bewaad institute@kasumigaseki

  • archives by smart archives
  • 12/07/2007 (11:59 pm)

    「霞が関埋蔵金伝説」について:総論

    Filed under: treasury ::

    最近何かと話題ですが、Baatarismさんがとりあげていらっしゃるのを拝見したのを機会に、論じてみたいと思います。

    最初に結論から申し上げるならば、「霞が関埋蔵金伝説」は、肯定的に論じようと否定的に論じようと、財務省(主計局)的価値観の賜物に過ぎないように見えます。言い換えれば、これをめぐる議論の両当事者は、いずれも財務省(主計局)の掌に乗っているようなものです。

    #本来、単に「財務省」とするのではなくいちいち「主計局」と冠すべき(たとえば財政融資資金特別会計の積立金については、主計局は一般財源化に前向きであっても、理財局は後ろ向きでしょうから、単に「財務省」と称することが適当とはいえません)ですが、世間的には財務省を代表しているのは主計局と見られていますし、繰り返し書くのも煩雑ですから、以下は主計局的との含意で「財務省」等の語を用います。

    まず否定的な論者から見てみましょう。といっても否定論者は最近話題の特別会計の剰余金等ではなく、(民主党の政策提案を念頭に)歳出削減余力を指して「埋蔵金」と呼んでいるようですが、これは「埋蔵金」は頼りにならず消費税増税が必要だというものですから、消費税増税に執念を見せる財務省の主張(たとえば「平成20年度予算の編成等に関する建議」のポイントには、財政健全化に向け、(略)歳入面では、国民共通の課題として、本格的な議論を進め、消費税を含む抜本的な税制改革を実現させるべく取り組んでいく必要があると思料とあります)そのままです。

    #今の文脈での「埋蔵金」は予算書等で完全に存在がオープンになっている(=「埋蔵」されていない)のですから筋違いといえば筋違いで、民主党の歳出削減余力にこそふさわしい名称です。政治的文脈でいえば、昨今自民党内力学において劣勢である中川前幹事長が、本来ご自身とは無関係のはずの民主党vs否定論者の対立に割り込んだと捉えるべきもので、これだけ世を騒がせているのですからその嗅覚はさすがというべきでしょう。

    では肯定的な論者はこうした財務省的価値観に異を唱えるものかといえばさにあらず。現時点での財務省への異論ではあるかもしれませんが、実は「埋蔵金」の活用によるフローでの国債発行額抑制は、かつての大蔵省時代から何度となく行われてきたものなのです。

     22日に招集された通常国会で審議が始まる96年度予算の政府案では,新規国債発行額が前年度当初予算より8兆4310億円増の21兆290億円と急激に膨らんだ。その大きな原因は,「隠れ借金」によるやり繰りの行き詰りとだと報道されている。

     借金にはフローの借金とストックの借金があり,隠れ借金も例外ではない。フローの隠れ借金は,一般会計が特別会計から資金を借り入れたり,特別会計への繰入れを繰り延べるなど,国債発行額を圧縮する会計上の操作を指す。ストックの隠れ借金は,国債以外の一般会計の債務である。

     隠れ借金は公式の予算用語ではない。大蔵省は「隠れ借金」という言葉を正式には用いないし,わずかの資料を公表しているものの,積極的に広報しているわけではない。大蔵省の資料には,ストックの隠れ借金をまとめた「今後処理を要する措置」と,特例法によるフローの隠れ借金の図解があるだけである。

    (略)

     第3のタイプは,特別会計からの借り入れである。これはさらに3種類に分けられる。

     第1は,将来,一般会計に繰り入れられる予定の特別会計の黒字を先食いすることである。これはフローの隠れ借金になるが,将来の歳入が減少することで清算されるので,ストックの隠れ借金には積み上がらない。

     第2は,特別会計からの借り入れである。83,94,95年度に行われた,自賠責特会からの借り入れがその例である。これはストックの隠れ借金となり,自賠責特会の貸借対照表の資産項目に計上されている。

