bewaad institute@kasumigaseki

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  • 08/30/2007 (11:59 pm)

    再説・マルクス主義2.0(前編)

    Filed under: economy ::

    私は、次のようなことを言っています。

    1. これから企業の社員の生産性は上がり正規雇用につける人は少なくなる
    2. 正規雇用の外で、従来の概念に無いアーチストのような新しい仕事、新しい働き方が増える

    この1の部分については、反対が少ないというかむしろ同意する人が多く、反論、批判は2の部分に集中しているようです。

    「正規雇用の反対側」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)8/26付)

    以前の次のやりとりで、1について異見を申し上げ、ご理解いただいたと思っていたのですが・・・

    再度webmasterの言わんとするところをまとめてみましょう。

    上記のやりとりにおいては、essaさんがGoogle等に代表される技術革新により生産性が大いに向上し、ごく少数の者によって世に必要とされる財・サービスを生み出すことが可能となるため、多くの人々は職を失うであろうとの未来予想を提示されました。それに対してwebmasterは、人間の欲望にはきりがないので職を失うことなどない、と申し上げました。

    わかりやすさのため、極端な話をしてみましょう。たとえば世の中で10人が生産活動に携わっているとして、5倍の生産性向上が達成されれば2人で従来と同じだけの生産が可能となります(生産に必要なリソースは労働のみと仮定します)。ここで、結果として2人のみが生産を行うこととなり、8人は職を失うとするのがessaさんで、5倍の生産(質なり量なり。とりあえず限界生産性の逓減はないものとしています)を行うので引き続き10人が働くとするのがwebmasterということとなります。欲望にはきりがないとは、5倍の生産が行われてもそれを人間の消費活動は呑み込んでしまう、ということです。

    前回のエントリでは、そうした事例として、食料における肉食や、さまざまな機能を実装して肥大化し続けるアプリケーションを挙げましたが、もちろんそれらに止まるわけではなく、一般的に見られる話です。多機能化する携帯にせよ、24時間営業のコンビニやレストランにせよ、スペックが向上し続けるコンピュータにせよ、みなそうした実例です。もちろん枯れた製品がないわけではありませんが、一昔前に比べれば質が改善し、あるいは量が増えているものがほとんどでしょう。つまりは需要が一定であればessaさんのご主張は成立しますが、供給力の発達によって需要が増加する(より正確には、従来は供給に必要なコストが需要される価格を上回り需要が潜在に止まっていたものが、低価格で供給可能になったことにより顕在化する)場合には成立しないとwebmasterは考えています。

    しかしessaさんのご主張は、よくよく見てみると、もう少しひねられたものであることがわかります。

    たとえば、身分として大企業の正社員でいる人の数はそれほど減ってないけど、大企業の中で正社員に払われるコストにふさわしい仕事をしている人の数は、相当減少しているのではないか。会社が丸ごと税金を強奪することで成りたっているような企業も多い。

    そもそも、社会にとって有用な価値を創造してそれで稼ぐ企業が本当の一流企業である。そういう意味での「(本物の)一流企業の(本物の)正社員」というのは、本当は既にもの凄い狭き門になっているけど、既に入っている人が残っているから目立たないだけなのだ。

    受け取る給与に見合うだけの価値創造に貢献してない多くの人が、自分の地位にしがみついている。そういう生き方自体を批判する気はないが、そういう人たちが自分の経験に基づいて生み出す言説は、社会にとって非常に害になるものだと思う。

    価値を一切創造しない人にとって、自分の給料とは、他の誰かが稼いだ金を奪うことでしか得られないものだ。確かに一定の価値を奪い合う生存競争は、熾烈なものになることもある。「世の中は厳しい、甘いもんじゃない」と言う人は、そういう競争の中にいる人だ。

    「「世の中は厳しい」なんて大嘘」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)8/21付)

    「価値を一切創造しない人」が「他の誰かが稼いだ金を奪」っているのであれば、そんな人はいない方がマシだ、ということとなります。そんな人の存在は、平均的な生産性を下げるのではなく、絶対的な生産性を下げてしまうのですから。先の例で言えば、2人で足りるから2人でいいのではなく、むしろ足を引っ張る8人はいない方がいいから2人がいいのだ、ということでしょう‐これまた、生産性の話と同様に、よみがえるマルクス主義であるといえます。つまり、「搾取」であると。

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