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(ここはbewaad institute@kasumigasekiの過去ログ倉庫です。コメント等は仕様上受付けを停止しておりませんが、こちらではご遠慮いただければ幸いです。何かございましたら、現行サイトにお願いいたします。)
2007-01-02
■ [science]webmasterへのお年玉?‐うれしい復刻
かつてwebmasterは、次のようなことを書きました。
#さて、あこがれの鹿野さん(ちなみに何度か当サイトで触れている、現代は情報量が多すぎて人は狭く深く情報を集め、社会的に共有される情報が少なくなりコミュニケーション不全が起こりがちである、というアイデアも、実はかつて鹿野さんの記事で読んだものです)にtrackbackします!
ここで紹介した鹿野さんのテキストが、なんとご自身の手により復刻(?)です。
改めて読み返してみても、深い洞察に驚きです。鹿野さんご本人はもう23年前に書いたコラムで、さすがに今読み返すとちょっと恥ずかしい
とご謙遜ですが、そこからのインスピレーションであれこれ今になってものを書いているwebmasterなど、大いに恥ずかしさを感じるべきということになってしまいます(笑)。
とまれ、まだお読みになったことがないという方々(が過半だと察しますが)には、大いにお薦めさせていただきたい、すばらしい文章だと思います。23年前に書かれたというのがまことに驚きといいますか、いくつかの名詞を入れ替えれば、今のテキストとしても高い評価に値するものでしょう。
■ [joke][politics]日本の真髄3選
山口浩さんからは天下り問題についての示唆に富むエントリをお寄せいただいているのですが、そちらへの対応を差し置いて別のネタに食いついてしまいます。
今年から、「美しい国」作りのアイデアを国民から募集するプロジェクトが始まるらしい。2006年12月31日付の讀賣新聞に出ていたのだが、「首相がイメージする『美しい国』に、具体的なイメージがわかないとの指摘も多く、コンクールなどを通じて国民から直接アイデアを募ろうという試み」だそうだ。
(略)
「日本の真髄100選」。なんともすごいタイトルだが、こういうことらしい。
着物やゲタ、初詣でやおせち料理、ひな祭りや七五三などの伝統文化や慣習が候補として想定されそうだ。「新幹線」や「省エネ」など日本が誇る技術力、日本人の美徳や謙譲の精神の具体例なども含めて広く募集したい考えだ。
ふうんなんでもいいわけね。それなら私もというわけで、100は無理だが5つぐらい考えてみた。
「「美しい国」の真髄5選」(@H-Yamaguchi.net1/1付)
山口さんがお考えになった5つの真髄が何かはリンク先をご覧いただくとして、webmasterもいろいろ考えてみました。発想の貧困ゆえに3つしか思い浮かびませんでしたが・・・。
- 裏切り
- ご恩がなければ奉公なし、何度も裏切るとはいろんな者から必要と認められ受け入れられる証として誇りでもあったはずのわが国の価値観が、支那の一思想、それも女真族に押し捲られていじけていた時代のそれを徳川幕藩体制を固めるために輸入して以来、「貞女は二夫に従わず、忠臣は二君に仕ず」などと入れ替わってしまったのは嘆かわしい限りです。現政権になってすぐに、造反組の復党を受け入れたことを見れば、きっと総理もこの価値観の復権を願っているのだとwebmasterは信じています。
- 幼児性愛
- 最近では多くの外国の陰謀が暴かれ、「美しい日本」への妨害工作の存在が明らかになっているのですが、未だ告発がなされていないのが、児童ポルノ規制による文化侵略です。わが国が世界に誇る「源氏物語」でも、光源氏が紫の上を幼少の頃から拉致監禁していたわけですが、このままでは近い将来「源氏物語」を待つのは発禁か黒塗りということになってしまいます。断固として児童ポルノ規制は拒まなければならないでしょう。
- 中身より外見重視
- 天皇家の祖である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)は、子孫の長寿より相手の美しさを選んだ結果、木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ)を娶り磐長姫(イワナガヒメ)を親元に送り返しました。皇室の存続が国民的関心事となっている現在、その祖に価値観を見習うのは急務といえましょう。竹内一郎「人は見た目が9割」が注目を集めたのもこうした集団的無意識の作為でしょうし(有識者からはそうした本ではないとの指摘がありますが)、何より目指すは「『美しい』国」なのですから。
■ [WWW][book]多くの人々にとっての2006年の本
blog上で発表されたもののほか、マスメディアをも網羅するためになるリンク集ですが、当サイトにもリンクを張っていただきました。
- 「今年の○冊」(@chirashino☆ura212/31付)
「ブロガー」にてご紹介のリンク先を一通り拝見しましたが、佐藤優「自壊する帝国」は今からでも買って読もうと思いました。
今年から、「美しい国」作りのアイデアを国民から募集するプロジェクトが始まるらしい
Hiroshi Yamaguchiさんやbewaadさんに影響されて、僕もいくつか考えてみました。 なんだかお二人よりもブラックになってしまった気もしますが。w H-Yamaguchi.net: 「美しい国」の真髄5選 日本の真髄3選 - bewaad institute@kasumigaseki(2007-01-02) 憲法九条 1948年に日
安倍首相の肝いりにより、「美しい国」作りのための具体的政策を一般国民から近々募集するらしい。 ネットでもアルファブロガーの方々が真摯なる提言を上げておられる。 「美しい国」の真髄5選(@H-Yamaguchi.net) 日本の真髄3選(bewaad institute@kasumigaseki) 日本の
政府の「美しい国づくり政策」および、経団連ビジョン「希望の国、日本」を読んでみた。 お題目としては、 ・日本の自然、...
