ひっぱたかれたくない「丸山眞男」の眷属の独り言
とあるところで「『丸山眞男』をひっぱたきたい」の紹介をみて、それ以前には「丸山眞男」は岩波文化人などの象徴であり、その手の知識人批判だと思っていたわけですが、大いなる勘違いとわかり読んでみました。中心となる主張そのものは、昭和恐慌後の日本国民の多くが戦争を歓迎したことの再現ということになりますが、著者の赤木智弘さんのサイトに設けられている掲示板でのやりとりには、より掘り下げた赤木さんの心情が記されています。
タイトル : Re^19: 議論の整理
記事No : 495
投稿日 : 2007/07/20(Fri) 08:29
投稿者 : 赤木智弘
議論の振り出しに戻った感がありますが、 絶対的貧困をどう思うのかもう一度お答えください。 1「中間層と貧困層の格差」が無くなるなら絶対的貧困のままでいい。 2「中間層と貧困層の格差」が有っても絶対的貧困から救え。
3 「中間層と貧困層の格差」が無くなれば、絶対的貧困からは救われる。
絶対的貧困は相対的に決定されるものだと思います。
つまり社会の大多数が貧困になることによって、物価も全体的に低下し、年収150万円でも生活できるようになります。念のために言っておきますが、決して私は最初から「全員が貧困になること」を望んでいるわけではありません。
希望順位で言うなら1、「中間層と貧困層の格差が上方に是正される」
中間層を年収500万、貧困層が年収150万とするなら、これが350万あたりのところで平等になること。2、「中間層と貧困層の格差が下方に是正される」
全体的に年収150万になる。という、順位です。
しかし、中間層が希望するのは、私の希望順位の最下位である。最下位、「労働分配率の向上(安定的昇給の復活)」
中間層の年収が750万、貧困層が200万程度になること。と、中間層は、より貧困層との格差を押し広げようとしているのが現状でしょう。そうである以上、中間層と貧困層の連帯が必要かつ、中間層に減給の自覚を強いる「1」を選択することはできない。よって「2」こそが最善手ということになります。
(略)
タイトル : Re^25: 議論の整理
記事No : 503
投稿日 : 2007/07/22(Sun) 15:56
投稿者 : 赤木智弘
(略)
確かにそうかもしれません。多くの人は他人の給料がどうなるかより基本的に自分たちの給料にしか興味は無いですね。 そういう意味では「中間層750万、貧困層200万」でも「中間層750万、貧困層500万」でも諸手を挙げて賛成するかもしれません。
それはありません。
中間層の裕福さは、中間層500万、貧困層150万をベースとして考えた際に、その格差の350万にあるのです。
貧困層より350万収入が高いことが、彼らの裕福さを担保するのです。
すると、前者の例では中間層は550万の豊かさを享受できますが、後者では250万の豊かさしかありません。
もちろん口先では後者を主張するかも知れませんが、自己責任だ、自助努力だ、若者優遇は不平等だetc.etc。結局は貧困層の昇給には大きなブレーキがかかるでしょう。
そのような批判が相次ぐだろうことは、先に書いた弱者批判の傾向を考えても明白ですね。そうかもしれません。 そして富裕層はその中間層を卑下し、こき使い、中傷し、その挙句に「働かない社員が悪い」と被害者面している連中です。
そして、そうした富裕層の意識においては、中間層も貧困層も平等なのです。
富裕層からしてみれば、貧困層から奪い取る50万も、中間層から奪い取る50万も同じものです。
どちらから奪いやすいかといえば、すでに奪い取ったあとの貧困層より、まだ奪い取る余地のある中間層なのです。
そして、そこにこそ富裕層と貧困層が連帯する意味があるのです。
富裕層が中間層から、より奪い取ることによって、中間層が貧困層に貶められたときに、初めて「同じ労働者」という平等を実現することができるのです。
3日前のエントリにて書いた、
(略)改めて小泉路線の支持構造を俯瞰すれば、
- 「勝ち組」には資源配分・所得再分配機能の抑制による財源負担の軽減という実利を与え、
- 「負け組」には「構造」の破壊による鬱憤晴らしと、そうした破壊にはあなたの助力が必要だとの自己実現を与え、
双方から支持を集めていました。
ということがまんざら的外れではないようです。先日も、有職者が憎いとの理由でテロを計画したと検察が冒頭陳述を行った公判がニュースになりました(a要素の内容を訂正しました(a要素の内容にins要素・del要素を含むことができないので、このように追記しております)。訂正前は「有職者が憎いとの理由でテロを計画した者の公判がニュースになりました」と書いてありましたが、(1)被告人はそうした動機を現時点で否定しており、(2)政治的主張の実現のための暴力的手段の活用=テロではないことから、表記を改めました。(9/19訂正))が、こうしたところまで突き詰めてしまう人は圧倒的少数派であるとしても、生活の不安定さが安定した生活そのものへの敵視を招くとの側面は、多くの人が持っているのではないでしょうか。
