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2007-01-26

[economy][BOJ][book]齊藤誠「成長信仰の桎梏」

本書におけるゼロ金利政策・量的緩和政策に対する「積極的(すぎる)」「(途方もなく)拡張的」といった評価は、本書の論理展開に照らしても誤っているとwebmasterは考えます。以下、具体的に3つの矛盾について論じます。

まず、いかなる状態をもって「積極的」等と評するか、明示的に定義への当てはめが行われている部分はないのですが、

ここまでの議論では、金融政策の長期的な中立性を想定しながら、ヘリコプター・ドロップによって長期的な貨幣供給を行っている場合の物価水準やインフレ率の決定メカニズムを見てきた。

こうした前提で見るかぎり、1990年代半ば以降の日本銀行の貨幣供給に消極的であるという判断はなかなかできないように思える。日本銀行は、名目GDPの拡大のテンポを上回って長期国債買い切りによる貨幣供給を行ってきた。むしろ、金融政策の物価やインフレ率に対する影響力が限定的な経済環境にあって、積極的すぎる金融政策を展開してきたとさえいえる。先に述べたように、1995年以降、年率0.5%を下回る水準に翌日物オーバーナイト金利(銀行間貸借金利)を誘導してきた超低金利政策は、日本銀行の長期的な物価制御能力さえも奪ってしまったといってもよい。

p93

という記述を見る限り、「名目GDPの拡大のテンポを上回って長期国債買い切りによる貨幣供給を行っ」たことが「積極的」等に該当するものと整理されていると考えて差し支えないでしょう。そしてその含意は、積極的な金融政策の趣旨が、機動的な公開市場操作による「前向きの資金循環」から貨幣数量関係に依拠した「物価水準への積極的な働きかけ」へとその軸足を移していった(p110)ということですから、デフレ脱却を意図したマネタリーベース拡大であったと整理できます。

では、筆者の整理によれば、「貨幣数量関係に依拠した『物価水準への積極的な働きかけ』」とは、どのような形で実際に物価水準に影響を与えるとされているのでしょうか。

以上の議論をまとめると、現在の物価水準を引き上げようと思えば、現在の名目貨幣供給を引き上げるばかりでなく、拡大した名目貨幣供給をずっと維持しなければならない。実質貨幣需要の名目金利に対する感応度が高いほど、将来にわたって名目貨幣供給を高水準で維持する必要性がいっそう高まる。

(略)

以上で見てきたように、長期国債買い切りを通じた貨幣供給は、中央銀行がきわめて長期的なコミットメントを要していることになる。中央銀行は、貨幣市場に参加している人たちに対して、中央銀行は「長期国債を保有し続け、その借り換えにも応じる」と約束し、その約束をずっと守らなければならない。

pp78,79

ここに、第1の矛盾があります。先に示したとおり、著者が日銀の金融政策を「積極的」等と評するのは、あくまで「名目GDPの拡大のテンポを上回って長期国債買い切りによる貨幣供給を行っ」たことを捉えてもののですが、「現在の物価水準を引き上げようと思えば、現在の名目貨幣供給を引き上げるばかりでなく、拡大した名目貨幣供給をずっと維持しなければならない」のであるならば、「現在の名目貨幣供給を引き上げ」たことをもって「積極的」等とするのはおかしな話です。

いったん著者の評価そのものを離れ、評価基準のみを用いて実際の日銀の金融政策を見てみましょう。「拡大した名目貨幣供給をずっと維持」することのコミットメントとして、著者は「『長期国債を保有し続け、その借り換えにも応じる』と約束し、その約束をずっと守らなければならない」とありますが、そのような約束を果たして日銀はしているのでしょうか。

日銀の平成16(2004)年度決算及びそれ以前の決算においては、日本銀行が保有する長期国債のうち償還期限が到来したものについては、引続きTB(1年物)により借換え引受けを行ったほか、平成15年度中に長期国債より借換え引受けを行ったTB(1年物)のうち16年度中に償還期限が到来したものについては、売却分を除き、その全額につき現金償還を受けたと明記されています(なぜか平成17(2005)年度決算では触れられていないのですが)。

一目瞭然でしょうけれど、日銀は「『長期国債を保有し続け、その借り換えにも応じる』と約束」はしておらず、1年間だけ短期国債借換えでつないだ後に現金償還を受けると「約束」していたのです。著者の基準に照らせば、日銀は「積極的」等ではあり得なかったといわざるを得ません。「拡大した名目貨幣供給をずっと維持」することのコミットメントは借換えに限らないので、他の手法でコミットしているかを念のため確認してみましょう。

日銀は、既にご案内の向きも多いでしょうけれど、量的緩和政策の採用に当たり、これまでの「長期国債買い切りオペは銀行券に対応させる」という考え方を守り、銀行券発行残高を長期国債保有残高の上限とする明確な歯止めも用意しましたということを明らかにしました。当然ながら、この「明確な歯止め」は、将来における貨幣供給量に確固たる上限を設けるものに他なりません。

つまり、日銀は「貨幣数量関係に依拠した『物価水準への積極的な働きかけ』」をしたかどうかでいえば、全くと言っていいほどしていなかったのが実情です。目先は派手にマネタリーベース拡大をしていたとしても、それは天井に達するまでの間でしかないとコミットしていたのですから、中央銀行が長期国債買切りに当たって要されると著者が整理したコミットメントとは正反対のものです。にもかかわらず、この点に目をつぶって「積極的」等と著者が日銀の金融政策を評したこと、これが第2の矛盾です。