     第3は,一般会計から特別会計への繰り入れるべき歳出を,将来に先延ばしすることである。過去,この方式で,国民年金,政管健保,厚生年金,雇用保険からの隠れ借金が行われた。これらは,特別会計の貸借対照表には表れないことが,第2のタイプと異なる点である。

    隠れ借金(岩本康志教授)

    「埋蔵金」を一般会計に繰り入れることにより国債発行額を減らすとの目論見は、これらと本質的には同じことだと言えるでしょう。一般会計と特別会計とを企業会計の世界での親子会社になぞらえるならば、「埋蔵金」の繰入れは配当の増額や払戻し減資、子会社による自己株式買取等の資本取引によって親会社にキャッシュフローをもたらすことに相当しますが、連結会計ベースで見るならば、将来収益の先食いであろうと子会社からの借入れであろうと必要であるはずの子会社への出資等のキャッシュアウトの取りやめであろうと相殺消去され、出来上がる連結バランスシートに変わりはありません。

    以上については、岩本先生も同様の指摘をされています。

     経済分析で実際に用いられ,隠れ借金の影響を受けない指標には,「国民経済計算」と「世代会計」がある。

     「国民経済計算」は,上にのべた歳入・歳出の取り扱いをしていると同時に,特別会計が統合されているので,一般政府の収支は,一般会計と特別会計の間のやり取りによる隠れ借金から独立である。しかし前回にのべたように公的年金(社会保障基金)部分の収支の取り扱いには問題が残る。

     この問題にまで対処したのが,米カリフォルニア大のアウアバック教授,米クリーブランド連銀のゴーケール氏,米ボストン大のコトリコフ教授が開発した「世代会計」である。世代会計では,現状の政策が維持されるとの仮定のもとで,現存する世代の純受益額(受益と負担の差額)を計測する。現存する世代の純受益額と現在の債務残高は,将来世代が負担しなければならない。そこで,現存世代の純受益額と将来世代の純受益額とを比較して,どれだけの負担が将来の世代に先送りされているかを見ようとするものである。

     こうして世代会計は,民主主義政府での意思決定が問題を先送りにし,将来に回そうとしているツケを明示しようとするのである。「国民経済計算」が影響を受けない隠れ借金には,世代会計も影響を受けない。それに加えて,年金基金の積み立て不足は,世代会計においては将来世代の負担という形で明確に把握されることになる。

    隠れ借金(岩本康志教授)

    こうした隠れ借金には、岩本先生によれば次のような問題点があるとされます。

     ここでこわい話は,この方法による隠れ借金の潜在的可能性は非常に大きいことである。現在,金額の大きい借金の相手先は,国民年金特別会計と厚生保険特別会計(のなかの厚生年金)の2つである。これらの会計が現在,多額の黒字を計上しており,見かけのうえで収支の悪化が目立たないことが,多額の隠れ借金ができる理由となっている。

     厚生年金を例にとろう。95年度当初予算では,厚生年金へは2兆8259億円が繰り入れられ,4150億円が停止された。しかし,厚生保険特会年金勘定の予算は6兆8848億円の黒字となっており,かりに厚生年金への繰り入れが全額停止されても,年金勘定の黒字を維持でき,一般会計はさらに3兆円弱の隠れ借金を手にすることができたわけである。

    (略)

     会計の透明性を失われたこともさることながら,隠れ借金の最大の問題は,財政運営の目標を混乱させたことにある。

     80年代の財政再建期では,「XX年後に赤字国債発行をゼロに」を目標とした歳出削減策がとられた。90年度当初予算での赤字国債ゼロの目標が一応達成されたが,その過程で隠れ借金による見かけ上の支出削減や歳入増加策がとられ,実態は赤字財政のままだったのである。

