戦国時代の合戦の実際
どうも今年の大河ドラマは、平時の演出のおもしろさと比べて、戦闘シーンの見劣りが目立つようだ。それはなぜか。戦国有数と謳われる名将同士の激突であるのに、戦闘開始後の両将(及びその幕僚)が指揮で見せ場を作っていないからである。単なる力責め、戦略を考えない個々の武将の行動、信玄は戦場では全軍を掌握しているととても思えない。久々に登場した板垣信方もそうだったが、武田の家臣たちは、忠誠心さえ持っていれば、統一した動きになっていなくても構わないと思っているかのようだ。
直接の比較対象にはならぬが、銀河英雄伝説の戦闘シーンがすばらしいのは、双方の司令部がしっかり機能し、たとえ敗北しても最後まで一丸となって行動している場面が多いからである。ヤンもラインハルトも、戦場での指揮能力が極めて高く、また、部下の提督たちは(たとえ戦死することになっても)司令部の戦略、戦術を信じて整然と行動する。だからこその激闘になり、だからこそ個々人が輝いて見えるのである。
「死闘川中島」(@Francis Drake Briefing Room12/9付)
「直接の比較対象にはならぬ」とroi_dantonさんはお書きなので、あくまでドラマの演出についてのご指摘だとは思うのですが、「単なる力責め、戦略を考えない個々の武将の行動、信玄は戦場では全軍を掌握しているととても思えない」「武田の家臣たちは、忠誠心さえ持っていれば、統一した動きになっていなくても構わないと思っているかのようだ」というのは、合戦の実際をむしろ的確に表現しているのでは、という気がwebmasterにはします。
#webmasterは実は「風林火山」を観ていないので、偉そうなことはいえた義理ではないのですが。
当然ながら、戦国時代においては、伝令を出す以外に連絡を取る手段はなく、最前線の模様を本陣がリアルタイムで把握できるものではありません。同様に、命令を発したところで、現場に届き実行に移されるまでには相当のタイムラグが生じます。また、偵察機による状況把握もあり得ないので、ある伝令がもたらした情報はあくまで局地的なものに過ぎず、たとえば右翼が危ないという情報があっても、実はもっと左翼が危ないのであれば、右翼への予備戦力投入は命取りになりかねません。結局のところ、
- 既に変わってしまった状況、あるいは局地的な状況に基づく命令を出すリスク、
- 出た段階では適切だった命令が、届き実行されるまでの間に不適切なものとなってしまうリスク、
- 命令の到着に時間的な差や、あるいは届かない部隊があることにより、最前線の連携が乱れるリスク、
といったことを考えれば、戦闘が始まってしまった後は、本陣が主体的に出せる命令は、前進・後退といった大まかなもの(予備戦力の投入を含む)であったはずです。臨機応変の戦場機動は、侍大将クラスが現場の雰囲気に応じて行うものがほとんどであり、それ以上の単位では戦闘開始前の軍議において定まったとおりに動くことしかできなかったのではないか、というのがwebmasterの推測です。
#そもそも陣形の崩れは戦線の崩壊につながるおそれが多分にありますし、その場での戦闘や単純な前進命令に比べ、戦闘正面の転換を含む複雑な戦術機動は陣形の崩れを招く可能性が非常に高くなります。
加えて、この川中島の合戦は、その推移が大河ドラマの下敷きとなった甲陽軍鑑等の軍記物が描くとおりかどうかは措くとしても、その高い損耗率から、両軍主力がまともにぶつかり合った会戦であることは容易に想像がつきます。軍記物のとおり(武田側から見て)遭遇戦であったならば、まずは最前線の侍大将が混乱を立て直して組織的戦闘を可能とするのが精一杯であり、本陣からあれこれ言われたところで対応できるはずもありません(し、本陣もそれは十分わかっているでしょうから、余計な命令を出して混乱の種を蒔くようなこともしないでしょう)。
となれば、信玄は全体を把握できぬまま(軍記物の推移を前提とすれば)強襲部隊が戻ってくるまで持ち場を死守せよと言うしかないでしょうし、各侍大将は目前の上杉勢を押し返すのがせいぜいで全体の戦術など知ったことか、というのが実態だったのではないでしょうか。信玄の華麗なる戦闘指揮がないことこそ、きちんと時代考証がなされている可能性を示すものだとwebmasterは思うのですが。本陣の有能さを描くのであれば、むしろ戦闘開始前においてどれだけの備えをしているのか、そこの部分なのではないでしょうか。
#とはいっても、史実に忠実であろうとすれば、かえってドラマ性が弱くなることもありがちですから、ドラマの脚本・演出としては、roi_dantonさんのご指摘が当たっているとwebmasterも思います。
