政府=間接部門の効用
ヒトの生殖細胞を使わず、皮膚の細胞から幹細胞を作り出した山中教授のグループの研究は大きく取り上げられています(ノーベル賞もん?)が、教授にインタビューしたTimes記者氏のブログに非常に興味深い内容がありやした。
なんと、教授の研究の原動力は日本政府の無能さに対する怒りなんだそうです。なぜ日本では生殖細胞の研究利用が認められているのに、あえてそれを使わずに研究してるのかを尋ねられた彼は・・・
(略)
日本の幹細胞研究に対する政府の態度には2つ大きな問題がある。まず、一つの幹細胞に関する実験のたびに500ページもの書類3部を提出しなければならない。これを書くのに1カ月、さらに政府の審査に1カ月、これでは英国のライバルがその間10回以上実験できてしまう。本気で競争しようと思ったら、研究者を一人首にして代わりに事務員を2人雇わなければならない。だからほかの研究者が、公務員仕事の代わりに実験に集中できるよう、幹細胞を人工的に作る方法を見つけたんだ。
それから日本の厚生省の気の変わりやすさ。長期研究を短い期間に押し込めたり、十分な資金を与えずに放置したり。問題は、事務官の長が3年ごとに変わることだ。新しい人が来るたびに、科学研究に足跡を残そうと新しい予算を立ち上げるが、科学的な根拠はなく思い付きだけで、すでにある研究プロジェクト(どんなに成功していても)から予算を奪ってしまう。基本的に、3年でプロジェクトが完成できなければ、あきらめろということだ。
「So cool, Prof Yamanaka! 」(@おこじょの日記11/21付)
実態としてはそうなのだろう、とは霞が関の住人であるwebmasterも思います。不当な非難やいいがかりではないでしょう。しかし、厚生労働省や文部科学省とて、好きでそのようなことをやっているわけではない、というのがこのエントリの趣旨となります‐嘘だろう、とお感じになる方も多いでしょうけれども。
担当職員が偉ぶっていて不愉快な思いをした研究者の方々も少なからずいるとは察せられます。だからといって、担当職員が偉ぶりたいからといって制度ができるわけでもありませんし、その上司が部下を偉ぶらせたいからといって制度を作るわけでもありません。組織の権限の維持・拡大のためにあれこれ手を広げるとは霞が関(に限らず官僚組織一般)についてよくいわれる批判ではありますが、それが真であるとは限らないのです。
では何のためにこのような制度ができるのか、それを示唆する好例が、最近話題の建築基準法の「改悪」でしょう。耐震偽装問題を受けて昨年に行われた建築基準法改正が、あまりに面倒な手続を強いるために住宅着工が落ち込み、ひいては景気の足を引っ張っていると最近言われています。なぜ国土交通省がこのような改正に踏み切ったかといえば、ねちねちと業者をいじめることに役所の窓口の人間が喜びを見出すからではなく、耐震偽装問題が大いに世の中で問題視され、国土交通省自身も厳しく批判されたからに他なりません。
それと同様に、幹細胞研究における政府の関与も、それなくしては政府自身が大いに批判を受けかねない、との主観的認識の帰結であるとwebmasterは考えます。
審査するのは先生方であって官僚ではないです。手続き上中央官僚が事務局をやっていますが、本来大学なり研究所の倫理審査委員会がきちんと対応できればそれで済むはずのことです。
しかし現実には「ヒトになる可能性のある受精卵を壊す」という重大な決定に責任を持てないという意見が多かったので国レベルに上がっていたのだと思います。研究者にとっては、ここでお墨付をもらうことで倫理問題については批判されずに済む、ということです。
「日本の科学技術政策」(@食品安全情報blog11/23付)
仮に政府の関与がなければどうなるか。政府が対応している諸々の「公務員仕事」、つまりは国会対応やメディア対応等が、すべて各研究機関に降りかかる、ということです。関係省庁が一元的に対応しているがために効率化されている部分がなくなります‐とりあえず政府に聞けば一通り情報がそろう、ということがなくなるため、複数機関に重複して問い合わせ等が行われることとなります‐から、単純に政府がやっている「公務員仕事」の同量が各機関に分割して降りかかるのではなく、それに上乗せして降りかかることとなります。
何か報道が出れば‐それが真に傾聴に値する批判である保証はまったくなく、単なる言いがかりである可能性は多分にあります‐、当の報道対象となった機関にとどまらず、あなたのところはどうですか、という取材がやってきます。報道が出れば国会で聞かれるとはよくあることですが、参考人招致などが現在の回数で済んでいるのはとりあえずは政府が対応しているからで、政府が「我々に聞かれても知りません。当事者に聞いてください」と言い出せば、世上問題になるような状況であれば毎日国会に出席しなければならなくなります。
