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  • 12/31/2007 (11:59 pm)

    2007年を振り返る(4)‐年間10大ニュース「政治・経済部門」

    Filed under: economy, politics ::
    第10位 建築基準法改正による住宅投資低迷

    世間の求めに押されて採用された政策が、実施してみれば事前に懸念された悪影響をもたらした際、批判されるのは霞が関なんだよなぁ、という文脈においては、バブル崩壊時の総量規制に相通じるものが見て取れます(幸いにして消費者金融の上限金利引下げについては、マクロ的にはまだ影響は観察されないようですが)。

    第9位 食品偽装問題

    もちろん問題視するに値する事柄ではありますが、他方で健康被害が生じたわけでもなく、ここまで大きく取り上げることがバランスの取れた話かと考えれば、webmasterとしては疑問です。

    第8位 安倍前総理突然の辞任・福田総理就任

    日本の総理大臣として、あのような辞め方は空前ですし、おろらくは絶後でしょう。

    第7位 テロ対策特措法失効

    民主党の反対以上に、自民党の自滅で延長が頓挫したのが実態でしょう。第8位からの続きとなりますが、安倍前総理は、少なくとも延長を成し遂げてから辞任すべきだったはずです。

    第6位 霞が関への不信感増大

    近年継続する年金問題(社会保険庁)に加え、守屋前防衛事務次官の接待問題があり、霞が関への世の信頼は、もともと地に堕ちていたようなですが、地に潜った感があります。おそらく、その回復はもはや不可能でしょう。当事者としては非常に残念ですが。

    第5位 温暖化ガス対策の進展

    ゴアとIPCCのノーベル平和賞受賞に加え、COP13でのバリ・ロードマップ合意も大きな前進でしょう(それに先立ってのAPEC・シドニー宣言もまた)。後者について、内容に不満を覚える人もいらっしゃるのでしょうけれど、アメリカが枠組みに入った意味は大きいと思います。この延長線上において、ポスト・ブッシュのアメリカがより踏み込むのは間違いないのですから。

    第4位 コモディティ相場の上昇

    大きくメディアで取り上げられたのは100ドル/バレルに近づいた原油でしたが、それ以外についても、金属や食料品などおおむね強気の展開となりました。これがためにインフレ観測が出てくるのには閉口ですが、諮問会議・金融庁で進められる総合取引所構想などの背景として、来年もその動向は要注目ではないでしょうか。

    第3位 参議院選挙・自民党大敗、民主党第一党に

    これで以後3〜9年の政治の枠組みが決まったわけですから、たった一度の選挙の及ぼす影響の大きさたるやいかばかりか。大連立を含む政界再編があれば話は別ですが。

    第2位 デフレ脱却できず

    最新データにおいては、いわゆるコアCPIでは対前年同期でプラスには転じたようですが、コアコアではまだ横ばいですし、何より上方バイアスがあるのですから、到底デフレ脱却とは言い難い状況です。さて、いつになったら脱却できるのやら、まずは日銀の新総裁人事が試金石となるでしょう。

    第1位 サブプライム問題の深刻化

    webmasterの管見では、アメリカの実体経済が底堅いのであれば、それほど心配する必要はありません。しかし、この問題が実体経済の底割れにつながる‐あるいは、実体経済の悪化の「カナリア」がサブプライム問題である‐のであれば、世界的経済収縮がやってくるのではないでしょうか。だからこそ、FRBその他の先進国中央銀行(日銀を除く)は、バジョットルールが要請する流動性供与を超えて金融緩和に踏み切っているのでしょう。わかりやすく言えば、「サブ」のないプライムローンについても問題化するようなことがあれば、長いトンネルの入り口だったということに。

    12/30/2007 (11:59 pm)

    2007年を振り返る(3)‐年間10大ニュース「芸能・スポーツ等部門」

    Filed under: entertainment, sports, misc ::
    第10位 暖冬・猛暑

    今年の状況の説明として温暖化ガスの影響を持ち出すのは早計なのですが、トレンドの表れであるのは間違いないでしょう。とりあえず、この冬は暖冬ではなさそうですが。

    第9位 ドラゴンズ53年ぶり日本一

    ドラゴンズがリーグ優勝すると政変が起こるとのジンクスは有名ですが、今年もジンクスは健在でした。

    第8位 亀田家の没落

    TBSは、事が起こってからあそこまで掌を返すならば、いくらでも事前に改善することはできたはずでしょうに。

    第7位 ラグビーワールドカップ2007

    地上波で世界のトップレヴェルの試合が観られるのはワールドカップぐらいですから、アジア予選を通過するぐらいのレヴェルの維持は日本代表に期待したいです。日本代表が予選通過しないと、地上波放送はしてくれないでしょうから。

