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  • 07/11/2007 (4:36 am)

    続・武田邦彦先生からのメイル

    Filed under: economy ::

    #前エントリからの引き続きで、今回は経済ネタについてで、同じく『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』のウソに対する反論です。今回はwebmasterの意見も書きますので、いただいたメイルはblockquote要素でマークアップいたします。

    「どなたか武田氏(東大教養学部卒。中部大学総合工学研究所教授)に、「銀行の信用創造機能」(参考リンク)のイロハを教えてあげてほしいものだ。

     お金は2回どころか、当初の預金が引き出されるまで繰り返して使われ、マネーサプライは増加していく(例:社長が2万円で食事する→その売上代金を飲食店が銀行に預ける→銀行はそれをOLに貸し出す→OLはそれで家電製品を買う……)。また借りたお金は、石油を消費する用途だけではなく、省エネ家電やハイブリッドカーの購入、屋上緑化など、地球環境を守る用途にも振り向けられるだろう。」

    現在の私の考え・・・すこし勉強します:

    お金というのはそれ自体が信用ですから、銀行ばかりではなく、お金自体に信用創造機能があると考えています。たとえば、この場合。

    ケース1;浪費型の人が自分で食事をした場合。

    ある人が、2万円で食事をする、
    ⇒その売上代金を飲食店が銀行に預ける→銀行はそれをOLに貸し出す→OLはそれで家電製品を買う……

    ケース2;節約型の人が銀行に預けた場合。

    ある人が節約して銀行に2万円預け、それが社長に貸し付けられて、社長が2万円で食事をしたとする、
    ⇒その売上代金を飲食店が銀行に預ける→銀行はそれをOLに貸し出す→OLはそれで家電製品を買う……

    私には信用創造という点ではほとんど変わらないように見えますし、銀行に預けたお金は少しは個人が使うより有効に使われるので、その点、消費を増大すると思っています。

    個人がお金を節約するというのはその人だけに注目すると消費が抑制されたように見えますが、社会全体ではお金の周りが良くなって経済活動が盛んになることもあることを指摘したつもりです。

    このような現象を経済学では合成の誤謬と言うと記憶していますが、それを環境問題で取り上げたものです。

    なお、当然ですが東洋経済新報社は私が工学なので著書は専門の方のチェックが入っています。これまでの通常の解釈と違うところがあるが、国民から見たお金の流れという点で容認できるということでした。また国債の収支については少し見直しています。

    この部分を検討する前に、冒頭の引用部に先立つテキストを引用しておきます。そうでないとわけがわからないですよね(笑)。

     その他、この本には突っ込みどころが満載で、とりわけ《節電すると石油の消費量が増える》のくだりは笑わせる。

     ガソリン代も電気代も節約して家計が2万円浮いた人が、そのお金を銀行に預金したとする。《しかし、彼が銀行に預けた2万円は一瞬だけ銀行の金庫にあったが、すぐ貸し出されて企業の社長が持って行った》《そのお金はその日のうちに社長さんが使った》《自分で使えば一度しか使われないので、その分しか石油を消費しないが、銀行に預けると2回使われる。だから石油の消費量も2倍になる》

    『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』のウソ

    以上を前提にwebmasterの見解を申し述べるなら、武田先生のご見解は誤りだと思いますが、それを難ずる鉄田憲男さん(「『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』のウソ」の筆者です。為念)の議論も誤りといいますか、ご自身の意図に(おそらくは)反する議論の展開となっていらっしゃると理解しています。

    まず、鉄田さんのご議論から取り上げれば、武田先生のメイルにて引用された「お金は2回どころか、当初の預金が引き出されるまで繰り返して使われ、マネーサプライは増加していく」とは、信用創造の教科書的説明としてはそのとおりですが、その含意は、武田先生のご主張以上に「節電すると石油の消費量が増える」ということとなります。「銀行に預けると2回使われる。だから石油の消費量も2倍になる」のではなく、「銀行に預けると信用乗数(通常2以上。本年6月平残ベースで算出すれば約8.3)倍使われる。だから石油の消費量も信用乗数倍になる」とおっしゃっていることとなるわけです。

    そうした水準の計り間違いを「《節電すると石油の消費量が増える》のくだりは笑わせる」との表現で取り上げたのか、素直に読めばそうではないでしょう。「笑わせる」とまで書くからには、節電すると石油の消費量が減るにもかかわらず、武田先生は消費量が増えると主張しており誤りである、という趣旨であるはず。ここでの鉄田さんの論述は、その趣旨に真っ向から反するものだといわざるを得ないでしょう。