政府のそのような役割は、企業であれば広報、財務、法務、といった間接(管理)部門に相当するもの、とwebmasterは考えます。第一線で働いている営業等の担当者からは、そうした間接部門の存在は忌み嫌われるものです。すなわち、あいつらがいるから余計な仕事が増える、奴らは我々の足を引っ張ることしか考えていない、等々。しかし、世の中の企業がそうした部門を抱えているということは、結局のところそれらの存在が企業全体の生産性を高めているということに他なりません‐もし全体の生産性を低めているなら、そうした部門を持たない企業が現れ、競争に打ち勝っていくでしょうから。
日本ではイギリスの10倍「公務員仕事」の手間隙がかかるとは、本当に残念なことだと思います。しかし、政府部門の効率性が同じと仮定すれば、それは政府に求められる仕事の量に10倍の差がある、ということを示しているのです。もちろん、日本の効率性がイギリスのそれに10倍劣り、本来同じだけの「公務員仕事」で済んでいる可能性はあります。ただ、日本の効率性がイギリスのそれに10倍勝り、本来100倍の「公務員仕事」を求められかねないにもかかわらず、10倍で済んでいる可能性だって同様にあるのです。





11月 25th, 2007 at 0:50:59
何かとマスコミが「公務員の不正」をあげつらい叩き過ぎた結果、不正防止に膨大なコストをかけるようになり、それが結果的に「公務員仕事」を増やしているというのはあると思いますよ。
例えば、研究関係の補助金など、補助金額は小さいくせに、大量の報告書の類や逐次の検査、さらには不正防止専門の部署まで設置を求めるなど、不正防止のためならどれだけコストをかけても良いって発想ですからね。まさに、会計検査院的発想(笑)
しかしながら、真に効率性を追求するのであれば、不正の発生によるコストと、不正防止にかけるコストのトレードオフは当然考慮されなければならない筈です。
不正を防ぐために専門の部署まで設置し、無駄な人件費をかければ、それは国損であり、国民の税金の浪費であると考えるべきです。
あと、「競争の促進」という建前から、交付金から競争的補助金へと財源を移した結果、補助金に伴う余分な業務が研究機関に大量に増えているのも事実です。
とにかく、建前重視で公務員仕事を増やした結果、研究者の研究環境が悪化しているのは間違いないと思いますよ。
11月 25th, 2007 at 1:13:08
>yyさん
そういえば、国立大学法人の運営費交付金についても、より研究成果等によって競争的に配布すべき、なんて議論をしていますから、ますますその傾向は進むようですね。その場合批判は、東大への交付金のさらなる増額を狙う(笑)かのようにそれを諮問会議でプッシュしている伊藤(隆)先生にでも向けてほしいですねぇ。文部科学省は「抵抗勢力」なんですから。
11月 25th, 2007 at 1:44:14
ななめよみだが、政府は
・責任の伴う判断はいやだ
・批判されるのもいやだ
というのはよくわかった。
11月 25th, 2007 at 2:29:21
幹細胞に限っていえば、国民の間での関心度や倫理的問題も含め、研究者に説明責任が求められるのは当然と思いますけどね。
「500ページの書類」を単純な「コスト」と考えているのであれば、少し考えを改めていただきたい気もします。
税金を使っている以上、研究者も1エージェントなのであって、ガバナンスの観点からある程度のコストをかけた説明は必要でしょう。
11月 25th, 2007 at 6:05:46
民間が責任を官に押付ける体質があるのは確かです。ただ、その対策が書類の山というのはいただけないかなぁと。
税務署が領収書の取り扱いにうるさくなったというので、何が変わったのか聞いたら、「前株と後株をちゃんと書いてない領収書は経費として認められませんよ」みたいな事がありましたが、本当にして欲しかったことってそれじゃないぞと。プログラマーの漫画の世界そのままが現実に起きているという事はご理解いただきたいなぁと。
以前から、ゲーム理論や組織のインセンティブ設計などの分野の現実への適用が日本では偉く遅れていて、それが理不尽な制度を生んでいるとか、あるいは無駄な努力が多いみたいに思わざるを得ない面があります。
いえね。書類の山を要するようにして、制度の利用を諦めてもらうというスタンスなら、それはそれで結構なのですがw
11月 25th, 2007 at 6:11:26
webmaster氏は「政府はぜひやりたいと思ってやっているわけではない、世間からそう要請されているからやっているのだ」との主張だと了解しますが;
「政府が一定の機能を果たしている」ということと「さもなければ個々の研究者に当該業務が降りかかる」ということとが二者択一的に語られていますが、果たしてそうなのかと。
(さしあたり規模の経済の側面のみに着目しても、)例えばある種の全国組織を構成してそこに「一定の機能」を委ねる、という選択肢もあるはずです。
