「ワークブック法制執務」改訂
kei-zuさんのご紹介ですが、あの「ワークブック法制執務」がついに改訂とのこと。「あの」といっても霞が関で法令案の作成に携わっていないと意味不明でしょうけれども、法令案を作成する場合に、規定したい内容を如何に法令用の公用文に「翻訳」するかの手引書、と申し上げれば大まかなイメージはお掴みいただけるでしょうか。
「法制執務」で検索すれば類似書は見つかりますが、本書が霞が関スタンダードです。何か困ったときに3分以内でこの本の該当箇所が探し出せる(同じことの言い換えですが、これはこの本には載っていないな、ということが問題を見た段階でだいたい見当がつく)ぐらいに使いこなせれば、法令案作成担当として使い物になると認めてもらえるような、そんな本です。霞が関においてもっとも冊数が多い書籍候補の筆頭でしょう。
「ついに改訂」といったのは、それほどの本書ではあっても、最近ではさすがに時代遅れとなった例が散見されるようになってきました。webmasterの個人的経験でも、
- 内閣法制局参事官
-
この規定はどこから持ってきたの?
- webmaster
-
ワークブックの○○ページです。
- 内閣法制局参事官
-
(該当部分に目を通して)うーん、最近ではこういう書き方はしないなぁ・・・。
といったやりとりをした記憶があります。
本書に触れる機会があるのは日本人の極々一部に限られるとは思いますが、霞が関での仕事(の一部)がどのようなものかを知りたいという人がいらっしゃいましたら、目を通してみると面白いと思います。ま、そのために買う価値はありませんから、図書館ででも(って、普通の図書館に置いてあるのでしょうか・・・)。





11月 28th, 2007 at 1:30:19
私の席に置いてある個体の場合、内容云々以前に物理的に時代遅れになっていて使用に支障が…
むろん、本日も一日付き合ってくれた仲ですので、新版購入の際には、供養でもしてあげないといけないかも。
11月 29th, 2007 at 21:36:54
お帰りを待ってます。
東京都内の市町村の図書館は「普通」の図書館ではないという意見もありますが、
「ワークブック法制執務」の所蔵館を検索したところ、
多摩市立、小平市立、足立区立、東京都立と、4館しか所蔵してませんでした。orz
11月 30th, 2007 at 2:25:40
これは、万国共通なのでしょうか、それとも日本語のような難解な言語を使っている民族のサガでしょうか。
もしくはどこの国も似たような問題はあるけど、日本は特別酷いとか、そういう感じなのでしょうか。
11月 30th, 2007 at 4:30:03
日本語が難解なのか、それともあんまり簡単な事を言うと受けてが馬鹿にされていると思っちゃうのか。軍事系ゲームなんかで臨場感を出すために出てくる米軍の作戦指示書なんか日本語にするとこっ恥ずかしくなるような、誰が読んでも間違いないような単純明快な支持がなされているんですよね。
最近流行りのトヨタ流というのも、一言で言うと「今日パート入社した偏差値40レベルの人が、初日から一人前で働けるような仕組み作り」を重視していたりして、極めてアメリカチックです。
自衛隊出身の方が書いたとある戦略論本では、守備隊には守るべき期日を設定し、攻撃隊には攻略期日は設定しないの常識と書かれていましたが、その本では旧軍では守るべき期日は設定されず、攻略の期日は設定されていて、それを守れる奴が偉いとされていて、こういう事をやっているから机上の空論と言われるんだと半切れで批判していました。
言語が難解なのか、それとも人間のレベルの問題なのか。僕は後者だと思ったりします。BI@Kに出会うまでは、こういうおばかな事を真顔で推進しやがるから法律屋は信用できないんだ!みたいな事を本気で考えていた時期もありましたw
11月 30th, 2007 at 21:06:23
>Schumpさん
そこまで使い込んだものであれば、間違いなく成仏してくれることでしょう。
>通りすがり(オリ)さん
逆に、4館にもあるなんてすごいなぁ、と思ってしまいます(笑)。
>壺さん
