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  • 11/30/2007 (9:01 pm)

    法律家≠政治家

    Filed under: politics, law ::

    たぶん法律家の人達は「あるべき日本の道徳」とか、正義といったものを、議論して定義するところまでを仕事の範囲にして、実装は経済学者に任せればいいんだと思う。

    ほとんどどんな条件のもとでも、一意的な均衡に誘導するメカニズムは存在するし、経済学者はたぶん、それをデザインすることができる。

    1. 法律家は「国民はこうあるべき」という仕様書を作って、経済学者に渡す
    2. 経済学者は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
    3. そのデザインには誰も口出しできない代わり、経済学者は、「仕様書」には口を出せない

    道義最適と、経済最適とは、たぶんしばしばぶつかりあう。「どちらがより最適なのか?」を議論する場所は、あくまでも仕様書を作る議会。法律家のお仕事。

    (略)

    法律家や政治家が支配していたニッチは、今はどうみても経済学の領域。論理と度胸の経済学者が支配していた「お金」の世界は、今は物理学者や数学者が大活躍。様々な学問は、そのニッチを奪いあいながら、社会は進む。

    「法律の人達は神様でも裁いてればいいんだと思う」(@レジデント初期研修用資料11/30付)

    法律家の機能について、ずいぶんと誤解があるように思います。法律と道徳の関係については、次の証言が標準的な見解を示しています。

    ○岩本一郎君 今御質問いただいたのは、法律と道徳との関係だと思うんですけれども、私の基本的な考え方は、近代法の原理というのは、法律と道徳というのは分離すべきものであって、道徳的な態度を法律によって養う、あるいは強制するということは、これは近代法において、あるいは立憲主義においてあってはならないことだというふうに考えております。

     しかしながら、法と道徳というのは全く無関係なものではございません。例えば刑法のようなものというのは、例えば人を殺してはいけないとかそういった事柄というのは、確かに道徳との一致点はあるわけです。しかしながら、法律の中で、そこに組み込まれている道徳というのは最低限の道徳であって、これは、さまざまな人間が暮らしていて、さまざまな考え方を持っている人間たちが暮らすこの社会において最低限の守らなければならない道徳、すべての道徳観において共有されている、コンセンサスを得られる、理にかなった道徳でなければならないというふうに思うわけです。

    2006年11月13日開催の教育基本法に関する公聴会(衆議院・教育基本法に関する特別委員会)における岩本一郎北星学園大学経済学部教授の答弁

    「標準的」と書いたのは、論者によって見解には幅があるから。たとえばケルゼニアンの門前小僧であるwebmasterであれば、もっとリジッドに法と道徳は分離されている(岩本先生の話をお借りすれば、「人を殺してはいけない」とは法が要請するのではなく、そのような法を定める政治が要請するものということになります)と考えるわけですが、いずれにしても「仕様書」を法律家が作るということには、多くの法律家が違和感を抱くはずです。

    medtoolzさんのリストを以上のような観点から書き直すならば、次のようなものとなるでしょう。

    1. 政治家は「国民はこうあるべき」という仕様書を作って、経済学者に渡す
    2. 経済学者は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
    3. 法律家は経済学者が考案した構造をコーディングする
    4. 仕様書は政治家同士が、構造は経済学者同士が、コードは法律家同士がレヴューすることを基本とする

    #英語で「法律」を表す単語のひとつに”code”があることは、きわめて示唆的でしょう。

    おそらくmedtoolzさんには、法律を作る立法府の構成員は、法律を作るのだから法律家だ、という理解があるのでしょう。しかし、法律家とはまずは法曹、すなわち裁判官や検事、弁護士であり、次いで法の執行を司る行政府職員や司法書士その他の準法曹的専門職などが続くこととなります。立法府とは、法律のてにをはを定める機能を担うのではなく、medtoolzさんご指摘の通り仕様書に相当する理念・概念こそを定めるべきであるからこそ、法律家ではなく一般人(を代表する者)が構成員となるわけです‐もちろん、法律家のバックグラウンドを持つ者が構成員になることを阻むものではないのですが。

    11/29/2007 (11:59 pm)

    接待を違法化すべき。

    Filed under: government, law ::