にもかかわらず、「一定の機能」を果たすために、常にではなくとも多くの場合、政府が登板するのは何故なのか、官僚機構内部のレベルでも官僚機構外の狭義政治システムのレベルでも狭義政治システム外のレベルでも、興味深い政治文化的現象です。
11月 25th, 2007 at 10:44:30
行政サイド(の担当部門)とすれば、何かを制度化する以上は、批判に対して反論するために予測しうるだけの情報を求めるものです。内部にも外部にも重箱の隅を突きたがる連中がたくさんいるから。担当者として、「ポイントはここだからこれだけあればいいんじゃね」と思ってもなかなかそうはいきません。
それに簡素な制度で始めて、後追いでゴテゴテとつけていくのはコスト(主に関係者の理解を得るためのもの)がかかります。
といっても、どうせ後追いでゴテゴテと書類や例外を追加して複雑化していき、何代か後の担当者は訳がわからないままに複雑だと罵られるのがよくあるパターンだと思いますが。
11月 25th, 2007 at 11:26:19
[society][government]間接部門の落日…
http://bewaad.com/2007/11/24/342/ 政府のそのような役割は、企業であれば広報、財務、法務、といった間接(管理)部門に相当するもの、とw (more…)
11月 25th, 2007 at 11:40:44
考えてみれば、こういう研究を国のお金に頼らなくても進められるようになれば、それが一番良いのでしょうね。
こういう動きを進めるのも、現状を変える一つの手になるかもしれませんね。
天漢日乗: 皮膚細胞から万能細胞を作った山中伸弥京大教授(その4)山中教授グループの研究に個人で寄付をしたい
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2007/11/4_...
11月 25th, 2007 at 13:16:13
問題を起こせば非難されるのは民間も同じで、当然対策もとる。
しかし、競争相手もいるし、採算割れまでコストをかけない。
官のコスト意識の無さと、権限委譲の決断が出来ないだけでしょう。
そもそも責任者とは、非難されるモノだ。言い方が悪いが、官僚は腰抜けぞろいだな。
11月 25th, 2007 at 13:32:33
>もちろん、日本の効率性がイギリスのそれに10倍劣り、本来同じだけの「公務員仕事」で済んでいる可能性はあります。ただ、・・・・
屁理屈コクにしても、もうチョット頭使えよ。
エリートさんなんだろ?
やれやれ、、、
11月 25th, 2007 at 13:55:52
まあ幹細胞研究について責任を官僚が取ること自体が効率悪いんでしょう。技術的にもエージェンシー問題的にも(例えばyyさんの言うトレードオフなんて、なんかあったら即吊るし上げられる官僚本人からすればちゃんちゃらおかしいでしょう)。本来政府なんて「事務はやります、予算は出します、やり方はそちらで決めてください」で後は学会なり政界なりに任せときゃいいはずなんですよ。なんかあったら(事務上のミスは除き)そいつらの責任。ブッシュ政権が幹細胞研究を大幅制限したときにどこの誰が官僚に責任おっかぶせようとしたかっちゅう話ですわ。日本で同じことやってなんかあったら関係者皆逃げちゃって官僚が袋叩きに遭うのは見えてるんですから、そりゃあ怖くもなるんでしょうよ。
11月 25th, 2007 at 21:07:51
「小さい政府」を言うならば…
皮膚細胞から万能細胞(iPS細胞)を作ったことで、科学界はおろか、ブッシュ大統領やローマ法王にまで衝撃を与えた山中伸弥京大教授ですが、「おこじょの日記」によると、彼が (more…)
11月 25th, 2007 at 22:26:22
鍋象さんが言及されたような、対策のやり方という問題はあるような気がします。中央省庁が研究機関に対して求める内容が、国民の求めるものとはちょっと違うのではないか、と首をひねることはよくありますし。そのあたりには、まだ工夫の余地があるような気がします。
あとは、最初のコメントで触れた「程度の問題」ですね。説明責任や不正防止のためならコストを無視しても良いのか、と。
もっとも、これは今の世の中全体の風潮だと思います。今後、SOX法の影響で民間企業においてもコンプライアンスのコストが増大すれば、いずれコンプライアンス自体のコストが問題視される時も来るのではないでしょうか。そうなれば、説明責任第一、不正防止第一の風潮も少しは変わるのではないかと期待するのですが。
11月 25th, 2007 at 22:31:34
生殖を美化、神聖化するように、日本の倫理が欧米化しないように、ブレーキチェック機能が働いているのでしょう。
11月 25th, 2007 at 22:33:19
