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  • 07/31/2007 (12:48 pm)

    政権交代と官僚制

    Filed under: government, politics ::

    本来、選挙で選ばれた政治家が官僚機構を指揮していくしくみなんだろうけど、実際には行政ってかなり専門的だから、政治家にはなかなか手が出せない。結局、どんな政府であろうと、実際にはその下にいる身分保証された同じ人たちが、同じようなやり方でものごとの大半を動かしていくしくみになってる。こういう「代替がきかないからしかたなく」ということに対するフラストレーションって、今の「空気」の中で重要な要素だろうと思う。

    そういう点からすると、政治家だけでなくて、官僚機構も複数の選択肢から選べるようになっていたほうがいいんじゃないか、なんて思ったりする。そんなことできるわけないじゃんというのが正論なんだろうが、そのうちの少なくとも上のほうは、選挙のたびにごそっと入れ替わるぐらいの勢いでいいんじゃないか。最近は人材バンクとかいう話もあることだし、シンクタンクとか大学とか民間企業とかとの間で行き来するような流れができたら、ノウハウの逸失みたいな心配をする必要もあまりなかろう。そうなれば、競争原理が働いてガバナンスもモラルも向上するだろうし、政策論争もずっと有意義なものになるような気がする。

    「暴論:官僚システムを選べないことが問題なのではないか」(@H-Yamaguchi.net7/28付)

    昨日は政策関連のシンポジウムのあと懇親会へ.渋めの話題なのに非常に活況を呈していた.片隅では民主党が参議院選で躍進する前提で,衆参ねじれると重要法案が軒並みストップするのかなあという話で盛り上がる.つらつらと話しながら日本は小選挙区制の導入で二大政党制に近づいたらしいが,どうも機能していないのは結局どちらの党が勝っても政策を組み立てるのは同じ人々なんだよねえというところ.

    (略)

    この状況は公募制だとか政治任用の活用といった小手先の人事制度改革では変わらない.前に何度かこのblogでも書いたように,いくら省庁間連携のための新しい組織を内閣府や内閣官房の下にぶら下げても,各省大臣官房秘書課が人事権を握り続ける限り,省あって国なしの状況は変わらない.政権交代が起こっても官僚は入れ替わらないのだから,大衆の支持を失えば地位を失うという,リップマンが『幻の公衆』で喝破した民主主義の根幹を支える緊張感もない.風が吹いている間は,身を竦めていればいいのである.我が国に於ける官庁の年功序列システムは天皇制よりも堅牢で,第二次大戦に負けても壊れなかった.といっても起源はそう古くなくて,藩閥政治が綻んだ大正時代くらいではないかと推察するのだが,なにぶん勉強不足でよく分からない.

    「政策立案機能を行政府から立法府へ」(@雑種路線でいこう7/28付)

    それぞれのご主張の妥当性以前の問題として、政権交代があっても霞が関は変わらないことが当然の前提になっているのは何とも不思議なことです。戦前の「天皇の官吏」時代においてすら、政党政治の成熟化を受けて官界が政治化され、政権交代の度に大規模な幹部の首のすげ替えが行われていたのは、たとえば清水唯一朗「政党と官僚の近代」に詳しく分析されています。まして議院内閣制が現行憲法に定められ60余年、それだけの歴史を重ねてきたというのに、旧憲法の頃よりも官僚が超然主義でいられるというのは、過大評価も甚だしいのではないでしょうか。

    結局のところ、あたかも霞が関が世論から遊離して変わらないように見えるのは、政権交代がないから、ということではないでしょうか。世論が移ろえども、戦後における政権交代(非自民系内閣の成立)は、戦後直後の片山内閣と、先日お亡くなりになった宮沢元総理の後を襲った細川・羽田内閣の2回しか起きていないのです。総理が替わったところで‐それも定義によっては政権交代ではありますが‐、同じ与党を基盤とする政権なのですから、その性格の違いも自ずと一定の範囲内に収まるのが自然といえるでしょう。

    実際に政権が交代すればどうなるか、webmasterに片山内閣の記憶はありませんが(笑)、細川・羽田内閣であればwebmasterに限らずご記憶の方々も多いことでしょう。細川・羽田内閣はあまりにも短期政権で、とりわけ自ら予算編成を最初から最後まで成し遂げることがなかったというのは霞が関に対する影響が限られたものに止まった大きな要因ではありますが、その限られた影響の下においてすら、当時の大蔵省が露骨に自民党を見限って連立政権にすり寄り、その「裏切り」への自民党の怒りが後の財金分離をもたらす一因になったとは、真渕勝「なぜ大蔵省は追いつめられたのか」の描くところです。さすれば、当時の非自民連立政権があと1年でも2年でもいいから続いていたならば、霞が関は色濃く非自民色に染まったであろうとは容易に想像可能でしょう。

    政策立案の実務を霞が関が司っているとしても、それはタクシーの運転手がハンドルを握っているようなもので、クライアントが交代すれば、エージェントはクライアントの意向に従って動くわけです。それは、議院内閣制が当然の前提としていることでもあります。実際に政権交代が起きたにもかかわらず、霞が関がその意向を無視するような行動に出るならば、このエージェントには一般的な議論は通用しないのだと断罪されても当然でしょう。しかし、選挙の洗礼を経て自民党が政権を維持しているにもかかわらず、霞が関が勝手に自民党の意向を無視して野党に迎合するのならば、そちらの方がよほど問題でしょう。

