bewaad institute@kasumigaseki

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  • 11/30/2007 (9:01 pm)

    法律家≠政治家

    Filed under: politics, law ::

    たぶん法律家の人達は「あるべき日本の道徳」とか、正義といったものを、議論して定義するところまでを仕事の範囲にして、実装は経済学者に任せればいいんだと思う。

    ほとんどどんな条件のもとでも、一意的な均衡に誘導するメカニズムは存在するし、経済学者はたぶん、それをデザインすることができる。

    1. 法律家は「国民はこうあるべき」という仕様書を作って、経済学者に渡す
    2. 経済学者は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
    3. そのデザインには誰も口出しできない代わり、経済学者は、「仕様書」には口を出せない

    道義最適と、経済最適とは、たぶんしばしばぶつかりあう。「どちらがより最適なのか?」を議論する場所は、あくまでも仕様書を作る議会。法律家のお仕事。

    (略)

    法律家や政治家が支配していたニッチは、今はどうみても経済学の領域。論理と度胸の経済学者が支配していた「お金」の世界は、今は物理学者や数学者が大活躍。様々な学問は、そのニッチを奪いあいながら、社会は進む。

    「法律の人達は神様でも裁いてればいいんだと思う」(@レジデント初期研修用資料11/30付)

    法律家の機能について、ずいぶんと誤解があるように思います。法律と道徳の関係については、次の証言が標準的な見解を示しています。

    ○岩本一郎君 今御質問いただいたのは、法律と道徳との関係だと思うんですけれども、私の基本的な考え方は、近代法の原理というのは、法律と道徳というのは分離すべきものであって、道徳的な態度を法律によって養う、あるいは強制するということは、これは近代法において、あるいは立憲主義においてあってはならないことだというふうに考えております。

     しかしながら、法と道徳というのは全く無関係なものではございません。例えば刑法のようなものというのは、例えば人を殺してはいけないとかそういった事柄というのは、確かに道徳との一致点はあるわけです。しかしながら、法律の中で、そこに組み込まれている道徳というのは最低限の道徳であって、これは、さまざまな人間が暮らしていて、さまざまな考え方を持っている人間たちが暮らすこの社会において最低限の守らなければならない道徳、すべての道徳観において共有されている、コンセンサスを得られる、理にかなった道徳でなければならないというふうに思うわけです。

    2006年11月13日開催の教育基本法に関する公聴会(衆議院・教育基本法に関する特別委員会)における岩本一郎北星学園大学経済学部教授の答弁

    「標準的」と書いたのは、論者によって見解には幅があるから。たとえばケルゼニアンの門前小僧であるwebmasterであれば、もっとリジッドに法と道徳は分離されている(岩本先生の話をお借りすれば、「人を殺してはいけない」とは法が要請するのではなく、そのような法を定める政治が要請するものということになります)と考えるわけですが、いずれにしても「仕様書」を法律家が作るということには、多くの法律家が違和感を抱くはずです。

    medtoolzさんのリストを以上のような観点から書き直すならば、次のようなものとなるでしょう。

    1. 政治家は「国民はこうあるべき」という仕様書を作って、経済学者に渡す
    2. 経済学者は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
    3. 法律家は経済学者が考案した構造をコーディングする
    4. 仕様書は政治家同士が、構造は経済学者同士が、コードは法律家同士がレヴューすることを基本とする

    #英語で「法律」を表す単語のひとつに”code”があることは、きわめて示唆的でしょう。

    おそらくmedtoolzさんには、法律を作る立法府の構成員は、法律を作るのだから法律家だ、という理解があるのでしょう。しかし、法律家とはまずは法曹、すなわち裁判官や検事、弁護士であり、次いで法の執行を司る行政府職員や司法書士その他の準法曹的専門職などが続くこととなります。立法府とは、法律のてにをはを定める機能を担うのではなく、medtoolzさんご指摘の通り仕様書に相当する理念・概念こそを定めるべきであるからこそ、法律家ではなく一般人(を代表する者)が構成員となるわけです‐もちろん、法律家のバックグラウンドを持つ者が構成員になることを阻むものではないのですが。

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    27 Responses to “法律家≠政治家”

    1. medtoolz Says:

      ありがとうございます!
      自分の文章では「法律」という言葉は未定義もいいところで、ただぼんやりと、実際の法律関係の人たちは、このへんどう思っているのだろう、と疑問に思って、こんな挑発じみたエントリーを上げてみました。「中の人」の答えをいただけてありがたいです。
      「英語で「法律」を表す単語のひとつに”code”があることは、きわめて示唆的」は興味深いですね。「仕様書」の問題は、社会のどのレベルでも共通なのですね。。。

    2. roi_danton Says:

      お疲れ様です。
      bewaad さんが書き直された結果の4点について、私ならばもう1行追加したいなと思います。

      0.国民は、最適な仕様書を書いてくれそうな政治家を選挙で選ぶ。

      書き直す前の議論とは本質的に関係ない部分かも知れませんが。どうでしょうか。

      あ。蛇足的に、さらに1行。

      5.実装された仕様書の使い勝手は、国民が判断する。→0へ戻る。

    3. 西麻布夢彦 Says:

      経済学者が余計だな……

      1.政治家は「国民はこうあるべき」という仕様書を作って、官僚(シンクタンク・企画家)に渡す
      2.官僚は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
      3.官僚は同僚が考案した構造をコーディングする
      4.仕様書は政治家同士が、構造は官僚が、結果責任はマスコミがレヴューすることを基本とする

      というのがいいかな?
      だって、法律家の仕事は裁判実務だけだからね。

    4. koge Says:

      >西麻布殿
      それは現状で、それをこう変えたいというのがこのエントリでは?

    5. 西麻布夢彦 Says:

      > koge様

      私は「学者」などという有害な人種が社会設計に参加するのは反対なんですよ。

    6. adhoc Says:

      西麻布さんの言ってることは
      単純に現状の肯定にしか聞こえないんですけど。

    7. 市井の勤務医 Says:

      例えば桜井よしこさんやら渡辺恒雄さんやら安倍前首相やらの憲法改正論者は(法律家じゃないけど)法律=道徳でなければならないと考えているように思えます。

      「道徳的な態度を法律によって養う、あるいは強制するということは、これは近代法において、あるいは立憲主義においてあってはならないことだというふうに考えております。」

      ・・・桜井さんや安倍前首相から見れば、こういう考え方こそがGHQに押し付けられた汚らわしい日本国憲法そのものに見えていたのではないでしょうか?

      同業だからmedtoolzさんの肩を持つわけではありませんが、「道義最適と、経済最適とは、たぶんしばしばぶつかりあう」は建築基準法や上限金利規制においてずばり妥当している感じがします。

      昨今、日本で(経済的な最適を犠牲にしても)ヒステリックに道義や道徳が唱えられる背景には法律家のパワーダウンがあるのでしょうか??

    8. 西麻布夢彦 Says:

      > adhoc様

      今、問題があるとしたら政治家に利権屋程度の質の低い人間しか居ないことで、学者のような無益有害な人種が社会設計に参加しないことは喜ばしいことです。
      (学者と芸術家は政治をやっちゃだめ)

      質が低いというのは、政治家のIQが低いとか、志が無いとか、知識が少ないという意味ではなくて、構造的にカネを集めないとやっていけないということです。

      政治家個人が地盤やカバンを作って、個人事業として政治を行う日本のシステムでは、政治が家業になってしまい、私物化されるのは仕方ありません。

      イギリスがパーフェクトではないけど、政党が人材獲得を行って育成する仕組みを取り入れないと難しいですね。

      かつては高等文官試験を合格した官僚こそが、組織的に育成されていたのですが、「階級化」してしまい「国民代表」としては適切ではなくなったことが、現在の混乱の元凶かと思います。

      その意味では、現状のプレーヤーで十分ですが、人材の質を確保することの方が重要かと思います。

    9. 練馬太郎 Says:

      >経済学者は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
      って、現状のように各経済学者の理論・主張がバラバラの状態で、公正な相互レビューなんて不可能では?それに人選はどうするのでしょう。結局、行政側の「諮問会議」みたいに恣意的な人選になっちゃうのでは。
      これは日本だけじゃなく世界のどこの国でも不可能な、机上の理想論な気がします。民主主義なんてそこまで成熟することは絶対あり得ないと思いますが。

    10. koge Says:

      >学者のような無益有害な人種が社会設計に参加しないことは喜ばしいことです。
      まあ、有害無益とまではいかないまでも、現在の日本社会に不適合な人種であることは確かですね。ただ、西麻布さんを含めここに集う人々はみな「学者」の素質がある人だと思いますが。無論私も。