以上見てきたように、日銀のゼロ金利政策・量的緩和政策がデフレの克服については無力であったことは、著者の整理から明らかです。なぜそれらの政策がデフレ対策として機能しなかったのか、それは長期的なマネタリーベース拡大のコミットメントに欠けているどころか、逆にマネタリーベース拡大停止のコミットメントをしていたから、ということになるわけです。

にもかかわらず、これら政策の効果について、著者は次のように整理します。

インフレと超低金利の組み合わせで実質金利を低めに誘導しようとする金融政策については、いくつもの重要な問題が提起されてきた。たとえば、ゼロ金利環境のもとできわめて積極的に貨幣供給を拡大したのにもかかわらず、すなわち、金利面でも、貨幣供給面でも、精一杯の拡張的な政策を実施したにもかかわらず、強く望まれたインフレはまったく生じなかった。

p67

また、2001年以降、量的緩和政策の一環として日本銀行による長期国債買い切りのテンポを加速したが、通常以上の速度で買い取られた長期国債は、日本銀行がその保有を継続するとはにわかに信じられなかった。

従来、日本銀行は名目GDPが拡大するテンポに歩調を合わせて長期国債の買い切り規模を決定してきた。しかし、2001年以降の長期国債買い切りの拡大テンポは、低迷する名目GDPの推移を大きく上回った。通常のパターン以上に買い込んだ長期国債は、早晩、債券市場に売却されるであろうという観測が根強かった。日本銀行の長期的なコミットメントが市場参加者に受け入れられなかったことになる。

p81

なぜかこれらの部分では、日銀はマネタリーベース拡大の長期的コミットメントをしていたにもかかわらず、デフレ脱却ができなかったことになってしまっています。「日本銀行の長期的なコミットメントが市場参加者に受け入れられなかった」って、その理由が明らかでないのなら、著者自身のモデルにしたがって、長期的なコミットメントはそもそもなかったと結論付けるのが自然ではないでしょうか。これが第3の矛盾です。

以上に合理的な説明がなされない限り、著者は結論先にありきで現実に目をふさいだのだと評されてもしかたがないでしょう。

#蛇足ながら、量的緩和はマネタリーでなくプルーデンスだとする日銀の説明は、わかった上での議論のすり替えだとwebmasterは考えていたのですが、本書を読むうちに、本気でプルーデンスだと考えていたような気がしてきたのですが・・・。

[WWW]サーチエンジンmooterをしばらく試してみる

カネゴンさん経由ですが、軽い上に見掛けがスッキリしていていい感じです。webmasterの属人的な用法として、Googleではsiteオプションをよく使うので、それを実装してくれたなら真剣に乗換えを検討するかも。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
本石町日記 (2007-01-30 00:15)

斎藤教授の主張は、ちょっと誤解があるような印象ですね。国債買い入れそのものについては日銀自身は政策的な意味合いは持たせていないはずです。また、「貨幣供給」の貨幣がマネタリーベースの増加を意味するならば、政策目標は「当座預金残高」ではなく、それに銀行券を足した「マネタリーベース」が目標となったはず。日銀はもちろん「銀行券」は能動的に操作できない(受身)と考えているため、操作可能な「当座預金残高」にしたわけです。もっとも、それ自体の操作は日銀にはマクロ的には意味がない(期待への働きかけ、ポートフォリオリバランス効果の二つが目的=ただし効果は不明との立場)というもの。プルーデンス面の効果は後付けのご都合解釈ですが、そればっかり言っているので、いつの間にか信じるようになった、のかもしれませんね(笑)。

通行人 (2007-01-30 01:42)

NHKでGoogle番組が放映され、何を今更な「検索順位」が新しい現象のように取り上げられ、とはいえGoogleもいよいよ商売主義が見え始めた昨今、YahooからGoogleへの一斉シフトが起きた時のように新しい検索エンジンへのシフトが起きそうな予感。商売が見え隠れする検索エンジンでは、常に検索結果の妥当性を疑わなければならず、できれば使いたくないですから。
面白い検索エンジンの紹介、ありがとうございます。

bewaad (2007-01-30 08:55)

>本石町日記さん
オペの仕方については、日銀引受(財政法第5条)はダメだという理解があり、それになるべく近づかないようにという趣旨で乗り換えルールを定めているわけですから、「国債買い入れそのものについては日銀自身は政策的な意味合いは持たせていないはずです」というのは、あの乗り換えルールの下であれば、という限定付きといいますか、乗り換えルールに政策的意味合いを持たせているのだと理解しています。

マネタリーベース目標にしなかったのは、ご指摘のとおり日銀券はアンコントローラブルだからということでしょうけれど、ブレはある程度予測可能なわけですから、当預残高目標というのは、そうした建前をきちんと守る(この当たり、役人的だなぁ(笑))前提での実質的マネタリーベース目標だと認識して差し支えないのではないでしょうか。

bewaad (2007-01-30 08:56)

>通行人さん
かといって、まだサーチエンジンシェアトップがYahooだというのが日本ですから。私にはよく理由がわからないのですが・・・。


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