     バブル期の税収好調で,隠れ借金は小休止を得たが,バブル崩壊後の税収の落ち込みで,再び財政事情は厳しくなった。しかし,「いったん赤字国債を発行すると,乱発を招く」との論理で,赤字国債発行を避けるために隠れ借金が多用された。この段階で,構造改革という困難な努力を避け,目標の数値そのものを会計操作で変えていった事実が,衆目の前にさらされたのである。

     昨年11月に前武村蔵相による「財政危機宣言」をし,96年度予算では国債依存度は28%に高まり,80年代初頭の財政危機時に時計の針が戻ったかのようである。しかし,当時と違うことは,赤字国債発行額という努力目標が,本来なすべき構造改革ではなく,手先の会計処理により操作可能であり,かつ実際に操作されたことを,われわれが知ったことである。

     民主主義政府の複雑な意志決定のもとでは,財政再建には何らかの目標を設定することが必要であり,シーリングや「XX年後の赤字国債発行ゼロ」は,それなりの成果をおさめた。しかし,これらの財政再建で,80年代と同様に赤字国債発行額を目標としても,構造改革が困難になると再び隠れ借金に頼る事態が訪れるであろう。

     確かに96年度予算編成では,会計の透明性の重視から隠れ借金の利用は抑えられた。しかし,これまでの経験から判断すると,透明性の要求が財政事情よりも高い優先順位を持ち続けるとは考えにくい。

     したがって,実効ある財政再建のためには,本来の財政事情を正しく反映し,前回述べたような,会計操作により左右されない指標を設定することが出発点となる。このハードルがクリアされないため,現在の財政再建の具体像が見えてこないのである。これが,われわれが隠れ借金から教訓として,学ばねばならないことである。

    隠れ借金(岩本康志教授)

    以前、webmasterは財政融資資金特別会計について書きましたが、同特別会計に見かけ上お金が余っているかのように見えても、それが真にそうであるとは限りません。同特別会計に関して言えば、デュレーションマッチングを厳格にし、金利リスクを負わなくなったということでなければ、上記の隠れ借金のごとく、将来的には同特別会計に損失の穴埋めという形で払い戻さざるを得ず、その際には当該キャッシュフローを賄うために国債を発行することとなり、結局は単なる国債発行時期の付け替えに終わる可能性があるわけです。特別会計から繰り入れるというのであれば、まずはそうした特別会計で経理される業務そのものの見直しをし、その結果を会計上に反映させるという手順を踏むべきです。

    そうでなければ、岩本先生が隠れ借金についてご指摘のとおり、「埋蔵金」を一般会計に回して一般会計の国債発行額を抑制するというのは、一般的に注目を浴びやすい国債発行額という指標について、いわば粉飾決算で見かけ上の改善を繕うことになってしまいます。実態が変わらないのに会計上は改善したかのように見せかけたいというのは、決して褒められたものではありませんが、現在の財務省ですらそうした路線は放棄しているというのに、ゾンビのように復活させてしまったのが肯定論者ということになるのです‐財務省的価値観というよりは、「大蔵省」的価値観とでも言えましょうか。

    井出英策「高橋財政の研究」によると、戦前から大蔵省はこの手の会計間操作で財源を捻出していたとのこと。三つ子の魂百まで、といったところでしょうか。

    いわば本件は、一般会計の国債発行額を減らすためなら何でもありの「大蔵省」vs国債発行額を材料に消費税増税を主張する「財務省」という、何とも救いのない論戦であるなぁ、とwebmasterは思わざるを得ないのです。加えて、この議論はそもそもネットベースでの政府債務にはまったく影響しないわけで、やたらとグロスの債務を強調してネットベースの議論から目を背けることとなる点においても、財務省の掌の上に乗ってしまうわけで・・・。

    add to hatena hatena.comment 1 users add to del.icio.us 0 user add to livedoor.clip 0 user

    Leave a Reply

    TrackBack URI