bewaad institute@kasumigaseki

  • archives by smart archives
  • 09/16/2007 (11:59 pm)

    ひっぱたかれたくない「丸山眞男」の眷属の独り言

    Filed under: economy, politics ::

    とあるところで「『丸山眞男』をひっぱたきたい」の紹介をみて、それ以前には「丸山眞男」は岩波文化人などの象徴であり、その手の知識人批判だと思っていたわけですが、大いなる勘違いとわかり読んでみました。中心となる主張そのものは、昭和恐慌後の日本国民の多くが戦争を歓迎したことの再現ということになりますが、著者の赤木智弘さんのサイトに設けられている掲示板でのやりとりには、より掘り下げた赤木さんの心情が記されています。

    タイトル : Re^19: 議論の整理

    記事No : 495

    投稿日 : 2007/07/20(Fri) 08:29

    投稿者 : 赤木智弘

    議論の振り出しに戻った感がありますが、 絶対的貧困をどう思うのかもう一度お答えください。 1「中間層と貧困層の格差」が無くなるなら絶対的貧困のままでいい。 2「中間層と貧困層の格差」が有っても絶対的貧困から救え。

     3 「中間層と貧困層の格差」が無くなれば、絶対的貧困からは救われる。

     絶対的貧困は相対的に決定されるものだと思います。
     つまり社会の大多数が貧困になることによって、物価も全体的に低下し、年収150万円でも生活できるようになります。

     念のために言っておきますが、決して私は最初から「全員が貧困になること」を望んでいるわけではありません。
     希望順位で言うなら

    1、「中間層と貧困層の格差が上方に是正される」
     中間層を年収500万、貧困層が年収150万とするなら、これが350万あたりのところで平等になること。

    2、「中間層と貧困層の格差が下方に是正される」
     全体的に年収150万になる。

    という、順位です。
    しかし、中間層が希望するのは、私の希望順位の最下位である。

    最下位、「労働分配率の向上(安定的昇給の復活)」
     中間層の年収が750万、貧困層が200万程度になること。

     と、中間層は、より貧困層との格差を押し広げようとしているのが現状でしょう。そうである以上、中間層と貧困層の連帯が必要かつ、中間層に減給の自覚を強いる「1」を選択することはできない。よって「2」こそが最善手ということになります。

    (略)

    タイトル : Re^25: 議論の整理

    記事No : 503

    投稿日 : 2007/07/22(Sun) 15:56

    投稿者 : 赤木智弘

    (略)

    確かにそうかもしれません。多くの人は他人の給料がどうなるかより基本的に自分たちの給料にしか興味は無いですね。 そういう意味では「中間層750万、貧困層200万」でも「中間層750万、貧困層500万」でも諸手を挙げて賛成するかもしれません。

     それはありません。
     中間層の裕福さは、中間層500万、貧困層150万をベースとして考えた際に、その格差の350万にあるのです。
     貧困層より350万収入が高いことが、彼らの裕福さを担保するのです。
     すると、前者の例では中間層は550万の豊かさを享受できますが、後者では250万の豊かさしかありません。
     もちろん口先では後者を主張するかも知れませんが、自己責任だ、自助努力だ、若者優遇は不平等だetc.etc。結局は貧困層の昇給には大きなブレーキがかかるでしょう。
     そのような批判が相次ぐだろうことは、先に書いた弱者批判の傾向を考えても明白ですね。

    そうかもしれません。 そして富裕層はその中間層を卑下し、こき使い、中傷し、その挙句に「働かない社員が悪い」と被害者面している連中です。

     そして、そうした富裕層の意識においては、中間層も貧困層も平等なのです。
     富裕層からしてみれば、貧困層から奪い取る50万も、中間層から奪い取る50万も同じものです。
     どちらから奪いやすいかといえば、すでに奪い取ったあとの貧困層より、まだ奪い取る余地のある中間層なのです。
     そして、そこにこそ富裕層と貧困層が連帯する意味があるのです。
     富裕層が中間層から、より奪い取ることによって、中間層が貧困層に貶められたときに、初めて「同じ労働者」という平等を実現することができるのです。

    深夜のシマネコBBS

    3日前のエントリにて書いた、

    (略)改めて小泉路線の支持構造を俯瞰すれば、

    • 「勝ち組」には資源配分・所得再分配機能の抑制による財源負担の軽減という実利を与え、
    • 「負け組」には「構造」の破壊による鬱憤晴らしと、そうした破壊にはあなたの助力が必要だとの自己実現を与え、

    双方から支持を集めていました。

    ということがまんざら的外れではないようです。先日も、有職者が憎いとの理由でテロを計画したと検察が冒頭陳述を行った公判がニュースになりました(a要素の内容を訂正しました(a要素の内容にins要素・del要素を含むことができないので、このように追記しております)。訂正前は「有職者が憎いとの理由でテロを計画した者の公判がニュースになりました」と書いてありましたが、(1)被告人はそうした動機を現時点で否定しており、(2)政治的主張の実現のための暴力的手段の活用=テロではないことから、表記を改めました。(9/19訂正))が、こうしたところまで突き詰めてしまう人は圧倒的少数派であるとしても、生活の不安定さが安定した生活そのものへの敵視を招くとの側面は、多くの人が持っているのではないでしょうか。

    #脱線するならば、小泉前総理の支持の少なからぬ部分は、この破壊衝動を共にしているところから生まれてきたような気がします。他方で安倍総理については、関心となる分野の違いもさることながら、破壊ではなく置き換え(憲法にせよ教育にせよ、現在の状況を破壊して後は野となれ山となれというのではなく、他の価値体系を現在のそれと換えたい)が基本的スタンスで、となれば純粋な破壊を求める立場からは、不純な破壊を企んでいるかのように見えたのではないでしょうか。

    興味深いのは、こうした敵視が富裕層には向いていない、ということです。堀江貴文被告人に対して好意的だった者がどのような層に多く見られたかに整合的な話ですが、その理由は「同じ労働者」という言葉遣いに手がかりがあるとwebmasterは思います。自らよりも優れていると認める者が富裕になることよりも、同じような能力でありながら扱いの差があることにこそ、許しがたさを見出すのでしょう。

    そのような思いは、好況であっても抱かれるものではあります。しかし、失業者が雇用され、または非正規雇用者の待遇が改善し、もしくは正規雇用者となることができる可能性は、明らかに好況において高まります。さらには好況においては、2つめの赤木さんのレスで引用されているニューケインジアン参さんのアイデア、すなわち中間層と貧困層の双方が豊かになり、格差が縮まっていく傾向が見られるのは、理の必然でもあります‐そうした労働力こそが不足気味になるのですから。

    ニューケインジアン参さんは他にも重要な指摘をしていらっしゃいまして、

    タイトル : Re^16: 議論の整理

    記事No : 482

    投稿日 : 2007/07/17(Tue) 12:49

    投稿者 : ニューケインジアン参

    (略)

     ちなみに、いま年収500万程度の人全てが150万になるようなことになったら、赤木さんの年収はもっと減ります。
     なぜなら彼らが使える金が減るからです。単純な話です。
     現在貧困層の人が概算で2174万人いるので、
     http://www.mgssi.com/terashima/0704.html
     仮に同じ人数(2174万人)が年収500万→150万になったとしましょう。
     そうすると、年間で350万*2174万=76兆900億円のお金が減ります。
     これだけのお金が使われなくなる(回らなくなる)ので、景気はもっと悪くなります。(乗数効果という)
     名目GDPで100兆は軽く落ち込むでしょう。

     そして、当然景気が悪くなるので企業は採用枠を物凄く減らします。結果、高卒の募集に大卒が応募してくるような事態になります。
     当然非正規雇用も。そうなれば赤木さんのような現在の非正規雇用者はより悪い待遇に甘んじるか無職になるしかなくなります。

    深夜のシマネコBBS

    赤木さんのご主張が各個人にとって合理的であったとしても、合成の誤謬で赤木さんたちにとっても結局ははより悪い状況になってしまいます。赤木さんのお答えは個人が使わない分は、法人が使えばいいのです。/つまり、労働分配率を低く抑えればいい。/経済はBtoBでまわせば良いのです。とのことですが、不況期に労働分配率を下げれば企業がその分使う(この場合、使う=(設備)投資ということになりますが)はずもなく、内部留保が増える一方だというのは、このデフレ期の企業行動を見ていればこれまた明らかなわけですが。

    以下蛇足ながら、冒頭の「とあるところ」とは池田信夫先生のエントリなのですが・・・。

    この論旨は、当ブログで前に書いた記事と似ている。要するに平和とは、既得権を守ることなのだ。椅子取りゲームで、あるとき笛が鳴ってみんなが椅子に座った瞬間、座った人々は二度とゲームをしなくなる。それを平和という名で正当化するのだ。民主主義や資本主義も、建て前としての平等(機会均等)は掲げるが、実際には資本をもたない者にとっては機会は決定的に不均等なのだから、この状況を壊すには椅子をひっくり返すしかない。

    (略)

    そしてこれは、筆者がたまたま比喩として使った丸山眞男につながる。丸山の同時代の若者があの戦争に突っ込んでいったのも、必ずしも召集されていやいや行ったわけではなく、農村の貧しい少年が戦争で手柄を立てて「一発当てたい」という衝動からだった。丸山はそういう兵士を軽蔑し、戦争の元凶を天皇を頂点とする「超国家主義」に求めたが、戦争機械はもっと「古い脳」に埋め込まれているのだ。この意味では、丸山よりも筆者のほうが正確に戦争の本質をみている。丸山に代表される戦後的な偽りの平和を壊さない限り、フリーターに未来はないだろう。

    「丸山眞男をひっぱたけ」(@池田信夫 blog9/14付)

    全共闘に理解を示した丸山眞男こそが、「右」の学者に勝るとも劣らないほど全共闘に偽善者呼ばわりされてつるし上げられたわけで、この理解は裏切られざるを得ないような気がします。それこそ赤木さんは、上記の掲示板において、論座という雑誌を読むような「左」側の人からも、救いの手は伸ばされていません。/みんな他人に同情はしても、何も与えてはくれません。「同情するなら金をくれ!!」は弱者救済の基本なのですが、そんなことすら分からない人たちなのです。とおっしゃっているわけで、これを「左」に対する批判だと理解するならば早とちりでしょう。池田先生が赤木さんに「金」をあげるならばともかく、そうでなければ、池田先生とて丸山眞男と同じ穴の狢とみなされ、やはりひっぱたかれる対象になってしまうのです。

    #池田先生がご自身を富裕層に属するものと位置づけられているのでしたら、話は変わってきますが。

    add to hatena hatena.comment 37 users add to del.icio.us 3 users add to livedoor.clip 1 users

    88 Responses to “ひっぱたかれたくない「丸山眞男」の眷属の独り言”

    1. yy Says:

      前のエントリに対するコメントの趣旨は、要は赤木さんのような方を「負け組の小泉支持層」として想定するのなら、その数は中間層の人々に比べれば少数なんじゃないの、ということだったのですが。
      赤木氏のような、中間層の没落を望む小泉支持者より、単に閉塞状況の打破を期待する中間層の小泉支持者の方が実は多いんじゃないの、ということを言いたかったわけで。

      ニューケインジアン参さんの指摘には概ね同感です。
      件のやり取りの中で気になったのは、赤木氏は税制等による格差是正を是としつつも、「でもそんなこと実際には不可能じゃないですか」と言っていた点ですね。
      それを言うなら、赤木氏が以前から言っている戦争なんて、それ以上に起こりえないじゃないかと。
      まあ、戦争に限らず破壊を求めているんだ、ということかもしれませんが、政治による解決が困難だから誰かぶっ壊してくれってのは、そりゃ単なるヒステリーでしょうって思ってしまうわけで。

    2. ⊂二二二( ^ω^)二⊃ Says:

      >経済はBtoBでまわせば良いのです。

      というところに驚きましたね。中間層の没落によって最終消費が冷え込むのに、どうやってBtoBでまわすのやら…。この手の連中のお得意の「国際競争力」による輸出増大でどうにかする気なんでしょうが。

      まぁ、こういう非合理で破壊衝動的な価値観は、正統派経済理論よりも大衆に支持されやすいように思いますし、それが金融政策を振り回すといろいろと面倒なので、やっぱり中央銀行は独立しているべきだと強く思うに至るのですが、今の日銀を見ているとそうも言い切れない現実が…orz

    3. koge Says:

      根本的な話として、赤木氏のような「貧困層」ですら日本(先進国)に生まれついた時点で5倍の競争(それもバブルと氷河期世代なんかよりよっぽど理不尽な)を勝ち抜いてきた「富裕層」、「勝ち組」なんですよね。
      しかも、自ら「丸山真男」をひっぱたいて奪いにいくのではなく、誰かが起こしたのか自分で起こすのかはともかく外部との「戦争」中に味方同士でひっぱたくのが希望というんじゃ…すでに先進国に銃口を向けてる後進国の50億人にとってはいいカモ以外の何者でもないですよ。同世代なんで心情的にはものすごく理解できるんですけどね。
      たとえ化石燃料は枯渇しないとしても、それを燃やすことによる温暖化や環境破壊がもう限界に近いと信じられてる以上は、社会はゼロサムの弱肉強食で中国人が1億人日本人と同じ豊かな生活をしだしたら同じだけ日本人がかつての中国人並みの貧困に追いやられるんだという意見が説得力を持ってしまうわけで。
      #資源はあるから(あるいはなくても)成長できるっていってくださいよ、リフレ派さん!

