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2007-02-19
■ [law][politics][government]続・政府への不信感の表れ@自転車の歩道通行
#補足エントリがあります。(2/23追記)
昨日取り上げた標記の件につき、奇しくも次のようなご指摘を(事前に)いただきました。
(略)ジャーナリストの松浦晋也氏が自転車の歩道通行に関して、こんな文章を書いてますね。
正直、官僚の文章をここまで裏読みするのはやり過ぎのように思うのですが、本当にここまで注意しなければならないような罠があるのか、それともこれは一種の官僚バッシングなのか、どっちなんでしょうね?
「新省設立建白」(2/17)にいただいたBaatarismさんのコメント
昨日申し上げたとおり、webmasterは「罠がある」とはそれほど思いませんが、何でもかんでも「注意」する方が、何でもかんでも「注意」しないよりは無難なのだろう、とは考えています。したがって、このような方がいらっしゃることについては、個人的には潜在的当事者として色々思うところはあれど(笑)、社会にとっては有用なのだろうとも考えています。
同時に、このような警戒心がどのように生まれるのかは、もちろん職業上の利害関係込みではありますが、興味深いことです。webmasterの管見では、想像力の不足から起こるのではないか、ということになります。昨日ご紹介のJSFさんの表現をお借りするならば陰謀論者ということになりますが、世に隠されたけしからんたくらみを暴いたと自認するほどの想像力があるのですから皮肉なことではあります。
ここで想像力の不足と申し上げるのには、2つの意味があります。
- 世に自らの主張と食い違う意見を唱える一般人がいることに思いが至らない想像力の不足
- 政府が悪巧みをしているという類型的な勧善懲悪的世界観の妥当性を疑わない想像力の不足
実際のところは同じことの表裏ではないかともwebmasterは思うのですが、自らの主張とは異なる主張が力を持つ場合に、そうした主張を支持する者が相当数いるということに気づかず、あるいはうすうす気づいても目をそむけ、政府その他の悪辣な者どもがけしからぬ何がしかを企んでいるに違いない、という理解になっているのではないでしょうか。本件について申し上げれば、そうした思考の影が次の一連の流れによく表れているといえるでしょう。
官僚は文書の作成を仕事としており、文書作成のプロだ。彼らは、文書の文言を操作することで行政を動かしている。そのことを軽く見るべきではない。
プロの文書である以上、官庁の文書はその一言一句に至るまでに意味を持たせている。それを読みとれるかどうかは、国政を左右する重大問題なのである。
ここまでを理解した上で、「提言」の本文を読もう。関係する部分は17ページ以降の「第4 自転車の通行空間・通行方法の在り方について」という章である。すると、だ。
自転車は、現行道路交通法でも規定されているように、車両の一種であり、その走行性能を発揮し、通行の安全性とともに迅速性・快適性を確保するためには、その通行空間は、専用の通行空間である自転車道か、又は車道に求められるべきである。このような考え方は、諸外国においても例外がなく(資料6)、ルールはクリア・シンプルであることが望ましいことからすれば、自転車の通行空間は(自転車道が整備されている場合は別として)車道に一本化すべきという考え方もあり得る。
しかしながら、我が国における自転車利用の多様性、とりわけ、子供や高齢者の利用、主婦等による買い物や子供の送迎目的の利用等身近な生活における移動手段として自転車が幅広く利用されており、これらの利用主体又は利用目的においては、自転車に車両としての迅速性等の機能を求めていない場合も多いことを考慮する必要がある。
「原則は車道歩行で、国際的にも車道一本化だ。でも日本では自転車に迅速性は求められていない」という、ねじれた論理を展開している。道路環境が悪いから、多くの自転車ユーザーは自転車に迅速性を求めるのを諦めているというのが正しい理解だろう。
(略)
警察庁の事情がなにかは、知らない。天下りの椅子の誘惑かも知れないし、有力議員のごり押しかも知れないし、そのほかになにかあるのかも知れない。
今回はっきりしているのは、その無理筋の改正案に対して、疋田氏の運動により反対のパブリックコメントが殺到し、警察庁が態度を変えざるを得なかったということである。