    第6位 ヨーロッパ・クラブサッカー戦国時代

    バルセロナの凋落、世界王者ACミランの不振、レアル・マドリーの復活など、波乱のシーズンとなりました。今年のチャンピオンズリーグは、インテルと予想。

    第5位 大相撲大騒動

    朝青龍の問題にせよ時津風部屋の問題にせよ、昔からのやり方が時代にそぐわないものとなってしまったことの帰結でしょう。

    第4位 サッカー日本代表・オシム監督脳梗塞

    徐々に回復が見られるようで、よかったと思います。他方、後任として岡田監督を選出する協会にはあきれました。イングランドのような強国ですらカペッロを招聘しているというのに、何を考えているのやら。

    第3位 「あるある大辞典2」その他の捏造表面化

    何をいまさらの感はあるものの、明らかになるに越したことはなく、少しでいいのでマスメディアの姿勢の変化につながってほしいものです。

    第2位 大荒れのドーピング

    毎年何らかの事件になっているドーピングですが、今年は陸上界のマリオン・ジョーンズにMLBのミッチェル・レポートと2つも業界を震撼させた重大事件が。ここまでくれば根絶は難しいでしょうから、ドーピング無制限の部とそうでない部に分けてもいいような・・・。

    第1位 Year of Boston!

    レッドソックス(MLB)の優勝は徐々に世の記憶において薄れつつありますが、ペイトリオッツ(NFL)は現在NFL新記録の16連勝中でセルティックス(NBA)もぶっちぎりの1位、ブルーインズ(NHL)もディヴィジョン2位をキープしています。仮に4大スポーツの優勝のすべてが同一都市ということにでもなれば、何人か死亡者が出るのではないでしょうか(笑)。

    12/29/2007 (11:59 pm)

    2007年を振り返る(2)‐新刊書トップ10

    Filed under: book ::

    第10位 寒川旭「地震の日本史」

    webmasterがよく知らない分野の本だったので、新しい知識を数多く教えてもらいました。江戸末期の大地震の頻発を通して幕末維新を見ると、天変地異を為政者の責任とみなす感情がいくばくかの影響を与えていたのでは、という気がしてきます。

    第9位 飯田泰之「考える技術としての統計学」

    本書のとある部分が、webmasterが現在抱えている課題への対応を考える際に大いに役立ち、安心して新年を迎えることができそうです。多謝!

    第8位 ジョセフ・E・スティグリッツ「スティグリッツ教授の経済教室」

    スティグリッツ節を堪能したい人にとっては安心して手に取れる一冊。ただ、元が雑誌連載コラムであるからでしょう、結論に至る論証が手薄な面があるのは否めません。webmasterにとって気になったのは、温暖化ガス対策として排出権取引よりも環境税に軍配を挙げている点で、なぜそのように考えられるのかをもっと聞いてみたいと思うのです。

    第7位 小西砂千夫「地方財政改革の政治経済学」

    豊かな地方公共団体に貧しい地方公共団体を支援するインセンティヴはないので、相互扶助という将来像のコンセプトには同意できませんが、現状分析については同じテーマの諸書の追随を許しません。地方財政問題にご関心のある方々にはぜひとも目を通していただきたいと思います。

    第6位 小野善康「不況のメカニズム」

    おそらくwebmasterにとってもっとも摂取すべき内容ですが、いかんせん知識や能力の不足のため、うわっつらしか理解していないのだろうなぁ、と思います(数理モデルとしての経済モデルを組むことで悪戦苦闘した経験がある人だけが、この本の価値がわかり、また実際に役立てることができるのだ小島寛之先生もおっしゃっていますし)。本書を第1位に挙げられるだけの人間であれば、と。