    4. winter_mute Says:

      赤木さんの主張を経済学的に理解しようとして、何じゃこりゃ、となったのですが、社会心理として理解しようとすると少し恐ろしくなりました。

      この主張は後期ヴァイマール・ドイツや昭和恐慌期・日本なんかでお馴染みなアレを想像させてくれたわけです。

      ナチスとかは失業中間層の幹部と失業貧困層の兵隊によって支えられていた面もあるわけで、まあ、こういった主張はいつの時代にもあったわけですが、論座とかそういった雑誌で取り上げられるようになるとさすがにアレかなと。

    5. shibacow Says:

      bewaadさん。赤木論文や、赤木さんの主張を、経済学的な主張だと捉えると間違えます。

      どうしても論文と言うと、論理の正しさをきそってしまうために、そのような間違いをしてしまいがちです。

      たぶん読みとしては、萱野さんのこの文章が、もっとも本質を突いている。
      http://blog.yomone.jp/kayano/2007/03/post_98c7.html
      「最後から3段落め」「ひとは、正しいことをいう人間に、ではなく、自分を認めてくれて居場所を与えてくれる人間についていく。」

      赤木論文の上手さは、論破すればするほど、「彼らの言っていることは学問的には正しい、でも彼らは私(私たち)に居場所すら与えてくれない」と言う彼の根拠に力を与えてしまうと言う点です。

      彼の反論の面白さは、「論座で色々な人が反論してきた(格差についてはみな問題だと言った)が、誰一人私を雇おうと言う人は居なかった」というロジックを示すところです。

      この論文に対しては、学問の正しさで対処しようとすると、相手の術中にはまる類の論文です。

      経済学的に言えば、確かに好況になれば雇用は増えますが、けれどもどの官僚も「でも私たちは、30歳フリーターと一緒に働くのはごめんだ。うちの職場には出来ればこないで欲しい。」と思っていると言う、全ての人が持っている差別意識を上手くくすぐるのがこの論文の、したたかさかなって思います。

    6. MUTI Says:

      漫画家、あびゅうきょ の、
      近年の作品や、
      あびゅうきょ関連Webページの
      > 『絶望皇太子』が記す仮想現実日記
      http://www.enpitu.ne.jp/usr1/15401/
      を思い出した次第です。

      ルサンチマンの蓄積にどうするべきか…

    7. とーにゅー Says:

      >有職者が憎いとの理由でテロを計画した者の公判
      うーん、web上のソースが消えてるみたいですが、たしか被告人はこの動機を否認してたと思うんですが。ですからこれは「〜テロを計画したとされる者の公判」と言うべきなのでは。警察・検察は容疑者の「思い」を、とかく紋切り型の「動機」に押し込めてしまうようですし、私は、この被告人は「むしゃくしゃしてやろうとした」に近い、漠然とした動機で爆発物などの準備をしたのではないか、という疑いを捨てきれないのです。最終的にまとめれば「有職者が憎い」になったとしても、今の段階で断定するのもどうかと思うのです。

      ただ、そうした問題は別として、この件は、日本で「有職者が憎い」という動機でテロが起きうるという認識を警察・検察が宣言したものとして興味深いと思います(これが初めての例かどうかは存じませんが)。今後「赤木さん」も危険分子として目を付けていくという流れになるのかな、と。とっくにそうなってるぞ、ということなら、単に私が無知なだけですが、どうなんでしょうね。無職層への風当たりがさらにきつくならなければよいのですが。

    8. PK Says:

      国債1000兆円に目をつぶって、親方福田丸に安心を求める之図

    9. yy Says:

      >とーにゅーさん

      構造改革を進める体制側からすれば、中間層を既得階層として敵視する赤木氏のような人は、むしろ貴重な支持者ではないでしょうか。
      また、負け組の不満を支配層へと向けさせず、中間層へと向けようとする赤木氏の論説は、体制にとって実にありがたいものでしょう。
      であれば、体制側にとっては、赤木氏は危険分子というより、むしろ上手く活かしていきたい存在ではないでしょうか。
      それに実際のところ、ここまで有名になってしまい、本まで書くような人が、わざわざ危険で困難なテロ活動等に関与する可能性は極めて低いのではないかと思います。

    10. 銅鑼衣紋 Says:

      この御仁が本当に自称するとおりの境遇にあるのか、あるいは目ざとくも商売として売れると気づいて自称してるのかは分からないし、どっちでも同じだけど、10年単位で不況が続けば遅かれ早かれ出てくることが約束されていたタイプでしょう。

      思い出すのは60年代から70年代初めのニューレフト運動(たとえば教祖の一人はマルクーゼ)やらガルブレイスの新産業国家とかのイメージしていた「狡猾なテクノクラートによる計画の成功が経済的繁栄をもたらし、人民は自分が疎外されていることすら自覚できない絶望的な状況にあり、このシステムは暴力によってしか破壊できない」といった主張のむなしさですなぁ(笑)

      まあ、どっちに転んでも陰謀論の種は尽きまじ

    11. とーにゅー Says:

      >yyさん
      ええ、赤木氏ご本人については仰る通りだと思います。私が「赤木さん」と括弧書きにしたのは、赤木さん的ルサンチマンを抱えている人たちという意味です。たしかに現在の体制側にとってうまく活かしていきたい存在でしょうが、同時にその一部は危険な存在と見なされつつあるのではないか、とも思うのです。なんとなく右翼(団体)の存在と近いものになる可能性もあるような(体制側がうまく利用してきたけれども、一部については治安上問題を引き起こしている、という意味で)。
      ただまあ、実際にテロまでやるほどの人間がどの程度出現するのか、というのが正直よく分からないのですが。

    12. yy Says:

      >とーにゅーさん

      括弧書きの意図を把握できず、ずれたレスになってしまい失礼しました。
      仰るような「赤木さん」的人々については、鬱憤晴らしと自己実現の機会が提供される限りにおいては、暴発する可能性は低いのではないかと考えます。
      危険性についても、それらの人々が高度に組織化されることがない限り、それほどのものにはならないかと。
      なんらかの形で、それらの人々が組織化されるようになれば、仰るような懸念が出てくるかもしれませんが、今のところは大丈夫ではないでしょうか。

      そういえば、以前竹中氏がフリーターに「自由民主党のもとに結集しよう」とか言ってましたっけ。これは暴力的な形ではなく、政治的にフリーターを組織化しようという動きでしょうか。
      そんな竹中氏も、今ではご自身がフリ(ry

    13. adhoc Says:

      ここでもついに赤木智弘を語りだしましたね。

      あらゆる権利は既得権です。所有権とは、長く占有していた事実を権利として認めたもので、その意味では、土地などの所有権を守ることと、長期在職者に雇用関係の所有権を認めて解雇規制で保護することの間に、本質的な差は無いです。

      もっとも、コースの定理によれば、雇用の所有権を労働者に与えても企業に与えても、実現する資源配分は変わらないはずです。この時、正社員の待遇が良いのは生産性が高いからであり、正社員に既得権益があるという議論は間違いになります。ところが、これが一番、赤木が嫌いな議論で、仮に自分が正社員採用されていたら、自分の待遇はもっと良かったはずだから、現在の正社員の好待遇も既得権に過ぎないとなるわけです。

    14. 暇人 Says:

      この方も一度就職はされているようです。9年前の
      http://www7.vis.ne.jp/~t-job/Nikki/N9808.htm
      の8/28日記、および
      http://www7.vis.ne.jp/~t-job/Nikki/N9809.htm
      の9/30日記では、事実上解雇された社長への恨み節が書かれています。
      しかし、その恨みもすぐ醒めたようで、その後は社長や会社への言及は見られません。

      普通に考えると、おそらく富裕層であるこの社長
      http://blog.goo.ne.jp/cpiinc/
      によってまさに中間層から貧困層に貶められたのがそもそもの不幸の始まりのようですので(もっとも日記を読むとそれ以前もさほど幸せそうではなさそうですが)、ひっぱたきたいのはむしろそちらだろうという気がしますが……。
      彼の怒りが一貫して中間層や学者に向けられているのは不思議といえば不思議な気もします。

      #ちなみに山形=クルーグマンも読んでいるようなので、リフレ論も知っているはず。
      http://www7.vis.ne.jp/~t-job/Nikki/N9902.htm
      (2/18エントリ)

    15. PK Says:

      サヨク言論が、取り上げる
      サヨクのメディア総攻撃で安部が精神病に追い込まれる
      サヨク無自覚症の自称官僚が食いつく

      昔の、気味の悪い日本に完全に戻ったな

    16. 精神病に追い込む発言 Says:

      訪中をしたことで、最初から求心力を失った政権でした。自分の支持層を自分で切り捨てたのですから。歴史問題の軽視は、中国から韓国、韓国から米国、そしてロシアやアジア一帯に広がる兆候があり、安部の訪中がその引き金になっていました。辞任が半年遅い。

    17. webmaster Says:

      >yyさん
      単純に人数を計算すればおっしゃるとおりかと存じますが、中間層がたとえば従来型の自民党、構造改革路線、民主党等に分裂し、他方で「負け組」が構造改革路線支持で過半が固まるならば、力関係は「負け組」有利となります。その鮮やかな実例が、郵政解散だったのだと理解しています。

      >⊂二二二( ^ω^)二⊃さん
      個人消費が低調な中、外需+外需用設備投資でなんとか2%成長を達成しているのが現状ですから、赤木さんも鋭い観察眼をお持ちということではないでしょうか。

      日銀は、構造改革路線の旗振り役を自認してますからorz。

      >kogeさん
      資源が本当になくなったら成長は難しいでしょう(笑)。

      ただ、資源がなくなるのは大方の予想より先でしょうし、というのも現在は(経済的に)資源足り得ないものが他の資源の枯渇等によって採算が合うようになって資源になって来るわけですから。

      >winter_muteさん
      デューゼンベリーのデモンストレイション効果仮説のように、他人との相対的な関係において豊かさを実感するとの考え方は、決して非経済学的な話ではないように思います。

      とまれ、皆一緒に貧しくなろう、というのはむしろクメール・ルージュを想起させて已まないわけで、となると論座に掲載されたというのもまんざら不思議ではないと思いますよ(笑)。

      >shibacowさん
      私も赤木さんに理解して欲しいというスタンスではなく(理解してもらえるに越したことはありませんが、無理だろうなぁ、と思ってます)、だからこそエントリに「独り言」とのタイトルを冠しております。彼を論破することに、彼のような性向を有する者を減らす効果はあまりなく、好況によって労働市場の需給を改善することにこそ、そうした効果があるのだろうというのが私の基本的スタンスです。「中間層」の各個人がどう考えるかにかかわらず、総体として職を得る、あるいは待遇が改善される者が増えれば、少なくとも「中間層」を引き摺り下ろそうという不満は減っていくはずで、だからこそ豊かになることは総じて社会を保守化させるわけです。

      また、
      >自分を認めてくれて居場所を与えてくれる人間
      というのは小泉前総理だったのだなぁ、というのがエントリ中の「そうした破壊にはあなたの助力が必要だとの自己実現」です。

      >MUTIさん
      情報提供ありがとうございました。やはり赤木さんが異端だ、ということではないのでしょう(サンプル数が少ないことは認めますが)。

      >とーにゅーさん
      ご指摘ありがとうございました。訂正させていただきました。

      >yyさん
      中間層に向くのが必然というわけではないので(それこそ革命の温床となったのがどのような階層であったかを考えれば)、都合よく使う、ということは考えづらいように思います。ただ、公安警察が得意とするのは組織相手なので、個人が企むような話は実際問題としてなかなか事前に備えるといっても難しいのでしょうけれども。

      ちなみに竹中先生は、慶應の教授職に就かれていらっしゃいますから、決してフリーターなどでは(笑)。
      http://www.keiocampus.net/archives/2006/11/post_981.htm...