    ・・・そこまで霞が関に変わることを求めるならば、まずは政権交代を起こしましょうよ。

    最後に蛇足ながら、山口浩さんのエントリの枕になったのは次のテキストでした。

    先週、財務省の官僚だという27歳の青年から、田原さんに聞きたいことがあると僕の事務所に何度も電話があった。切実感があるなと感じたので、僕は彼の携帯に電話をかけた。

    彼はいきなり「選挙というのはいったい何なんですか?」という。どういうことか聞くと、「今度の参議院選挙では、日本国にとって、あるいは国民にとって、大事なことは何一つ争点になっていない。どうでもいい問題ばかりが争点になっている。これはなぜなんでしょう」ということだった。

    田原総一朗の政財界「ここだけの話」第21回 争点なき参院選に絶望した財務省若手官僚からの電話(1/7)

    山口さんが怒ってる側はどの省かなんて関係なく、政治家も自治体も含めた「ものごとを決めてるえらい人たち」全体に怒ってるのにね。統治機構全体に対する「信用できない」「だまそうとしてるんじゃないか」みたいな不信感が問題の本質なのにねと喝破されていますが、政府与党に対する信頼の喪失という大事なことが争点になっていたというのにそれが見えていないとは、この財務省若手官僚とやらもずいぶんと頭の悪いなぁ。田原総一朗さんが本当のことを書いているとすれば、こんなの採用していて大丈夫なんでしょうか>財務省。さらにいえば、そんな悩みを田原さんに相談するあたりもずいb(ry

    27歳の青年官僚の疑問に「あなたのいうことはもっともで、それは大事な問題だ。だが、残念ながら今の日本は大事な問題を論議するような状況にない。それは日本に二大政党がないことが原因だ」と答えた。

    田原総一朗の政財界「ここだけの話」第21回 争点なき参院選に絶望した財務省若手官僚からの電話(4/7)

    経済における構造改革原理主義と並んで、ここ10〜20年の日本を迷走に追い込んだ大いなる勘違いが、この二大政党制信仰でしょう。以前にも紹介させていただきましたが、この手の信仰から自由になりたい方々には、アレンド・レイプハルト「民主主義対民主主義」を強くお薦めいたします。

    07/30/2007 (5:08 am)

    参議院選挙2007雑感

    Filed under: politics ::

    選挙結果がもたらすのは「現状維持」

    各選挙民がどのような意図をもって投票したかなどは推し量ることは困難で、ましてその集合意思なるものは存在すら疑わしいわけですから、webmasterはあまり「民意」という言葉を選挙に結び付けて使いたくありません。他方で、選挙結果がどのような政治状況をもたらすのかは、各選挙民の意図とは無関係に推測できますから、あれこれ考えるのは楽しくもあり、webmasterのような業界に身をおいていれば、業務にも直結したり(笑)もするわけです。

    • 参議院の多数派が野党となることから、国会運営コストは上昇する(端的には、公務員制度改革法案で使った中間報告→本会議可決なんていう手法は使えなくなります)。
    • 民主党において小沢代表の路線が正統性を獲得し、対案路線が後退・対決路線がより前面に出てくる。

    というのがこの文脈においては重要でしょう。これらによって法改正(反対派からすれば「改悪」と呼ばれるにしても)はその困難さを増すわけですから、それが安保であれ教育であれ経済であれ、現状を変更しづらくなったわけです。

    これは、ある意味で安倍政権の全否定に他なりません。安倍総理は、従来なかなかできなかった法改正を、それもひとつといわず複数を短期間になしとげたことを実績として誇りますが、それらの法改正は、今までの自民党政権であってもやろうと思えばやれたことです(基本的に与党だったのですから)。つまり、安倍総理は、「従来なかなかできなかった」ことをしたわけではなく、「やらなかった」ことをした、というのが正確なところでしょう。

    具体的には累次の強行採決であり、既述の中間報告ですが、従来の自民党政権はおそらく、それらの「禁じ手」を使えば好き放題できることは百も承知で、有権者のニーズにも配意してその行使を必要最小限にとどめてきたわけです。ところが安倍総理は、有権者のニーズよりも自らのやりたいことを優先し、その結果が上記の「実績」ということになります。

    今般の選挙結果により、今後はそのような「実績」の達成に歯止めがかかることになります。他方でもちろん、民主党(に代表される野党)は衆議院では少数派なのですから、これまた何らかの実績を作ることは困難です。これらによりもたらされるのは現状維持、すなわち与野党の現状変更の努力は相殺され、ポテンヒットのように現行の法制度が続くことが多くなる事態です。

    このような構造を前提とすれば、次の衆議院総選挙までの与野党にとっての合理的戦略は、「必要な改革が与党(野党)のせいでできない」とネガティヴキャンペーンを張ることとなります。結果を誇る機会が減少する以上、結果を出せない責任を如何に回避するかが相対的に重要性を増すのは当然のことでしょう。