     守屋武昌前防衛事務次官(63)が在任中、防衛専門商社「山田洋行」元専務、宮崎元伸容疑者(69)側からわいろの認識をもって総額389万円に上るゴルフ旅行接待を妻とともに受けたとして、東京地検特捜部は28日午後、守屋容疑者と妻、幸子容疑者(56)を収賄容疑で逮捕した。特捜部は守屋容疑者が防衛装備品調達などで宮崎容疑者側に便宜を図ったとみて調べる。

     300回を超えるゴルフ接待など元防衛官僚トップと業者との長年の癒着は汚職事件に発展した。特捜部は防衛利権を巡る不正の全容解明を進めるとみられる。

    日経「守屋前次官夫妻を収賄容疑で逮捕――東京地検」

    守屋前防衛事務次官が接待を受けていたことはかなり前から明らかになっていたわけですが、逮捕が今のタイミングになったのは、

     (収賄、受託収賄及び事前収賄)

    第197条 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。

    2 (略)

    という収賄罪の規定中、「その職務に関し」を満たすかどうかの判断に時間がかかったということでしょう。逆に言えば、現行法上、「職務に関」するものでなければ、接待は無論のこと、金品を受け取っても刑法上の収賄罪とはなりません。しかし、現在の公務員に対する世論からすれば、「職務に関し」なくとも収賄とする法改正をすべきであるとwebmasterは思います。

    法技術的には、どこからが「賄賂を収受」するものなのかの判定が難しいことが問題になるのかもしれません。たとえば接待に関して、割り勘であれば「賄賂を収受」でないとしていいかと考えても、公務員がそれなりの価格のワインを空けて同席者は飲んでいない場合、ワイン代込みでの割り勘は、厳密には「賄賂の収受」でありましょう。しかしこの理屈をつきつめれば、大皿から取り分けた料理がどれだけかをいちいち量らないことには「賄賂の収受」の可能性があるということとなり、罪刑法定主義の観点からすれば微妙な話です。

    #現行法の運用としては、起訴便宜主義でそのあたりは阿吽の呼吸なのでしょう。刑法は、口語化されたとはいえ記述振りとしては明治の法律ですから、最近の法律との規定の粗密のバランスとしては、若干粗きに過ぎるようにwebmasterには思われます。

    こうした「神学論争」のために早急な整備が難しいというのであれば、次善の策として、国家公務員倫理法改正が考えられます。

     経理局長の嶋口武彦(62)と官房長の守屋武昌(63)。会議前の立ち話だった。

     「お前なあ、倫理規程ができたんだから、(業者からの接待は)いい加減気をつけろ」

     入省年次が1年先輩の嶋口は、同年4月に出入り業者とのゴルフや飲食を禁じた自衛隊員倫理規程が施行されたことを踏まえ、こう切り出した。

     庁内で毎日配布される幹部の行動予定表の中で、守屋の夜の予定の多さは際立っていた。毎晩1〜3回程度の「会合」がいつも記載されていた。その頻度からみて、すべて自己負担の会合ではないことは容易にうかがえた。

     だが、嶋口の苦言に、守屋は平然とした顔で答えたという。

     「嶋ちゃん、あんなのいくらでも抜け道があるんだよ」

     「お前、官房長だろう。取り締まる立場なんだぞ」と嶋口は重ねて自覚を求めたが、守屋の態度は変わらなかった。

     守屋は山田洋行元専務、宮崎元伸(69)から、飲食接待のほかに8年間で300回を超すゴルフ接待を受けていた。倫理規程の施行前後から、ゴルフの際は夫婦で偽名を使うようになっていた。守屋が言った「抜け道」とはこのことだったのか−。

    産経「【防衛利権の闇(1)】夜の人脈誇示 自民領袖・議員、宴席にズラリ」(1/4)

    これらの行為は、おそらくは国家公務員倫理法第6条の報告義務違反でしょう(裏は取ってませんが)。現行の同法は、報告義務違反について罰則が科されていないのですが、これについて罰則を科せば、接待を受けた段階で収賄として取り扱う場合とほぼ同様の効果が得られるのではないかと思います(単純収賄とのバランスを考えれば、5年以下の懲役というのがひとつの相場でしょうか)。

    11/28/2007 (11:59 pm)

    続・「ワークブック法制執務」改訂

    Filed under: book, law ::

