(?)の利権だろう、と言われてしまうわけです。
※そんなときに「赤字の方がより還元率が高い」なんて”面白い”ことを言ったら、火に油を注ぐことになりますね。(馬鹿にしてるのか、と)
グリーンピアに関して不正が一切無かったなどということは、現時点で信じている人もいないのですから、不正を明らかにして正すことをしなければ、信頼回復は遠いでしょうね。
(その真実究明を行おうとすれば、飯島さんが怒るほどの人物まで波及するのでしょうけど)
社会保険庁は、今日の「さよなら絶望先生」でも、「勝手に記録をなくしたくせに『救済措置』とは恩着せがましい」と批判されているくらい、世間の「お役所仕事」への悪イメージの象徴になってます。
あと、「グリーンピアは立法府の判断です」という説明は、国民の納得を得られないでしょうね。
法律案を官僚が起草するということは、世間の「常識」になっていますから。
「法案は作りました。でも決議したのは国会ですから(ふん)」では、責任逃れと見なされるでしょう。
グリーンピアは、保険金として死蔵されているお金に着目した官僚が、仕事(ポスト)を増やすために政治家に持ちかけて企画し、政治家は新たな利権(公共事業)の源泉として実現に走ったという背景があるのでしょう。
もちろん、それで土建屋をはじめとした民(のごく一部)もおいしい思いをしたわけです。
今の公への不信は、こういった政官業(財ではない)の談合癒着体質が、一部の特権階級を生み出しているということへの批判なので、そういった談合癒着はないと証明(?)するか、談合癒着を認めた上で、これを廃止するしか、信頼回復の道はないでしょうね。
6月 13th, 2007 at 16:49:17
賦課方式の年金制度においては、その年に支給する年金の総額に相当する資金を毎年用意しなければいけません。
原資は基本的に現役世代の保険料と租税しかありませんが、一部を積立金の運用益でまかなうことによって、現役世代の拠出負担を軽減する政策目的で積立金が積み増しされてきた経緯があったかと思います。
積立金は、今保険料を払っている人に対する将来の支払のためにあるのではなく、将来の現役世代の負担軽減のためにあるという政策目的であると公式には言われていたかと思います。
あくまで理想論で、現実そんなに上手く行くのか?とは思いますが、積立金保有の目的は(実現可能性を脇におけば)正当性皆無とは言えないとは思います。
グリーンピアの問題を考える時には、当時あった資金運用部資金への預託義務や財政投融資制度の問題を避ける訳には行かないような気がします。
私など、財投はあくまで投融資(回収が前提)でありながら、公益上採算性の低い(回収困難な可能性の高い)案件にも融資するいわば二律背反性のある制度だったのも一つの要因かと思うわけです。
法律案を法律と認める国会議員は、主権を持つ(主権を担う責任をも同時に持つ)国民の総意による代表の集まりですから、政府職員だけでなく究極的には国民全員の責任ではないでしょうか?
とんでもない法律案は国会が拒否すれば終わりですから拒否しなかった議員を選んでしまった有権者(国民)の責任も皆無ではないでしょう。と思います。
6月 13th, 2007 at 17:04:30
最後から2番目の文の冒頭を間違えました。
(誤)法律案を法律と認める国会議員は、
(正)法律案を法律と認める国会は、
でした。m(__)m
6月 13th, 2007 at 21:39:04
>※そんなときに「赤字の方がより還元率が高い」なんて”面白い”ことを言ったら、火に油を注ぐことになりますね。(馬鹿にしてるのか、と)
このコンテクストで馬鹿にしてるのかと思ってしまう民間人と現職官僚(過去の官僚含む)のどちらかを選んで官の仕事をお願いできるとしたら、やっぱり官僚に仕事をお願いしたい気がしますねー(笑)。
冗談はさておき、
>今の公への不信は、こういった政官業(財ではない)の談合癒着体質が、一部の特権階級を生み出しているということへの批判なので、そういった談合癒着はないと証明(?)するか、談合癒着を認めた上で、これを廃止するしか、信頼回復の道はないでしょうね。
具体的にどういう情報をどう示せば談合癒着がないと証明出来るのか、やっぱりよく分かりません・・・。どうなんでしょう。
それと、ある業界との談合癒着を廃止するためにお金の使いみちを変更したとして、それを他業種との癒着によって起きた路線変更であると言う人が出てきたらどう反論すれば良いのでしょうかね。
官僚は具体的な方策を示さなければならないけれども、官僚じゃない私たちは示された具体的な方策の揚げ足をとっておけばなんか賢くなった気分に浸れるんですよね。偉い気分で居続けたければ、絶対に具体的な方策を示してはいけない!敵につっこむ余地を与えてしまうからw この非対称性にあぐらをかきつづけることをよしとするか否かで、ありきたりの官僚バッシングに対する距離感が決まるのかもな、と思ったりしました。
6月 14th, 2007 at 3:50:54
>西麻布夢彦さん
稼働率が低いための赤字が問題視されることについては、私も既述のように異論はないのです。ただ、どうせ赤字を出すならば、極論言えば厚生年金加入者は無料で使えます、ぐらいのことをしておけば、それで現役世代が潤っているわけですから、民業圧迫との批判はあっても、役に立ちもしない施設を作ったのは裏の目的があるからだろう、という批判にはつながらなかったのではないか、ということです。