H-Yamaguchi.net「美しい国」の真髄5選によると 2006年12月31日付の讀賣新聞に出ていたのだが、「首相がイメージする『美しい国』に、具体的なイメージがわかないとの指摘も多く、コンクールなどを通じて国民から直接アイデアを募ろ...
あけましておめでとうごさいます。
さて
>支那の一思想、それも女真族に押し捲られていじけていた時代のそれ
↑ですが、あんまし根付いていたワケでもないと思はれます。
法窓夜話:穂積重遠:七九 大儒の擬律
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/t-shinya/yowa79.html
支那の孝道:桑原 隲蔵
http://www.geocities.jp/laihama/bunsyo/kodotyu.html
まあ、日本語を話し日本に住んでいれば、ほぼ7割方「真髄」とやらは体得しているワケで、あとギャングスタイルにするか、着流しにするかは、せいぜいが趣味の問題に過ぎないでしょう。
私的「美しい国」として、「言うだけ番長」をあげておきます。
文句は言いたいけど、責任をとることはイヤ、とかもうね・・・
あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。
鹿野氏のテキストにからんでですが、ある意味「専門化・マニア化」というのは経済学の比較優位の原理からすればむしろ「効率化」を意味するのではないかと思ってしまったのですが。だから必ずしもマイナスイメージばかりでは語れないのではないかと。問題は人間の処理能力自体は変わっていない(これも厳密にはどうかわかりませんが)のに実情に合致した「狭く深く」とか「広く浅く」ではなく「広く深い」レパートリーを要求されることにあって、そこはどこかで割り切らないと当然キャパをオーバー、パンクしてしまいますよね。現代社会のオーバーワーキング気味の状況に重ね合わせてふと感じた次第です。
>truly_falseさん
武士の中でもということですし、ましてやそれ以外の階層にあっては、と考えれば、あの手の価値観が日本の伝統なんかではあるはずもないわけで。
>ゆーきさん
無責任も、唐傘連判状等に見られるように・・・。
>すなふきんさん
比較優位は貿易(取引)あってのことですから、それが滞るようですと当然ながら非効率になってしまうわけです。そこの部分を円滑にする何かが必要なのでしょう。
>裏切り
とりあえず来年の大河ドラマは小早川秀秋で決まりですね。
>kogeさん
それでは裏切りが悪いことのように描かれてしまいます(笑)。やはり裏切り・変節とは「再チャレンジ」であるとの観点(しまった、今思いついたのですが、エントリで書けばよかった(笑))からは、藤堂高虎あたりがお薦めです。
新年快樂!
流通している文字の量で情報量を評価すればそうなるでしょう。
さて、シャノンのエントロピーやコルモゴロフの複雑性として情報量を定義するとどのようなインプリケーションが出てくるでしょうか。成功しているかどうかは別として後者の意味での情報量をコントロールすることは昔から図書館情報学の目標の一つだと思いますし、多くの学問は情報量の整理を繰り返すことで「巨人」となりえたのでしょう。
参考
Google は全てを集めてはいない http://kaze.shinshomap.info/special/03/01.html
カレントアウェアネス(図書館情報学に関する最新情報) http://www.dap.ndl.go.jp/ca/
溜息: 一部で流行っている図書館の「公共性」話を見ると、この観点が公共図書館側に欠けている悪寒。
>小僧さん
確かに情報エントロピーでみれば、名目(?)情報量ほどには増えていないのは確かでしょうし、狭い分野で情報を集中して収集するのでは、限界エントロピー増分の逓減の程度も大きくなっていくでしょう。
しかしながら、少なくとも頭で咀嚼する類の情報については、目や耳といったI/Oデヴァイスの制約がエントロピーでなく名目量に依存するでしょうから、エントロピーで見れば爆発の程度は小さいというのは、あんまり救いにならないようにも思います。
昨年12/30のコメントでも書いたのですが、そうした情報に接して主体的な取捨選択を(少なくとも自らが受動的にしか関心を持たない部分については)放棄するのは合理的選択の結果であるように思いますので、如何に低コストでエントロピーの大きい情報を流し込めるかは、なんらかの技術的/ビジネス的なブレイクスルーなくしては、あまり変わりようがないようにも思うのです。