    昨日のエントリに対して、kei-zuさんから言及いただきました。

     自治体の職員の方々におかれては、むしろ

    自治立法実務のための法制執務詳解

    作者: 石毛正純
    出版社/メーカー: ぎょうせい
    発売日: 2004/07
    メディア: 単行本

    の方がスタンダードであろうと思うところで、課内で法制執務を担当して間がない後輩に聞いてみたやり取りは以下のとおりです。

    私「改め文を書くときに『ワークブック法制執務』って読むかい?」

    後輩(女性)「『法制執務詳解』は参考にしますけどぉ、『ワークブック法制執務』は読んだことありませぇん」(そういう風に喋る人なのです)

     「法制執務詳解」がかくも自治体法務職員の頼りにされている理由は、昭和58年に初版が発行されて以来、4回の改訂を経て、内容がアップデートされていることと、掲載例の網羅性、そして引きやすい目次構成によるものでしょう。

    同僚「『ワークブック』って、調べたいことがあっても引きにくいじゃないですか。国で、法令改正の初心者の人は、どうやって改め文を書くんですかね」

    私「うーん、『ワークブック』を見ながらとりあえず書き上げて、先輩にガシガシ修正を受けるOJTなのかなあ」

    「「ワークブック法制執務」と「法制執務詳解」」(@自治体法務の備忘録11/28付)

    「法制執務詳解」は読んだことがないのですが、「ワークブック」が霞が関スタンダードなのは、ひとえに内閣法制局を相手にするときにもっとも有効だからに他なりません。条例の事例を引いても内閣法制局では相手にしてもらえませんから(それどころか、法律であっても、議員立法のものは、それしか例がないような場合にのみやむなくという感じで、可能な限り内閣提出法案の事例を用いることが望ましいとされます)、「法制執務詳解」では実際に使える部分が限られるということでしょう。

    霞が関での改め文の学び方は、たいていはOJTです。まったく条文作成の経験がない者が「ワークブック」を引きながら、ということではなく、自分が係長時代に補佐が書いた条文案の法制局審査に同席し、そこでのやりとりを聞きながら学んでいく、ということが多いように思います。補佐が教育的配慮に富んでいる場合は、「じゃあここの部分を書いてみて」と下請けに出して学ばせたりすることもあります。

    ちなみに昨日のエントリにて、「ワークブック」も時代遅れの部分があると書いたわけですが、

     また、「法制執務詳解」では、著者が属される自治体のローカルルールなのか、独自のご見解と思われる記載もあり、利用に当たっては注意も必要です。

     「各号列記以外の部分中」は、そこで改正しようとする字句が同一条項中の他の部分にもあり、その部分の字句は改正しない場合のように、これを用いるほかに方法がないやむを得ない場合に限り、用いるものとされている(中略)。このため、法令における取扱いは、このような場合、「各号列記以外の部分中」を用いない方式によるものが多いようである。しかし、条項中の字句の改正は、前の方から順に行われている方が、改正箇所を知る上で利点があるので、各号列記以外の部分と各号中の双方の字句を改正する場合には、前の方から順に改正を行うために改正箇所を特定する手段として、「各号列記以外の部分中」を用いる方が適当であろう。

    (336〜337頁)※強調はkei-zu

     同書は次回の改訂に改訂に際しては、多くの自治体で運用されている横書きの例規を想定したものとすることが検討されているそうであり、そうなると、自治体職員向けの性格がより明らかになるでしょうね。

    「「ワークブック法制執務」と「法制執務詳解」」(@自治体法務の備忘録11/28付)

    この「各号列記以外の部分中」こそが、webmasterが念頭に置いていたものでした。なんという偶然でしょう! といっても訳が分からない人が大半でしょうから、詳しく書いてみます。行政事件訴訟法の一部を改正する法律(平成16年法律第84号)の附則第9条(地方自治法の一部改正)の中に、次のような規定があります(ということは、webmasterがお相手いただいた参事官の方が間違っていた、ということに・・・まあ、できるだけ使わないように、ということになっているのだと思います。「法制執務詳解」においても、法令としては「これを用いるほかに方法がないやむを得ない場合に限り、用いるものとされている」とのことですし)。