      >銅鑼さま
      どれだけ世の中が好景気であっても、こういった思考をする人はゼロにはならないと思います。完全雇用下であっても、あんなやつがいい目を見ているのに自分は、ということはあるでしょうから。ただ、それが政治的に無視できないだけの頭数になるかどうかは景況に左右されるでしょうし、管見では、小泉政権の高い支持率は、そうした頭数がそろっていたことの証拠ではないかと。

      >adhocさん
      特定の組織に属した経験によって当該組織内で有効なスキルを獲得した場合には、「正社員の待遇が良いのは生産性が高いから」ということと「仮に自分が正社員採用されていたら、自分の待遇はもっと良かったはず」ということは両立するわけで、となるとやっぱり赤木さんには新卒市場の需給バランスが大いに供給超過となったマクロ環境を問題視してほしいわけですが、やはりマクロ経済政策は公共財であって個々の当事者はフリーライドこそすれ自ら問題提起するインセンティヴがなくて当然な状況になってしまうんですよねぇ。

      >暇人さん
      椅子取りゲームにおいて、椅子の数を減らした者よりも、椅子を競い合って自分から奪い取った人間を敵視することに相通じるのではないでしょうか。

      クルーグマンは「経済入門」ではリフレ政策を論じていなかったような気がするので、やっぱりIt’s baaaack!を読んでもらわないと(笑)。

      >精神病に追い込む発言さん
      訪中時には目立った支持率低下は観察されなかったように記憶しています。

    18. 精神病に追い込む発言 Says:

      あれは池田ブログでのペナルティーキックの発言w

    19. ねずみ王様 Says:

      荒くれ港町育ちのねずみの感じからすると、たぶん殴る前に殴られるよ、そんな理屈こねてたらと思いますが(いや対人スキルは大事です)、それはともかく。

      >論座という雑誌を読むような「左」側の人
       ソウダッタノカ!といういちおうお約束の反応をしたあとで多少真面目に考えると、どうなんでしょう? わたしあの雑誌、(活字メディア関連?)業界紙にしか見えませんで、この話もそういう一種の内輪受けにしか見えない。
      http://www.j-magazine.or.jp/data_001/main_a.html

       ただ、このエントリで行われたような分析は、一般大衆ないしは国民レベルに妥当するというより、そういう業界内、とりわけ作り手(というか送り手)の琴線に触れるなにかを持っているのではという、そういう感じがしてなにか無惨な感じがするのですけどね。
       「(おれ/わたしの理解できない)正論を聞くのはもう飽き飽きだ」と思ってるのは誰で、なんでなのか、とまあ、そういうことですがね。

    20. おの Says:

      >自らよりも優れていると認める者が富裕になることよりも、同じような能力でありながら扱いの差があることにこそ、許しがたさを見出すのでしょう。

      扱いの差があるのなら、やっぱり何らかの点で能力が違うんじゃないかと思うんですけど、、どうなんでしょう。

      >「中間層」の各個人がどう考えるかにかかわらず、総体として職を得る、あるいは待遇が改善される者が増えれば、少なくとも「中間層」を引き摺り下ろそうという不満は減っていくはずで、だからこそ豊かになることは総じて社会を保守化させるわけです。

      中間層としてはこういうwin-win路線を一番支持したいです。貧困層より裕福ゆえに幸福を感じる中間層なんているわけないですよ!赤木氏は妬まれることの恐ろしさを知らないとしか思えません。

    21. BUNTEN Says:

      >「同情するなら金をくれ!!」は弱者救済の基本

      その通りです。というのも同情は食えませんから。

      食えるだけの給料がもちろん望ましいですが、それが叶わぬなら生活保護ということになります。
      しかし政府(地方自治体や日銀込み)は基本的に景気を低迷させつつ生保を含む再分配をなくす方向です。そこからきた危機一髪(転落日記 http://air.ap.teacup.com/applet/bunten/msgcate4/archive)の中で仕事こそ紹介してもらえなかったものの生保を取るのに手を貸してくれたのがいわゆる左翼系の組織となると、私の場合左翼をひっぱたきたいとはなかなか思えないわけで。

      >扱いの差があるのなら、やっぱり何らかの点で能力が違うんじゃないか
      (http://bewaad.com/2007/09/16/270/#comment-18077 )
      そうか、やっぱりそうなのか。orz

    22. yy Says:

      >ちなみに竹中先生は、慶應の教授職に就かれていらっしゃいますから

      書き込んだ直後に過ちに気がついたものの、時既に遅しorz

      >都合よく使う、ということは考えづらい

      国家としては考えにくくても、与党として負け組を構造改革の支持者として利用するのは、都合良く使うことにはならないでしょうか。
      定職に就いている中間層を「既得権を手放さない労働貴族」として攻撃するには格好の勢力でしょう。

    23. 暇人 Says:

      >クルーグマンは「経済入門」ではリフレ政策を論じていなかった

      そこが山形さんの敏いところで、山形訳本にはしっかり
      http://cruel.org/krugman/japtrapj.html
      を忍び込ませているんですな。で、赤木氏もそれ、およびhotwiredの
      http://hotwired.goo.ne.jp/altbiz/yamagata/981020/texton...
      を読んで心を動かされていたという。
      ですので、パルパティーンよろしくうまく誘導すれば、この人はリフレ派の尖兵になってくれるかも、という気もいたしますです(笑)。

    24. webmaster Says:

      >精神病に追い込む発言さん
      それは失礼いたしました。

      >ねずみ王様さん
      左であれ活字メディアであれ、いずれの業界にも疎いのでそのあたりの機微はうまく感じ取れないので(笑)、どういうように琴線に触れるか、ご解説いただければ幸いです。

      >おのさん
      バブル期であれば新卒時に正社員として雇用される可能性が高かった者であっても、就職氷河期にはなかなか正社員として雇用されなかった、なんて事態が典型ではないでしょうか>同じような能力でありながら扱いの差がある

      でまあ残念ながらホモサピエンスという動物は、下には下がいるということになにがしかの意味を見いだしてしまうのだと思います。だからこそ、被差別集団を政策的に形成させる、なんてことが古今東西よく見られるのでしょう。

      >BUNTENさん
      赤木さんの場合、草の根左翼とのつながりなどなく、福島瑞穂議員らだけを見て「左」は当てにならないと思ってそうな気はします。それはそれで偏った見方なんですけれどもねぇ・・・。

      職業選択の自由と自己責任なんてことも言われますが、それなりに年齢を経ればそう簡単には転職もできないわけで、若かりしころに20年後・30年後を見通せなかったことをも自己責任というのは何だかなぁ、と思います。中には的確に見通していた人もいるでしょうけれども、ほとんどの場合は運不運としかいいようのない話のはずで、たまたま就職した業界がその後左前になったことをもって「能力がない」というのは不遜だと思いますし、それこそそんな自己責任を追及するような社会だから皆公務員になりたがるのではないの、と(笑)。生活保護なのか基礎年金なのかそれ以外の手段なのかという議論はあるにせよ、そうした不運な人々も安心した老後を過ごせる保障があってこそ、積極的にリスクをとることを応援する社会といえるような気がします。

      >yyさん
      せっかちですみません。

      不平分子として与党に投票してくれるならさておき、アンコントラブルになるのは歓迎しないのでは、と思います。

      >暇人さん
      中途半端な記憶でいいかげんなことを申し上げ、大変失礼いたしました。

    25. おの Says:

      >バブル期であれば新卒時に正社員として雇用される可能性が高かった

      なるほど。バブル世代はキャパ以上の職についてしまって、見ているとお気の毒ですけどね。不公平に感じる人もいるのかも。

      >残念ながらホモサピエンスという動物は、下には下がいるということになにがしかの意味を見いだしてしまうのだと思います。だからこそ、被差別集団を政策的に形成させる、なんてことが古今東西よく見られるのでしょう。

      そうなんですかねえ、、、下(と本人は思ってるっぽい)の方から「正社員はいいわよねえ、恵まれてて」と意地悪を言われると、悲しくて出社拒否になりそうなんですけど。。。

      buntenさん、私が書いたのはルールが比較的公正だった場合の話なのでbuntenさんにはあてはまらないかもです。>そうか、やっぱりそうなのか。orz

    26. ねずみ王様 Says:

       不安定雇用のひとが、正社員もみんなリストラされたり、賃金カットされたり不安定化すればいい、って大声で叫んで、なんか意味あるんでしょうか。

       もと(?)左翼(?)がもと(?)左翼(?)メディアにそう書いたという内輪の意味以外に・・・。ワークシェアリングならワークシェアリングで、そういう議論をすればいんだし・・・まだしもですよ。それじゃあ世界ですか、そうですか。

       どういうんでしょうね、ほどほどにセンセーショナルであればいいというかたちで適応してしまったのでしょうか、という嘆息でもあります。「左翼」が、ってことですが。

       「なんとなくラディカル」であれば、それでいいのね。その程度の人目を引く議論でいいのね(涙)という、まあそんなショボンとした気持ちですね。いまさら丸山って・・・・。岩波新書出たっていうだけやん・・・。

       だからまあ、あんまし理屈があるわけじゃなくて、がっくり来ているというまあそういうことです。わかりにくくてすみません。

       もうとりあえずあれが左翼なんだったら早く氏ねとかそういう感じです(雑誌のほうですよ為念)。

    27. BUNTEN Says:

      おの様
      http://bewaad.com/2007/09/16/270/#comment-18118

      >ルールが比較的公正だった場合の話なのでbuntenさんにはあてはまらないかもです。>そうか、やっぱりそうなのか。orz

      いや、ルールは公正なんですよ。たとえば生保者は職に就くに当たってのリスクが高く、サボったり商品を持ち逃げしたり後先考えずにいきなり辞めたりする可能性が高い。(そのような統計があるかどうかは存じませんが、私が面接相談などの約束の時間を違えないといって就労支援の人が感心したことに私が驚いたことでおよそ想像は付きます。)人余り不況の中で、誰が好きこのんで高リスクの人を雇うかという話なわけで、そりゃじっくり付き合えば雇うに値することはわかるわけですが(だからたまに知り合いからバイトの声もかかる)人余りの中での採用選考に私の人柄を見抜けるだけのコストを払えと強要するわけにはいかないのも事実。そういうところまで総合すればルールはきっちり公正な中で妥当な判断が下されて私のビンボが続くわけです。

      ここをひっくり返すには、企業のリスク許容度を上げるしかない、言い換えれば景気を良くすることで採用側の行動を変えるしかないとか思うわけですが…。

      ねずみ王様さま
      http://bewaad.com/2007/09/16/270/#comment-18139

      以下、どっかに書く予定の文のコピー&ペースト。

      >ブログができていて、出版の話になっている。左翼をひっぱたくのは商売のネタになるが、自虐ネタの転落日記はここのリンク集にすら載らない。世の中は理性よりは暴力的言辞を消費したがっているらしい。orz

    28. webmaster Says:

      >おのさん
      バブル期入社組は人数が多すぎて(当時の業績見通しほどには成長できなかった結果でもありますが)、会社側からすれば処遇に困っている、という話もありますよね。

      >ねずみ王様さん
      意味があるかといえば、絶叫療法的なカタルシスはあるのかなぁと。

      個人的には、能力差があるわけでもないのに、というのは都市と地方との問題にこそ深刻ではないかと思ってまして、田舎に生まれることは罪なのか、みたいなものがあるのではないかと。当サイトで昔から、2020ねんぐらいまでの日本政治の対立軸はそこだなぁと書いたりしていることからして、曲解なのかもしれませんが。

      >BUNTENさん
      >企業のリスク許容度を上げるしかない、言い換えれば景気を良くすることで採用側の行動を変えるしかない
      好景気の場合、労働需給がタイトになるというパスもありますよね。

    29. おの Says:

      >Buntenさま
      >人余り不況の中で、誰が好きこのんで高リスクの人を雇うかという話

      なるほど。この基準が公平に適用されてるわけですか。景気回復を待つのも気の長い話ですよね。。。でもめげずに頑張ってくださいね。早く良い定職が見つかるように、東京から応援してます。
      ところで日銀はその後もお金を印刷する気配はないんでしょうか、私、今度どこかに投書してみますね。

      >Bewaadさま
      >会社側からすれば処遇に困っている

      そうですね。会社も当人も不運ですよね。全員が被害者であり加害者でもあるような。景気や経済政策って本当に大事なんですね。。。(当たり前のことを、すみません)

    30. Says:

      >自らよりも優れていると認める者が富裕になることよりも、同じような能力でありながら扱いの差があることにこそ、許しがたさを見出すのでしょう。
      ↑コレは本当に核心ですよね。

      だから、自由主義政策を行なうには政治家は、そこに、自立の心に、訴えかけるしか無いんですよね。
      サッチャーだってレーガンだってそれが出来たから、国の方針を舵を切ることができたわけですし。

      私はWW2前の国々ほど自由放任でいいとは思いませんが、今の日本ほど過保護でも問題だと思います。
      金をばら撒けば合理化が進まず、自由主義を取れば社会不和不満、階級対立が激化する。
      という訳で、自由主義政権者のポイントはいかに社会不満を抑えるかだと思います。
      その点確かに、小泉さんは天才的で、阿部さんは最低だったのだと思います。

      今回の問題を分析するためには、自由主義の極地にあった大恐慌後でWW2前の1939年の欧州の様子がとてもよく分かる『経済人の終わりに』がお勧めです。
      http://tinyurl.com/2a83cr
      当時の欧州は極度の格差が階級化しており、自由経済と民主主義に絶望した人々の不満を押さえきれずに独伊のようなファシストやロシアのような共産国を生み出してしまったのだというのがドラッカーの分析です。
      で今回の例で言うと欧州の労働者にとって、アメリカは希望の体現だったそうです。当時のアメリカは日本で言うとちょっと前のIT系のような存在だったらしいです。自分あっちは貧しいけど、アメリカでは立身出世している人が居るというのが労働者達の希望だったらしいのです。ですから大恐慌はアメリカ以上に欧州の人々に絶望を与えたのだそうです。
      そこで筆者は、人々の心を蝕み、経済的にもバランスの悪い拡大最優先主義を止め、完全雇用政策を採ることを提言しています。

      WW2開戦寸前で福祉国家誕生前夜の欧州社会がよく分かってとても面白いです。
      今は絶版しているようなので読むならば図書館で借りるしかないと思いますが、図書館で借りて読む価値は十分あると思います。

    31. webmaster Says:

      >おのさん
      それが「当たり前のこと」と皆が思ってくれるのであれば、さぞかし現状は・・・(泣)。

      >壺さん
      ドラッカーの本、探してみたいと思います。

      さて、
      >だから、自由主義政策を行なうには政治家は、そこに、自立の心に、訴えかけるしか無いんですよね。
      >サッチャーだってレーガンだってそれが出来たから、国の方針を舵を切ることができたわけですし。
      とは、私は思っていなかったりします。サッチャーは労組を、レーガンは共産主義者・民主党政治家を、小泉政治でいう「抵抗勢力」と同様にスケイプゴートにしたのは否めないわけで、現状に不満を持つ者に対して悪役を提供しその自尊心を満たさせたのは、到底自立心を涵養したとは言いがたいものと理解しています。