>素人の浅知恵さん
積立金は、どのような世間的な受容であったかはさておき、機能を客観的に見れば、負担の変化を均すものとして役立っているわけです。取り崩してそのように使う方向が打ち出されたのは平成16年改正なので、それまでの厚生(労働)省の担当はわかっていなかったのかもしれませんが(笑)。
財投については、あくまで財投は資金繰りの仕掛けで、損益(いわゆる真水)は税財源で担保するしかないのが真相です。財投機関に対する政府のコミットメントがそのように細目が示されていたことは、本来的には情報をより詳しく開示するということで、予算統制がより機能する契機であったはずなのですが、あわせ見ることがあまり行われてこなかったゆえか、かえって混乱を招いたのだと個人的には思っています(その混乱への対策が政策コスト分析なのですが、あまり世間では重視されていないようで)。
>デジャヴさん
>この非対称性にあぐらをかきつづけることをよしとするか否か
野党第一党があぐらをかいているわけですから、有権者個人になど高望みの極みであるとあきらめてます(泣)。
6月 14th, 2007 at 22:23:24
>>民間人さん
>楽観的な数字
逆に考えるんです。これは出生率回復の目標値なのですw
>>西麻布さん
>法律案を官僚が起草するということは、世間の「常識」になっていますから。
>「法案は作りました。でも決議したのは国会ですから(ふん)」では、責任逃れと見なされるでしょう。
民間企業においても、平社員が作った稟議書なり依頼文などに所属長が判子をついたら、以後は所属長の責任ですよね。それが問題を引き起こした場合、権限のある人にちゃんと責任を負わせないとなりません。
企業統治においては、所属長をかばって部下を切り捨てる方法は、「トカゲの尻尾きりが横行し所属長の行動が改まらない(モラルハザード)」「部下が上司のを伺い、言われた事しかやらなくなる(逆選択)」といった事態を生じます。
個人的には、責任論なんて後の祭りの事をする暇があったら、まずは何が問題であるかしっかりと共通認識を確立した上で、最小費用で問題解決する方法を探るべきだと思います。
「コストをかけてでも」1年で片付けようと言う目標設定も筋が悪いし、時効がなくなっているのがわかっているのに、わざわざ混んでいる日に社会保険事務所に赴いてせっかくの休日を潰してしまった上で逆切れという後先の考えられない人がいるということが、個人的には大きな謎です。
>>bewaadさん
マイノリティーw。昨今自己増殖しまくってる感情論に迎合的でないという意味です。事実関係が明るくない案件を、両サイドの意見を聞かないままに判断するというのはとても心細いものでして。
6月 14th, 2007 at 22:24:39
webmaster 様
私の正しく「素人の浅知恵」に丁寧なお応えありがとうございました。
恥ずかしながら年金積立金は、「運用益に限り毎年給付に充当される前提で保険料が決まっている」と誤解していました。将来の不確実性を確実に予測できない限りそのような予算(次の再計算までの予想)をたてるは不可能だと思い至りました。
財投について個人的には、かねてからご見解のように感じておりましたが、実務を知らない私が勝手に判断してはいけないと思っておりました。
6月 16th, 2007 at 21:36:47
>鍋象さん
どうやら私も同じで、感情論を胸張っていえるほど自信家ではないので・・・。
>素人の浅知恵さん
私の書いたこともあくまで私の観点からは、ということですので、もし妙だと思う点がありましたら、引き続きご指摘ください。
6月 22nd, 2007 at 1:33:46
>退職金は、社会保険庁がその水準を決めているわけで
>はありませんから、政府全体の問題です。
社会保険庁に手が入るついでに、天下り退職金にもメスが入ればよいですね。どうせ役人だけで好き勝手に天下り財団の給与規定を作っているんでしょうし。
参議院選の前なので、与党が無理やり改革しちゃうことを期待です。
6月 22nd, 2007 at 19:36:09
年金関連の話で思うところ(あと公務員制度改革とか)…
社会保険庁の(民主党曰く)消えた年金問題でかまびすしい昨今、ちらりほらりとニュー… (more…)
6月 22nd, 2007 at 21:32:40
>民間人さん
各法人において決定される事項を一律に制度として変更というのは、客観的に申し上げて無理があると思います。
6月 23rd, 2007 at 1:35:19
>各法人において決定される事項を一律に制度として変更というのは、客観的に申し上げて無理がある
各法人といっても、自活しているわけではなく。
お役所からの補助金や業務委託を受けているわけですから、監督官庁がご指導くださればすぐに変わりますよ。
役人は動かないと思うので、選挙前の大臣さまが無茶してご指導しちゃうことを期待しているのです。
#税務署や警察が怖いからやらないと思うけど。
6月 23rd, 2007 at 23:47:27
>民間人さん
今般の緑資源機構の話にも表れていますが、役所の言いなりになる公的法人、というのはある種の幻想というか、役所に対する過大評価でしょう。そう簡単にPA問題を解決することができるならば、他にもその手法が普及していることでしょう。