     第251条の5第1項各号列記以外の部分中「行政庁」の下に「(国の関与があつた後又は申請等が行われた後に当該行政庁の権限が他の行政庁に承継されたときは、当該他の行政庁)」を加え、同項に次のただし書を加える。   ただし、違法な国の関与の取消しを求める訴えを提起する場合において、被告とすべき行政庁がないときは、当該訴えは、国を被告として提起しなければならない。

    他方、現行の地方自治法第251条の5第1項は次の通りです。

    第251条の5 第250条の13第1項又は第2項の規定による審査の申出をした普通地方公共団体の長その他の執行機関は、次の各号のいずれかに該当するときは、高等裁判所に対し、当該審査の申出の相手方となつた国の行政庁(国の関与があつた後又は申請等が行われた後に当該行政庁の権限が他の行政庁に承継されたときは、当該他の行政庁)を被告として、訴えをもつて当該審査の申出に係る違法な国の関与の取消し又は当該審査の申出に係る国の不作為の違法の確認を求めることができる。ただし、違法な国の関与の取消しを求める訴えを提起する場合において、被告とすべき行政庁がないときは、当該訴えは、国を被告として提起しなければならない。
     一 第250条の14第1項から第3項までの規定による委員会の審査の結果又は勧告に不服があるとき。
     二 第250条の18第1項の規定による国の行政庁の措置に不服があるとき。
     三 当該審査の申出をした日から90日を経過しても、委員会が第250条の14第1項から第3項までの規定による審査又は勧告を行わないとき。
     四 国の行政庁が第250条の18第1項の規定による措置を講じないとき。

    両者から、行政事件訴訟法の一部を改正する法律による改正前の条文を復元すれば次のようになります。

    第251条の5 第250条の13第1項又は第2項の規定による審査の申出をした普通地方公共団体の長その他の執行機関は、次の各号のいずれかに該当するときは、高等裁判所に対し、当該審査の申出の相手方となつた国の行政庁を被告として、訴えをもつて当該審査の申出に係る違法な国の関与の取消し又は当該審査の申出に係る国の不作為の違法の確認を求めることができる。
     一 第250条の14第1項から第3項までの規定による委員会の審査の結果又は勧告に不服があるとき。
     二 第250条の18第1項の規定による国の行政庁の措置に不服があるとき。
     三 当該審査の申出をした日から90日を経過しても、委員会が第250条の14第1項から第3項までの規定による審査又は勧告を行わないとき。
     四 国の行政庁が第250条の18第1項の規定による措置を講じないとき。

    ここで、行政事件訴訟法の一部を改正する法律の地方自治法の改正規定に「各号列記以外の部分中」がない場合を想定してみますと、第2号や第4号の「行政庁」の下にも「(国の関与が・・・)」と加えられてしまって都合が悪い、ということとなります。では、「各号列記以外の部分中」を使わずに同じ改正を行う(=webmasterが当時参事官の指摘を受けて書き直したやり方でやる)場合にはどうすればいいのでしょうか?

     第251条の5第1項中「行政庁を」を「行政庁(国の関与があつた後又は申請等が行われた後に当該行政庁の権限が他の行政庁に承継されたときは、当該他の行政庁)を」に改め、同項に次のただし書を加える。(ただし書略)

    とすればよいのです。同項第2号は「行政庁の」、第4号は「行政庁が」ですから、これらの号まで改正されてしまうことはこの書き方で回避できます。すなわち、これで同じ改正が可能となるのです。

    11/27/2007 (11:59 pm)

    「ワークブック法制執務」改訂

    Filed under: book, law ::

    kei-zuさんのご紹介ですが、あの「ワークブック法制執務」ついに改訂とのこと。「あの」といっても霞が関で法令案の作成に携わっていないと意味不明でしょうけれども、法令案を作成する場合に、規定したい内容を如何に法令用の公用文に「翻訳」するかの手引書、と申し上げれば大まかなイメージはお掴みいただけるでしょうか。

    「法制執務」で検索すれば類似書は見つかりますが、本書が霞が関スタンダードです。何か困ったときに3分以内でこの本の該当箇所が探し出せる(同じことの言い換えですが、これはこの本には載っていないな、ということが問題を見た段階でだいたい見当がつく)ぐらいに使いこなせれば、法令案作成担当として使い物になると認めてもらえるような、そんな本です。霞が関においてもっとも冊数が多い書籍候補の筆頭でしょう。