「迅速性等の機能を求めていない場合も多い」を「迅速性は求められていない」と乱暴に言い換えるのもいかがかと思いますが、それはさておき、松浦さんの世界観においては「多くの自転車ユーザーは自転車に迅速性を求めるのを諦めている」ことは自明なので、迅速性を求めていないユーザがいるというのは無理な理屈だということになります(だからこそ、天下りとか有力議員といった「悪役」が出てこないと納得できないのでしょう)。でも、本当にそうでしょうか。遅い方がうれしいなんてことはないという意味では迅速性を求めてはいるのでしょうけれど、それを超えるものではないはずです。
アンケート調査をしたわけではありませんが、いわゆるママチャリを使うような人々にとって、なぜ歩道を通行するかと聞けば、安全だから(逆に言えば、車道は危ないから使わない)という理由が過半でしょう‐ここでの安全・危険の評価とは、身も蓋もない言い方をすれば自動車と歩行者とではぶつかったときの自転車の乗り手にとってのものに過ぎない身勝手なものではあるのですが。そしていくら身勝手なものであれ、それが多数派を占めるのであれば、正当なものとして扱われるのが民主政というもの。
結局のところ、警察がそのような政策を選ぶのは、そのような社会情勢の反映なのです。本件に限った話ではなく、世間的に評判が悪い諸々の政府の判断‐最近の例でいえば公共事業にせよ、グレーゾーン金利にせよ(これについては結局は世間受けのいい結論にはなりましたが)、共謀罪にせよ‐について、なぜそのようなものが採用されるのかといえば、それを必要とする何らかの者がいるということに他ならないのです。
言い換えれば、陰謀でも想定しなければ理解し難いような政府の振る舞いがあった際には、その向こうにいるであろう、自らと同様に政府に対してあれこれと要望を突きつけている者を想像することが、理解への近道であったりもするわけです。Imagine all the people sharing all the world without sharing sympathy...
霞が関のすごさはすり合わせ技術にあり、とは以前書いたことがありますが、裏を返せばその手のスキルに希少価値があるということでもあります。すり合わせをするには利害関係者を漏れなく認識し、その意図を把握する必要がありますが、そういう観点で物事を見る訓練がなされる立場はそれほど多くないのかもしれません。が、そのような見方を想像するのが、松浦さんの公文書解釈よりも役に立つのでは、という気がします。
#ただし、以上は霞が関住人のミスディレクションかもしれませんので、軽々には信じてはなりませんよ。官僚の文章は常識で解釈してはならないそうですから(笑)。
法改正反対運動における扇動・デマゴーグ : 週刊オブイェクト http://obiekt.seesaa.net/article/33785819.html 松浦晋也のL/D: 公文書を読む http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2007/02/post_209a.html 続・政府への不信感の表れ@自転車の歩道通行 http://bewaad.com/20070219...
なるほど、確かに政府が自分の利害に反する政策を行う場合、国民の中にそういう政策を支持する勢力がいるはずですよね。
あと、松浦氏の意見で一つ疑問があるのですが、パブリックコメントで警察庁が態度を変えざるを得なかったと言ってますが、そこまで官僚を疑うのであれば、その態度変更の裏も読んだ方が良いのではないかという気がします。どうもあの部分だけ妙にナイーブなのが気になるんですよね。そんなことでは、常識が通用しない官僚の言葉や文章に対処できないと思うのですが。w
ママチャリでなぜ歩道を使うかという部分で、身勝手だという意見に反応してみます。本題でないことは百も承知ですが。
ママチャリが歩道を通るのは、歩道でチャリと歩行者が事故を起こしても、人が死ぬことは(可能性ゼロではないにしろ)まずありませんが、自動車が絡むと人が死ぬ可能性がありますよね。自転車を引いた場合だけではなく、車のドライバーが危険を回避しようとして壁に激突した場合には、ドライバーも危険です。
そう考えると、ママチャリは歩道を走るほうが、合理的なような気がします。歩道は歩行者優先っていうのは分からないでもないですが、なんか自転車通すくらいいいじゃんって思うのは、私だけでしょうか?