完全な各論ですが、山中教授の第二点については、研究機関でKR省に関わったことのある人はみんな同意すると思います。文科省にももちろんみんな山ほど言いたいことはあるでしょうが、KR省のウザさは別格です。
一方で一点目、「500ページ」「2ヶ月」は極端なのかもしれませんが、これだけ科学研究(者)の社会的責任が言われる時代に研究遂行以外頭になさそうな山中教授の姿勢はちょっと残念に思います。
11月 25th, 2007 at 23:58:51
アルベルト氏の後半部分はかなり深刻な問題。
500ページの書類を出す意味がないと思うのなら、それを自分で国民に納得させれば良い。ただし膨大な手間がかかるから、現実的には間接部門に頼ることになるわけだが。
KR省のウザさが別格というのは当事者でないので判らないが、信用ならないという印象はあるので、そうなのかもしれない、とは思う。
だが、KR省をウザく感じる人間の中には、科学研究者としての社会的責任を自覚していないが為にKR省をウザく感じるという人間も含まれるはず。
一流の研究者が素人の目から見ると無責任なのではないかと思えるようなことを言っているようでは、KR省をウザいと言っている研究者も信用出来ない。
でも、インタビューがジョークなのであれば、無粋な批判か。
11月 26th, 2007 at 1:16:15
>問題は、事務官の長が3年ごとに変わることだ。新しい人が来るたびに、科学研究に足跡を残そうと新しい予算を立ち上げるが、科学的な根拠はなく思い付きだけで、すでにある研究プロジェクト(どんなに成功していても)から予算を奪ってしまう。
こういうときは前例主義や事なかれ主義を貫けないのだろうか?
前任者のやってたことをそのまま受けついじゃ無能判定される仕組みが完備されているのか?
それとも新規予算がほしい別の大学からの要請の結果として古い方を切り捨てているだけなのか?
首尾一貫してないですよねえ。「臨機応変」が悪いほうに働いている印象を受けます。
11月 26th, 2007 at 1:37:19
建築もそうですし、食品も原子力も、知識のある人間にとっては「本質的な問題点はそこじゃないんだよなぁ」と思ってることでも、マスコミ様に「問題」とされれば、そのことについて何らかの「対策」を講じざるを得ないことはあると思いますね。
当然、本質的な問題じゃないので、そのことに対する対策は、突き詰めていくと根拠が完全ではなく、場当たり的な要素を含んでしまうんですが、まあそうでもしないとマスコミ様のミスリードが止まらないというか。。。
で、その「対策」にも理屈付けは必要なので、今度はその理屈が役所をも縛るという。。。
「安全」対策のコストは比較的科学的裏づけがとりやすいんでマスコミ様の追求は止められるんですが、「安心」対策のコストはそういうのが薄いので、無限大になっちゃうんですよねぇ。。
あと、制度が変わることについては、役人もそうですが、政治かもそういう「手柄意識」ってのはあると思います。
自分が作りましたよ、という。
11月 26th, 2007 at 3:31:02
>xyさん
批判が当たっていることは認めているのですが・・・。
>delmaさん
イギリスやアメリカの研究機関がどの程度の事務職員を抱えているのかについては、比較が必要なのだろうと思います。
>鍋象さん
前株と後株については、それが不正経理に使われた事件があったのではないかな、という気はします。それを受けて、国税庁内で「きちんと調べるように」という部内通達が回り、実務に跳ね返ったのかな、と。
>通りすがりさん
アングロサクソン系の慣習法主義と大陸法系(日本はこちらです)の成文法主義の違い(というのも乱暴なまとめですが)が影響しているのかな、というように思います。日弁連などの自主規制機関についても、新たに作るのであれば法律上の根拠がないとオーソライズしづらいのは否めません。手形や小切手の実務を担う都道府県銀行協会のように、明治以降の法制化に先立ってできたものについては、この限りではなかったりもしますが。
>guさん
先日紹介した竹森本でも中心概念となっているナイトの不確実性も大いに全体の厚生水準を下げているのだろうな、という気はします。役所にとっては、おそらく当事者よりもナイトの不確実性が大きく、それがために合理的水準を超えてあれこれと備えをしてしまっている可能性は、決して低くはないのだろうと思います。
>Baatarismさん
そういう動きが進まないのは寄付金税制がダメだからだ、とまた役所にボールが戻ってくる気が(笑)。
>Kさん
役所にとっての国会審議は企業にとっての株主総会みたいなものですが、株主総会は基本的には年1回しかありません。単純に日数で考えれば、企業の総務部が株主総会対策として想定問答等を準備するコストの百倍は、国会対応のために役所はコストを費やさざるを得ないのです。
>機能不全さん
日本の役所が外国のそれに比して有意に生産性で劣るとのソースはありますでしょうか?