#脱線するならば、小泉前総理の支持の少なからぬ部分は、この破壊衝動を共にしているところから生まれてきたような気がします。他方で安倍総理については、関心となる分野の違いもさることながら、破壊ではなく置き換え(憲法にせよ教育にせよ、現在の状況を破壊して後は野となれ山となれというのではなく、他の価値体系を現在のそれと換えたい)が基本的スタンスで、となれば純粋な破壊を求める立場からは、不純な破壊を企んでいるかのように見えたのではないでしょうか。
興味深いのは、こうした敵視が富裕層には向いていない、ということです。堀江貴文被告人に対して好意的だった者がどのような層に多く見られたかに整合的な話ですが、その理由は「同じ労働者」という言葉遣いに手がかりがあるとwebmasterは思います。自らよりも優れていると認める者が富裕になることよりも、同じような能力でありながら扱いの差があることにこそ、許しがたさを見出すのでしょう。
そのような思いは、好況であっても抱かれるものではあります。しかし、失業者が雇用され、または非正規雇用者の待遇が改善し、もしくは正規雇用者となることができる可能性は、明らかに好況において高まります。さらには好況においては、2つめの赤木さんのレスで引用されているニューケインジアン参さんのアイデア、すなわち中間層と貧困層の双方が豊かになり、格差が縮まっていく傾向が見られるのは、理の必然でもあります‐そうした労働力こそが不足気味になるのですから。
ニューケインジアン参さんは他にも重要な指摘をしていらっしゃいまして、
タイトル : Re^16: 議論の整理
記事No : 482
投稿日 : 2007/07/17(Tue) 12:49
投稿者 : ニューケインジアン参
(略)
ちなみに、いま年収500万程度の人全てが150万になるようなことになったら、赤木さんの年収はもっと減ります。
なぜなら彼らが使える金が減るからです。単純な話です。
現在貧困層の人が概算で2174万人いるので、
http://www.mgssi.com/terashima/0704.html
仮に同じ人数(2174万人)が年収500万→150万になったとしましょう。
そうすると、年間で350万*2174万=76兆900億円のお金が減ります。
これだけのお金が使われなくなる(回らなくなる)ので、景気はもっと悪くなります。(乗数効果という)
名目GDPで100兆は軽く落ち込むでしょう。そして、当然景気が悪くなるので企業は採用枠を物凄く減らします。結果、高卒の募集に大卒が応募してくるような事態になります。
当然非正規雇用も。そうなれば赤木さんのような現在の非正規雇用者はより悪い待遇に甘んじるか無職になるしかなくなります。
赤木さんのご主張が各個人にとって合理的であったとしても、合成の誤謬で赤木さんたちにとっても結局ははより悪い状況になってしまいます。赤木さんのお答えは個人が使わない分は、法人が使えばいいのです。/つまり、労働分配率を低く抑えればいい。/経済はBtoBでまわせば良いのです。
とのことですが、不況期に労働分配率を下げれば企業がその分使う(この場合、使う=(設備)投資ということになりますが)はずもなく、内部留保が増える一方だというのは、このデフレ期の企業行動を見ていればこれまた明らかなわけですが。
以下蛇足ながら、冒頭の「とあるところ」とは池田信夫先生のエントリなのですが・・・。
この論旨は、当ブログで前に書いた記事と似ている。要するに平和とは、既得権を守ることなのだ。椅子取りゲームで、あるとき笛が鳴ってみんなが椅子に座った瞬間、座った人々は二度とゲームをしなくなる。それを平和という名で正当化するのだ。民主主義や資本主義も、建て前としての平等(機会均等)は掲げるが、実際には資本をもたない者にとっては機会は決定的に不均等なのだから、この状況を壊すには椅子をひっくり返すしかない。
(略)
そしてこれは、筆者がたまたま比喩として使った丸山眞男につながる。丸山の同時代の若者があの戦争に突っ込んでいったのも、必ずしも召集されていやいや行ったわけではなく、農村の貧しい少年が戦争で手柄を立てて「一発当てたい」という衝動からだった。丸山はそういう兵士を軽蔑し、戦争の元凶を天皇を頂点とする「超国家主義」に求めたが、戦争機械はもっと「古い脳」に埋め込まれているのだ。この意味では、丸山よりも筆者のほうが正確に戦争の本質をみている。丸山に代表される戦後的な偽りの平和を壊さない限り、フリーターに未来はないだろう。
「丸山眞男をひっぱたけ」(@池田信夫 blog9/14付)
全共闘に理解を示した丸山眞男こそが、「右」の学者に勝るとも劣らないほど全共闘に偽善者呼ばわりされてつるし上げられたわけで、この理解は裏切られざるを得ないような気がします。それこそ赤木さんは、上記の掲示板において、論座という雑誌を読むような「左」側の人からも、救いの手は伸ばされていません。/みんな他人に同情はしても、何も与えてはくれません。「同情するなら金をくれ!!」は弱者救済の基本なのですが、そんなことすら分からない人たちなのです。
とおっしゃっているわけで、これを「左」に対する批判だと理解するならば早とちりでしょう。池田先生が赤木さんに「金」をあげるならばともかく、そうでなければ、池田先生とて丸山眞男と同じ穴の狢とみなされ、やはりひっぱたかれる対象になってしまうのです。
#池田先生がご自身を富裕層に属するものと位置づけられているのでしたら、話は変わってきますが。