    32. Says:

      『経済人の終わりに』是非読んでみてください。

      >到底自立心を涵養したとは言いがたいものと理解しています。

      まあここらはドラッカーの言葉を引用すれば、『あらゆるプロパガンダは人々の望まないものを見せる事は出来ないし、人々の望むものを否定する事は出来ない』という事だと思います。
      当時の英国の労組も米国の共産党も日本の抵抗勢力も国民に愛想を就かされつつあったからこそ、政治家の言葉が国民の胸を打ったのだと思います。
      国民も薄々感づいていた事をいってくれたからこそ、国民は変われたのだと思います。
      (どれも間違っていた事は歴史が証明しているでしょう)

    33. BUNTEN Says:

      >それが「当たり前のこと」と皆が思ってくれるのであれば

      思わぬところ(たぶんこの本 http://www.kafusha.com/fukayomi/fukayomi_mokuji.html )で、花風車の浅見氏が”景気を良くするって大事”と発言しておられます。

    34. 小僧 Says:

      いつもどおり引用に走ります。

      小田中先生の wiredvision http://wiredvision.jp/blog/odanaka/200707/200707300150.... より
      「いやぁ、じつに(アダム・スミス的な意味で、だが)同感できる話だ。ぼくは既得権益をもった大人なので、ぜんぜん共感は出来ないが、31歳でフリーターだったら結構そう思うのかもしれないね。「閉塞感+リセット=戦争」かぁ、黄金の公式だね。ただし、この公式は、それこそ大学紛争にもオウム真理教にもみられたような気がするから、べつに新しいものじゃない。そういえば、大学紛争でも丸山は攻撃対象になったのだった。まこと歴史はまわるものである。」

      井上寿一『日中戦争から七〇年、国交正常化から三五年』 http://shop.kodansha.jp/bc/magazines/hon/0708/index02.h... (濱口先生のところ経由) より
      「社会システムの不調とは、七〇年前の日本のことだけではない。今の日本のことでもある。今の日本とは、ポストバブル世代の若者たちにとって、再チャレンジが困難な格差拡大社会のことを意味している。この世代の若者たちから戦争待望論(赤木智弘「『丸山眞男』をひっぱたきたい三一歳、フリーター。希望は、戦争」『論座』二〇〇七年一月号)が出てきているのも、怪しむに足らない。著者の赤木氏は、たとえ貧しい方向への平等化(下方平準化)であっても、戦争による社会の平等化に賭け金を置いている。七〇年前の労働者や農民、女性たちと同じである。」

      ついでに ILO 憲章http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/standards/constitution.htm の前文より
      「世界の永続する平和は、社会正義を基礎としてのみ確立することができるから、そして、世界の平和及び協調が危くされるほど大きな社会不安を起こすような不正、困苦及び窮乏を多数の人民にもたらす労働条件が存在し、」

    35. とーにゅー Says:

      >そういえば、大学紛争でも丸山は攻撃対象になったのだった。
      >まこと歴史はまわるものである。
      「『丸山真男』は三度ひっぱたかれる」ということですか。
      丸山先生(´・ω・)カワイソス

    36. 鍋象 Says:

      >>壺さん
      小泉総理が取り上げるまで、抵抗勢力なる人たちが存在することは僕は知りませんでしたし、抵抗勢力という塊に入れられた人たちにどんな共通項があったのか、最後までわかりませんでした。唯一みつけた共通項は自民党ですから、自民党である事が抵抗勢力であるということの必要条件だとは理解しましたが。

    37. Says:

      鍋象さん
      >小泉総理が取り上げるまで、抵抗勢力なる人たちが存在することは僕は知りませんでしたし、抵抗勢力という塊に入れられた人たちにどんな共通項があったのか、最後までわかりませんでした。

      しかし無駄な公共事業、補助金などの支出が数多くあった事は知っていた筈です。
      コレは実は生産者特に地方に対する社会保障政策だったのでしょうが、それを否定したのが小泉改革でしょう。

    38. Says:

      間違って投稿してしまいました、連投すみません。
      続き
      そんな事やってもジリ貧だと国民も気付いたからこそ小泉改革を支持したのだと思います。

    39. おの Says:

      >それが「当たり前のこと」と皆が思ってくれるのであれば、さぞかし現状は・・・(泣)。

      bewaadさんのような方にそうおっしゃっられては、こっちが泣きたくなります。笑。偉い人が万事よろしくやってくれてると思ってたのに。

      いつも一人だけ恐ろしく低レベルの質問を書いて恥ずかしいですが、政党や政治家の経済政策を比較する際はどんな点に注目すべきですか?日本は景気が悪いからこうしようと言ってる方法(構造改革とか金融政策とか??)の違いにまず注目すべきなんでしょうか。

    40. 鍋象 Says:

      >>壺さん
      バブル期の公共事業は、景気過熱期の公共事業増加という点で僕は反対していましたが、別に無駄なものだと思ったことはありません。というか、「無駄」と決め付けられるようになったもの、小泉総理以後ですよ。しいて言うなら、都市博くらいかなぁ。都市博も無駄論というより懲罰論に近かったような気が。というわけで、小泉総理登場以前に、「愛想を尽かされていた」という見解には疑問を感じます。
      あと、例えば郵便局は何か補助金みたいなのあったのですか?あそこは黒字だったんですよね?

      単に、旧来の自民党の支持基盤を順番に敵対勢力と認定して排除していたという共通項から、自民党内部の権力闘争だと僕は思っています。真相はわかりません。今後、旧来の支持基盤をきった事で自民党の支持が増えるのか減るのかはわかりませんが、それは自民党の勝手であって、国策としてどうかというとむしろ「迷惑こうむったな」という印象です。

      で、やったことは「俺には恩恵が与えられていない」という逆差別意識をくすぐっただけで、「見たくない現実は見せられない」という点には反対しませんが、「愛想を尽かされていた」とか「止めさせて当然」とかまで話が飛ぶのは論理の飛躍だと思う次第です。

      余談ですが、どうせ引用するなら、ドラッカーより、元ネタのカエサルの言葉の方が短くて好きですね。

    41. BUNTEN Says:

      >>33
      http://bewaad.com/2007/09/16/270/#comment-19153

      見つけた。P.212。

      この本、他にも「今療育にお金かけといたら(中略)支援がなかったら働けなかった子が働けるようになったり、その分納税額が多くなったりするかもしれないのに。」(ニキ氏発言。P.160)といった、経済マニア(つか個人的にニキさんのファンなわけですが)にはたまらない発言が満載で面白かったっす。

      訂正
      花風車>花風社 m(_@_;)m

    42. Says:

      ・公共事業
      鍋象さんがどう思っているのかは知りません。だからこそ鍋象さんは小泉改革を指示しなかったのかもしれませんね。
      私は小泉以前に無駄な公共事業という言葉がなかったとは思いません。しかし例え一般の国民は『無駄』とは認識していなくても『おかしい』と思い始めていたのでしょう。だからこそ、小泉さんが『無駄な公共事業』といった時『そのとおりだ』と支持したのだと思います。

      ・郵政
      国の後押しの下郵便局を増やしまくって、固定資産税も減免されて、規制で保護されまくってあまりにも赤字になりそうなら値上げして、最強のネットワークと国家保障の下に沢山金を集めてそれで国債などを買ってその利子も同じ会計に廻せば、そりゃ黒字になるでしょう。
      電電公社や航空業界も赤字だから民営化や規制緩和したのではないでしょう。

      ・新自由主義
      私は、国に食わせてもらわないと生きていけないような生産者を税金で生かしておくことにどんな正当性があるのかと思うわけです。
      (ただし、国防食糧エネルギーなどは安全保障問題なのである程度補助する必要があるでしょう)

      イギリスの企業の国営化も、日本の米買取や無駄な公共事業も、本質的にはどちらも同じ『国が労働者を養う』という政策なのだと思います。しかし私はその政策は間違っていると思います。
      私は歪んだ完全雇用よりも正常な不完全雇用の方がマシだと思います。

      まあこの意見を国民が全面的に支持しているとは思っていません。しかし『労働者を養う為に国が金を使う』事についてはNOが主流になっていると思います。

    43. webmaster Says:

      >壺さん
      まず、アメリカでの「共産党支持者」とは、アメリカ共産党なんてものは吹けば飛ぶようなものでして、東側への理解のある者を念頭に置いておりました。不明確な記述で恐縮です。

      で、「愛想をつかされた」最大の原因はマクロパフォーマンスの悪さが当時影響力が大きいと思われていた社会的セクターに向けられた(影響力が大きい者が変な影響を及ぼしたからこそのマクロパフォーマンスの悪さだ、との推論)ゆえですが、実際にそれらの者がマクロパフォーマンスの悪化をもたらしていた(当時思われていた)ことが確かめられたわけではありません。

      端的に言えば、アメリカではヴォルカー、グリーンスパンの2代続けての傑出したFRB議長が、イギリスでは1992年のインフレターゲティング導入が、それぞれマクロパフォーマンスの大幅改善の最大の要因であった可能性があります(イギリスで言えば、サッチャー政権の成立は1979年、失業率のピークアウトは1994年です)。「国民も薄々感づいていた事をいってくれたからこそ、国民は変われたのだと思います」という議論の枠組み自体は、国民がうすうすユダヤ人の悪巧みに感づいていたことをヒトラーが言ってくれたからこそ、ワイマール共和国からナチズムにドイツは変わることができたというものと同じことですし、「どれも間違っていた事は歴史が証明している」とは到底いえないのが現状だと思います。もちろん、イギリスの労組等がある程度のパフォーマンス低下をもたらしていたのは事実でしょうけれども、「イギリス病」の主犯だったかどうかは怪しいもので、わかりやすく言えばイギリスの石炭産業が90年代以降のイギリス経済を牽引しているわけではありません。

      >BUNTENさん
      おっしゃるとおり思わぬところでうれしい言葉ですね(笑)。

      >小僧さん
      情報提供ありがとうございました。

      >とーにゅーさん
      象徴になるほど存在感を持ったということで、一回もひっぱたいてもらえない無名で終わるよりは・・・。

      >鍋象さん
      郵政解散時においては、民主党が抵抗勢力扱いされていたような記憶が(笑)。

      >おのさん
      まずはご自身の関心分野から見られるのがよいと思います。マザー・テレサではありませんが、手近なところからできることをやっていくのがよいのかな、と。

    44. 鍋象 Says:

      >>bewaadさん
      郵政民営化論では、特定郵便局長と綿貫氏あたりが悪者扱いでしたね。自民党の重鎮と、彼らの支持基盤です。民主党も同じ対象を叩いていたわけで、小泉氏の政治手法の真髄は、味方の損害を省みず(というか、むしろライバルを排除する目的で)に相手のやりたい事を先にやってしまうという、攻防一体のモノだと思っていますw

      >>壺さん
      こういっては何ですが、多分あなたとは論理的な意見交換はできないと思います。論理以前の主義とか主観が180度違い、その違う点は理屈ではなく、規範的な価値判断の部分です。
      あえて一点だけ付け加えるなら、あなたと違う事を感じている、あるいは、その時代に感じていた人がいたという事だけ覚えて置いてください。

    45. koge Says:

      >国に食わせてもらわないと生きていけないような生産者を税金で生かしておくことにどんな正当性があるのかと思うわけです。
      一応日本国憲法にも「生存権」ってものがあって、労働とか納税とかの義務を果たせ(さ)ない者でも(たとえ刑務所の中でも)健康で文化的な最低限の生活を送る権利があることになっているんですがね。大陸欧州のように、無駄な仕事を作り出すのではなく失業手当や生活保護で食わせるという手もありますが、そうするとスティグマで犯罪率が上がってしまうんで、完全雇用でないと精神的に「健康で文化的」な生活は実現できないと思うんですが。
      まあ、今の日本の生活水準を続けると資源とかエネルギーの面で地球上から日本人以外が消えても持続不可能だなんていう人もいるんで、生産性の低いダメ人間や障害者はとっとと死んでくれという考え方もありなんでしょうが、私には自分がそうなったときに社会のために自ら殺される覚悟はないんで、将来自分が寄生して生き延びる権利を守るために(というか今でもたぶん寄生してる側)今寄生してる人も許そうと考えているわけです。

    46. Says:

      >bewaadさん
      私はサッチャーもレーガンもどちらも完全雇用政策との決別を行なった結果だと思います。

      イギリスの国民が求めたもの
      サッチャーが唱え大衆が支持したのは『国への依存をやめる』という『自立せよ』というメッセージだったのだと思います。
      その時『依存の象徴』である労組との闘争は一つのシンボルだったのは確かでしょう。ただ労組との対決は『国からの自立』の一環だったのだと思います。だから国民は労組と戦うサッチャーを支持したのでしょう。だからこそ10年近い長期政権が保たれたのでしょう。

      イギリスの経済構造の変化
      サッチャー改革で、今まで生産性の低さという見えない失業者と、産業への税金投入と物価高という見えない社会保障費が(どちらもかなりの部分重なっていますが)、見えるようになった結果として失業者も社会保障費も増加したのだと思います。
      途上国なら社会保障政策を産業政策で行なうのもありだと思いますが、身を削る努力が必要な先進国では生産者を無闇に助けるのは逆効果だと思うので、サッチャー改革は正しかったと思います。だからこそ失業者は増加してもGDPは成長したのでしょう。