    これだけでもあまり楽しくない推測ですが(笑)、さらに楽しくない推測としては、次の衆議院総選挙では自民党が勝つのではないか、という気がするわけです。というのも、仮に既述のように「実績」がかえってマイナス評価をもたらしたのだとすれば、「実績」を作れないことは、マイナス評価の減少となるからです。もしそうなれば、今後(最短でも)6年間は衆参両院の多数派が異なることとなり、延々と足の引っ張り合いが続くということに・・・。

    「上げ潮」の退潮

    NHKや共同通信などの国内メディアによると、自民党の中川秀直幹事長は、29日投開票の参院選において自民党の獲得議席数が30台に大きく減少する大敗を受け、辞任する意向を表明した。

     NHKによると、中川幹事長は安倍晋三首相(自民党総裁)に辞表を提出した。これに対し安倍首相は、敗戦処理をしっかりしてほしいと中川幹事長に述べたという。NHKは、中川幹事長が直ちに辞任せず、しばらく幹事長にとどまって選挙後の対応に当たる可能性があると伝えた。

    朝日(ロイター)「中川自民幹事長、参院選大敗で辞任の意向」

    今後、情況が好転するとは見込めずに泥舟から逃げ出そうとする中川幹事長に対して、ひとりだけ逃げるのは卑怯じゃないか、死なばもろともだろうと引き止める安倍総理という構図に見えるのはwebmasterだけでしょうか(笑)。こういうときに引き止めたいなら、これまでもっと中川幹事長の顔を立てておくべきだったのでしょうけれども、郵政解散時の離党組の復党問題以来、彼の顔をつぶしてばかりですから、「誰がお前なんかと心中するものか」と思っているのではないかと(笑)。

    政局話はさておき、これでマクロ経済(成長重視)を重視する政治家は、安倍政権の閣僚・党幹部から消えてしまいそうです。とりわけ来年が日銀総裁の交代する年であることを考えると、なかなかつらいものがあると言わざるを得ません・・・。

    小沢民主党代表は溜池通信の愛読者?

    〇今日、ユーラシア21研究所の吹浦さんとお話していたら、こんなアイデアを披露いただいた。とっても創作意欲を刺激される話です。つまり、選挙後の民主党には、とっておきの秘策があるのです。

    第21回参院選の投開票日から一夜明けた7月30日、民主党の両院議員総会は明るいムードであった。前夜の開票結果は、参院における第一党の座を確約していた。ところがその席上、小沢一郎代表は爆弾発言を行ったのである。

    「諸君、お疲れ様。わが党の前途はいよいよ明るい。まことに記念すべき勝利ではあるが、私は一身上の理由により、代表の座を降りたいと思う」

    どよめきが生じた。反主流派の若手議員、長島昭久は内心でこう叫んでいた。

    『こ、これは・・・・。小沢さんは、加藤の乱を収めた後の野中幹事長と同じ荒業をやろうというのか!』

    「なぜかっちゅーとだが」、小沢は続けた。「正直なところ、体が言うことをきかんのだ。以前に申し上げた通り、今回の参院選は、負ければ引退という覚悟で臨んだ戦いだった。幸いなことに、われわれは勝った。しかし申し訳ないが、私の心臓はそろそろ限界だ。この後の戦いはもっと若い人たちに指揮を執っていただきたい。どうか、年寄りのワガママを許してほしい」

    (略)

    「皆さん、さらなる勝利に向けて前進しましょう。次の衆議院選挙はきっと勝てる。明日の新聞はこのように書くでしょう。『勝って辞める指導者がいる一方で、負けても辞めない指導者がいる』と・・・・」。

    〇あまりにも妙手過ぎて、実現は困難でしょうけれども、面白い補助線ではないかと思います。

    かんべえの不規則発言(7/25付)

     民主党の小沢一郎代表は29日、選挙戦での疲労を理由に短期間の静養に入ることを党幹部に伝えた。同党の菅直人代表代行が民放番組で明らかにした。

     菅氏によると、小沢氏側から「遊説の疲れで、医師から静養した方がいいと指示があり、1、2日静養する」との連絡があったという。

     小沢氏は当初から健康面の不安が指摘されていた。菅氏は民放番組で「選挙で頑張り、遊説疲れと聞いている。そう遅くない時期に、静養した後に出てくると思う」と述べ、深刻ではないとの認識を強調した。

    産経「小沢代表が「静養」へ 選挙戦の疲労を理由に」

    07/29/2007 (9:02 pm)

    参議院選挙2007速報

    Filed under: politics ::

    自民大敗だそうで。非改選込みで与野党逆転だそうで。霞が関住人としての脊髄反射としては、今後の国会対応は忙しくなりそうだなぁ、と。

    07/28/2007 (11:57 pm)

    とある選手に関する妄想

    Filed under: sports ::

    200Y年M月D日、東京ドームは満員のお客であふれかえっていた。そう、PRIDEの復活である。UFCブランドの日本市場における低迷に痺れをきらしたロレンゾ・フェティータの切り札は、これ以上なく彼を満足させていた。

    数多くのファンを酔わせた祭典も、ついにクライマックスを迎える。リングに立つのは無敵のチャンピオン、エメリヤーエンコ・ヒョードル。その鋭い視線は、選手入場口を刺す。そう、チャンピオンが挑戦者を待っているのだ。