私も、当たり前ですが、歩行者にもなります。別にチャリが歩道走っていたって、何も思わないですけどねえ。
まあ、騒音や排気ガスが出ない、スペースをあまりとらない、運動不足を解消できる、などの車に比べたチャリのよさももっと官僚(もちろんwebmasterさんではなく)の方々にアピールしてもらえるとうれしいです。
本題からずれたコメントで大変失礼しました。
まぁ自転車の件に関しては、時速50k/hで自動車を追い抜きながら走っていた自転車を後ろからパトカーの警笛でびびらされて、「歩道を走れ」と言われたおいらが来ましたよ。おかげで、おまわりさんにぶち切れしましたけどね。
自転車の歩道走行については、自転車が歩行者を避けさせるような行動(チャリチャリさせるとか)や無理な追い越しをしたり、ぶつかってもそのまま逃げていく、といった行為がなくならない限り駄目ですな。
すりあわせもいいけど、実際の運用上の問題点を洗い出して、抜本的対策を考えないと(もちろんやってるでしょうけど)駄目。今の自転車通行可のほどうも、とりあえず、暫定措置という感じがするので、そのうえでやっちゃうのは無理だと思います。
国立駅から自転車道整備済みで「自転車通行不可」の歩道通って一橋大学まで歩くと、なんかしなきゃいけないんじゃないの?という気分になるなぁ。10秒に一回くらい「自転車が歩行者を避けさせるような行動(チャリチャリさせるとか)や無理な追い越しをしたり、ぶつかってもそのまま逃げていく、といった行為」を体験できる場所です。
その一方で、自転車歩道通行可の歩道の基準てすごくいい加減だよね。そもそも歩行者が車道に出ずに通るのも無理なのに指定されていて笑えたりする。
で、どういう道路にして行くかは大事だけれど、実はそれは警察の仕事ではないので、道路が変わる前にまず変わるのは警察マターの「事故が起きた時の民事刑事の責任の配分」からでしょう。
歩行者の通行方法が変わった事で、違法駐車車両のすきまの横断歩道をわたった小学生が普通自動車にひかれて小学生が事故の第一当事者(横断禁止場所の横断が事故の主因)なんて記録も出てきてます。
懇談会の提言を読みましたが、この件では「法と実態との乖離」をどうするかというのが一つの論点になっていたのだと思います。
・自転車は車両である
・車道を走らなきゃだめ
だけど現実は歩道を走るのが常態となっている。
(=利用者のほとんどが法律違反=違法な実態がなしくずし放置はよろしくない・・・というそのものの議論は提言では行われてはいないですけど)
自転車は車両だよ、の原理原則が曖昧かつゆるゆるになっているせいで歩道での自転車マナーは悪化して事故も増える。
・なら原則徹底して全て車道走らせるand違反者は犯罪者として処罰するか
→不可能(自転車の性能も、利用層も、利用形態も様々。ママチャリからレーサーまで、子供から年寄りまで)
・自転車専用道路作るか
→無理
・歩道走らせるか(※ツーキニスト氏による[根拠なき]推論)
→論外
といったことで、車道走行の原則は維持しつつ実態とかけ離れすぎないあたりに(ひとまず)落ち着けたということでしょうか。運用の現場でブレが生じうるとかはどんな法規でも同じことですから過剰反応してもしょうがないし。
単に、東京は人が多すぎなんじゃないかなと。行政サービスとかは効率よいかも知れないけど、住んでいる人にとって住みやすい街となっているのかは別の話だと思います。まあ、田舎も田舎で問題は色々ありますが。なんつーか、最適な集積度みたいなのが上から下から挟み込む条件で決まるんじゃないかなぁ。
迅速性を求めない自転車乗りかつ霞ヶ関の住人です。松浦氏、ここまで想像力を働かせるならぜひ「警察庁の事情」まで推察して欲しかったところです。
仮に「有力議員のごり押し」だったとしても、議員がかかる行動を採るには、それを支持する有権者がいるということじゃないでしょうかね?