      ナチスドイツに国民が求めたもの
      ナチスは反資本主義反経済主義反体制反現状という革命で、ユダヤ人は大きな流れに巻き込まれた、もしくは体制のシンボルとして生贄になっただけです。フランス革命が成功したのは国民が王政の廃止を望んだからでしょうが、その後のギロチン合戦を国民が望んでいたからとは思いません。

      革命とは須らく残虐なモノで、ナチスも革命の一種ですから、その矛先がユダヤ人に向かったのだと思います。
      ドイツ人が望んだのはユダヤの根絶ではなく、経済主義との決別です(マルクスの予言した資本主義の崩壊のようなものです)。反経済のシンボルにユダヤ人が選ばれた面もあるようですが、ドイツ国民は反ユダヤ政策をそれほど支持していたわけではないそうです。
      まあ確かに最近の役人たたきにはユダヤ狩りに共通するものがあるかもしれません。

      私は一般人以上に当時のドイツに詳しいというわけではなく、上記した答えは私の理解したドラッカーの言う事が正しいのならという自分なりの解釈という手法での自分の意見です。かなり鵜呑みになってますが、あくまでも私の意見です。ドラッカーの意見を正しく解釈しているかは不明ですが、そこは勘弁してください。

      ・鍋像さん
      論理面だけなら何とかなるかと思いましたが、やはり違いすぎますね。自分もまだまだ勉強中で理論にかなり穴がありますし話噛み合わなくてすみません。

      私は、地方は可哀想だとは思いますが、だからといって労働者を養う為に国が金を使う事に意味があるのか?その結果どうなったのか?と思うわけです。
      だから先進国では、結局はなるようになるという形をベースに国の形を考えるしかないと思います。

      そして、私の経済思想は自由主義ですが、自由主義の行き着く果てがファシストとWW2だったというのも忘れてはいけないとは思っています。だから国内の不和を治めるためにも、国民同士の助け合いを国が代表して行なう為にも、社会保障政策はとても大切だとも思います。
      ただ、先進国では強者の育成が基本の産業政策と弱者の保護が目的の社会保障政策を混合しても、良い事は無いと思うのです。だから生産者には産業政策を行い、その結果生まれた弱者を消費者として社会保障政策で助けるべきだと思っています(したがって交付税を減らすのは反対)。

      これが私の基本思想です。典型的な新自由主義だと思います。恐らく相当違うのでしょうね。

    47. webmaster Says:

      >鍋象さん
      民主党は組合を支持基盤としているから民営化に反対している抵抗勢力だ、という言い方がなされていたと記憶しています。社会保険庁でも同じことが繰り返されてましたが(笑)。

      >kogeさん
      現実には、完全雇用でもないのに生活保護も削られる一方だったりするのが現状で・・・。

      >壺さん
      サッチャーはフォークランド紛争がなければ83年の総選挙で負けていただろう、とは衆目の一致するところだと思います。なぜ負けそうだったかといえば経済パフォーマンスが悪かったからで、フォークランド紛争の後、80年代半ばに世界的な安定成長期が続いたので長期政権となりましたが、いずれにせよ、人は霞を食べては生きていけないわけですから、いくらスローガンに力があろうと、それだけで長期政権にはならないでしょう。

      念のため申し上げれば、サッチャリズムにおけるサプライサイド政策に一定の効果があったであろうとは私も思います。ただ、インフレ率や失業率においてイギリスがヨーロッパの劣等生でなくなるのは90年代半ば以降の話で、それに先立っては上でご紹介したようなインフレターゲティングの導入もあり、現在のイギリスの繁栄がひとえにサプライサイド政策によるものだとは限らないわけです。

    48. おの Says:

      >まずはご自身の関心分野から見られるのがよいと思います。

      なるほど。自分に関係ありそうなことがないか考えてみます。どうもありがとうございます。

    49. webmaster Says:

      >おのさん
      永田町や霞が関等にお勤めでない限り、この手の話はあくまで余暇に行うべきもの(まずは本業でベストを尽くすのがあるべき姿)だと個人的には思っていますので、あまり深みにはまられぬよう(笑)。

    50. Says:

      各論を繰り返すうちに本題から逸れる悪い癖が…

      ・英国の体質
      フォークランド紛争についての評価は分かりません。確かに紛争がなければ改革のペースは落ちたかもしれません。新自由主義は競争政策であり、競争に敗者はつきものですからその時、間違いなく発生する社会不満を何らかの方法で鎮めなければなりません。
      仰るとおり外交戦争などの飛び道具、小泉内閣で言えば北朝鮮のような手段も一時的には有効でしょう。ただ私はそれらは息継ぎのような副次的なモノだと思うわけです。

      最も有効で必要な手段は国民が薄々気付いている『国に頼っても駄目だ』というところを付いて『自立しろ』ということだと思います。そしてサッチャーが行なった不満チン政策の中で最も効果を上げたのは『自立しろ』という掛け声なのだと思います。
      サッチャー前まで行なわれていた年2000回を超えるストはスト自体も経済的に悪影響を与えていたでしょうが、何よりイギリス人の依存心の現われだったのだと思います。それこそがイギリス経済の問題点であり、それが改まったから現在の繁栄があるのだと思います。

      ・経済
      国の経済力を測る上では失業率と言うのはあまり意味を成さないと思います。失業率は国内的にはムードの良し悪しや政治要因になる重要な問題ですが、国の経済を見る時は、重要なのはGDPであり、GNIであり、経済成長率なのではないかと。
      むしろ失業率が上昇しつつも、なお1.5%程度だった成長率が2%前半に上昇した事を評価するべきだと思います。一人当たりの生産性が明らかに伸びているのは間違いないわけででしょう。
      コレはイギリス人が変わったことの一つの所作なのでは無いかと思うわけです。

      まあサプライド政策は、経済成長率を大幅に上げる事は出来ず精々1-2%ですし、それが本当にサプライド政策のせいでは無いといわれると反論し辛いわけですが…。
      私は、日本の現在の成長率もイギリスの成長もサプライド政策というか、政策による経済成長を改め、企業の自立による成長を求めた結果、得られたモノだと思っています。

      まあこれらの話はここで話す内容ではないので、レスはいいです。私は経済人の終わりにさえ読んでいただけるのでしたらそれで満足です。
      バイト帰りでネムネムで文章変かもしれませんが許してください。

    51. webmaster Says:

      >壺さん
      「レスはいい」とのことですので簡潔に申し上げるなら、サッチャーという政治家はイギリスよりも日本で圧倒的に評価が高いという面白い人だ、ということは頭の片隅にでも入れていただければと存じます。日本人が書いたサッチャー論は、別にイギリス人のそれが正しいと決まった話ではないのですけれども、少なくともイギリス人の平均的な見方とはズレているのだと承知の上でお読みいただいた方がよいかと。

    52. Says:

      まあ外国から見れば重要なのは国力≒GDPであり、失業率ではないですからね。国外の人間が成長率を重視し、国内の人間が失業率を重視するのは当然だと思います。
      国外の人間はイギリスの経済成長率がWW2以降初めて先進国最低水準から脱したことを評価しているのでしょう。

      ただイギリスでもサッチャーの評価がそれほど低いとは思いません。
      あれだけ大鉈を振るったのだからアンチが多いのは当然だと思います。しかし、10年間サッチャー政権を維持し、その後も保守党政権が続き、政権交代しても政策方針は変わってない事をもう少し評価するべきだと思います。

    53. yy Says:

      >壺さん

      サッチャーへの評価=サプライサイド政策への評価とはならないと思いますが。
      bewaadさんが43,47で言及されているとおり、サッチャー政権前半の特徴として挙げられるのは、高い失業率と低い経済パフォーマンスです。
      これが80年代後半から改善されたのは、完全マネタリズムからの方針転換というマクロ経済政策あってのものではないでしょうか。
      改革は結構ですが、サッチャー政権を評価するのであれば、適切なマクロ経済政策の併用があってこそ改革は成功する、ということを正しく認識すべきだと考えます。

      あと、気になったことを何点か。

      1.レーガノミクスやサッチャリズムのような改革は、インフレの時には有効だと思うんですが、今の日本ではどうかと。
      2.レーガンやサッチャーも、需要対策をしてなかったわけではないかと。
      3.サプライサイド派って、どのあたりまでをそう呼ぶんでしょうか。サプライサイド派というと、いわゆるブードゥー経済学なわけで、フリードマン先生をここに含めるのはちょっと躊躇われるのですが。マネタリストってサプライサイド派に入るんですか?>どなたかご教示ください。

      「バナナはおやつに入るんですか」みたいですね、これ。

    54. webmaster Says:

      >壺さん
      別にサッチャーの業績を否定しているわけではなく、何でもかんでもサッチャーのおかげだというのはいかがなものか、と申し上げているわけですが。これまでに書いたフォークランド紛争やイングランド銀行の改革、さらには70年代後半以降の石油価格高止まりを受けた北海油田の活況など、サッチャーとて僥倖に救われた面や、サッチャーが手をつけなかったことが大いにイギリスの現状に寄与しているであろうことはあるわけです。そうした点について指摘をしても、それはそれとしてサッチャーがイギリス人の意識を変えたことが何より重要なのだ、とのみお返しいただいてもなぁ、と。

      >yyさん
      サプライサイド=ブードゥーということではなく、ラッファカーヴ等=ブードゥーということでしょう。マネタリストがすなわちサプライサイダーというわけではないでしょうけれど、50〜70年代型のケインジアン政策の否定という意味では、70年代後半当時において同じ指向だったのだと思います。

    55. yy Says:

      >bewaadさん
      ご教示ありがとうございます。
      ブードゥーというのは、狭義の用語上のサプライサイド派に対する批判、という感じですか。

      しかし、レーガノミクスやサッチャリズムに対する評価というのは難しいですね。
      レーガノミクスは、財政赤字の増大という結果から考えれば、サプライサイド派の意図した投資の促進よりも、むしろ減税と軍事支出による需要面刺激により好況をもたらした、とも考えられます。
      サッチャリズムについても、マクロ経済政策等、それ以外の要素に対する分析のない評価が多く見られ、必ずしも適切な評価が行われているとは思えません。

      何より納得がいかないのは、たまに見かけますが、後の政権における経済成長が、それらの改革によるものだという論ですね。実証的に検証したとはとても思えませんから。
      大体、現在の政策の効果より、何年も前の政策の効果の方がどうして大きいと言えるのかと。

    56. webmaster Says:

      >yyさん
      サプライサイドに成長制約要因があり、それに対処できれば成長が促されるというのは、論理構成としては何の問題もありません。ブードゥーと揶揄されるには、サプライサイドに要因があるとの診断がデタラメであるか、処方箋がデタラメであるかということで、レーガノミクス(とりわけラッファカーヴ)がブードゥーといわれたのは、処方箋としてのデタラメさに力点が置かれたもの(減税すればかえって増収になり、軍拡してもなお健全な経済運営が可能だというアレ)ではないかと思います。

    57. Says:

      レスを間違えて消してしまいました、というか書き込んだつもりが寝る前に確認したら…書き込まれていなかったorz
      文章が大分変わって前より整理されていると思うところと何か言い忘れている気がするところがあるのですが、

      ・bewaadさん
      まず80年代にイギリスの経済が大きく変わったのは間違いが無いでしょう。その間の首相がサッチャーだった事。その間サッチャー改革がイギリス社会を大きく変えた事。
      したがって、イギリス経済を変えた最も大きな要因はサッチャー改革だと思っています。

      国外に要因を求めるのは間違っていると思います。イギリスはWW2以降先進国の経済成長率の中で常に一貫して最下位グループでした。世界の景気が良いときも石油が安かった時も廻りが5%成長している中でイギリスは3%程度の成長に甘んじていました。
      そんなイギリスが世界の経済成長率と同じ程度の成長を出来るようになったからサッチャーは評価されているのでしょう。
      石油の価格も世界の景気もどの国も似たような条件なのですから、世界経済とイギリスの経済を比較する時にはあまり意味が無い条件だと思います。

      次、サッチャー改革に際しては金融改革も紛争の影響も確かにあったと思います。それは小さいものでもなかったと思います。
      確かに金融政策は、成長活動を促進して、変化の衝撃を緩和する役割が有ったのでしょう。組織を改革する事によって社会が良くなる典型だとも思います。
      紛争は改革の成果が出るまでの間の時間稼ぎになった面は大いにあるでしょう(ここら辺日本の拉致問題に近いと思います)。
      しかし、それですら従属要因でしかなかったと思います。

      サッチャー前のイギリス経済の問題点は金融政策云々よりも、一年に2000回を超えるストライキや対GDP比で50%を超える公共支出だったのだと思います。そしてこれらはイギリス人の国や企業への依存を示す現象だと思います。
      生産性の上昇を大きく超える賃金上昇をストによって無理やりもぎ取ろうという異常な経済の中で金融政策をやるにも限界があるでしょう。

      そしてサッチャーはそのような態度を改める事を唱え、そしてらの異常な現象を修正する事により、イギリス人が変わったからイギリス経済も変わったのだと思います。
      つまり、イギリスの経済成長はサプライド政策そのものによってもたらされたというよりも、完全雇用政策の破棄や国営企業の民営化や財政赤字の縮減や労組との対決やサプライド政策により、イギリス人の依存体質を解消したことがより大きな要因なのだと思います。
      その結果1975-79年で10%しか上がらなかった(1975=100)労働生産性が1980-87年では43%も上昇した(1980=100)のだと思います(ただし1979-80の間では4%ほど下がっている(1975=100))。