どこの国も似たようなものだと思います。多義的な解釈を許すことが必然である自然言語を用いてなるべく一意に解釈されるよう作文するには、通常用いないような形でないと難しいですから。
>鍋象さん
ま、法律屋も勘違いしている人間は多いですから(笑)。
それこそ数式のように、自然言語の使用をあきらめて独自の記号体系を使用するならば、もっと簡明に法令の内容を記述することは可能だと思います。法令にとっての最大の縛りは、(壺さんへのお応えと半ば重なりますが)自然言語を使用することだというのが管見です。
12月 1st, 2007 at 20:53:46
・鍋蔵さん
>日本語が難解なのか、それともあんまり簡単な事を言うと受けてが馬鹿にされていると思っちゃうのか。
正しくその通りだと思います。しかしだからこそ興味があるのです。
言語の目的は、コミュニケーションですよね。
コミュニケーションは『情報の伝達』と『感情の共有』を目的としている筈です。
言語を『情報伝達の手段』として考えるなら、日本語は英語に劣っていると思います。
日本語は間違いなく難解でしょう。
理由
・『黒い目のきれいな女の子』で揶揄されているように、文法に制限が少なく文章の主従が分かり難い。
・動詞が最後に来る。
・無駄に長くなりがち、その対処法が少ない。
・『あい』のような同音異義な言葉が多い。
などなど
これは、不特定多数の人間と文章によって、情報を交換するには小さくない障害だと思います。
つまり、組織内や組織間で情報をやり取りする時には↓のような、言語の方が好ましいという事です。
>日本語にするとこっ恥ずかしくなるような、誰が読んでも間違いないような単純明快な支持がなされているんですよね。
日本語は『感情の共有』に優れた言語なのだと、私は思います。
私たちが友人に『昨日上司に怒られた』という話をするのは、友人に『先日自分が上司に怒られた』という情報を伝えることではなく、その気持ちを共有したいからです。
その場合は事実をズケズケ言うよりも、そのような雰囲気を匂わせて、相手に察してもらう方が効果的なのだと思います。その能力、英語よりも日本語の方が優れていると思います。
しかしそのためには常日頃から密接に情報交換を繰り返し、お互いの状態をよく把握しておかなければいけないわけです。
つまり日本語は聞く方に事情の認知と想像力を要求されるのではないかと思います。長い関係と気配りの心遣いがなければ、『阿吽の呼吸』は成り立たないわけです。
しかし、現代社会は一朝一夕な関係の人たちと取引せねばならないのでそこら辺が不利だと思います。
ここら辺、基本的に島国で外国の人と交流が少ない日本人と、欧州の大陸で絶え間ない交流を続けていた西洋人との違いなのではないかと思います。
狭いコミュニティーの中で力を結集する事が求められた日本人の言葉と、様々な人々と交流する事が求められた西洋人の言葉の違いなのかなと…。
あとは使っている文字が表意文字(漢字)か表音文字(アルファベット)かの違いもあると思います。
漢字は、大まかなイメージを相手に伝えて後は読み手に想像してもらう文字で、アルファベットは、論理を積み上げ精密に意味を伝える文字だと思うのでそこら辺の影響もあると思います。
まあ仕方ない事だと思います。
日本語は、情報交換の手段としてはイマイチでも、いいところもいっぱいあると思います。
例えば日本語は想像力が必要とされる言語なので文化的には良い影響を与えているんではないかと思います。
俳句とかは正しくそれそのものだと思いますし、雰囲気を楽しむ萌えなんかも日本語文化がなければ生まれていなかったと思います。
どっちが良い悪いというより、どれくらい違うのかと言うことに興味があリます。
・bewaadさん
確かに、社会を規律する法ってのは、どうとでも解釈できるようなモノではいけないと思います。
しかし、その際言語によって向き不向きはあると思うのです。
ですから、自然言語を用いてなるべく一意に解釈されるよう作文する際には英語という
>日本語にするとこっ恥ずかしくなるような、誰が読んでも間違いないような単純明快な支持がなされているんですよね。
↑のような言語の方が向いていると思ったわけです。
ふとこんな疑問が沸いたので外国の事例を知っているならば、教えてもらおうと思い質問させてもらいました。
12月 1st, 2007 at 21:05:20