    11. forrestal Says:

      細かい話は抜きにして、自然法論と法実証主義の論争は今でもあります。法の内在道徳という点で言えば、「悪法も法」であるを回避するために、H.L.Aハートもケルゼンもラートブルフも姿勢を特にナチス以降、変えてますね。岩本先生の一節は、ハートに近いものになろうかと思います。

      ケルゼンに関して言っても、最終的には憲法の根本規範にいきつくわけです。ハートも私は、コンベンションが根底にあると思いますが。。。

      結局、近代の西欧の分離原理の大きな要因のひとつは、宗教組織と統治の分離にあろうかと思います。

      もっと裁判上の裁判官のジャッジという視野を入れてみれば、刑法上、罪科を課すことが出来るのは構成要件に該当し、違法かつ有責でなければいけませんね。この違法性という点において、大きく行為無価値説と結果無価値説があるわけです。前者は、結果が生じなくても行為が道徳に反する、後者は、法益を侵害する結果が生じてはじめて違法である。という説ですね。裁判官にもよりますが、概ね、後者と前者を織り交ぜたような見解をとっています。ここで幅広く共有された社会通念というものが出てきます。

      なんか司法試験生みたいになってきたのでやめますが、webmaster、では、法律を作る政治の要請という政治とは何でしょうか、私なら簡潔に言えば、多くの国民の生活に関わる常識と答えます。
      尚、codeは、法律というより、法典ですね、つまり体系化していくことです。

      まとまりなくごちゃごちゃ書きました。無視してくださいw

    12. bn2islander Says:

      >練馬太郎さん
      >各経済学者の理論・主張がバラバラの状態で、

      学者の理論・主張はバラバラであってしかるべしと思います。
      どの学者を選択するシステムが政治だと思います

      1.どの経済学者を支持するのか、国民が多数決で決める
      2.国民は政府を選び、政府が経済学者を選ぶ

    13. 練馬太郎 Says:

      roi_danton さん、レスどうもです。
      で、IS-LM分析が現在有効か無効かのコンセンサスもとれていない状態で、経済学者の相互レビューは無理じゃないでしょうか。
      経済学者(エコノミスト)の国民投票とかしたら金子さんとか大前さんとかが選ばれちゃいそうな……

    14. ゲスト Says:

      アメリカだとロイヤーが政治家をやることって多いですね(もちろん大統領も)。
      一方政府・党スタッフ等には博士号持ちのエコノミストも多いです。
      資格の水準はともかく、元エントリで述べられてることもあながち大外れではないのかも。

    15. 日銀マンセー Says:

      全然関係ないのですが、webmaster様か詳しい方にリフレ政策関連で質問があるのですが。

      金融緩和は誘導金利を期待インフレ率より引き下げることにより、実質金利をマイナスにする作業ですよね??
      すると金利引下げ後一定期間が経過し、期待インフレ率が引き下げられた誘導金利レートまで下がってしまえば緩和の効果は失われますよね。

      そうすると総裁様の言う「あまりに低い金利状態が長続きするとの期待が定着しすぎる」と弊害として総裁様のおっしゃるバブルとは逆に、期待インフレ率がきわめて低い水準で定着してしまし、かえってデフレが長引くようにも思えるのですが・・・。

      このように誘導金利水準が低すぎること自体が長続きすると、期待インフレ率も低下してしまうという学説は一般的なのでしょうか??

      教えていただければ幸いです。

    16. Says:

      経済の理論が、正論であっても、その理論に忠実に従う国民がいるかどうか、その朝三暮四で丸め込む、世論とかけひきをしながら、政治は綱渡りしてる現状です。
      国は、国民の家計をバランスで調整もするから、金持ち主体だったり、低所得者優先では、国の未来は危ういけれど、過疎地の医者の問題は、経済的に負を担ってするのだから、経済に背いて法的措置を執行したり…
      政治自身の権力は、今その権力者を裁くことに、マスコミが躍起になってるから、公正な政治運営がされれば全て立派な仕事をしているかのように、錯覚しますが、それで国民が納得すれば、その時点から経済学者の法案がどんどん可決され、国民の理解できない難題でも、知らない間に、日本が豊かになっていたとすれば、それは成功かもしれませんね。

    17. ナナちゃん Says:

      三権分立です。立法府と、執行機関が同一であってはならないという。民主議会における公選人が法律を作る立場にある、しかしまあ、アメリカの年次要望書をそのまま通してるだけですけどね。

      新法案の成立が、揮発税などの既得権益を次々産み出して、行政執行遠隔団体が肥大化しました。

      もう、議会を閉廷しましょう!