      ・yyさん
      毎度毎度しつこい私なんかのレスを読んでいただき感謝です。

      サッチャー改革について最初の三年のパフォーマンスが悪かったのはある程度仕方ないことだと思います。
      極端な例を挙げれば社会主義国が資本主義化したように、社会の方針を大きく変えるときには摩擦が生まれるのも、なれない新しい社会に政府や国民が共に戸惑い不安定になるのも当たり前の事だと思います。
      (その影響を最小限にするのは政治の役目だと思いますが)
      それが最初の3年だったのだと思います。確かに金融政策などに不備がありインフレ抑制に失敗したなどという面もあったのでしょうが、あくまでそれらは『麻酔』であり、『メインの手術』は完全雇用政策の放棄を初めとする国民の自立だったのだと思います。

      1.インフレデフレ
      確かにインフレ下の方がより有効だとは思います。
      私もリフレ政策を支持しています(bewaadさんのサイトを除いているのもリフレがキッカケでしたし)。
      しかし例えデフレだとしても、90年代以前の組織構造やビジネスモデルでは通用しなくなっているのは事実なのですから改革は必要でしょう。

      例:90年代まで低コストで勝負していた中小企業はより低コストな中国の工場に低コスト路線ではどうやっても勝てない。そんな中小企業は低コスト路線からの脱却、構造改革が必要。
      ちなみに全ての中小企業が低コスト路線だからだめだと言う事ではなく、低コストで勝負している中小企業が駄目だという意味です。

      2.需要対策
      小泉政権でも需要対策はしていたと思います。少なくともサッチャー政権よりは…。竹中さんは割とマクロにも理解のあるサプライダーだったのではないかと思います。
      まあこれこそデフレとインフレでは大きく違うのでしょうが…

      3.サプライサイド
      bewaadさんが言うようにサプライド政策はブードゥーではないと思います。

      サプライダーの信奉者としては、サプライド政策はすぐに効果が出るものではないということを分かっていただきたいです。
      需要は短期に影響し、供給は長期に影響するというのは当たり前の話ですが、さらにサプライド政策は供給要因を改善する政策です。供給要因の改善により、供給が改善され、それが実体経済を改善するにはより時間がかかるわけです。

      例えば、今の日本の好調さは中国のお陰とか言われていますが、数年前まで『日本は中国に潰される』と言っていたわけですし、今でも対中貿易は赤字なわけですから、変わったのは日中関係というよりも構造改革を行なった日本の企業なのだと思います。

    58. webmaster Says:

      >壺さん
      原油価格については、北海油田は掘削コストが高いのでオイルショック前の低い価格では割に合わずほぼ手付かずだったものが、オイルショックによる原油価格高騰で採算がとれるようになり、1970年代後半から10年以上にわたって増産が続けられるようになりました。原油価格の動向は世界中どこでも同じようなものですが、それがプラスに出るかマイナスに出るかは大いに異なり、イギリスは以上の事情からもっともプラスが大きかった部類に入るわけです。

      GDP成長率に関して言えば、イギリス経済は90年代半ば以降には先進国のトップランナーになっています。GDP成長率の改善をもってして政権を評価するなら、サッチャーよりもブレアを高く評価してしかるべきでしょう。

      公的支出の大小がマクロ経済パフォーマンスを左右するなら、お定まりの話ではありますが北欧諸国の良好なマクロ経済パフォーマンスの説明がつきません。

      繰り返しになりますが、サッチャーが手がけたサプライサイド政策が一定の成果をもたらしたであろうことは否定しません。しかし、「イギリス人の依存体質を解消したことがより大きな要因なのだと思います」とのご主張には、少なくともそれをサポートするデータが乏しいのではないかと私は思うのです。

    59. yy Says:

      >壺さん

      こちらこそ毎度毎度失礼します。
      さて、まず一点誤解を解いておきたいのですが、私も別にサプライサイドに対する政策そのものをブードゥーだと言っているわけではありません。
      3の質問をお読みいただければわかると思いますが、ラッファー等のいわゆるサプライサイド派がブードゥー経済学と呼ばれたという理解のもとに、用語上のサプライサイド派とはどこまで含まれるのかと聞いたわけです。
      ですから、3に書いたとおり、マネタリストをブードゥーと呼ぶつもりはありませんでしたし。

      ということで、サプライサイド政策の理論そのものにケチをつけるつもりはありません。
      が、狭義のサプライサイド派(ラッファー等)が理論的に支柱となったレーガノミクスについては、サプライサイド政策の成功例とするには問題があるでしょう。

      その根拠の第一は、既に言及した巨額の財政赤字です。これはラッファーカーブがあまりに理論として粗雑で、現実に政策として適用するには無理があったからでしょう。

      第二に、こちらの方がより重要ですが、レーガノミクスが意図したような民間投資の伸びが、実際には起こらなかったということです。
      レーガン政権の初期から末期に至るまで、実質GNPのうち民間投資の占める割合は18%前後で推移しており、特に伸びた形跡は見られません。政府支出の割合も、19%-20%で特に減少しておりません。したがって、レーガノミクスは結果から見ればサプライサイド政策の成功例ではなく、むしろ財政支出と減税による、意図せぬディマンドサイド政策になってしまったのではないかと考えます。
      55のコメントで評価が難しいと言及したのはそのような意味です。
      サッチャリズムについても、サプライサイド政策の成功例とするには、個別の政策の効果の検証が必要でしょう。

      あと、小泉政権でも補正予算等の需要対策があったことは事実です。ただ、規模も手段も不十分なものであった点は否めないかと。
      参考までに、ご覧になったことがあるかもしれませんが、下記リンクの議事録の大門氏とのやり取り、竹中氏のマクロ観が出ていますね。

    60. yy Says:

      リンク貼り忘れましたorz

      http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/153/0014/153111...

    61. Says:

      >原油
      原油に関しては、確かに北海油田が出来たのはオイルショックの後でしたね。イギリス経済にどれほど寄与したのかはちょっと分かりませんが、確かに相対的に有利な要素ですね。

      >サッチャーとブレア
      私は、サッチャー路線を上手く引き継いだとブレアも評価しています。重要なのは自立しろという路線だと思います。そして今もなお『自立』路線は変わっていないと思います。

      イギリス経済はサッチャーによって、社会主義国のように先進国から置いてけぼりをくらうという状況から脱し、ブレアによって再びトップ集団に復帰する事が出来たのだと思います。サッチャーがイギリス人を変える仕事を担った様に、ブレアは変わったイギリス人をより効率よく働いてもらえるようにする仕事を担ったのではないかと。
      つまりサッチャーの時代には急務だった『イギリス人の自立』が、ブレアの時代には当たり前になって次のステップへ移ったのだと思っています。
      もっと言えば、先進国にとって『国民の自立』は十分条件というより、必要条件なのでは無いかと思います。
      (正確には自立というのも0か100かという話ではなく程度の問題なのでしょうが…)

      次↓前回忘れていた部分こんなニュアンスの事をレスしていたわけです。(手術と国民の部分最初の一行はつけたし)

      サッチャー改革がサッチャー一人の功績だとは思っていません。サッチャーをリーダーにしてチームプレイだったのだと思います。また、紛争や金融もその役割は小さくなかったと思います。しかし、それは『依存意識』を断つという大手術における、麻酔や輸血の役割だったのだと思います。
      患者が助かったのは、手術が成功したからであって、麻酔や輸血があったからでは無いと思うわけです。
      麻酔や輸血は手術によるダメージを緩和麻痺させ手術の成功に大きく寄与したとは思います。しかし、それ自身がイギリス経済を変えたのではないと思います。

      国民もそれが分かっていたからこそ、サッチャー改革により失業率が5%も上がり、失業率10%以上の状態がずっと続いたのに国民はサッチャーを支持し続けたのだと思います。
      その後の保守党長期政権の中で支持率が大きく低下しても、党内右派のブレアが労組を改革するまで労働党に政権交代が起こらなかったのも、そのためだと思います。逆に言えばブレアはサッチャー路線を受け継いだからこそ、政権を取れたのだと思います。

      でこっから追記
      >自立と経済復活
      公共支出の比率はパフォーマンスの話※というより、サッチャー前の国民心理を表す例です。
      北欧については詳しくないのですが、イギリスの場合は国に依存していた証拠だと思うわけです。
      他にも、生産性は上がっていないのに賃上げを求めるストライキが慢性化していた事。
      国営企業、意見が分かれる鉄道や郵便は置いておくとして、鉄鋼や炭鉱や造船が国営でなければいけない正当な理由など存在しないでしょう。雇用の為にそれらを求め続けたイギリス人は依存していたのだと思います。

      そして、それらの大部分を撤廃や禁止した政権が長い間与党に選ばれ、政権交代してもその路線が変わらないという事はイギリス人が変わったということだと思います。

      サッチャーの功績はサプライド政策そのものというより、このようにイギリス人を変えた事、少なくともイギリス人が変わるきっかけを与えた事だと思います(まあ広義の意味ではサプライド政策なのかもしれませんが)。

      そもそも初めはイギリス人が自立路線を支持したかどうかが主題であって、経済成長については副題だったんですよね。
      また道にそれてしまってた、自分の大局観のなさに悲しくなりますorz

      まあ次に、イギリス人の自立が経済成長にどれほど結びついたかを、どう証明すれば良いのかは分かりません。個人の心情とそれが上昇させた生産性を統計で定量化するのは、かなり難しいと思います。
      個人に出来る事といえば、労働者が駄々をこねるようにストするためのエネルギーを真面目に働く事に費やした方がより生産的だとだろうという想像をするか、経営者の本や現場の声を乗せた本を引用したりする位しか出来ない気がします。
      つまり、常識に合わせて想像をするか、ミクロの事例を一つ一つ積み上げていくしかないと思います。(ミクロの事例ですら私にはできませんが)

      しかし、80年代急激に労働生産性が上がっている事は事実です。当時のイギリス社会においてサッチャー革命ほどイギリスの社会と経済に大きな影響を与えたモノはないのですから、そこに大きく起因していると見るのが妥当なのではないかと思います。


      パフォーマンス面で重要なのは成果の尺度(貢献と報酬の連動性、主な収入が公共支出だと連動し辛い)と、管理運営の独立性だと思います。
      同じ公共支出でも、ここら辺に『国による福祉』を望んだ北欧と『国による雇用』を望んだイギリスで違いが出たのではないかと思います。まあちょっと別の話ですね。これ以上話を広げても意味無いのでスルーしてください。

    62. webmaster Says:

      >yyさん
      竹中先生の場合、相手や状況に応じて言うことが変わるので、真意がつかみづらいんですよね・・・。

      >壺さん
      スルーしてほしいとのことですので、ひとつだけ。「国による雇用」と「国による福祉」とでは、後者の方がスティグマ(人の情けにすがって生きることの心の傷、とでもご理解ください。雇用=労働の場合は、労働がそれなりに評価されての賃金ということになりますので)の点で問題だとの指摘も多くあります。もしご関心を抱いていただけるのであれば、権丈先生の諸論考をお読みいただければ幸いです。
      http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/main.htm

    63. 小僧 Says:

      うーん、昨今の ‘make work pay’ (ありていに言えば福祉よりも雇用)とか考えると、壷さんのおっしゃっている「雇用よりも福祉」かどうかは良く分からないです。
      谷藤 悦(早稲田大学政治経済学部教授), 新世紀におけるイギリスの政治変革, 2005, 早稲田政治経済学雑誌. http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/66... によると

      「(ブレア政権の政策メニューのうち)代表的な事例が,「給付から雇用」への合言葉のもとで再規定され,人的資本開発を中心に,教育改革,広範な職業再教育を展開している福祉分野,中央政府の改革,地域社会と地域民主主主義の再生に関わる分野である。」

    64. Says:

      この際総論として、常々需要系の人たちに対して感じていた疑問を形にさせてもらいます。

      確かにケインズ前の経済学者たちは資源の動員の事を完全に無視していました。それは二度にわたる世界大戦の要因になるほど重大な問題だったと思います。
      しかし今日の需要系の人たちは、マクロでの資源の動員ばかりに注目して、ミクロの資源配分やさらに細かい面では資源の効率利用について、無視もしくは軽視しすぎているのではないでしょうか?