    「ついに改訂」といったのは、それほどの本書ではあっても、最近ではさすがに時代遅れとなった例が散見されるようになってきました。webmasterの個人的経験でも、

    内閣法制局参事官

    この規定はどこから持ってきたの?

    webmaster

    ワークブックの○○ページです。

    内閣法制局参事官

    (該当部分に目を通して)うーん、最近ではこういう書き方はしないなぁ・・・。

    といったやりとりをした記憶があります。

    本書に触れる機会があるのは日本人の極々一部に限られるとは思いますが、霞が関での仕事(の一部)がどのようなものかを知りたいという人がいらっしゃいましたら、目を通してみると面白いと思います。ま、そのために買う価値はありませんから、図書館ででも(って、普通の図書館に置いてあるのでしょうか・・・)。

    11/26/2007 (3:23 am)

    キャリア制度廃止?

    Filed under: government ::

     福田首相の私的懇談会「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」(座長=岡村正・東芝会長)は23日、国家公務員1種採用試験に合格した入省者がほぼ自動的に幹部に昇進する「キャリア制度」の廃止を提言する方針を固めた。

     具体的には、〈1〉現行の1種、2種採用試験を廃止し、新たな採用・昇進の仕組みとして「総合職」(企画職)採用試験と「一般職」(執行職)採用試験を導入〈2〉一般職採用者にも幹部登用への道を開く「幹部候補育成課程」を創設――の2点が柱となっている。

     現行のキャリア制度は、1種採用の「キャリア官僚」が、入省時から幹部候補生として育成される。2種、3種採用の職員が幹部に登用される例や、キャリアが幹部コースから外れる例が少ないため、人事が硬直的になり、職員の能力・実績が昇進に反映されていないとの批判がある。

     例えば、2005年度時点で見ると、本省課長以上の幹部職員計4778人のうち3536人(74・0%)を1種採用者が占めている。審議官級以上の「指定職」に限れば、887人のうち783人(88・3%)が1種採用者だ。

     今回明らかになった提言内容には、こうした人事制度が省庁の活力を奪っているとする批判にこたえ、現行の2種を含む「一般職」の職員でも幹部職員になれるようにする狙いがある。幹部候補課程に入っても育成効果が出ない職員は課程の対象から外すとし、能力・実績主義の徹底も打ち出した。

    読売「国家公務員の「キャリア制度」廃止、首相懇談会が提言方針」

    webmasterが言うのも大きなお世話ではありますが、このようなものを「『キャリア制度』廃止」と言ってしまっていいのでしょうか? 新しい「総合職」が従前のI種と何が違うのか、webmasterにはよくわかりません。

    「総合職」でなくても課長以上になれるというなら、記事にあるとおり、I種でなくとも課長以上になれるのが実態です。企業でも「総合職」「一般職」の違いはあるわけで、「総合職」的な存在を否定するような提言でなくてよかったとは思うものの、これでいいなら、単にI種以外からの幹部登用の数を増やせとするものと実質的には何も変わらないわけで・・・といいますか、この制度導入後は、「総合職」が「キャリア」と呼ばれるようになるだけのような気が。

    で、III種はどうなるんでしょうか?

    11/25/2007 (12:04 am)

    タイピングスピード計測

    Filed under: WWW, computer ::

    プログラマは英語に強いのか?英語のタイピング速度チェッカーゲーム*ホームページを作る人のネタ帳にてご紹介の

    を試してみました。

    初見では、

    You reached 212 points, so you achieved position 38923 on the ranking list

    You type 282 characters per minute
    You have 52 correct words and
    you have 1 wrong words

    ということでした。スペース以外の打ち間違いはバックスペースで訂正できますが、スペースを間違って打ってしまうとwrong wordになってしまいます・・・。

    その後も、スコアアップを目指して何度かやってみました。現時点での最高成績は、なんとか次のものまではいきました。

    You reached 258 points, so you achieved position 802 on the ranking list

    You type 348 characters per minute
    You have 61 correct words and
    you have 0 wrong words

    数年前、一時期タイピングソフトにはまっていたのですが、その際には300ストローク@1分を超えるのは日本語(ローマ字)の場合で、英文では200ストローク超えがせいぜいでした。それに比べれば、ある程度は速くなったようです。

