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  • 08/24/2007 (6:12 am)

    竹中先生の嘘三度

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    これまで当サイトでは竹中先生の2つの「嘘」を取り上げてきました。

    その嘘の性質とは、

    昨日は有権者を騙したのではないかと指摘しましたが、それよりむしろ、竹中大臣自身が事後的に記憶を物語化して改変してしまったのかな、という気がしてきました。というのも、騙したというなら、ここでこのような詐術の種明かしをするのは愚の骨頂ですが、良くも悪くも竹中大臣にはそのような頭の悪さはないと考えられるからです。出馬当時の心情は都合よく忘却し、小泉総理に殉ずる自分という画に酔っているのではないかと。

    「続・竹中大臣の議員辞職表明」(2006/9/17付)

    嘘吐きの件を脇に置くとしても、ここでの発言は、彼の認知的不協和を解消するため、異様なまでにアンフェアな議論になっています。民間議員がそのような名義貸しをしたなら民間議員もまた有罪ということになりますが、それを責めれば自らがいた時代についても責めることになってしまいます。積極的に関与していたのか消極的に認容していたのかはさておき、与謝野前大臣を責めるならば小泉前総理の任命・監督責任があるということになるでしょう。会議の主宰者たる総理について、かねてから主体的・積極的に取り組んでいたと誉めそやしていたわけですから、不適切な運営となれば総理もまた責任を負うべきですが、「恩人」である小泉総理に対しては、そんな発想など浮かびもしないのでしょう。

    このような矛盾から目を逸らし心の平安を得るため、全ての責任は財務省へ、という認識が都合よく形成されているわけです。そうしておけば彼の美しい脳内世界‐この世の悪なるものはすべて官僚に帰せられ、それに対峙する自分や小泉総理は全身全霊を賭けて大義に殉ずる正義の士‐は整然とした秩序を保つことができる上、世に抵抗勢力の策謀を告発することともなり、構造改革への最後のご奉公というヒロイズムが満たされるわけです。先に詐欺師と書きましたが、自らの正義に微塵も疑いを持たず、その実現への尽力に自己陶酔し、方や存在自体が悪である敵対者に対してはどんな悪辣な手法を用いても問題ないとは、むしろカルト宗教の徒が似つかわしいのかも(笑)。

    「バッシングと嘘と諮問会議」(2006/9/29付)

    というものではなかろうかと分析してきたわけですが、やはり同じことを繰り返していらっしゃるようで。

    ここでも、今の自分の都合のいいように記憶が書き換えられ、そのゆがめられた記憶を前提とした官僚批判につなげられています。こういう人だから、webmasterにはどうしても竹中先生を信頼できない部分が残るのです・・・。

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