    メインにてヒョードルの相手を務めるのは誰か、それはこの瞬間までついに明かされなかった。秘密を守るための入場順の逆転、しかし「それに値するだけの選手であることは保証する」とのフェティータの言葉から、UFCチャンピオンとのダブルタイトルマッチを想像する人も少なからずいた。

    いっせいに照明が落とされ訪れた闇を、高らかなコールが切り裂く。

    「ただ最強であることを証明するために・・・地位や名誉、そして伝統という檻から解き放たれた蒼き狼が、ロシアンエンペラーを再び『タタールのくびき』に捕らえるのだ! ドルゴルスレン・ダグワドルジ、入場!」

    ・・・ってなことにならないかなぁ。辞めちまいなよ、大相撲(笑)。

     仮病疑惑横綱に前代未聞の巡業参加お断りが通告された。腰椎(つい)の疲労骨折で夏巡業の不参加を申請しながら、母国モンゴルでサッカーをしていた横綱・朝青龍(26=高砂部屋)の問題で、日本相撲協会の巡業部は27日、東京・両国国技館で緊急会議を開催。公式行事をないがしろにする朝青龍の行動に対する怒りが爆発し、30日に日本に戻る朝青龍が、8月3日から始まる夏巡業に参加の意思があっても、受け入れない方針を決めた。

     時折、怒声が飛び交った2時間の緊急会議を終えた巡業部幹部の言葉に怒りが満ちていた。

     巡業部の長である大島部長(元大関・旭国)が「横綱から診断書が出た以上、出席してもらわなくても結構という結論に達した」との部としての見解を発表。言葉だけを聞けば横綱の報告を尊重するともとれるが、実情はそうではなかった。

     高田川副部長(元大関・前の山)がまくし立てる。「(巡業に)出たいと言いだしても、お断りします」。決然とした参加拒否の言葉。さらに「横綱うんぬんの問題ではない。半永久的に(巡業参加をお断りする)、そのぐらいの気持ちですよ」と一気に話した。

     不知火副部長(元関脇・青葉城)の言葉は皮肉たっぷりだ。朝青龍が巡業不参加の理由として提出した診断書を公表。「左ひじ内側側副じん帯損傷、左尺骨神経障害、急性腰痛症、第5腰椎疲労骨折で約6週間の休養、加療を要する」という内容に対し「普通は6週間だったら翌日から入院するでしょう」とばっさり。理事会が最終的に判断する処分についても「私たちが思っている以上に上(執行部)は思っているでしょう。理事長も何か思うところはあるはず」と強い口調で話した。

     事の発端は25日のフジテレビのニュースで、朝青龍が元日本代表の中田英寿氏とサッカーに興じている映像が流されたことだった。全治6週間のケガをしているはずの朝青龍が、母国モンゴルのサッカー場を元気に走り回っているシーンが放送された。シュートを決めて中田氏と抱き合う表情は満面の笑み。秋場所出場も危ぶまれる状態のはずだが、悲壮感はみじんもなかった。

    (略)

     高砂親方は30日の朝青龍の来日後すぐに、北の湖理事長(元横綱)に事情報告を行う。25日に診断書を提出した時点で、状態が良くなれば巡業に途中から参加させると話していたこともあり、本人との話し合いの上で巡業の参加を申し入れる可能性もある。だが、軽率な行動で巡業部という“身内”を敵に回した朝青龍。処分が下されるかどうか以上に、相撲界での立場が非常に厳しくなったのは確かだ。

    スポーツニッポン「朝青龍に「巡業一生来るな」」

    07/27/2007 (6:50 pm)

    8月利上げ観測を踏まえての意見表明‐CPIと「柱」と

    Filed under: economy, BOJ ::

    8月に日銀が利上げに踏み切るとの観測が広まっている中、その政策決定会合に先立つ最後のCPI統計が公表されました。日銀が指標としているコアCPI(生鮮食品を除く)、およびwebmasterがコアCPIよりも着目すべきと考えるコアコアCPI(酒類以外の食料およびエネルギを除く)の推移(対前年同月)を掲げれば次のとおりです。

    年月 コアCPI 同左(連鎖方式) コアコアCPI 同左(連鎖方式)
    2006.07 0.2 ▲0.3
    .08 0.3 ▲0.4
    .09 0.2 ▲0.5
    .10 0.1 ▲0.4
    .11 0.2 ▲0.2
    .12 0.1 ▲0.3
    2007.01 0.0 ▲0.1 ▲0.2 ▲0.3
    .02 ▲0.1 ▲0.1 ▲0.3 ▲0.3
    .03 ▲0.3 ▲0.3 ▲0.4 ▲0.5
    .04 ▲0.1 ▲0.2 ▲0.2 ▲0.3
    .05 ▲0.1 ▲0.2 ▲0.3 ▲0.4
    .06 ▲0.1 ▲0.2 ▲0.4 ▲0.5