    第5位 安達誠司「円の足枷」

    昨年第2位の「脱デフレの歴史分析」に続いてのランクイン。来年も勝手に期待してしまいます。(3/10に取り上げました。)

    第4位 石渡嶺司「最高学府はバカだらけ」

    タイトルでふざけた本のように思われてしまう可能性があるのが残念ですが、その内容は、現在の日本の大学が置かれた状況を見事に描き出しています。ジャーナリストかくあるべしと申しますか、次には文部科学省や教育学者の真摯な対応策の検討が求められると申しますか。

    第3位 飯田泰之「歴史が教えるマネーの理論」

    昨年のランキングにて第1位の竹森俊平「世界デフレは三度来る」について書いたように、webmasterは経済と歴史を重層的に描くものが好きなのです。まるでオーダーメイドで書いていただいたようなうれしい内容でした。(8/21に取り上げました。)

    第2位 大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」

    慰安婦についての書物として以上に、政党や政府の関係者以外の者が政策を実現していく過程を描いた書物としての価値が大きいでしょう。webmasterは寡聞にして類書を知りません。(7/3に取り上げました。)

    第1位 蒲島郁夫、竹下俊郎、芹川洋一「メディアと政治」

    ネットとの関係においてメディア批判が喧しい昨今ですが、そうした議論をする際の必読書です。(5/6に取り上げました。)

    12/28/2007 (11:59 pm)

    2007年を振り返る(1)‐私的ランキング・女性タレントトップ10

    Filed under: entertainment ::

    2005年2006年に続きまして。

    第10位 沢尻エリカ

    変に丸くならず、いつまでもトンガっていてください。あの号泣謝罪が演技であって、「あんなのでごまかせるなんてマスコミもちょろいもんだ」なんてペロリと舞台裏で舌を出していたなら、一生付いていきますから、ぜひ真相はそうであってほしいものです。

    第9位 栗山千明(1/7訂正)

    今年になっておでこの露出が増えましたが、そのように路線転換してくれてよかったなぁと。

    第8位 松下奈緒

    やたらと貼られていたE-mobileのポスターに惹かれました。

    第7位 西崎彩

    CXのめざましテレビの「早耳トレンドNo.1」コーナーが「MOTTOいまドキ!」コーナーへとリニューアルいたしましたが、新いまドキムスメを代表して。しかしいまドキムスメ、あとは三浦葵ぐらいしか琴線に触れません・・・。

    第6位 吉澤ひとみ

    彼女の卒業で、娘。への関心も完全になくなりました。弟さんのご冥福をお祈りいたします。

    第5位 小泉里子

    Oggiのカバーが最近気になるように。昨年の相沢紗世もそうでしたが、日経のCMキャラは、それを卒業するとwebmasterの好感度が上がるようで(笑)。となると、長谷部瞳がそのうち・・・。

    第4位 長谷川潤

    (第7位の続き)旧早耳ムスメ代表。サイゾー2007.2号のグラビアは、とーってもよかったです。

    第3位 山本モナ

    報道よりヴァラエティの方が絶対向いていると思います。本人も楽しんでいらっしゃるのではないでしょうか。その意味で、スキャンダルが幸いしたように思います。

    第2位 後藤久美子

    実は昔は相当好きなタレントだったのですが、今年はヴィッツやASIENCEのCMがとてもいい出来で、さらなる露出増を期待しています。

    第1位 吉瀬美智子

    ライアーゲームでブレイクしましたが、あの黒タイトのスーツ姿は眼福でした。最終回3時間スペシャルなんて、彼女が主人公みたいなものでしたし。

    続いて、例年同様現時点でのランキングを。

    第10位 小倉優子(n.c.)

    昨年よりは今後を感じさせる展開でした。

    第9位 相沢紗世(-1)

    相変わらずの美しさです。

    第8位 吉瀬美智子(new)

    Domaniのカバーモデル、春香の後はぜひと思っていたのですが・・・。

    第7位 黒谷友香(-2)

    露出が少なくなっていることが気になる人・その1。

    第6位 篠原涼子(+1)

    最新のMAQuillAGEのCMでは見違えました。あんな表情を隠し持っていたとは脱帽です。

    第5位 春香(+1)

    Domaniご卒業ですが、GRACEではどういった扱われ方となるのか気になります。

    第4位 香里奈(-1)