>>壺さん
日本語だって、米軍の指令書の翻訳みたいな単純明快な文章を書くことはできますよ。子供の作文みたいになっちゃうだけで。それぞれの言語の特徴は、使い手によって創出されるものではないかと思います。
よく文章を添削する際に言われる事ですが、センテンスは短く、主語述語は明確に、余計な修飾語はつけるなみたいな。
問題は、本来的に簡潔であるべき法律用語ですら難解なことかもw
12月 2nd, 2007 at 22:58:41
>>鍋象さん
そりゃ同じ言語なのですから、日本語で完結に正確に情報を伝えるのも、英語で遠まわしに希望を伝えるのも、出来なくはないでしょう。
要はどっちがやりやすいかということです。
米だって、金だって、貨幣として使おうと思えば使えるでしょうが、どちらが『より向いているか』という話です。
英語は簡潔かつ正確に伝える為の決まりが沢山あるので、情報伝達の機能は英語の方が優れていると思います。
12月 3rd, 2007 at 9:20:31
だから言語の問題じゃなくて人間の問題だと・・・
そもそも言語をその方向に発展させたのも人間だし。
12月 4th, 2007 at 2:09:23
人は最も重要な要素でしょう。
しかし、剣の達人でも竹光と真剣では真剣を使った方が戦いやすい筈です。
また、使い勝手の良し悪しは多様な方面に影響を与えるものだと私は思います。
歴史を振り返れば、道具の使い勝手がその後の文化を規定した事も往々にしてあるでしょう。
(長い間他国との交わりが非常に限られていた日本だからそういう言語になったのでしょうが、そういう言語だからこそ、こういう文化になった面も大きいと思います)
日本語と英語は一長一短だと思います。
しかし、組織管理を行なう道具としては、日本語よりも英語の方が優れている、と私は思います。
1月 4th, 2008 at 5:42:26
>壺さん
海外の立法実務は知りませんが、英文契約書を見れば、日常会話としての英語とはまったく異なる冗長で難解な言い回しが多用されており、訴訟に関わる可能性が高い=法学の世界に属する世界の言語というのは、世界のどこでも大差ないものと想像しています。英語での指示が簡潔であるならば、それは指示の内容がそうであるからであって、言語の性質にはそれほど大きく依存しないでしょう(まったく依存しないとは思いませんが)。
英語の論理性については、たとえば昔知り合いのドイツ人が、
I was stolen my wallet in my pocket.
という英文について、”my wallet”"my pocket”のmyは非論理的だ、誰の財布がどこにあったかについては、主語がIなのだから定冠詞であらわすことが理に適っているといっていて、どうやらドイツ語ではそう表現するらしいのですが、なるほどなぁと思いました。日本語には定冠詞・不定冠詞の区別はありませんが、「ポケットに入れていた財布が盗まれました」という日本語は、不要なmyという表現を盛り込んでいないという趣旨においては、英語よりも合理的ということとなり、これも一概に言語間で論理的かどうかを比較できない例だと思います。
>鍋象さん
Search and destory.→見敵必殺のように、子どもの作文では出てこない翻訳もありますよ(笑)。個人的には、「見敵」ではなく「索敵」だろう、と思うのですが・・・。
1月 4th, 2008 at 23:58:37
Search and dest[ro]yを見敵必殺と訳すのは初めて見ました。
見敵必殺は「敵に出会あったら(回避せず)、これを倒すのみ」という精神論的な言葉で、Search and destroyは「これこれのエリアで敵を捜索して、発見次第駆逐せよ」という具体的なミッションではないでしょうか。強いて訳すなら掃討とか、索敵殲滅とかかなぁ。
1月 6th, 2008 at 7:46:03
>鍋象さん
typo失礼しましたorz。
“search and destroy”=「見敵必殺」HELLSINGのせいで普及しているようです。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%AB%C5%A8%C9%AC%BB%A6