      確かにマクロ経済の資源の動員はとても大事です。資源の死蔵を許さず、経済を円滑に回す為にもとても大切な課題だと思います。
      そして、国が担うべき部分もかなり大きい課題だとも思います。

      しかし、ミクロの資源配分もとても大事だと思います。
      確かに、資源配分においては主役は民間で政府だとも思います。しかし、例え政府の役割は脇役であっても、非常に重要な脇役だと思います。

      政府はミクロの資源配分にも気を配るべきです。
      市場による資源配分は、規制や税制や財政支出で簡単に歪むし、市場に公平なルールが存在しなくても歪みます。
      資源配分を市場任せにするのは、正常な市場を作ってから少なくとも市場が健全に働く為の条件をそろえてからにするべきです。

      また政府は資源の生産効率を上げる事は出来ないかもしれません。それはミクロ経済というより経営学の部類に入る話だと思います。
      しかし政府は生産効率を下げる事は出来ると思います。
      国民に頑張らせる事は難しくても、頑張らせない事は簡単です。頑張る人(頑張りたい人)の邪魔をして、頑張らない人を助ければいいだけだからです。
      外部からの新規参入を許さず農地の取引を規制し、弱い農家には有形無形の補助を続けてきた日本の農業が良い例だと思います。

      私はbewaadさんのマクロ政策には賛同しています。特にリフレの説明はほぼ全て同意できます。
      仰るとおり
      マクロの資源動員の面では、現在のデフレの原因である箪笥預金や余っている銀行預金のような死蔵されている資本をインフレ税の形で民主的にパージできるわけですし、今より経済が円滑に回るようになるのではないかと思います。
      ミクロの資源配分の面でも、負債や賃金に限らず一般的に下方には硬直的な価格の硬直性を解きほぐす効果があるのではないかと思います。(したがって淘汰が進むという話にも賛同します。だから反対している人が居るのかもしれませんが)

      しかし、それでも、ミクロの資源配分や企業一つ一つの生産効率に対して、あまりにも軽視しすぎていると思います。
      需要系の人たちは資源の動員以外のことにあまりに無関心すぎるので、穴掘り経済学と呼ばれてしまうのでは無いかと思います。

      コレが私の意見です。どうでしょうか…

      ・yyさん
      レスがすれ違いになってしまい、遅れましたすみませんです。

      まず小泉改革における需要対策については、最小限の財政出動で経済の破綻を回避し2%の経済成長路線に回復させたのだから、むしろ評価するべきところだと思います。

      デフレ対策について述べるなら小泉総理本人はともかく、ブレーンの人たちの考えは日本の政治家達の中で最もリフレに近いでしょう。リフレ派ならば彼らを応援するべきで、批判するならばそれを退け続けた日銀の方だと思います。
      (いやこの中で日銀の金融政策に批判的で無い人は居ないと思いますが/w)

      レーガンの政策はあまり詳しくないのですが、レーガンの減税も軍需も需要対策だったと思います。
      ミクロ系の人が需要対策として公共事業より減税を評価する傾向があるのは、減税ならば資源配分に偏りが出ないからです。(ちなみに、流石の私も不況下の『需要対策』は減税よりも公共事業のほうが良いと思います)
      しかし、軍需ってのは最も非生産的な部門だと思うので、一方でそんなところに金を使っておきながら資源配分の偏りを問題視できませんね。
      更に言えば、一方で需要政策をやっておきながらもう一方で強いドル政策っていうのも意味が分かりません。

      という訳で、私はレーガン政権はあまり評価できないのです。
      しかしそれでも、規制緩和や自由化や労組の規制は後のアメリカ経済の財産になったと評価しています。
      カジノ資本主義と呼ばれたアメリカの金融も今じゃ立派な基幹産業なわけですし、企業の状態にあわせて増減が効く雇用制度はアメリカ経済に強靭な柔軟性を与えていると思います。
      このようにサプライサイドの政策は芽が出るまで非常に時間がかかるわけです。

      ・bewaadさん
      『国による福祉』とは介護や高齢対策などの福祉が目的だという事です(失業保険は失業率が低い北欧諸国の公共支出高の要因にはなっていないと思うので除外)。
      つまり、北欧の人たちは福祉政策を介護施設で働く人たちの為にやっているわけではないが、イギリスの国営政策は炭鉱で働く人たちの為にやっていたから問題なのだと思うわけです。

      北欧の福祉政策は、国民に『福祉』という替えの効かない消費財を与えているのに対し、イギリスの炭鉱政策は外国から買えばずっと安く済む石炭を態々国内で高い給料払って掘らしているだけで得られるものは殆ど無いと思います。
      (福祉は単なる浪費であり、福祉よりは使わない石炭の方がまだマシだというのであれば話は別ですが)
      極論すれば、イギリスの鉱夫は収容所の庭を掘って埋めてを繰り返しているのと同じだと、もっと言えば、役所に『なにもしない課』という部署を作って人を雇っているのと事実上同じだと思います。つまり、賃金は労働によって生まれた価値と連動していないのが問題だという事です。
      そんな見せ掛けだけの失業率に意味など無いでしょう。
      むしろ労働の流動性を悪化させ、労働に対するモラルを下げるという意味では、失業より悪質だと思います。頑張って無い人を助ければ、頑張っている人のやる気も損なうでしょう。

      したがって、パフォーマンスの面で言えば、『国による雇用』を目的とする場合、上記のようにそこでの『貢献』よりも『雇用』が重視されるので、パフォーマンスは間違いなく下がると思います。そしてその埋め合わせは何らかの形で国民負担になるのだと思います。日本の農業や商店街や土木の生産性の悪いのもそのためだと思います。
      逆に高い国家支出があっても、そこでの目的と成果の尺度を明確にして、管理運営が独立しているならば、パフォーマンスはそれほど下がらないのではないかと思います(経営学の理論、というか経験則)。
      特に、小国では中央政府も情報の収集が比較的容易でしょうし、小回りも効きやすいでしょうし、国民の監視の目も行き渡りやすいので、なおさら好都合なのではないかと思います。
      そして全ての国民が一律に福祉が現物支給されても、それが『消費者』に対して給付されるなら生産性への影響も少ないのではないかと思います。
      私は消費者に対して所得の再分配と労働意欲や労働生産性がそれほど密接に連動しているとは思いません。ので反対しません。むしろ所得税と何より贈与税と相続税を上げるべきだと思います。
      しかしそれが生産者を通じて行なう場合、経済に歪みが出るので反対します。

      まあ公共支出の額を問題視したのは私なので…ちょっと議論を混乱させてしまいました、国が国民を養う為に急激に公共支出が膨らんだことを言いたかったのですが…ミスりました。
      しかし自分的には、自分の中で詳しく整理する機会が出来てよかったかなとも思います。

      最後にご紹介されたサイトのレポート3つ読んだのですが、『ごもっとも』というのばかりで、どれが『福祉より雇用の方がマシ』というものかわかりませんでした。3つとも面白かったので出来れば教えていただけると助かります。

      まあ失業保険支払うくらいなら、その金で失業者を雇って道路作った方がいいという意見は聞いた事あります。短期ならばそれでもいいかもしれないけど、それが慢性化するとモラルや生産性の低下や産業構造の歪みの方が問題になると思います。

    65. yy Says:

      >bewaadさん

      多分、多重投稿になっていたと思います。
      ご迷惑をおかけしてすみません。
      コメントがすぐ反映される場合とそうでない場合があるんですね。知らずに失礼いたしました。

    66. yy Says:

      >壺さん

      レスをいただきましたので、感想をば。
      ミクロが重要と仰りたいのはわかりますが、具体的な内容がよく見えません。ミクロはその具体策が難しく、下手な介入は逆に歪みをもたらすケースもあり、また「とにかく規制緩和すれば良い」という極論に偏る危険もあるものと考えます。個々の政策がもたらす結果が予測しにくい故に、簡単には語れないのがミクロかと愚考します。

      レーガノミクスについては概ね同感ですが、小泉改革における成果という点については、景気回復自体が一度大幅に悪化させた景気の回復である点、デフレ定着、国家債務の大幅増という点から、私は懐疑的です。
      竹中氏についても、国会答弁やその他の発言を見る限りでは、時折経済学者とは思えないような発言をなさるので、いまいち評価しかねます。
      私が心情的麻生派だということもありますが(笑)

    67. Says:

      ・yyさん
      >ミクロの資源配分最適化の具体策
      1.自由な資源の移動を邪魔しない、歪めない。
      規制や公共支出や補助金や税制優遇は須らく歪めるのでそれらを最小限にする。
      規制や公共事業で散々資源配分を歪めておいて、『資源配分は民間の仕事』では無責任すぎるでしょう。
      ただし規制には、少数乱立を防ぐ、生産者の資本蓄積を促進する(過当競争=価格の引き下げを防止し、消費者から生産者への資本の移動を促す)、資源の効率利用等というメリットがあるので、途上国ならば規制を敷くのは結構ありだと思います。

      2.市場に公平な取引が成立するようなルールを作る。
      先日の円天やちょっと前のヒューザーのような事件が起こせないようなルールと仕組みをキチンと整備する。

      この二点が基本だと思います。

      それらに加えあえて政府が人為的な資源構造を弄ろうと言うのが産業政策だと思います。しかし、途上国ならばともかく先進国の大々的な産業政策が費用に見合った成果を上げたという話はあまり聞いた事が無いので、やるとしても優遇税制くらいで留めておくべきだと思います。
      許せるのは今やっている証券の優遇税制くらいまでだと思います(金融庁がまだ諦めて無い事に驚愕しました)。

      >小泉改革の評価
      まあ確かにあの政権は景気云々というよりも『この際日本の問題点を全て片づけてしまおう』という方針があった気がします。
      ですから『不況を抜け出したこと』自体は小泉内閣の影響かどうかは難しい面はありますね。
      ただ日本経済が立ち直ったのは周期的な問題というよりも、日本企業の構造改革がなされた結果です。
      それが小泉改革がどれほど影響下かは若干不透明です。実際は小泉改革以前から具体的に言うとゴーン社長が出てきた辺りから企業の構造改革は始まっていたと思います。
      しかし小泉政権誕生とその後の小泉改革は、その動きを後押ししたのではないかと思っています。
      そして、不良債権処理に代表される問題の整理により『不安心理』を一掃し『日本が変わった』という事を意識させる事によって反転のきっかけを作ったのではないかと思います。

      個人的にデフレインフレの調整は中央銀行の仕事だと思います。
      そして小泉政権後例の福井総裁になってからは以前よりは多少はマシになったのではないかと…。あの量的緩和は事実上リフレ政策に近かったのではないかと…問題は止めるのが少々早すぎた事だけだと思いますし、それには内閣は反対していたわけですから、デフレについて小泉政権はそれなりに出来ることはやっていたのではないかと思います。
      財政政策による需要管理は資源配分の偏りや財政赤字を生むので私としてはあまり好ましくないと思ってしまうわけです。

      財政赤字については拡大したというのは嘘だと思います。
      むしろ赤字拡大を続けていたプライマリーバランスの黒字化まで目立った増税も無しに後一歩というところまで持ってきたのですから、評価すべき所だと思います(格差バッシングの中、競争反対、ばら撒き推進、増税やむなし、という流れになってきたのが悲しいところですが(つд`))。

      追伸
      私も阿部さんより麻生さんを応援してました。
      ただし、その後政策は阿部さんの方が近い事が判明したわけですが…、自業自得的に失脚orz

      友人と飲んできたのでちょっと文あやふや課も知れませんが自分の意見はそんなモンです、

    68. Says:

      追記
      >竹中さんの人柄
      割と信者なので代弁。
      彼があれだけ政治家として優秀だったからあれだけの影響力を振るえたのだと思います。
      政治家として『民間で出来る事は民間で』というキャッチフレーズを何とかの一つ覚えで振るったのは間違っていないと思います。
      私が上記したような『国営が悪いのであって国有が悪いのではない』等という小難しい話をしても、『ならば郵政公社でいいじゃないか』と揚げ足を取られ泥仕合になっていただけでしょう。現実問題として問題郵政公社では国の影響力を排除して完全な民営を行なうのは不可能だったと思います。
      したがってあそこでは『民間で出来る事は民間で』で正しかったと思うわけです。

      こないだの官僚人事の発言は勇み足だったとしても、現実には政治的な問題が結構あるのではないかと言うのが個人的意見です。

      まあ昔あった脱税疑惑なんかもそうですが、『人に頑張れ言っておいて、自分は節税かい』とか人柄が信用できないというのはある意味その通りだと思います。しかし、それでも大きい役割を果たしてくれたと私は思っていますし、理論面ではそれほど大きくぶれたとは思っていません。

    69. koge Says:

      新自由主義というより単なる「労組憎し」の人のようにしか思えないんですが。まあ、確かに今までの日本の労組(の一部)は衣食足りずとも平和運動のほうが大事みたいなことをやってきたので、結果的に正社員の既得権すら守れなかった(労働者にとって)最低の存在だとも思いますけどね。それはともかく、

      >ミクロの資源配分もとても大事
      私は(bewaadさんとも違う意見だと思いますが)マクロだけでなくミクロ的にも完全雇用を実現できるよう配分するべき、そして障碍者など働けない人・働かない人にも(今ほど手厚くなくとも)最低限食べていけるだけの生活保障(こっちだけだとベーシックインカムになって新自由主義でも賛成する人はいるんですが)をするべき、「100人のNEETにフリーライドさせても1人の失業者・障害者も飢えさせない」というモラルハザード上等な考えを持っています。
      確かに、日本の公共事業は談合など無駄が多く、それが資源配分をゆがめているのかもしれません。しかし、欧米と日本の建設業従業員比率の差がそのまま失業率の差だなんて話もあります。金の話ではなく、環境保護等の観点から公共事業を減らし、それによって出た失業者は生活保護・失業保険で食わせた方が望ましいという人もいますが、そうすると収入は保証されていても失業者のスティグマによって犯罪率が上がってしまう(欧州諸国のフーリガンなんてのが典型でしょう)ので、決してその方がいいとは思えません。今までの日本の低失業率・低犯罪率社会の恩恵は、富裕層だって十分に受けてきたはずです。
      そもそも、政府が最大化すべき国民の利益の最大化というのが経済的利益だけなのであれば、格差が広がって失業者や餓死者がどれだけでようとも生産効率だけを追い求めるというのもありなんでしょうが、本来最大化すべきは感情的利益も含んだ国民の満足度のはずです。トンデモな話かもしれませんが、日本人には同じことをコツコツやることが得意でものづくりに向いているけれども、リスクや変化への耐性が低く金融業などには向かない遺伝子を持った人が多いなんていう説もあります。もしそれが本当なら、少なくとも米国型の新自由主義では日本の経済効率の最大化と国民満足度の最大化は両立できないと思います(感情的利益はメディアによる「サーカス」の提供で補償すればいいという「1984年」的解決もありますが)。経済学的に考えても、差異があるからこそ「比較優位」でお互い利益を得られるのに、なんで米国と同じようにならなければいけないのでしょうか?

