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  • 12/26/2007 (11:59 pm)

    再び薬害C型肝炎問題を論ず。

    Filed under: law ::

      薬害肝炎、救済対象は裁判所が認定…法案概要固まる(読売)

     ここに至るまでの経緯についてはいろいろと思うところもあるのだけれども、軽々に発言するのは好ましくないと思料されるのでとりあえず差し控えるが、法律案の方向性について思ったことを、2点ほどメモ。

     1点目は、国の責任を明記することについて。目的規定の中で明らかにするか、あるいは(議員立法にありがちな)前文を置く形にしてそこで謳う、といったところだろうか。

     2点目は、補償対象となる被害者の認定作業を行う主体を裁判所とすることについて。当初検討したと記事にあるように、政府内に専門委員(会)を設置してその事務を行わせるというのが、発想としては素直。行政が行う給付等について、その基礎となる事実認定の部分を裁判所に行わせるというのは、これまでに類似の制度があっただろうか…。まあ、法律でそう書けばそういう制度ができるということかも知れないが、制度設計の在り方としては興味深く思われるところ。

    続・航海日誌(12/26付)

    前者については、先日それを枕に議論を展開してみましたが、そのものを論ずるとすれば、branchさんがお示しのようなあたりが適当な着地点なのでしょう。真正面から無過失の相手にまで賠償責任を認めてしまえば、先日の議論のような地獄の釜の蓋を開けてしまうことにつながります。既往の法体系の枠内で解決を図るならば、司法判断や政府の和解案によることとなりますが、

     和解協議の中で、政府は20日に、未提訴者も含めた薬害被害者を血液製剤の投与時期で限定して和解金を支払い、残る被害者には30億円を基金活用する「全員救済」方式を提案。被害者全員の「一律救済」を求める原告らは「患者の線引きだ」と反発していた。

    産経「議員立法で「一律救済」表明 薬害肝炎で首相」

    とのことで、それを蹴飛ばしたからこその現状です。

    だからといって無過失責任を前面に出すのも、既存の法体系からは明らかに受け入れ不可能といわざるを得ません(そんなことをすれば、どこまで賠償責任が広がるものやら・・・)。そうした中、前文や目的規定で責任を規定するというのは、実質的には損害賠償であるにもかかわらず法的には損害賠償ではない補償・救済を用いることにより、損害賠償の対象でない者をも法の枠内に取り込むためのいわば方便で、原告の主張とこうした法体系の枠組みがギリギリで共存可能な唯一の解ではないでしょうか。

    後者については、webmasterはあまり気にしていなかったのですが、考え始めると、branchさんのお言葉どおりなかなか興味深い論点が複数あります。さすがはbranchさん、いいところに目をつけていらっしゃいます。主体が裁判所であったとしても、裁判(訴訟)として取り扱うわけではないでしょうから、一般の訴訟法に基づく手続ではなく別の手続を考えなければならないのですが、これがなかなか悩ましくあります。

    現状、裁判でない裁判所の取り扱い事項の一般法としては、非訟事件手続法がありますが、過料など法的には軽めの事象を取り扱うもので、裁判所としてもこれに基づき判断しろといわれても困るでしょうから、おそらくは立法において白地で書いていかざるを得ないものと予想されます。では、どう書いていくか。

    訴訟の枠組みに照らして考えると、まず管轄権をどうするかが難しいところ。裁判所の対応能力を考えれば、知財高裁のように東京のみとしたいでしょうが、全国の患者に東京に出て来いというわけにもいかないでしょうし、かといって第三者委員会のように専担として地方まで出張っていくのも裁判官の負担を考えれば難しく、となれば全国各地で受け入れざる形が無難でしょう。かといって、すべての地方裁判所(まして簡易裁判所)で取り扱う体制を整備することなど不可能でしょうから、webmasterの予想としては各地の高裁管轄とするのでは、というものとなります‐原告からは不評かもしれませんが。

    次の問題は、裁判官の当事者能力です。訴訟となれば原告vs被告や検察vs被告人の対審構造がおなじみですが、認定作業において患者に対置される当事者がいるとも思えず(たとえば政府が反対尋問します、なんてスキームになるはずもなく)、原告の主張を裁判官が聞いて職権認定、という形になるでしょう。裁判官は法律のプロでしかないのですが、そんな裁判官が世のあらゆる争いごとを裁くことができるのは、前記の対審構造を前提に、両当事者がそれぞれの立場でプロの見解を集めてきて、そのいずれがもっともらしいかを判断しさえすればよいとの建前があるからこそです。第三者委員会であれば、メンバーに医者や研究者も入るでしょうから自ら職権認定をするだけの能力もあるでしょうけれども、裁判官にはまず間違いなくそんな能力はありません。このところをどうするのか。

    更なる問題として、上述のとおり裁判官に当事者能力がないとすれば、訴訟においても鑑定人を求めるように、他に専門家を求めるより他に道はありません。しかし、訴訟における鑑定人は、上記の対審構造を前提に反対尋問等でチェックされることにより、一方に偏ったものではないものとして取り扱われます。対審構造がない中で、専門家の証言の中立性・客観性をどのように担保するのか、専門家を呼ぶことで上記問題を解決するとしても、一難去ってまた一難という制度設計となります。

    これらの問題は、仮に内閣提出法案であれば内閣法制局がとことん詰めるのでしょうけれども、何せ本件は議員立法です。議員立法の中には役所が実質的な当事者として携わるものがあるにせよ、本件は経緯を考えれば役所のそうした関与は許されないでしょうから、役所がこっそり内閣法制局に相談する、というわけにも行きません。担当される議員の方は、その方が法律論に詳しければ詳しいほど、これらの問題に悩まされることでしょう・・・。

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