    18. まひわり Says:

      学者や芸術家が政治にかかわるのは容赦ない批判とのセットであれば問題は少ないですよ。
      日本では、有識者は偉いので批判しちゃダメみたいな事を言い出す真性の愚者が湧き出すのでやらないほうがいいだけです。「議論で勝つ」とかいう言葉の使い方をする人が多数な限りは無理ですか。

      均衡は綱引きよりで生じるというよりノーガードでの殴りあいで生じるといったほうが適切でありましょうか。

    19. 鍋象 Says:

      >日銀マンセーさん
      金利を下げて効果を発揮したら期待インフレ率は上がるものですよ。

      というか、普通は、福井体制が「利上げに虎視眈々」なので、民間の経済主体が将来の利上げを予想してしまって期待インフレ率が上がらないよねという解釈をするかと思います。量的緩和解除・ゼロ金利解除・利上げの3連コンボは、自ら導入したインフレ参照値を反故にしてしまったわけで、まさに「どうせデフレ脱出する前に利上げするさ」なのです。経営の言葉では、「来月あたり金利を上げるだろうし、借入してまで投資をするのは控えとこう」みたいな感じになります。

      また、もし金融緩和だけでは期待インフレ率が上昇してこないほど重症のデフレであれば、「金融政策だけでは駄目そうだから、財政面でも協力してください」と政府側にお願いして協調的にデフレ脱出への道を模索するのが、正しい中央銀行の姿だと思います。

    20. 日銀マンセー Says:

      金利をゼロ以下にはできないので、金利をこれ以上下げても期待インフレ率を上昇できない状態を「流動性の罠」と呼ぶんですよね?

      金融緩和の効果は永続しないと思うのですが、それは金融を緩和した結果、期待インフレ率が金利水準まで下がり、背実質金利がゼロになってしまう、との理解でしたが違っていましたかね・・?

    21. 鍋象 Says:

      流動性の罠を実質金利で説明するならば、普通は金利をこれ以上下げても直ちに実質金利をマイナスにできない状態です。この状態でも期待インフレ率がプラスになってくれれば問題ありません。

      通常は(デフレでない状態では)、金融緩和した結果実質金利が十分に下がり、投資が増加し、期待インフレ率が上昇していきます。期待インフレ率の上昇は実質金利の更なる低下をもたらしますので、経済は発散的にインフレ方向に向かいます。インフレ期には貨幣価値がどんどん減少していきますので、現金を持つより使った方がはるかにお得だからです。

      それゆえ、しばらくすると金利を上げて景気の沈静化をします。景気が沈静化して、悪化の兆しが見えたら今度は金利を下げます。アメリカのFFレートの推移を見ていただければわかりやすいのですが、2%と5%の間を物凄い勢いで行ったりきたりさせながら、インフレ率や失業率が一定の範囲に納まるようにマクロ経済を運営しています。

      どこかの中央銀行みたいに、「なんか様子が変わってきたけど、しばらくは経済指標が好転するのを待ってみましょう」なんて事はしていませんね。

    22. no-name Says:

      あけまして、おめでとうございます。
      という挨拶をするのは好きではありませんし、もう三が日も終わろうとしてい
      るのにあれですが、思うところあって書かせていただきます。

      旧年中、と言うか2005年の1月以降、ほぼ毎日の更新がずっと続いていました
      ね。それも、話題になった社会問題を、経済学、法学の視点で捉えなおすとい
      う、大変価値の高いものが中心で、私を含め多くの読者にとって、巷の迷妄を
      ブローアウトし、今後の勉強の筋道を示してくれる、本当にありがたいもので
      した。

      更新はいつも早朝で、激務の中をサイト運営に時間を割いておられることが感
      じられ、本当に頭の下がる思いでした。

      2007年の12月以降、このサイトの更新は途絶えていますが、もしお嫌でなけれ
      ば、今後は不定期でも新しい記事を書いていただければありがたいです。むし
      ろ今までの3年間の方が、このクオリティのサイトが毎日更新されるという、
      恵まれすぎた状況だったと思いますので。

    23. no-name Says:

      ありゃ、改行は要らなかったか。すみません。

      余談ですが、かつて毎日のように更新して、今は休眠状態の名サイトの一つに、
      「.− TODAY’S REMARK − 今日の必ずトクする一言」
      http://tomoya.com/
      http://www3.coara.or.jp/~tomoyaz/higawari.html
      というものがあります。

      2003年に、Webmasterの多忙を理由に閉鎖して、時々気まぐれに更新するだけになったのですが、それが相変わらずのクオリティで、かつての読者を楽しませてくれています。

      このサイトに影響を受けたものに、
      「魅惑の似非科学」
      http://www.geocities.co.jp/Technopolis/8931/
      という、やはりとても面白いサイトがあるのですが、こちらは閉鎖宣言はしなかったのに、2004年10月以降はまったく更新がなくなってしまいました。上のサイトの閉鎖時には「巨星落つ〜テキスト100KBytesの壁の似非科学」というエントリをオマージュとして捧げてまでいたのになあ。

      たった二例を標本に語るのも根拠レスな話ですが、多忙などが原因でにサイトの更新ができなくなった場合、思い切って閉鎖宣言をしてしまった方が、それ以降の更新はしやすいのかもしれません。

      さらに余談ですが、「似非科学」のサイトには、「デフレスパイラルの恐怖〜ゼロ金利政策の似非科学」という、とても面白いエントリがありました。内容自体は基本的なものですが、理数系の人間の中にも、経済学で社会を見る人が出現しつつあることを実感させられる記事でした。

    24. no-name Says:

      しつこくてすみませんが、補足です。

      前のコメントはもちろん、「毎日更新できないなら閉鎖した方がいい」と言っているのではなく、「サイトのあり方は本当に多様だから、毎日更新できなくてもどうか気に病まないでほしい」と書いたつもりでした。特に貴サイトの場合など、私には未消化の過去記事がたくさんありますので。

      最後になりましたが、Bewaad様の今後のご清祥をお祈りいたします。

    25. webmaster Says:

      >medtoolzさん
      こちらこそ、出すぎたまねかなと不安だったのですが、ネガティヴな意図はないことをご理解いただけたようでほっとしています。

      codeの話は、ネット上ですからああいう順序での書き方となりましたが、正確に言えば、法律をあらわす単語のひとつであるcodeがコンピュータ界において用いられていることが示唆的なのかな、とも思います。レッシグがその著書の題名にこの語を用いたのは、そうしたダブルミーニングを十分意識しているはず、と勝手に考えてます(笑)。

      >roi_dantonさん
      dankogaiさんに同じツッコミをされてしまいました。当然の前提です(し、今回の議論からは外れる)ので、あえて触れなかったのですが、いろいろと物議を醸してしまったようですorz。

      >西麻布夢彦さん
      システム設計は、すくなくともあるべき論としては、経済学者の更なる関与が望まれるものと思います。現状どの程度かについては、ご指摘を否定できない面もありますが・・・。

      なお、adhocさんとのやりとりに横からで恐縮ですが、政策立案と合意形成(政治的活動)とを区分して論ずることは可能ではないでしょうか。

      >kogeさん
      かねてより各種審議会において、とりわけ最近の経済財政諮問会議においては、経済学者のプレゼンスはそれなりにあり、現状においても学者の関与は一定程度あるものと理解しています。

      >adhocさん
      西麻布夢彦さんへのお応えで触れさせていただきました。

      >市井の勤務医さん
      ご高察いただいたとおり、名前を挙げられた方はいずれも法律家ではないと認識してます(笑)。法律家も数多くいますから、それらの方々に共感を抱く者がまったくいないということはありませんが、少数派であることは間違いないでしょう。

      お話の経済最適は、若干狭義に過ぎるのかな、という気がします。おそらくお示しの文脈での経済最適とは、それによってマクロ的な厚生水準が極大化する(分かりやすく言えば、GDPが最大化される)ということかと思いますが、それはお金の物差しが各経済主体の効用を正しくあらわしているという前提があってのことで、儲からなくても効用がより大きい選択肢を選ぶ場合、見かけは経済最適ではないように映りますが、こちらこそが経済最適となります。