    では鉄田さんのご主張はむしろ武田先生以上に「節電すれば石油の消費量が増える」ことを示すものであり、程度はさておき、武田先生のご見解は正しいと言えるのでしょうか? そんなはずはないだろう、という直感的理解が本件においては正しいと考えられます‐具体的には、節電された電力の発電に必要な石油の消費量が減る以上に、石油の消費量は減ることとなるでしょう。その理由として挙げられるのは、信用乗数のメカニズムと他の「乗数」です。

    信用乗数のメカニズムについては、専門的な精緻な議論をし出せば深遠なテーマではありますが、大まかな話としては、預金が増えればその分だけ貸出しが増えるというものではない、ということになります。武田先生の例で言えば、ガソリン代などの節約の結果2万円を銀行に預けたから、2万円貸出しが増えるのか、ということです。その例において「企業の社長」は、その2万円が預けられようが預けられまいが銀行に借入れを申し込んでいるわけで、預金が増えたのか、じゃあそれを他人に先んじて借りなければと申し込んでいるはずもありません。

    預金が増えたから貸出しが増えた、という因果関係が成立するとすれば、銀行に借入れの申し込みが殺到していて、審査を通るものも数多く銀行はどんどん貸し出したいのだけれども、手許のお金がなくてそれを泣く泣く断っている、というような状況においてのみでしょう。そのような状況であっても、インターバンク市場での資金調達はどうよ、などと考え出せば怪しい部分は出てくるわけですが、とりあえずお金がないから貸し出せない状況であるなら、銀行の手持ち現金が増えたので貸出しが増えました、ということにはなるわけです。

    しかし、そのような状況は一般的ではありません。高度経済成長末期以降、日本は恒常的に正の貯蓄投資差額を記録しており、つまりは総体として見れば、貸し出す以上に預金が集まってきている、そういった状況にあるわけです。個別の銀行でたまたま手持ち現金不足が生じる可能性はあるものの、マクロ的にはお金が余っていて、預金が増えてもとりあえずは銀行に退蔵されることとなるわけです。そのわかりやすい実例が、量的緩和の実施による著しい信用乗数の低下(だいたい5〜6程度)であり、デフレ期待の長期化に伴う資金需要の低迷を反映し、預金が増えても貸出しは減り続けたのです。

    他の「乗数」とは、お察しの方も多いと思いますがケインズのアレで、限界消費性向分だけ所得増は他の経済主体の所得増を生み、全体としてみれば最初の所得増以上の所得増が観察される、というものです。限界消費性向が0.8(=所得増の80%が消費に回される)であれば、10の所得増で8が消費され、8の消費=売り手の8の所得増が次の6.4の消費を生み出し・・・といった一連のプロセス全体では、50の所得増が達成されることとなります。

    この乗数が信用乗数と異なるのは、信用乗数は借り手がいなければお金が増えても貸出しが増えず、新たな消費・投資が誘発されるかどうかについて銀行は受動的役割しか果たし得ないのですが、所得に対応するものであることから、所得の増えた経済主体が能動的に消費を増やすこととなるので、必ずそうした事態が生じるという点です。限界消費性向がマイナス(所得が増えたら消費を減らす)でない限りは、程度の差はあれど必ず所得増・消費増が生じます。

    逆に言えば、消費の減少は必ず他の経済主体の所得減をもたらし、その所得減がさらなる消費減を生み・・・ということとなるのです。武田先生の例で言えば、ガソリン代等の2万円の消費減は、石油会社等の所得を2万円減らし、石油会社等はそれに応じて消費(や投資)をたとえば1万円減らし(この場合、限界消費性向は0.5)、それが石油会社の取引先や社員の所得を1万円減らし、とその効果は波及していきます。

    消費活動の種類によって、単位あたりエネルギ消費量はさまざまですから、エネルギ消費量が少ない消費活動のみが減るのであれば大差ないでしょうし、逆であれば大いに石油の消費量は減るでしょう。そのような程度の差はあれ、節電というエネルギ消費の減少は他のエネルギ消費の減少を招き、全体では節電分を超えるエネルギ消費の減少にいたる、そのように考えるべきでしょう。

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