    新年第1クール「だいすき!!」(TBS)にて、初主演おめでとうございます。演技には期待していませんが、ショートカットはいいですねぇ(笑)。

    第3位 山田優(-1)

    露出が少なくなっていることが気になる人・その2。

    第2位 上原美佐(-1)

    なんでもっと取り上げられないのかなぁ・・・もともと露出が少ないので「露出が少なくなっていることが気になる」どころではないのですが。

    第1位 新垣結衣(+3)

    活動の方向性には大いに疑問がありますが(もう少し仕事は選んだ方がいいような・・・)、とはいってもあれほど頑張ったのですから認めざるを得ません。お疲れ様でした。

    12/27/2007 (11:59 pm)

    名目GDP2題

    Filed under: economy ::

     経済財政諮問会議は26日、11年度までの中期方針「進路と戦略」の原案を了承した。11年度の名目成長率について「3%程度あるいはそれ以上も視野に入る」とし、これまでの想定より0.5%程度下方修正した。

     今年1月に閣議決定した「進路と戦略」では「3%台半ば程度あるいはそれ以上も視野に入る」としていた。消費者物価の上昇率が予想を下回っていることが理由だ。実質成長率については「2%程度あるいはそれをかなり上回る」とする想定を据え置いた。

    朝日「11年度の名目成長率 0.5%程度下方修正」

     内閣府は26日、平成18年の日本経済の決算書に相当する国民経済計算を発表した。それによると、日本の名目GDP(国内総生産)は4兆3755億ドル(1ドル=116円換算で約508兆8707億円)となり、世界全体に占める割合は、前年の10・2%から1・1ポイント低下し9・1%となった。比較可能な昭和55年以降、最低となった。

     内閣府は「為替が円安だったことが大きい。世界経済の拡大傾向が続く中、日本はデフレで名目GDPが伸びなかったのも要因」と分析した。名目GDPは物価変動の影響を考慮せず、金額をそのまま表示している。

    産経「世界GDPに占める割合 日本、最低の9・1%」

    デフレがよくないことだ、という話が少しずつではあっても世に共有されるのは、残念ながらうれしいことといわざるを得ません‐デフレから脱却し、デフレの害を現実の課題として認識しなくてもよくなることが、webmasterにとってもっともうれしい未来像です。とはいっても前者の引用を見る限り、デフレ脱却は今なお期待し難いのですが・・・(次期日銀総裁次第では、大いに期待もできますが、総裁人事の方が期待できないような気が)。

    なお後者について、購買力平価の成立を前提とすれば、インフレ率が低いことによる名目値の減少は、為替レイトの上昇により相殺され、国際比較においては無関係ということになります。2007年というある時期の要因としてはともかく、中長期的な低落傾向については、デフレは単に名目値を引き下げているということをはるかに超えて、実質値にも悪影響を与えていることが問題なのだ、と改めて指摘しておきたいと思います。実質金利の高止まりにより、市場を通じた適切な資源配分を阻害するという点にこそ、デフレの大いなる害(の1つ)があるのです。

    #デフレの大いなる害のもう1つ、実質賃金の高止まりによる労働市場の資源配分機能の低下については、非正規雇用の増加と第一次ベビーブーマー世代の大量退職によって、それが適切な水準の代償だったかはさておくとしても、機能回復が見られるようになりました。

    12/26/2007 (11:59 pm)

    再び薬害C型肝炎問題を論ず。

    Filed under: law ::

      薬害肝炎、救済対象は裁判所が認定…法案概要固まる(読売)

     ここに至るまでの経緯についてはいろいろと思うところもあるのだけれども、軽々に発言するのは好ましくないと思料されるのでとりあえず差し控えるが、法律案の方向性について思ったことを、2点ほどメモ。

     1点目は、国の責任を明記することについて。目的規定の中で明らかにするか、あるいは(議員立法にありがちな)前文を置く形にしてそこで謳う、といったところだろうか。

     2点目は、補償対象となる被害者の認定作業を行う主体を裁判所とすることについて。当初検討したと記事にあるように、政府内に専門委員(会)を設置してその事務を行わせるというのが、発想としては素直。行政が行う給付等について、その基礎となる事実認定の部分を裁判所に行わせるというのは、これまでに類似の制度があっただろうか…。まあ、法律でそう書けばそういう制度ができるということかも知れないが、制度設計の在り方としては興味深く思われるところ。