    常識的に考えれば、すなわち金融政策は安定的な物価動向(=マイルドインフレ)の実現を目的として用いるとの理解に基づけば、このような状況で利上げすべき事情はまったくありません。むしろ、CPIの上方バイアスを捨象するとしても、継続してコアコアCPIが下落基調であるわけですから、利下げ(さらには量的緩和への復帰)すべきというのがwebmasterの考えです。

    しかし、日銀はこの見解ではありません。日銀の採用する金融政策運営の基本となる考え方は、第一の柱・第二の柱と表現されていますが、それをwebmaster流に翻訳すれば次のようなものとなります。

    第一の柱

    2年間の将来予測に基づく金融政策判断

    第二の柱

    2年後以降のリスクに対応するための金融政策判断

    日銀自身の自覚がどうであるかはwebmasterはよく知るものではありませんが(笑)、第三者として観察するに、量的緩和解除〜ゼロ金利解除あたりまでは第二の柱=バブル再発防止を相当意識した説明ぶりであったところ、その後の株価の推移等により自信を喪失したのか(笑)、最近では第一の柱を中心とした説明となっています。デフレ脱却を口にして量的緩和を解除したのにもかかわらず、コアコアCPIで見ればずっとデフレですし、コアCPIで見てもデフレ回帰が観察される(しかも、くどいようですが上方バイアスを考慮せずとも、です)中、なぜ第一の柱で利上げが可能なのか、おそらくは次の前提を置いているからでしょう。

    • 潜在成長率を上回る経済成長
    • 国際的なディスインフレーション傾向
    • 絶対水準としての低金利=緩和的状態

    これらの前提から、次のようなストーリーを日銀が描いているものと考えられます。

    1. 経済成長においては、好況であれ不況であれ過度の変動は望ましくなく、行き過ぎた好況が見込まれるのであれば、引締めを図るべき。
    2. 近年は潜在成長率を上回る経済成長=経済は過熱気味であり、その継続が見込まれるので、1.に照らせば、徐々に引締めへの方向転換を図るべき。
    3. 他方、物価は「経済は過熱気味」との認識とは逆向きの動きであるが、国際的なそれはディスインフレーション傾向ゆえのことであって、その傾向を差し引けば上昇しているも同然である。
    4. そうはいってもそれほどの上昇幅ではないだろうから、物価への配慮として金利の絶対水準は低く抑えている=金融は緩和気味を維持しており、引き締めているわけではない。

    webmasterはこのストーリーを採らないわけですが、つまりは前提がおかしいと考えるからです。具体的には次のとおりとなります。

    • 潜在成長率は過小推計ではないか。コアコアCPIが対前年同月マイナスを続け、失業率もNAIRUに達していないのは、依然として潜在成長率以下か、上回るとしても若干程度に止まっていることを示唆するのではないか。
    • 国際的なディスインフレーション傾向なるものが仮に存在するとしても、それはあくまでマイルドインフレの達成がなされているということであり、(インフレ率に基づき定義する)デフレから脱却できないことの理由にはならない。
    • 名目金利の絶対水準で引締めか緩和かを定義するのはナンセンス。たとえば現状であれば5%の金利はすさまじい引締めとなりますが、インフレ率が10%であればすさまじい緩和なわけですから。

    付け加えるならば、このような理屈を別にしても、上記ストーリーに基づく金融政策は、運営のあり方としても疑問です。というのも、CPI統計が国際的なディスインフレーション傾向なるものによって政策の指標足り得ないとしてしまっており、となれば政策の指標としては経済成長を見てということと思わざるを得ません。しかし、経済成長率(GDP統計)は算出にCPIよりもはるかに時間を要し、たとえば現時点で利用可能な最新データは本年の第1四半期の2次速報に過ぎません。すでに第3四半期に入っているというのに、2期も前、しかも確定でない計数ということになります。

    当然ながらそれを理由に足下の金融政策を説明することはできません。となれば、この手の統計数値には基づかず裁量的に経済成長の程度を総合判断して金融政策を決定している、ということにならざるを得ませんが、これでは金融政策判断の是非を議論しようにも水掛け論になってしまいます(現実がそうであるように)。第一の柱に基づき、しかもCPIを事実上無視して金融政策を決定するというのであれば、短観でもなんでもいいのですが、基本となる判断指標は何かを明らかにし、裁量で他の要素を考慮したというのならば何をどのように考慮したのかを明確にするのが、中央銀行に求められる真の透明性というものでしょう。逆に言えば、その手の透明性をあやふやにしているからこその利上げであるということにもなるのですが・・・。

    07/26/2007 (8:12 am)

    Desktop Tower Defense: THE 100クリア!