    11/24/2007 (11:48 pm)

    政府=間接部門の効用

    Filed under: government ::

    ヒトの生殖細胞を使わず、皮膚の細胞から幹細胞を作り出した山中教授のグループの研究は大きく取り上げられています(ノーベル賞もん?)が、教授にインタビューしたTimes記者氏のブログに非常に興味深い内容がありやした。

    なんと、教授の研究の原動力は日本政府の無能さに対する怒りなんだそうです。なぜ日本では生殖細胞の研究利用が認められているのに、あえてそれを使わずに研究してるのかを尋ねられた彼は・・・

    (略)

    日本の幹細胞研究に対する政府の態度には2つ大きな問題がある。まず、一つの幹細胞に関する実験のたびに500ページもの書類3部を提出しなければならない。これを書くのに1カ月、さらに政府の審査に1カ月、これでは英国のライバルがその間10回以上実験できてしまう。本気で競争しようと思ったら、研究者を一人首にして代わりに事務員を2人雇わなければならない。だからほかの研究者が、公務員仕事の代わりに実験に集中できるよう、幹細胞を人工的に作る方法を見つけたんだ。

    それから日本の厚生省の気の変わりやすさ。長期研究を短い期間に押し込めたり、十分な資金を与えずに放置したり。問題は、事務官の長が3年ごとに変わることだ。新しい人が来るたびに、科学研究に足跡を残そうと新しい予算を立ち上げるが、科学的な根拠はなく思い付きだけで、すでにある研究プロジェクト(どんなに成功していても)から予算を奪ってしまう。基本的に、3年でプロジェクトが完成できなければ、あきらめろということだ。

    「So cool, Prof Yamanaka! 」(@おこじょの日記11/21付)

    実態としてはそうなのだろう、とは霞が関の住人であるwebmasterも思います。不当な非難やいいがかりではないでしょう。しかし、厚生労働省や文部科学省とて、好きでそのようなことをやっているわけではない、というのがこのエントリの趣旨となります‐嘘だろう、とお感じになる方も多いでしょうけれども。

    担当職員が偉ぶっていて不愉快な思いをした研究者の方々も少なからずいるとは察せられます。だからといって、担当職員が偉ぶりたいからといって制度ができるわけでもありませんし、その上司が部下を偉ぶらせたいからといって制度を作るわけでもありません。組織の権限の維持・拡大のためにあれこれ手を広げるとは霞が関(に限らず官僚組織一般)についてよくいわれる批判ではありますが、それが真であるとは限らないのです。

    では何のためにこのような制度ができるのか、それを示唆する好例が、最近話題の建築基準法の「改悪」でしょう。耐震偽装問題を受けて昨年に行われた建築基準法改正が、あまりに面倒な手続を強いるために住宅着工が落ち込み、ひいては景気の足を引っ張っていると最近言われています。なぜ国土交通省がこのような改正に踏み切ったかといえば、ねちねちと業者をいじめることに役所の窓口の人間が喜びを見出すからではなく、耐震偽装問題が大いに世の中で問題視され、国土交通省自身も厳しく批判されたからに他なりません。

    それと同様に、幹細胞研究における政府の関与も、それなくしては政府自身が大いに批判を受けかねない、との主観的認識の帰結であるとwebmasterは考えます。

    審査するのは先生方であって官僚ではないです。手続き上中央官僚が事務局をやっていますが、本来大学なり研究所の倫理審査委員会がきちんと対応できればそれで済むはずのことです。

    しかし現実には「ヒトになる可能性のある受精卵を壊す」という重大な決定に責任を持てないという意見が多かったので国レベルに上がっていたのだと思います。研究者にとっては、ここでお墨付をもらうことで倫理問題については批判されずに済む、ということです。

    「日本の科学技術政策」(@食品安全情報blog11/23付)

    仮に政府の関与がなければどうなるか。政府が対応している諸々の「公務員仕事」、つまりは国会対応やメディア対応等が、すべて各研究機関に降りかかる、ということです。関係省庁が一元的に対応しているがために効率化されている部分がなくなります‐とりあえず政府に聞けば一通り情報がそろう、ということがなくなるため、複数機関に重複して問い合わせ等が行われることとなります‐から、単純に政府がやっている「公務員仕事」の同量が各機関に分割して降りかかるのではなく、それに上乗せして降りかかることとなります。