    続・航海日誌(12/26付)

    前者については、先日それを枕に議論を展開してみましたが、そのものを論ずるとすれば、branchさんがお示しのようなあたりが適当な着地点なのでしょう。真正面から無過失の相手にまで賠償責任を認めてしまえば、先日の議論のような地獄の釜の蓋を開けてしまうことにつながります。既往の法体系の枠内で解決を図るならば、司法判断や政府の和解案によることとなりますが、

     和解協議の中で、政府は20日に、未提訴者も含めた薬害被害者を血液製剤の投与時期で限定して和解金を支払い、残る被害者には30億円を基金活用する「全員救済」方式を提案。被害者全員の「一律救済」を求める原告らは「患者の線引きだ」と反発していた。

    産経「議員立法で「一律救済」表明 薬害肝炎で首相」

    とのことで、それを蹴飛ばしたからこその現状です。

    だからといって無過失責任を前面に出すのも、既存の法体系からは明らかに受け入れ不可能といわざるを得ません(そんなことをすれば、どこまで賠償責任が広がるものやら・・・)。そうした中、前文や目的規定で責任を規定するというのは、実質的には損害賠償であるにもかかわらず法的には損害賠償ではない補償・救済を用いることにより、損害賠償の対象でない者をも法の枠内に取り込むためのいわば方便で、原告の主張とこうした法体系の枠組みがギリギリで共存可能な唯一の解ではないでしょうか。

    後者については、webmasterはあまり気にしていなかったのですが、考え始めると、branchさんのお言葉どおりなかなか興味深い論点が複数あります。さすがはbranchさん、いいところに目をつけていらっしゃいます。主体が裁判所であったとしても、裁判(訴訟)として取り扱うわけではないでしょうから、一般の訴訟法に基づく手続ではなく別の手続を考えなければならないのですが、これがなかなか悩ましくあります。

    現状、裁判でない裁判所の取り扱い事項の一般法としては、非訟事件手続法がありますが、過料など法的には軽めの事象を取り扱うもので、裁判所としてもこれに基づき判断しろといわれても困るでしょうから、おそらくは立法において白地で書いていかざるを得ないものと予想されます。では、どう書いていくか。

    訴訟の枠組みに照らして考えると、まず管轄権をどうするかが難しいところ。裁判所の対応能力を考えれば、知財高裁のように東京のみとしたいでしょうが、全国の患者に東京に出て来いというわけにもいかないでしょうし、かといって第三者委員会のように専担として地方まで出張っていくのも裁判官の負担を考えれば難しく、となれば全国各地で受け入れざる形が無難でしょう。かといって、すべての地方裁判所(まして簡易裁判所)で取り扱う体制を整備することなど不可能でしょうから、webmasterの予想としては各地の高裁管轄とするのでは、というものとなります‐原告からは不評かもしれませんが。

    次の問題は、裁判官の当事者能力です。訴訟となれば原告vs被告や検察vs被告人の対審構造がおなじみですが、認定作業において患者に対置される当事者がいるとも思えず(たとえば政府が反対尋問します、なんてスキームになるはずもなく)、原告の主張を裁判官が聞いて職権認定、という形になるでしょう。裁判官は法律のプロでしかないのですが、そんな裁判官が世のあらゆる争いごとを裁くことができるのは、前記の対審構造を前提に、両当事者がそれぞれの立場でプロの見解を集めてきて、そのいずれがもっともらしいかを判断しさえすればよいとの建前があるからこそです。第三者委員会であれば、メンバーに医者や研究者も入るでしょうから自ら職権認定をするだけの能力もあるでしょうけれども、裁判官にはまず間違いなくそんな能力はありません。このところをどうするのか。

    更なる問題として、上述のとおり裁判官に当事者能力がないとすれば、訴訟においても鑑定人を求めるように、他に専門家を求めるより他に道はありません。しかし、訴訟における鑑定人は、上記の対審構造を前提に反対尋問等でチェックされることにより、一方に偏ったものではないものとして取り扱われます。対審構造がない中で、専門家の証言の中立性・客観性をどのように担保するのか、専門家を呼ぶことで上記問題を解決するとしても、一難去ってまた一難という制度設計となります。