    Filed under: WWW, game ::

    7/2付エントリおよび7/15付エントリのフォローアップです。ようやくTHE 100をクリアいたしました。というわけで、以下詳細です。当サイトとしては異例のこと(笑)ですが、画像をふんだんに用いてお届けいたします。

    »

    07/25/2007 (9:27 am)

    お帰りなさいませ

    Filed under: 未分類, government ::

    ご主人様、と続くわけではありませんが(笑)。

     午前、ドナドナされる。辞令を交付されてボスからお言葉をいただき、この2年間のことが水銀燈走馬燈のように脳裡をめぐる。初めての本格的な自治体勤務、しかも部長職、土地鑑もなし、やったことのない分野の仕事が半分以上、ということで赴任当初はそれなりに不安であったけれども、ボスをはじめ上司の指導や同僚たちのあたたかい支援のおかげで及第点は取れた(と思う)。商業振興策とかについてはやり残した感があるが (プライベートでもやり残した感がありありだが、)、全体的には満足しているし、ボスたちも満足してくれた、と思う。「1週間目には10年も居るような顔をし、1か月経てば完全に仕事をマスターし、 3か月頃からは人の領分にまで嘴を突込む」という先達から伝わる心得も、それなりに実践できた…はず。

    続・航海日誌(7/23付)

     朝から霞が関へ。東京は暑い&人大杉…。(;´〜`)  次官から辞令交付を受けた後、配置された所属に赴いてボスに申告→ 着任行事。事務的な書類作成の後、省内の同期や元上司に挨拶回りとか基礎資料の読込みとか。

    続・航海日誌(7/24付)

    霞が関では、プライベートについてさらにやり残した感が生じてしまうのではないかと心配です(笑)。

    07/24/2007 (6:44 pm)

    続・国鉄と社会保険庁に見る組合問題への対処の相違

    Filed under: politics, media ::

    一昨日のエントリにて、国鉄と社会保険庁の組合問題は表層的には似たものとして扱われることがあるものの、財界のニーズへの適合度から言えば差があり、財界のニーズに相対的に冷淡な安倍政権に対して財界は距離を置いているのでは、と書きましたが、それがマスメディアで裏付けられるという事態に(笑)。まず、国鉄と同様に扱われがちという点については、次の記事がありました。

    長年にわたる社会保険庁の杜撰な事務による年金記録の不備が露見し、国民の不安と憤慨が募っている。その有り様を見るにつけ、私自身が渦中に身を置いた国鉄の改革の時代のことが思い起こされる。1981年3月に臨時行政調査会(第二臨調)が発足して程なく、国鉄の現場におけるヤミ手当、ヤミ休暇など数々の悪慣行の実体が露わになり、世間を憤激させた。

    (略)

    国鉄と社会保険庁。これら病める組織に共通の病根は二つあると思う。その一つは職員の「親方日の丸意識」である。国民生活に必須の交通手段を預かっていた国鉄、国民の年金事務を管理する社会保険庁。いずれも決してなくすことの出来ない業務を担っている。だから「不沈鑑」であるという意識が蔓延しやすい。そしてもう一つは、賃金が人事院勧告(国鉄の場合は仲裁裁定)といった形で他律的に決定されるシステムとなっていることである。

    この二つを重ね合わせると、「職員に嫌われてまで職場管理に苦労することはない」という管理者と「どうせ給料は同じなら取り分は労働密度の緩和だ」という労働者が生まれてくる。そして労組の運動は、勤務の緩和、非効率を目標とするようになる。改革の第一歩はこの悪循環を断つことだ。国鉄の場合それが分割民営化だった。

    しかし両者には、見過ごすことの出来ない相違点もある。国鉄は曲がりなりにも企業体の体裁を整えていた。従って労働の非効率は、毎年度の決算で明確になる仕組みだった。営業収入の85%が人件費であるという最悪時の数値は、大手私鉄の平均35%程度という数値と比較して、言い逃れの出来ない労働非効率の証拠として公表されていた。

    (略)

    また国鉄の場合、規律の乱れは直ちに日々の列車運行の乱れという症状を発症し、利用者の批判を呼ぶ性格を持っていた。そして国鉄の職場管理が最悪の当時ですら、日本の国鉄は世界で最も安全・正確・安定的な運行を誇っていた。それは現場管理者たち(非組合員)、穏健な労組に加入している職員たち、それに非現業職員たち、合わせて10万人余りの人々が私生活を顧みず、列車運行を守っていたからである。第二臨調が発足したとき、国鉄の窮状を現場から訴え、国鉄改革の実現を求めたのは彼らだった。

    社会保険庁の腐敗、堕落は、列車の乱れとは違って、当事者さえ黙っていれば長期にわたって誰の目にも触れることがない。すなわち身を挺して国鉄輸送を守った筋も筋肉も、社会保険庁の場合、どこにも存在しないわけである。管理者ぐるみの底なしの腐敗堕落が進行するのはこの歯止めのなさから来る。年金記録の不備問題も、内部からの告発が発端と言われる。しかしその狙いは国鉄のときのように改革を求めるコアグループの叫びとは全く異なるのではないだろうか。

    それではなぜ今日になって内部告発が発生したのか。「日本年金機構法」が上程されたことにより、これまで腐乱の限りを放置してきた社会保険庁も、早晩その実情を天下に知られざるを得なくなったことが背景にあると思われる。いずれ露見するのならという訳で内部告発による攻勢防御に転じたのだろう。「改革の要請」としてではなく、「改革の向かい火」としての内部告発だと思わざるを得ない。

    読売「葛西敬之氏の地球を読む/年金記録問題/社保庁腐敗 国鉄を想起」

    ここまで結論先にありきな認識を持つ者が年金業務・社会保険庁監視等委員会の委員に選任されているのはいかがかなものかと思うわけですが(進駐軍のようであるらしいので、ある意味似つかわしいのかもしれません)、単に政府部門の組合だから問題だとの表層的な理解では、ここまでゆがんだ議論しかできないということをはしなくも表しているといえましょう。業務の必要性と人事院勧告が「病根」だというならば、それこそ国家公務員のすべてがそれに当てはまるわけで、国鉄や社会保険庁において問題が生じたことの検証としては、論理として粗雑に過ぎます。