>ゲストさん
霞が関の立場にご配慮いただきありがとうございます(泣)。
>yyさん
「国民の求めるもの」というものがいかに認識され得るか、という問題はあるでしょう。最近話題の医療崩壊にせよ、医療崩壊を国民が求めているはずはないのですが、個別に求められる事項の帰結が医療崩壊をもたらしているに他ならないわけですし。
>魚さん
生殖を神聖視することにおいて、日本がキリスト教圏に勝るとは思えないのですが(中絶を巡る状況がもっとも端的な事例ですが)。
>アルベルトさん
こと厚生労働省(といいますか旧厚生省)固有の事情として、その重要性が増したのが70年代後半以降であることから、入省者のレヴェルがそれなりに上がった者が今ようやく課長級だ、ということは言えると思います。あと5〜10年ぐらいで、役所内での実質権限を最も有する局長級にいい人材が上がってくるように個人的には思っています。
>通りすがり2さん
あくまで主観的な認識ではありますが、社会保障費が最大の財政支出科目であることから、財務省その他の見る目が厳しいという事情がそれなりに響いているのでしょう。額としては今なお最大の伸び率ではありますが、少子高齢化の進展に対応するための自然増があるため、その余の部分についてはいきおい縮小傾向が強くならざるを得ないのかな、と。
>まひわりさん
科振費で東大が圧倒的に恵まれている、なんて状況は前例踏襲されているのが実態です。個別の状況にコメントできる立場ではありませんが、学内での選考において実態がどうなのか、ということも大いに影響しているのではないか、という気はします。
>下級職人さん
>で、その「対策」にも理屈付けは必要なので、今度はその理屈が役所をも縛るという。。。
これ、本当におっしゃるとおりです。
11月 26th, 2007 at 3:37:39
bewaadさま
はじめてコメントさせて頂きます。
おそらくbewaadさまのことですから、政府(役所)ー研究者という軸で、制度のメリット・デメリットを論点にされているのだと思います。
ただ、最終的にそれはなんのためか、誰のためかというところが少しボヤケてしまいます。
稚拙ながら、私のエントリでbewaadさまの見解を引用させて頂きました。
TBがうまくいきません。URLを貼らせて頂きます。
不快、不愉快でしたら、コメントごと削除ください。
どうぞよろしくお願い致します。
http://j-forrestal.cocolog-nifty.com/blog/
11月 26th, 2007 at 12:36:15
一般企業の管理部門に勤務していますが、営業・生産・研究部門の社員が「気持ちよく働けるようにする」のが管理部門の仕事という文化があります。顧客サービスを追求する企業として、では管理部門の顧客は誰かと考えると、営業・生産・研究部門だからです。必要な制度があれば作りますが、同時にそのシステムの簡素化を常に求めていくことが全体を幸せにするでしょう。
なお、企業の幹部が「その制度はいらない。無駄なコストだ」と責任を負いつつシステム簡素化の後押しをすると、その効果は抜群です。政府にも、こういう人が必要なのだろうなと思うのですが……。
11月 26th, 2007 at 12:55:38
> 政府が「我々に聞かれても知りません。当事者に聞いてください」と言い出せば
言えばいいのに……(ため息)
少なくとも、民間人は役人が思っているほど、役人の仕事に感謝してないのだから、最低限のコア業務を絞って、それだけやればいいのですよ。
あと
> 国会審議は企業にとっての株主総会みたいなものですが
違うよ。
株主総会は「総選挙」です。
国会審議は取締役会でしょ。
で、閣議が経営会議(執行役会議)ですね。
だから、国会審議が日常的にあるのは至極当然です。
11月 26th, 2007 at 14:19:04
>>下級職人さん
そこでケーオーストアのオネストカードみたいな制度をw
>>bewaadさん
それはわかるのですが、どうせなら統一企業番号みたいなので処理してもらえないかなぁと思ったりして。地域内同一社名を許しちゃったわけだし。
>>西麻布夢彦さん
執行役員というのは部長以上・取締役未満なので、閣議をたとえるなら常務会ですね。というか、国の組織はどちらかというと協同組合の組織の方が近いと思います。本当は、協同組合組織が公的の組織の形態を真似てるんだけど。
11月 26th, 2007 at 18:37:38
すっかり流れに取り残された感じですが、念のため。
山中先生が、何故英国を引用しているのかということですが、これは英国が研究目的で胚を作ることを禁止していない国だから、です。
資料はこの辺
平成14年 7月31日
ヒト受精 胚の研究を目的とした作成利用に関する各国の状況
http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/life/haihu19/siryo...