    これらの問題は、仮に内閣提出法案であれば内閣法制局がとことん詰めるのでしょうけれども、何せ本件は議員立法です。議員立法の中には役所が実質的な当事者として携わるものがあるにせよ、本件は経緯を考えれば役所のそうした関与は許されないでしょうから、役所がこっそり内閣法制局に相談する、というわけにも行きません。担当される議員の方は、その方が法律論に詳しければ詳しいほど、これらの問題に悩まされることでしょう・・・。

    12/25/2007 (11:59 pm)

    急がば回れの著作権議論

    Filed under: law, WWW ::

    違法サイトからのダウンロード違法化等については、自らの主張を正義と確信して言い張っているだけではねぇ、といった趣旨のことを書いてきたわけですが。

    webmasterの書くことはわかりづらいという方々に置かれましては、ぜひ上記にお目通しいただければ。はてなブックマークでも注目を集めていますから、何をいまさら、という向きも多いでしょうけれども。

    12/24/2007 (11:59 pm)

    微妙な地域のサンタクロース

    Filed under: WWW ::

    毎年恒例のNORADによるサンタクロース追跡に関して、標記につきiori3さんがさまざまな例を取り上げていらっしゃいますが、ひとつ見落としがあるのでは、とwebmasterは思います。追跡が始まってからまもなく、なんとサンタクロースは・・・

    »

    12/23/2007 (11:59 pm)

    責任主義の再検討?

    Filed under: policymaking, law ::

     薬害肝炎訴訟の和解協議をめぐり福田康夫首相は23日、原告側が求める被害者の「全員一律救済」を盛り込んだ法案を今国会に議員立法で提出する考えを明らかにした。首相官邸で記者団に語った。大阪高裁で行われている和解協議が難航しており、政治主導で問題解決を目指すことを決意した。原告側は「大きな一歩、問題解決につながることを期待する」との声明を発表した。首相が「一律救済」を決断したことで、肝炎問題は解決に向け、新たな局面に入った。

    産経「議員立法で「一律救済」表明 薬害肝炎で首相」

    薬害問題そのものは、政治判断ですから官僚が口を出すのも僭越な話です(明らかな問題がある、というのでない限り)。他方、本件が今後どのような影響をもたらすかについては、少し触れておきたい問題があります。それがタイトルに掲げた責任主義の話です。

    責任主義とはどちらかといえば刑事において広く用いられ、他方で本件は民事に属する事柄ではあります。しかしながら、ちょうど今年大いに話題になったとある件‐それは刑事の問題です‐においてwebmasterは気になることがあり、それとの連想で、実は今は、近代法の基本原理のひとつである責任主義が見直されつつある時期なのではないか、と大風呂敷を広げてみるのです。

    責任主義とは、責任を追及されるに足る主体であるからこそ責任を追及するのだということで、故意と過失の違い(殺そうと思って人を死に至らしめた者と、殺す気はなかったのに結果的に人を死に至らしめた者とでは、前者をより責任が重いとします)もそうですし、故意がないどころか過失もないようであれば、どれだけひどい結果をもたらそうとも、刑事上はなんら罪とは認識されません。民事上も基本は同じで、俗に損害賠償・慰謝料請求として報道されるほとんどは民事上の不法行為ですが、故意または過失による損害の発生が基本的前提となります。

    さて、「今年大いに話題になったとある件」とは、先ごろ大阪府知事選挙への出馬を表明した橋下弁護士による光市・母子殺害事件弁護団を対象とした懲戒請求の煽動のことです。弁護士懲戒制度の趣旨に照らせば、この煽動が批判されるべきなのは明らかですが、この事案が一筋縄ではいかないのは、

    • 彼の煽動に反応した人々が決して少なくないこと
    • 多くの者の感情から乖離した法制度は維持不可能であるとの彼の見解そのものは、当を得たものであること

    の2点です。

    前者についていえば、本件において直接問題視されているのは、弁護団が最高裁において一審・二審の主張とは異なる主張をしているということですが、そのような訴訟の実態は本件についてのみ観察されるものではありません。弁護団が主張を変えたからといって多くの人々が憤るのでしたら、世にこの手の懲戒話があふれているはずです。にもかかわらず本件においてこのような広がりを見せたのは、その主張に刑法第39条が絡んでくるから、平たく言えば心身喪失・耗弱者がテーマだからだとwebmasterは認識しています。