      >小さな政府
      branchさんの記事(http://www.seri.sakura.ne.jp/~branch/diary0709.shtml#0925)を読んで考えたのですが、「小さな政府」って実は相対的なものじゃなくて絶対的なものなんじゃないでしょうか?つまり、人口100万人の県に公務員が1万人いるのと、人口1億人の国に公務員が50万人いるのでは、本来前者のほうが2倍大きな政府ですが、これを後者のほうが「50万人もいる!」と思ってしまっているのではないでしょうか。それも根拠がないわけじゃなくて、組織が大きすぎて管理が不可能になっていて、前者で1億円の無駄が発生しているとすれば後者で発生している無駄は50億100億じゃ収まらない、それは首長や公務員、あるいはそれを監視すべき議員や国民が無能だったり悪人だったりするからではなく、誰がやってもそうなるから絶対的に小さくするしかないと考えているんじゃないでしょうか。これだと「英国と同じだけ小さな政府に…」「これじゃ英国の3倍も大きいじゃねーか!」(日本の人口も英国の3倍なんだけど…)となってしまいそうなんですが。もしそうなら、全体の量の問題なので、道州制や連邦制といった分権程度では解決できない、少子化で人口減らすしかないと行動しているのが現状とか…orz

      時期はずれの長文失礼。>皆様

    70. isikaribetu07 Says:

      >kogeさん
      世論は公務員数を人口比などの相対値でなく絶対数で捉えているのではないか、というのは、そうかもしれないと思います。ただ、その後の考察に関しては、私は「世論はそこまで考えておらず、公務員は多すぎるに決まっていると雰囲気で決めつけているだけ」と思っています。結局、ちゃんとデータに基づいて考えることをしない、あるいは恣意的にデータを使っているということではないかと。

      なお、念のため附記しておくと、公務員数の国際比較
      http://www.esri.go.jp/jp/archive/hou/hou030/hou21-1.pdf
      によれば、独法や政府系企業などを含めた公務員数(中央・地方含む)において、
       日本は人口千人あたり42.2人、イギリスは78.3人(フルタイム換算)、
       絶対数で日本5,383千人、イギリス4,686千人(フルタイム換算)
      と、すでに日本は相対的な公務員数においてはイギリスよりも小さな政府であり、絶対数においても3倍などという差はありません。まあ、内閣府経済社会総合研究所が野村総研に委託した調査など信用ならん、という人もいるかもしれませんが。

    71. yy Says:

      >壺さん
      ポイントを絞って述べさせていただきます。

      1.ミクロの具体策について
      市場がグローバル化した世界において、各国が補助金や関税、為替政策といった自国産業の保護政策を保持する中、自国だけ市場ルールに任せるというのは、自国産業に不利益をもたらさないでしょうか。
      例えば、自国が補助金を廃止したところで、他国が補助金を維持すれば、結果として市場は自国産業に不利な形で歪められることになります。自由貿易を主唱する米国が、農業補助金を潤沢にしていることなど好例でしょう。
      グローバル化した世界だからこそ、ただ市場に任せるのではなく、詳細な分析ときめ細やかな政策が必要ではないかと考えます。

      2.国家債務の大幅増
      >財政赤字については拡大したというのは嘘
      財政赤字ではなく、国家債務の大幅増と申し上げました。
      論拠は下記資料です。
      http://www.mof.go.jp/1c020.htm
      2001年3月末から2006年9月末にかけて、約280兆円の債務が増大しています。これは現在の債務の3分の1弱にあたります。名目GDPが伸びない中でこれだけの債務を増大させたのは、財政上の失敗と言えないでしょうか。
      まあ、債務の内容を分析していないので、かなりラフな議論ではありますが。

    72. Says:

      ・koge
      >労組
      私は先ほどの不況に関して、労組が嫌われるのは当然だと思っています。
      思想活動に勤しんでいたというのもそうですが、なによりも正社員を過剰に守る事によって結果的に多くの失業者を見捨てたからです。
      正社員という特権が維持されるならば、企業は社員を雇う時にはその特権的基準で採用しなければいけないのでどうしても雇う数が減少します。
      (事実上正社員を雇うコストが上昇するわけですから、企業の正社員に対する需要が減少する)
      なにより、日本の企業はもっと早くもっとキチンとリストラしていれば、もっと早く立ち直っていたでしょうから、不況しいては就職氷河期が長引いたのも正社員の雇用を守ったのが大きな要因の一つだと思います。
      日本の解雇要件がもう少し緩ければ就職氷河期時代の新卒はもう少し楽になったと思います。

      そして、就職氷河期リストラ時代を正社員という一番恵まれた(マシな)立場に居たくせに『景気回復の実感が無い』とのたまう現在の正社員は正直ムカつきます。
      不況期に一番いい思いした人が、好況になったときの利益の配分が後回しにされるのは当然だろと思うわけです。

      まあ少なくとも当時の日本の労組は正社員の為の組織であって、正社員の為に働くのは当たり前なのだから労組の判断が間違っていたとは思いません。また終身雇用をベースとした家族主義が日本の復興と高度成長の要因の一つになったのも事実だと思います。
      ただ、今回に限って言えば家族主義の名の下に見捨てられた人たちが大勢いたと言う事も理解しておく必要があると思います。

      >完全雇用
      総論
      kogeさんがいう完全雇用はほぼ全てマクロの話です。
      kogoさんの見解と私の見解は殆ど同じです。ただちょっと結論が違うだけですね。

      私は社会保障を切り捨てろといっていません。社会保障は社会保障として渡すべきだと言っているのです。
      なにもしない課を作ってそこに人を雇う事によって失業率を減らし人々の生活を安定させるよりも、失業者には失業保険を渡して職業訓練を行い次の仕事に移ってもらうべきだと思うわけです。
      失業者が出たから国が仕事作って雇えばいいというのは、日本のような先進国では安易過ぎる手段だと思うのです。

      >欧米と日本の建設業従業員比率の差がそのまま失業率の差だなんて話もあります。
      これが完全雇用政策の基本思想です。
      失業者は、労働力の死蔵+マクロ経済の梗塞+失業者の生活不安をもたらします。
      後者の二つは、失業保険によって解決できます。
      しかし、国が何か仕事を造りそれをやらせれば、さらに労働力の死蔵を解決できます(=成果が生まれる)。

      短期で見れば確かに失業保険より、何らかの成果が生まれる分効率的だと思います。
      しかし長期で見れば問題点も多いです。
      1.重要なのは成果より職を与える事になり、仕事から得られる成果が軽視される。
      例:要らない道路やダムなど
      2.重要なのは成果より金を与える事になり、本来の成果とコストのバランスが軽視される。
      例:談合などでコストを吊り上げられても問題視しなくなる。高いだけの商店街など。
      3.その産業には過当な資源が流れる事になるので、その産業が腐る。
      例:甘やかされるので駄目になる、生産性が下がる。高いだけの商店街が生き残る。
      4.その産業には過当な資源が流れる事になるので、産業構造が歪む。
      例:地方の産業は公共事業依存になってしまう。

      確かに、昔は意義ある政策だったと思います。
      しかしバブル近辺から小泉政権に至るまでの間は、利より害の方が強くなっていたと思います。

      >そもそも、政府が最大化すべき国民の利益の最大化というのが経済的利益だけなのであれば、格差が広がって失業者や餓死者がどれだけでようとも生産効率だけを追い求めるというのもありなんでしょうが、本来最大化すべきは感情的利益も含んだ国民の満足度のはずです。

      これが社会保障政策の意義です。
      また仰るとおり社会において格差が開きすぎると、また短期間で突如生活水準に変化が生まれると、社会に対立が起こり不和が生まれます。それは国の経済にとっても好ましく無いので経済の観点から見ても社会保障政策は必要です。※
      私は社会保障政策は必要だと思います。目に見えない社会保障政策を減らした分。目に見える社会保障政策を増やすべきです。
      具体的に言えば地方に対する公共事業を減らしたのだから、地方に対する地方交付税は増やすべきだったと思います。


      例を挙げれば、明治維新です。
      かつて封建制の下で身分制度という最強の規制制度により、武士の職業は安定していました。
      それを明治維新における、廃藩置県から四民平等という規制緩和政策によって全ての特権を剥奪された武士は殆どが没落しました。
      その士族たちの不満をいさめる為に年金を払っていたわけですが(これが社会保障政策)、それでも不満が治まらない士族は各地で反乱を起こしました(一番でかいのが西南戦争)。
      その時政府は武力で無理やり鎮圧したわけですが、そのときの戦費は国家予算を上回る額だったわけです。
      ならばもう少し年金を沢山払っていた方が経済的だったんじゃないの?というのが経済学から見た社会保障政策の意義です。

      >日本人には同じことをコツコツやることが得意でものづくりに向いているけれども、リスクや変化への耐性が低く金融業などには向かない遺伝子を持った人が多いなんていう説もあります。

      個人的には遺伝子より文化を重視するべきだと思います。狭い国土に長い間定住していた日本人が協調を重視する文化だというのは間違いないと思います。それがしがらみになってしまい行動を鈍くしてしまうことは何度かあったのだと思います。しかし、日本人がリスクを取れないというのは間違いだと思います。
      リスクを恐れるだけの国民が明治維新など起こせた筈がありません。世界最古の先物市場を作ったのは日本人なのですから、金融に向かないなんて事も無いと思います。そもそも金融と言うのはコツコツやるべきものなのではないかと思います。リスクをとるというのとコツコツやるというのは相反しない要素だと思います。
      金融をやるにしても欧や米とは違ったやり方で結果を出せるのではないかと思います。
      また金融は産業というよりも絶対必要な経済の基幹機能です。ここを外人だけに任せるなんてことをするべきではないと思います。

      アジアの国々を見てください。国内の金持ちは全てアメリカ国債を買い、外国の投資家がアジアの国々に投資するという歪な構図でした(今は若干マシになった気がしますが)。
      これは2つの点で問題だと思います。
      1.本来自国は投資チャンスに恵まれているのに、それを態々外国に持っていかれる。
      2.外国の金融機関はその国の経済に責任を持たない。例えば、いざとなったら逃げ出してしまう。
      2が起こったのがアジア通貨危機です。当然その際日本の銀行や証券会社も悉く撤退しました。

      優秀な外国金融を招き入れるのは賛成、反対するのは任せきることです。

      >役人の数
      まず役人の人数と人口の比較ですが、相関関係にあるとしても単純比例するものでは無いと思います。
      仕事が増える理由として
      1.仕事の種類が増える。
      2.仕事の量が増える。
       2-1.扱うデーターの量が増える。
       2-2.現場の活動量が増える。
      というのがあると思います。
      1.は人口が増えてもさほど増えるものでも無いでしょう。
      2-1.は多少増える事はあってもデーターが10倍になったから人員が10倍になるという事は無いはずです。
      2-2.これは人口と比例して増えるのでしょう。しかし警察などが良い例でしょうが、大抵の仕事は政府の役人が直にアレコレしているわけではないと思います。

      そもそも中央集権派が中央集権を支持するのは『まとめて処理すれば効率が良いから』という理由だと思います。それなのに人口と比例して増えていくのでは中央集権の意味が無いでしょう。
      まあ現時点で抱えている仕事からすれば、日本の役人がそれほど多いとは私も思いません。人を減らすならその前に仕事を減らすべきだと思います。
      特に、調整という仕事があまりにも多すぎるのではないかと思います。もっと調整を必要としない組織構造にするべきだと思います。。
      そして、その為には組織の規模を小さくするしかなく、そのためには地方分権をするしかないと思います。

      その結果中央政府+地方政府の役人の数が増えるか減るか、中央集権のまとめてやるメリットと地方分権の調整の負担が減るメリットどちらが人員削減に繋がるかは分かりません。
      しかし費用はともかくその対価である成果は必ず上がると思っています。
      それを下で説明。

      >小さい政府と大きい政府
      小さい政府大きい政府には2つの軸があるのだと思います。
      一つは、自由と経済的平等どちらをとるかという思想の問題。もっと具体的に言えば所得の再分配の問題。
      もう一つは、効率的な行政サービスを行なうにはどのような組織が最適かという組織論です。

      前者の所得の再分配に関しては、kogeさんは経済的平等派ですね。ここは私もかなり同意できます。私も高所得者からはもう少し所得税取るべきだと思います。そして、寄付控除をもっと使いやすく改正して金持ちには富ではなく名誉を得てもらうべきだと思います。
      そして個人の所得がその人の能力によって差が出るのは仕方ないにしても、それが他人に受け継がれると階級化されてしまうので、相続税と贈与税はもっと上げるべきだと思います。ですから割と違いは無いと思います。

      私は、後者の観点から小さな政府を支持しています。
      これは、組織構造の問題であり、権力構造の問題ですから、経営学もしくは政治学の分野の話です。経済学が関わるとしてもミクロ経済学であり、マクロ経済学は殆ど関係がありません。

      組織において規模が変われば構造が変わるのは当然の話です。
      昆虫のような外骨格は一定以上のサイズにはなれないのと同じように、規模が変われば構造が変わるのは当たり前の話です。
      地方分権とはどちらかというと大国の為の構造であり、小国においてはさほど重要な構造ではありません。
      したがって、以前bewaadさんが並べた先進国の経済成長率と地方分権度