英国:研究目的の胚の作成を禁止しておらず、・・・
ドイツでもフランスでもイギリスとは違います。
日本で使えるのは生殖補助医療で偶々余ってしまった「余剰胚」のみです。
日英の差はそういう特殊事情のせいであって、事務の効率とかの問題ではありません。
山中先生を賞賛している人たちが、それ(研究目的だけのためにヒトの卵を受精させること)が望ましいことだと本気で思っている のかどうかは疑問です。
11月 26th, 2007 at 21:08:56
いわゆる規制緩和というのは「従来まで政府や役所が担っていた責任を、民間や国民に肩代わりさせる」と言う事を意味していると思うのですが、世間はそのような認識を抱いていないようですね。
今回の件にしても、ベストな方法は「学者の方々が自分たちで研究費の用途を決定し、自分たちで研究費に関するルールを設定し、自分たちで研究者に分配する。説明責任や政治家、世論に対する説得も学者が行う」と言うやり方なのでしょうが、いざ実行すると「政府は雑用を研究者に押しつけるのか」と批判を受けるのは目に見えているように想います。
11月 27th, 2007 at 0:07:48
KR省は方針が変わるというのもあるんですが、肝心の事務遂行能力自体に?が付くんですよね。科研費の使途には文科省よりうるさいのに、実際にお金出るのは年明けとかいうこともありました。研究者はそれまで借金してキャッシュ回せつうことなんでしょうか。こういうのこそまさに無駄な事務仕事を研究者レベルで増やしてると思います。だんだん本題から外れてきてますがw
11月 27th, 2007 at 10:56:07
>uneyamaさん
山中先生が500ページと言っている書類は、新たに受精卵を必要とする実験ではなく、既にアメリカなどで樹立され、世界各地で使用されているヒトES細胞株を使用した実験を行うのに必要な書類です。
それからUKに言及しているのは、インタビューしているのがUKの新聞社(The Times)だからではないでしょうか?
逆に”Japan’s Health Ministry”というのは特派員氏の理解不足と思われます。主立った研究費は文科省から出ているはずですから。
11月 27th, 2007 at 13:51:43
耐震偽装問題を喩に出すのは不適切ではないでしょうか。是は飽く迄も『問題』であり事件ではありませんでした。是を事件化したのは誰なのかは知りませんが、問題となってすぐと思えるほどすばやく、国土交通省は法律の改定を公言し改定しました。安全性が問われる事件が空海陸、医療、食品、家電製品で発生していますが、そのたびに法律が大きく改定されたと言う話は寡聞にして聞いていません。役人がすばやく反応するための動機付けは何なのでしょうか。
11月 27th, 2007 at 18:44:10
>jseitaさん
すみません、勘違いしてました。
(指針は同じもの「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」ですが・・)
それでしたらこっちの資料の方がいいかもしれません。
http://www.lifescience.mext.go.jp/download/hito_es/kise...
日本では、他国で樹立されたES細胞であっても、それが余剰胚由来であることが確認できなければ使えないはずです。
英国はこの分野では非常に特殊で、ヒトクローン胚が作れるのも先進国では英国だけだったと思います。HFEAという専門機関があってここは研究支援と同時に不妊治療用の卵子を患者に分けるとか精子や卵子のドナー募集などもしています。
http://www.hfea.gov.uk/
世界初の体外受精児が生まれたのも英国でした。
ちょっと日本とは社会背景が違いすぎるので、それを単純に比較するのはどうかと思います。
11月 28th, 2007 at 0:22:05
>forrestalさん
trackbackについては、おそらくWordPress側の問題かと存じます。申し訳ないです。
エントリは拝読いたしました。おそらく問題意識は共通していると思うのですが、管見では、各当事者はそれぞれ「国民のため」という意識がないわけではないのです。わかりやすい例を出すならば、弁護士と検事の意見が対立しているとしても、それぞれがまさに対立する方向でベストを尽くすことが国民のためであり、勝手に妥協的に馴れ合っては、それが両者が共通に認識する国民のためとの価値観に従うものであっても、かえって全体の利益に背くのでしょう。
>hauさん
企業の管理部門と経営陣との関係と、役所と大臣その他の政治家との関係とを比べると、役所においてはPA関係が成り立ち得る部分に工夫が必要なのかな、という気がします。管理部門を必要以上に叩いても経営陣が困るだけ、ということに理念上はなりますが(実態においてそう単純でない場合が多いことは承知しております)、役所を大いに叩くことは、政治家にとっては(少なくとも短期的には)得るものが少なからずある、ということとなりがちなのかな、と。