    何か報道が出れば‐それが真に傾聴に値する批判である保証はまったくなく、単なる言いがかりである可能性は多分にあります‐、当の報道対象となった機関にとどまらず、あなたのところはどうですか、という取材がやってきます。報道が出れば国会で聞かれるとはよくあることですが、参考人招致などが現在の回数で済んでいるのはとりあえずは政府が対応しているからで、政府が「我々に聞かれても知りません。当事者に聞いてください」と言い出せば、世上問題になるような状況であれば毎日国会に出席しなければならなくなります。

    政府のそのような役割は、企業であれば広報、財務、法務、といった間接(管理)部門に相当するもの、とwebmasterは考えます。第一線で働いている営業等の担当者からは、そうした間接部門の存在は忌み嫌われるものです。すなわち、あいつらがいるから余計な仕事が増える、奴らは我々の足を引っ張ることしか考えていない、等々。しかし、世の中の企業がそうした部門を抱えているということは、結局のところそれらの存在が企業全体の生産性を高めているということに他なりません‐もし全体の生産性を低めているなら、そうした部門を持たない企業が現れ、競争に打ち勝っていくでしょうから。

    日本ではイギリスの10倍「公務員仕事」の手間隙がかかるとは、本当に残念なことだと思います。しかし、政府部門の効率性が同じと仮定すれば、それは政府に求められる仕事の量に10倍の差がある、ということを示しているのです。もちろん、日本の効率性がイギリスのそれに10倍劣り、本来同じだけの「公務員仕事」で済んでいる可能性はあります。ただ、日本の効率性がイギリスのそれに10倍勝り、本来100倍の「公務員仕事」を求められかねないにもかかわらず、10倍で済んでいる可能性だって同様にあるのです。

    11/23/2007 (11:59 pm)

    再度間が空いてしまい申し訳ないです。

    Filed under: notice ::

    そもそも14日付けのエントリにおいて、そのときには時間がなく公開できなかったことにも大いに問題があるわけですが、7日分ずつ連日公開するつもりでいながらのこの惨状、webmaster自身恥ずかしく思います。というわけで10/31〜11/6までの7日分を公開いたしますが、とりあえずはストックをすぐにゼロにするなどといわず、減少させられるよう地道にやっていきたいと思います・・・。

    11/14/2007 (11:59 pm)

    長らく穴を開け失礼いたしました。

    Filed under: notice ::

    多忙だったり体調を崩して寝込んだりといろいろあったのですが、最大の要因は、

    • 一日穴を開けてしまった後は、どうせ開けてしまったのだからもう一日開けてもいいや、というサボることへの罪悪感が日に日に逓減したことと、
    • 連続した日付を維持したいと考えたがために、途中で「ごめんなさい、かくかくしかじかの事情で・・・」というエントリを公開することにためらいがあったこと、

    かと考えています。どちらもwebmasterの主観的事情でして、たいへん申し訳なく思います。

    本日、これまでいただいていたコメントにレスを返した上で、10/23〜30までの8日間のエントリを公開しました。明日、明後日と残りのうち7日分ずつを公開して、つながる形にしようと考えておりますので、このような当サイトでもよろしければ、随時ご覧いただければ幸いです。

    11/06/2007 (11:59 pm)

    民主党役員会にて小沢代表慰留→辞意撤回

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    先日のエントリで書いたように民主党の少なからぬ人々のトラウマに手を突っ込んだ小沢代表に対して、もっと大人気ない対応をするのかと思いきや、なかなか懐の深さを見せてくれました>民主党役員会。政権担当能力がないなんてことを公言した人間を切り離してしまっては、以後外部から同様の発言を繰り返されるだけですから、内部に取り込んでおくのが無難なところ。最終的に袂を分かたざるを得ない場合であっても、下手に出ておいて損になることはありません。

    他方で小沢代表は、本当にお人よしというかなんというか。実質的に何のバーターもなしに辞意を撤回するなんて、いったい何のために辞意を表明したのやら。ごねるだけごねて交換条件を引っ張り出すだけの覚悟がないなら、最初っから辞意など表明しなければよかったのに・・・。

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