    他方で相違点として葛西さんが論じているのは、「国鉄の窮状を現場から訴え、国鉄改革の実現を求めたのは彼ら」というのがまさに葛西さん自身を含む集団を指し、はっきりいえば己の功績を誇るものであるというバイアスがかかっているわけで、「社会保険庁の腐敗、堕落は、列車の乱れとは違って、当事者さえ黙っていれば長期にわたって誰の目にも触れることがない」とは不当な非難でしょう。裁定時に露見せざるを得ないのが記録の不備であり、それでも多数の者に対する裁定が最終的には正常になされてきたのは、もちろん社会保険庁の不備を補う社会保険労務士や企業の担当者、そしてなにより受給権者自身の働きが大きいわけですが、裁定という行為自体が突合せを内包し、国鉄で言えば「日々の列車運行の乱れという症状」に至る手前の段階であったとwebmasterは考えます。

    まして内部告発の原因が「攻勢防御」というのは陰謀論的過大評価もいいところで、それだけ悪知恵が回るならばこんな状態になる前にいくらでも手は打てたはず(笑)。どう考えても、デュルケームのいうアノミー、つまりは「人々の行動を規制していた社会的規範が失われて、混乱が支配的となっている社会の状態」に社会保険庁が陥っていると考えるのが自然であり、倒産寸前の会社では横領等が横行し、怪文書が乱れ飛ぶのと同じ現象ということでしょう。

    続いて、財界の姿勢を示すものとしては、次の記事がありました。

    参院選の投票日まであと6日。世論調査での「自民党劣勢」が伝えられているが、財界団体や主要企業は一部の例外を除いて今回の選挙はもっぱら静観の構え。日本経団連の御手洗冨士夫会長をはじめ財界には安倍晋三首相のシンパは少なくないが、ここにきて微妙な距離を置き始めているようにもみえる。

    (略)

    表向き、安倍政権と財界の関係は良好だ。今年4月の安倍首相の中東5カ国歴訪に、経団連は約180人の同行使節団を派遣。団長を務めた御手洗会長と首相の蜜月関係を内外に見せつけた。経済同友会の桜井正光代表幹事も参院選公示日の12日から長野県軽井沢町で開いた夏季セミナーで、安倍首相の行財政改革路線への支持を表明した。

    だが、水面下では現政権に対する温度差も目立つ。金融界では昨年末の「献金拒否事件」が今も話題になる。全国銀行協会の畔柳信雄会長(当時、三菱東京UFJ銀行頭取)が記者会見で自民党への政治献金再開に言及した同日、世論動向に配慮した安倍首相が大手銀行からの献金を辞退すると表明。根回しに動いていた経団連関係者はハシゴを外された形になった。

    「改革か、逆行か」は安倍首相のスローガンだが、その改革の先行きに懸念が広がっている。政府が先月決定した経済財政運営の指針「骨太方針2007」では選挙前を意識したのか、歳出削減への踏み込み不足が指摘された。経済同友会の夏季セミナーでは「骨太方針に物足りない部分もある」「構造改革への動きが止まるのではないか」といった発言も相次いだ。

    日経「経営の視点/参院選 遠巻きの経済界/「安倍改革」評価に温度差」

    財界にとって幸いなのは、安倍政権が国民的人気を勝ち得ているわけではない、ということでしょうか。だからこそ冷淡に接しても悪影響をそれほど心配する必要がないわけで、ポピュリズム政権が大企業に厳しい政策を実施するというのは少なからず見られることですので、国民的人気を勝ち得ている政権であれば、財界に冷淡であろうと積極的に懐柔を図っていく必要が出てくるわけですから・・・。

    07/24/2007 (12:53 pm)

    うすうす察してはいましたが・・・

    Filed under: government, WWW ::

    このブログは、官僚のやることは脊髄反射的に何でも批判してきたのだけど、これだけは断固支持する。

    「間違えない官僚より間違える官僚の方がずっといい」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)7/23付)(webmaster注:強調はwebmasterによります)

    いいテキストを書かれているなぁと巡回先にしていたところで、このような言葉を見かけると、相当にへこんでしまいます。表面的には丁寧に応対しながら本音では官僚の言い分などまったく信頼できないと考え耳を貸す気は毛頭なかったり、主観的にきちんと考えたつもりになっているだけで実際には脊髄反射的であることに無自覚だったりするよりは、このように自覚して明言していただけることは十二分にありがたいことではあるのですが・・・。

    07/23/2007 (7:55 pm)

    とあるシステムのお話。

    Filed under: computer ::

    arnさん経由で。

    「あの、例のA社のシステムなんだけど、社員マスターが必要だろ?」

    「もちろん要りますね」

    「で、さあ。あの会社、社員一人ひとりに社員コードみたいな番号を振ってないらしいんだよ」

    「えーっ? だって、そんなに大きな会社ではないとは言え、あのくらいの社員数になると、コードを振らないで、人事とかの事務処理はどーしているんですか?」

    「なんか、人事部に職人芸的な人が何人かいて、それでなんとかしているらしいよ」

    (略)