      たとえば寿司屋で赤身(200円@1貫)と大トロ(600円@1貫)のどちらかがおごってもらえる場合、お金で量れば大トロをおごってもらうことが経済最適となりますが、赤身の方が好きな人間が赤身をおごってもらうのは、経済最適そのものです。ここで経済学者の出番があるとすれば、大トロの方が高いのに馬鹿だなぁ、と指摘することでは決してなく、寿司の譲渡を可能とする仕掛けを導入すれば、大トロをおごってもらってそれを転売し、その代金で赤身3貫を買えるようになるのでもっといいではないか、という提言ができるという部分になります。

      昨今、道義や道徳が声高に唱えられているとするならば、十全でない経済成長によって困窮する人が増えているのが原因ではないか、と個人的には思います。

      >練馬太郎さん
      とりわけ日本においては、経済学者間でのチェックアンドバランスはあまり機能していないのではないか、という気が正直申し上げて私にもあります。

      >forrestalさん
      逆順で触れることとなってしまうのですが、政治の要請とは、現代の民主政においてはどれだけ多くの国民が支持するのか、ということに端的に言えばなるとかんがえています。でまあ「悪法は法である」を回避しようと法学者が企図したところで、そのような回避はきわめて困難だと思います。わかりやすい例としてはオウム真理教関連の事象で、微罪逮捕や転入届受付拒否といった、そのような執行を前提とすれば「悪法」と言わざるを得ない事態が頻発しました。

      でこんな見方をする私は、実は刑法に関しては行為無価値説がしっくり来ると思うのですが、というのも道徳を持ち出さずとも、法秩序へ対抗したということから導き出せるように思うからです。そのあたりは有責性の側に統一して、結果無価値で割り切って考えるのもひとつの立場かな、という気はしないでもありませんが。

      >bn2islanderさん
      実効性があるとすれば2でしょう(最高裁裁判官の国民審査を例に取れば、1が機能するように予想できる材料は見当たりません)。

      >ゲストさん
      日本でも、弁護士出身の国会議員は少なからずいます。他方でPh.D持ちのエコノミストは、政府等にはほとんどいませんね。

      >日銀マンセーさん
      そのような学説は一般的でないと認識しています。

      というのも、金利を引き下げればインフレ率は上がる(逆もまたしかり)、というのが金融政策ですから、金利を引き下げたことに応じて期待インフレ率が下がる、ということを前提として議論を組み立てることはないからです。

      流動性の罠については、期待インフレ率の低下は金融政策の結果ではなく外部要因によるものという位置づけとなります。

      >魚さん
      ま、経済の論理の中にも、カルドアの補償原理のように、ご指摘のような政治的状況に対応するためのものもあったりもします。

      >ナナちゃんさん
      議会を閉廷したら(「閉会」では?)、三権分立は達成できないのではないでしょうか。

      >まひわりさん
      ノーガードの殴り合いですと、なんとなくタイマンで武器の使用はなし、ということが前提になっている気がいたしますが、実態は一対多もありの、武器の使用もありの、本当の何でもありな世界であるように思います。

      >鍋象さん
      補足いただきありがとうございました。

      >no-nameさん
      お気遣いいただきありがとうございました。とりあえず、12月〜分はアップしましたので、お目通しいただければ幸いです。

      「今日の必ずトクする一言」は、閉鎖以降更新がないものと思ってチェックしていなかったのですが、お示しいただいてそうでなかったことを知り、久しぶりに楽しく読ませていただきました。ちなみに当サイトにて自分のことを”webmaster”と呼称しているのは、「今日の必ずトクする一言」を真似たんです、実は(笑)。

      「魅惑の似非科学」は、昔コメントで引用したことがあります。これまた更新再開していただけるならば、とってもうれしいサイトですね。

    26. no-name Says:

      先の自分のコメントの、驚くほどのタイミングの悪さと、内容の完全な空振りっぷりに、自分でも笑ってしまいました。いや、無意味なことを書いてしまってすみません。

      それにしても、書き込みができるのは深夜になってからか。Bewaadさんの新着記事が投稿されると、やはりこのサイトは落ちてしまいますね。自分のサイトを自分で落とす、一人Slashdotted状態。

      では、これからも楽しみに読ませていただきます。

    27. webmaster Says:

      >no-nameさん
      最初は年内にはと思い、続いて元旦にはと思い、結局4日までかかってしまったせいです。最初の計画通りにいっていれば、書き込みをいただく必要もなかったのに、申し訳ないです。

      重さへの対策については、明日ちょっとした試みを考えていますので、それで少しでも軽くなれば幸いです。

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