    後者についていえば、まさしく本件において実現されたことで、故意又は過失による損害を賠償するとの民法上の原則は、原告のみならず多くの者の感情から乖離したがゆえに維持されず、過失責任と無過失責任とを分け隔てなく取り扱う立法がなされようとしています。光市の事件は司法判断であり立法行為と同一には論じられませんが、政府の判断の前提となったのは司法判断ですから、同根から発しています。仮に司法が自らの判断が立法によって覆されると予測し、それを回避したいのであれば、判断を枉げるより他ありません(本件で言えば、判例に照らせば過失とは認定できないようなものをも過失と認定して、無過失責任による賠償との結果は回避する、ということとなります)。

    光市事件にかんがみれば、本件の延長線上に刑法第39条の削除、ないし実質的に骨抜きにする立法が来たとしても不思議ではないでしょう。最近、とりわけネット上などで多く見られる同種の問題として、少年法(正確には刑法第41条の責任能力年齢規定)にまつわる議論があります。これらは、刑法学説としてはいずれも責任主義に基づき設けられたものという点で共通し、なぜ刑が減免されるかといえば、自らの行為の責任を引き受けるだけの主体性を否定されているからです。

    「自らの行為の責任を引き受けるだけの主体性」といってもわかりにくいかもしれませんが、同種の民事法の例を考えればよりわかりやすいでしょう。民法上、成年後見制度に関する規定が置かれていますが、この下では、精神上の障碍を有する成年被後見人がした法律行為(契約の締結等)は、成年後見人が取り消すことができます‐騙された場合とか脅された場合とか誤解していた場合に限らず、です(これらの場合、一般人でも取消し等により「なかったこと」にできます)。

    つまり、成年被後見人が十分な説明を受けて納得づくでした判断であっても、その判断が一般的に期待される程度の水準でない場合、法律上は判断には足りないものとして取り扱うことが可能とされているわけです。必然的に、判断の結果もまた引き受けるに足らず、として取り消し得るのが成年後見制度。売った買ったという話の結果すら引き受けることから免れているのですから、犯罪行為の結果としての刑罰を引き受けることから免れるのは当然だ、というのが民事・刑事を貫く近代法における責任主義の原理なのです。

    責任主義とは、言い換えればできるはずのことができなかったことを違法とするものです。過失とは注意すれば避けられたもので無過失とは注意しても避けられなかったもの、心神喪失者は違法行為をしたところで、そもそも適法行為を期待できかった者です。かつて聾唖者は民法上も成年被後見人(当時の用語でいえば禁治産者。また、民法については盲者もそうでした)適格であり、刑法上も刑の減免を受けることができました(刑法については、正確にはイン(病垂れに音)唖者)。

    これらは聾唖者には責任能力がない、つまりは一般人にはできる(と期待される)判断ができなくてもおかしくはないとの前提に立つもの。今となってはいずれも削除されていますが(刑法の規定でいえば、上述の第39条と第41条の間の第40条がそれでした)、それはこうした考え方が差別的であるとされたからでした。

    さて、昨今の心神喪失・耗弱者や少年法適用対象者に対して刑罰を科すべしとの議論は、この聾唖者の議論とはまったく逆を向くものです。聾唖者については、あたかも古代ギリシアやローマにおいて市民権を有する者に兵役義務があり奴隷にはなかったように、責任能力がないという差別の結果として責任能力が認められず刑罰の減免を受けました。ところが心神喪失者等についての議論は、恩典として刑罰の減免がなされているとの前提に立ち、刑罰の減免を廃止すべきというものとなっています。

    #話の枕である無過失責任についても、無過失には責任なしとの原則が、あたかも恩典であるかのごとく見られ、それが排除されているといえるでしょう。

    責任主義のない法体系とは、近代法の範疇を外れるものですが、果たしてこれは近代より昔への回帰なのか、それともまったく新しい時代の法体系を切り開くものなのか? webmasterには、現時点では判断がつきかねます。

    #責任主義の今日的意義について、webmasterの駄文なんぞではなくきちんとした議論をお求めの向きは、大屋雄裕「自由とは何か」をお薦めいたします。

    12/22/2007 (11:59 pm)

    MIAUは未だ失敗せず?