    「だいたい、なんで社員コードすら無いんでしょ?」

    「どうやら、昔のA社のお偉いさんが『社員総背番号制』など、そんな物扱いは社員に失礼だ!』とか言ったらしい」

    コード(新・闘わないプログラマ No.498)

    てっきり公的年金を題材にした寓話かと思ったわけですが。

    「でも、それだと名寄せとかで大変でしょう。年金じゃないですけど」

    「だから人事部員の職人芸に頼っていたらしい」

    コード(新・闘わないプログラマ No.498)

    年金が言及されているわけで、どうやら違っていたようです。しかし、どこも大変ですよねぇ・・・。

    「やっと、社員にコードを振ることを認めてくれたよ。ただし、外には絶対に見えないようにしろ、って」

    「よかったですね」

    「でも、もうひとつ難問が……」

    「まだあるんですか?」

    「会社の序列順に、会長が1番で、社長が2番で……ってな感じでヒラまで順番に番号を振れってさ」

    「だったら、順番に番号を振ればいいんじゃないですか? 何が問題で?」

    「それがさあ、序列が変わったら番号を振りなおせ、ってよ」

    (略)

    「『序列が変わるのは年に数回くらいしかないですから、よろしく』だってさ」

    コード(新・闘わないプログラマ No.498)

    07/22/2007 (11:58 pm)

    国鉄と社会保険庁に見る組合問題への対処の相違

    Filed under: economy, government, politics ::

    を読んで思ったよしなしごとをば。

    このエントリにおいて、potato_gnocchiさんは社会保険庁の組合問題について論じられているわけですが、公的セクターの組合問題への対処として、おそらくこれまでもっとも大仕掛けのものは国鉄の分割・民営化でしたでしょうし、現に社会保険庁について、組合問題の文脈で、国鉄と対比して論ずるようなものも散見されます。公務(現業)・組合と共通項がそろっているわけですから、対比には格好であるのも事実ですが、webmasterには、両者は大いに違った構造から出てきた話であるようにも見えます‐端的には、この問題は、安倍政権ならではの色彩が色濃い、ということとなります。

    安倍政権ならではの色彩とは、今国会でいえば教育関係の法改正は強行採決してでも通す一方、ホワイトカラーエグゼンプションはあっさりと継続審議にしてしまったことに明らかですが、「美しい国」系の話には非常に力が入る一方で、経済関係には冷淡であるということです。ネットなどでは、安倍政権は財界の言うがままといった評価もありますが、確かに経済財政諮問会議ではその手の議論があるものの、諮問会議自体、小泉政権下に比べれば存在感がなくなってきているわけですから、政権内でのウェイトでいえば下がっていることは間違いありません。

    国鉄に関して言えば、多大な税金が投入されていたわけですが、一般に財界(企業および経営者)は支払う税金が受け取る公共サービスの受益に比して高く、俗に言う小さな政府を志向することが合理的な対応となります。歳出が削られても失うものが少ない一方で、見合いの歳入減少=税金の削減の効用は大きいのですから、削れる歳出はすべて削り、その分だけ税金をまけろ、というのが財界の変わらぬ希望となるわけです。したがって国鉄への税金投入をなくすことは財界にとっても大きな意義がありましたし、組合がその障害になるというのであれば、徹底的に叩くことも本望でしょう。

    他方で社会保険庁に関しては、世間的には組合がさまざまなムダを産んだという理解が支配的ですが、では組合のムダが徹底的に排除されたとしても、財界の負担がどれだけ減るというのでしょうか? 国民年金には1/3の国庫負担(今後1/2に引上げ)があり、厚生年金には1/2の使用者負担はありますが、それぞれの保険料率がムダの排除によって減る程度といえば、ほとんど誤差の範囲でしょう。だからこそ財界は、昨今の文脈における年金問題には冷淡ですし、労使対立のステレオタイプから組合叩きに熱心かといえば、まったくそのようなことはないと考えられるわけです(自治労は自分たちの被用者でもありませんし)。

    財界からすれば、組合問題とは、イデオロギー的な問題ではなく、すぐれてそろばん勘定の問題でしょう。したがって、そろばんに反映される組合問題には力を入れても、そうでない組合問題は、一般論として組合が弱くなることを嫌うわけはないにせよ、二の次・三の次であろうと考えられます。他方で安倍政権は、既述のように「美しい国」系の話には入れ込むわけで、社会保険庁の組合問題にせよ、その手の運動への敵対心が相当程度入っているであろうし、選挙を気にしてという要素が大きいことは否定しませんが、社会保険庁の民営化もまた国会にて高い優先順位が与えられたわけです。

    では、自らの利害に直結する話を後回しにして、そうでない話ばかりに血道を上げる(しかもその結果、政権支持率を上げているわけでもない)政権に対して、財界はどのような態度で望むものと考えられるでしょうか? そういえば、最近の日経は安倍政権叩きに注力しているとの観察がありましたが、日経がどういった者の主張をよく代弁するかといえば・・・。

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