>西麻布夢彦さん
そのように言い出しても「無責任だ!」といわれないなら、いつでも言い出します(笑)。
役所と企業の制度をどのように比較するかには見方によってさまざまな認識があると思いますが、少なくとも株主総会対策として総務部等がやっている業務は、官僚の国会対策業務に極めて似通っています。
>鍋象さん
商業登記との連動等でずいぶんと効率化の余地はあるとは思いますが、個人情報保護やら反納番やらと導入への障害もまた多く・・・。
>uneyamaさん
情報提供ありがとうございました。私が想定した、政府に求められることの違い、というものが端的に現れているものと思います。
>bn2islanderさん
こと研究費に関しては、政府のお金を当てにしないならば、現にそうなっているものと思います(企業からの寄付金とか)。
>アルベルトさん
両省の事務効率性の実際を知るわけではありませんが、基礎研究(文部科学省)の方が相対的には海のものとも山のものとも知れない段階で出せるので、審査の抽象度合いが高いことも影響しているのかな、とは思います。
>jseitaさん
Health Ministryというのは、実際に人(たぶん局長か課長)が替わるたびに方針が変わるのがそうだ、ということかと理解しました。文部科学省はそれほどではない、という含意かな、と。
>chengguangさん
問題に関連する法制度がどのようなものかによって、法改正が必要なのか、政省令改正が必要なのか、行政命令の発出で足りるのか、行政指導で足りるのか、といったように対応策は変わってきます。世間的に大きく取り上げられた問題については、これらのいずれかにより対応がなされているわけで、耐震偽装については、法改正に踏み込む必要があったということと認識しています。
11月 28th, 2007 at 2:52:47
>>bewaadさん
>個人情報保護やら反納番やらと導入への障害もまた多く・・・
つつかれたくない点がある人・会社ほど反対するんでしょうねぇ。
11月 28th, 2007 at 7:39:51
> こと研究費に関しては、政府のお金を当てにしないならば、現にそうなっているものと思います(企業からの寄付金とか)。
人への応用に近い生命科学や臨床医学研究に関しては、bn2islanderさんが指摘されているようなことは、殆どなされていないのでは?
今回の件からも判るように研究者自身がそれを問題だと思っていません。また、bewaadさんのように様々なことに興味を持たれ、感情的にではなく論理的にものごとを把握しようとされる(ように見える)方にも実態は知られていない、いわんや単純な規制緩和論者においては・・・。
責任に無自覚な研究者と、そこに問題があると気づかない結果に責任を負わない規制緩和論を主張する人、この組み合わせが皮肉なことに逆に規制緩和を進めるための足かせになっているのではないでしょうか。さらに、bewaadさんのような中の人からみてこういうことを取り仕切る官僚にもあれこれ問題があるのであれば、話はさらにややこしくなるというか何というか。
11月 29th, 2007 at 2:00:51
規制は必要だとはおもいますが本当に500ページの書類は必要なのでしょうか?規制のための法案の議論には500ページをはるかに超える書類が必要でしょうが、明確な法ができれば、パソコンソフトの利用同意チェックと同じで「以上の法を守って研究することに同意しますか?ハイ・イイエ」で終わりそうなものです。委員会での審議を経たものだけが許可される方式では書類が増えるでしょうが500ページの審査書類はだれもまじめに読んでないはずです。各種申請書の作文を○×式に変えていくには努力が必要です。
11月 29th, 2007 at 13:49:30
如何にも官僚的回答で、結構でした。それならば、本ブログ記事のような尤もらしい説明は不要です。官僚は官僚なりに苦労がある、という愚痴を語り、弁明をされたいなら、例題が適切ではないので、身内の話の中に例題を求められる方をお薦めします。
11月 30th, 2007 at 21:03:13
>鍋象さん
つつかれたくない人々だけが反対するなら対処のしようもありましょうが、理念的に反対する人々がうーんといらっしゃるので、つつかれたくない人々は陰に回っていればいい、というのが現状かなと思います。
>横から失礼しますさん
事実に疎いようで失礼いたしました。私の認識では、企業から寄付金をもらうような場合には、当然に企業に対してどのような研究をやるか等を説明して、企業側の理解を得てようやくお金がもらえるものということになるのですが、企業側はそのようなチェックはしない、ということなのでしょうか?
