24時間テレビとマラソン
観てもいないのに、という気はするのですが。
795 名前: 会社員(catv?)[] 投稿日:2007/08/18(土) 13:13:23 ID:wzPqNX4Z0 BE:761634465-2BP(0)
大体この恒例のマラソンって何の意味があるんだ?
797 名前: ゴーストライター(アラバマ州)[] 投稿日:2007/08/18(土) 13:17:46 ID:VA1BB2OV0
>>795
1992年にマラソン開始してから視聴率が大幅UP
その後もほぼ安定した数字を維持してる798 名前: 理系(関西地方)[] 投稿日:2007/08/18(土) 13:18:06 ID:FZdKEKrB0
>>795
「この人も勇気を出して頑張ってるんだから、自分も頑張ろう!」
という、ものすごくクサいクサい展開を狙ってるだけ一生懸命生きる勇気
元気を分け与える
皆が一つになれる書いてて気持ち悪くなってきた・・・・
欽ちゃん70キロマラソン「医学的に非常識」(( ;^ω^)<へいわぼけより)
安定した数字を取れる、というのには、レス798のような話だけでもないような気がwebmasterにはします。おそらく、24時間という尺とマラソンというスポーツの相性のよさがあるのではないかと。
24時間テレビの特性を考えるに、ずっと観続ける人はまずいない、ということは大きいでしょう。番組中に組み込まれたドラマなりヴァラエティなりのひとつ(ないし複数)のコーナーを観ようと思う人は少なからずいるとしても、24時間テレビとして通して観ようという人は少ないはずです。人間という生物の限界が当然ありますし(笑)、「24時間テレビ」と銘打つひとつの番組であっても、テーマや進行役が共通しているとはいえ、しょせんは本来別の番組として成立するものの寄せ集めに過ぎないからです。
テレビ局側の思惑としては、たとえば18日21:30からのドラマを観た人のうち少しでも多くを、もう一度NTV系列のチャンネルに呼び戻したいわけです。となれば、ドラマで関心を途切れさせないためにも、番組を通じて進行するイヴェントを並行させ、そのイヴェントがどうなっているかと(それこそ他局の番組の切れ目にでも)気にしてもらうというのは、なかなかうまい手だということになるでしょう。
その意味では、別にマラソンである必要はなく、24時間かけて完結するものであれば何でもいいわけです。何らかの作品を仕上げるとか、ちょうど一日の行程がはまる登山とか、ドミノを並べるとか、番組のイメージに直結させるなら募金集め行脚をさせるとか。しかし、マラソンならではの強みとは、走るという行為が極めてシンプルであることです。
大多数の視聴者(といっても、番組の性質上日本人全体の比率よりは少ないかもしれませんが)にとって、走るとは何の説明もなく了解可能な行為で、観るだけで辛いと思ってくれるというのは、演出上極めて有利な話です。加えて、途中から観た人にとっても、わけがわからないとばかりに関心を向けてもらえない危険性は小さいでしょう‐何をやっているかは一目瞭然ですし、時間と距離を示せば進行度合いが直ちに伝えられるのですから。
1992年のプロデューサがどこまでこうしたことを事前に見通していたのかはわかりません。でも、以上のように(「24時間テレビ」であることを前提にすれば)数字を稼いだということも自然に思えますし、以後継続しているのも当たり前ということになるのではないでしょうか。