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    MIAUを政治運動として見ればおっしゃるとおり失敗したのでしょうし、次につなげるためには切込隊長さんのご指摘を活かすなり、大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」にお目通しいただいて政策実現の実際を知っていただくなりする必要があるのでしょう。しかし、これはあくまで政治運動として見れば、という前提あってのこと。前提が変われば、結論も変わってきます。

    前提が異なるのでは、とは実は切込隊長さんがまるで「私たちの意見が通らなかったからこの仕組みは不正義だ」とでも言いたいのかととおっしゃっている点に端的に現れているとwebmasterは見ています。「言いたいのかと」とお書きですが、実際に言いたいのでしょう(切込隊長さんとて承知の上での婉曲表現かもしれませんが)。さらには、仕組みが不正義だというにとどまらず、権利者団体側の存在そのものが不正義であると(無論、それらに組する文化庁の存在もまた)。

    切込隊長さんのご助言にせよ大沼本の最大の教訓にせよ、webmasterなりに本質を抽出するならば、妥協が重要だということとなります。政治運動であれば、たとえば敵対する主張の穏健派を取り込むために相対的に重要でない主張については妥協することは、ほとんどの場合において必然でしょう。100点満点を求めて支持を得られず何も実現できないよりは、50点でもいいから支持を取り付けて(消極的支持でも何の問題もありません)実現することを目指すのは、政治運動であるならば当然のことです。

    他方、自らを正義の側と認め不正義の撲滅を目指すならば、妥協は忌むべきものとなります。撲滅すべき対象として認識している者に対する妥協は、撲滅ではなく存続を認めることが前提になるわけですから、忌避されるのも当然です。つまりはイデオロギー闘争の場合ですが、自らがいかに正義であるかを説き、対する者がいかに不正義であるかを説いて自らの正義の普及に努めるのは、イデオロギー闘争としては当然のことです。

    MIAUの発起人の方々の主観的意図がどうであれ(主観的意図としては、政治運動だったのでしょう)、MIAUへの賛同者がそれなりに集まったのは、イデオロギー闘争として機能した側面があるからではないか、とwebmasterは思います。あるいは、政治運動としてはほとんど機能していなかったとも。主張への賛同者がそれなりに集まったことを見れば、イデオロギー闘争としては案外成功であったのではないでしょうか。

    以下は蛇足ですが、「それなりに集まった」ことは上記のとおり評価できるでしょうけれども、今後の展望を考えるとなかなか厳しいのではないでしょうか。というのも、デジタルデータとして取り扱われる主としてネット上での著作物流通については、関心を有している人々はほぼ今般で情報が行き届いていると考えられるからです。言い換えれば、今後はそもそも関心を持っていない人々をいかに囲い込むかの段階へ移っていくこととなります。

    MIAUが事実の積上げに基づく論理的な議論展開を図るのであれば、その手の囲込みははかばかしくは進捗しないでしょう。というのも、細かな事実関係を確認したり、議論の論理性にこだわったりするのは、あくまで関心を持っているからこそできることだからです。その手の言論が説得力を発揮するには、まずは関心を持ってもらわなければなりませんが、その手の競争において、

    • 今後のコンテンツ産業の興隆を見据え、中国がネット上での海賊版流通を促進するために著作権法の強化に反対しており、それに加担するのは「反日」「売国」勢力である、といったコピペ
    • 某動画投稿サイトの愛用者が一目惚れしたストリートミュージシャンのため、広告になるかと思いライヴ映像をアップしたところ、悪質なパロディが広がって彼女は傷つき嫌われてしまい、彼女のためにもそのパロディの根絶に立ち向かう、といったD社制作映画、

    なんてものに対抗していくのはなかなかしんどいでしょう。今般のパブリックコメントの数に希望を見出す向きが多いようですが、あれだけの活動を進めているにも関わらず「一万件にも届かない程度のパブコメしか集まらなかった」との切込隊長さんのご指摘はまことに当を得ていると思います。世の中には、数万人規模の集会や署名なんてものはざらにありますが、それが実を結ぶ確率を考えれば、ということです。

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