>openさん
たとえば研究チーム全員の履歴書添付で20ページ、なんてことの積み重ねであって、500ページをすべて新規作成する、というわけではないように推察いたします。
>chengguangさん
問題意識に適わぬ回答となってしまったようで恐縮です。
12月 1st, 2007 at 1:58:45
安全性や倫理性が問われる事件・事故がおきるたびに制度が改定された結果、エントリーで取り上げられているような研究者が窮屈だと思うような環境になったのです。特に生命科学や臨床医学関係は(皮膚の細胞から幹細胞を作り出すことで事件・事故が起こった先例があるなどということではありません。念為)。
企業からお金を得るには企業の理解が必要ですが、その「理解」は十分なものなのか、というのが問題です。何故この国の制度が研究者をがんじがらめにしているのか、その由来を寡聞にして知らないという人や知ろうとしない人にとっては、いい加減で非倫理的な研究でも「理解」されるでしょう。けれども医療に接点のある領域では、当事者同士(例えば企業と研究者)が納得していても、世の中に対する説明責任が果たされなければ、批判が出ます。
500ページが多いか少ないかなど、中身の問題。中身を語らず、量が非合理的だということでアピールをされても、話をそらされているように感じます。
12月 2nd, 2007 at 23:05:26
混ぜっ返すようで恐縮ですが、2ヵ月の審査期間は研究の律速段階となっていることは確かです。
今後、某国企業の意を受けたマスコミや市民団体等が理屈を並び立て、IPS研究についても足枷を重くしてくるのは単に時間の問題であり、例によって日本の研究機関・企業は諸外国に取り返しのつかない水を空けられることになるのでしょう。バイオ技術の特性は、「カイゼン」など何の意味もないところにあります。
他方、500頁の書類作成を研究者自身が行うことを強いられているのは、京都大学の問題です。…二人の事務職員が必要なら、研究員を一人減らさずとも、新たに二人の優秀な事務職員を付ける工夫をしなければなりません。
このままなら、充実した設備と(書類作成支援などの)充分な間接部門を持つ外国の研究機関に研究室まるごと引き抜かれるのは、やはり単に時間の問題でしょう。
その時、長期に亘ってわが国が蒙る損害は、優秀な研究者一人に対して二人の事務職員を着ける人件費を補って遙かに余りあるものとなるでしょう。
12月 14th, 2007 at 21:50:57
法律で取り締まる法治国家としての、政治から、大人を指導する教育国家を、目指している、政治もいいのではないか。
現代の政治に、歴史感が何も望めないので…
12月 20th, 2007 at 20:48:03
「非効率な体制があったからこそ画期的な研究ができた」という話ですよね? 官僚礼賛にしか見えないですが。みなさん何を議論されてるんでしょうか?
1月 4th, 2008 at 5:41:57
>横さん
一般化するならば、外部性の程度がどれほどかによって、それに対応するコストが定まってくるということかと存じます。それが社会の過半にとっての価値観にかかわるならば、それなりのコストを負担させてでも、ということになるのは合理的ですし。
>rijinさん
エントリにて行政機関の効率性という話を書いたわけですが、考えてみれば効率性を言うならばアウトプットのみならず投入リソースをもあわせ考えなければならないわけで、とりあえず頭数で考えるならば、日本の公務員は人口当たりなりGDP当たりなりで見ればイギリスよりも少なく、効率的ではあってもアウトプットにおいて劣るのかな、という可能性はあります。
他方で京大の事務方については、京大ですらそうだ、というのは大いに問題なのでしょう。
>魚さん
歴史観が存在しないのではなく、魚さんと異なる歴史観を有しているということかと存じます。
>田中さん
結果論としてはそのようになるのかもしれませんが、一般的には不適当な帰結となる可能性が高いでしょうから、官僚礼賛というものではないように理解します。
1月 8th, 2008 at 11:44:27
webmaster さん、こんにちは。
> とりあえず頭数で考えるならば、
それこそ律速段階になっている間接部門の効率性を頭数で考えることには意味がありません。
膨大な作業量をラインに押しつけるに至っては論外です。
> 他方で京大の事務方については、京大ですらそうだ、というのは大いに問題なのでしょう。
そう思われるのなら、間接部門である中央政府としては、互いの役割分担や業務内容を見直す必要があるのではないでしょうか。あるいは京大の間接部門の増強を認めるぐらいしか他に選択肢が残っていないのですから。
1月 9th, 2008 at 4:26:59
>rijinさん
効率性は劣っていないか、むしろ勝っている可能性がある、という趣旨です。効率性が低いことが問題ではなく、投入リソースの絶対量の少なさが問題である可能性を、それらのデータは示唆しているわけです。
京大についてもリソース制約が問題かもしれない点は同様ですが、霞が関としては、国立大学法人になったのですから自力でやってくれ、ということとなるでしょう。その手の自由を拡大(=霞が関の統制を排除)するための国立大学法人制度ですし。
1月 12th, 2008 at 12:22:41
コモンロー的なるもの?…
既に1ヵ月半前になってしまったが、政府=間接部門の効用 | bewaad institute@kasumigaseki
http://bewaad.com/2007/ (more…)
3月 1st, 2008 at 16:35:59
コモンロー的なるもの?…
既に1ヵ月半前になってしまったが、政府=間接部門の効用 | bewaad institute@kasumigaseki
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