歩道通行「可」の現状でも、ロードレーサ乗りは歩道を走るよう指導された経験を少なからず持つ。元ロード乗りとしては、歩道を走るよう指示できるという法案には敏感に反応しますね、やはり。運用のブレによる不利益をこうむらないように前もって動くのは正しいと思う。松浦氏・疋田氏の動き方が効果的かどうかは別として。
>Baatarismさん
確かに、パブリックコメントでの対応についても、「あれは見せかけの妥協だ、だまされちゃいかん!」となってしかるべきですよねぇ(笑)。
>自転車通勤族さん
>本題でないことは百も承知ですが。
>なんか自転車通すくらいいいじゃんって思うのは、私だけでしょうか?
そうお考えになる人々は少なからずいる、というのがこのエントリの本題ですから、本題でないこともなければ、自転車通勤族さんだけでもないと思います。
>つばめレディさん
ほとんどirさんと同じになってしまいますが・・・。
抜本的対策となると、歩道ならぬ自転車道を相当程度整備するということになり、現実的に採り得ないのではないかと思います。他方で駄目といってもやる人間が相当数いるのもまた事実で、じゃあ片っ端からそれらを警察が取り締まるかといえば、それも非現実的でしょう。となると、せめて歩道を走る際にはかくかくしかじか、というような形にならざるを得ないと個人的には思います。
>kumakuma1967さん
重箱の隅ではありますが、
>警察マターの「事故が起きた時の民事刑事の責任の配分」
は司法マターであって、判例に基づかずに勝手に警察が判断することは難しいのではないかと思います。
>irさん
おっしゃるとおりといいますか、的確なまとめをいただきありがとうございました。
>通行人さん
都心はそれほど自転車はおおくありません。郊外の方がはるかに多いと思います。
>Satsukiさん
きっとその「有力議員」には、道路塗装業界から献金を受けているとか、そんな背景事情があるのでしょう(笑)。
>nobo_yさん
ロードレーサーにとって不本意になりかねないものであることは否定するものではありません。しかし、これだけ(とりわけJSFさんのエントリ及びそれへのコメントに顕著なように)反発が強いというのは、おっしゃるような運動論としての見直しが必要であるように思います。
お久しぶりです。この話題にbewaadさんや大屋助教授まで参加してくるとは、ちょっと驚きました。
http://alicia.zive.net/weblog/t-ohya/archives/000397.html
>・bewaad氏の議論との関係について言うと、権力が監視され続けるのは正しいという点には同意するけど、その際に健全な疑念とそうでないものがあるよね、という指摘が一つ。それと、「行政府はあまり変なことはしません」と中の人であるらしいbewaad氏としては言いにくいだろうし、言っても信用されんだろうし、言わない方がいいので、それは私が言った。
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私も大屋さんの意見と近いですね。
で、私の主張の要点はこんな感じです。
・運動は構わないがデマを流すな
これだけ。私自身ロードバイク乗りですから、法案反対派が懸念する理由は理解できます。私はその上で、この法案は私には何の脅威にもならないと判断しました。人権擁護法案の時も、同様の判断を行いました。
だから今回も人権擁護法のときと同じように反応してみました。
私が心配なのは松浦氏です。疋田氏のようなTV業界人が陰謀論に走るのは、そりゃありがちな光景でしょう。でも松浦氏はサイエンスライターなわけで・・・私の知り合いのライターにもこの件について聞いてみましたが、やはり心配されていました。
◆ bewaad (2007-02-20 06:40)さん
http://www.bewaad.com/20070219.html#c11
>抜本的対策となると、歩道ならぬ自転車道を相当程度整備するということになり、現実的に採り得ないのではないかと思います。
レーンをきっちり分けて、歩道と車道の間に自転車の通行帯を設けるのが理想ですけどねぇ。私の場合、ママチャリとしては速めの速度を出しているので危なくてうかつに歩道は走れないし、それでも車並みというか原付ほどの速度を出すほどの馬力(人力?(^_^;))はないという意味では車道も安全ではないし。
※速度が欲しければ車を使え、という意見は却下。
ちょっとした団地から駅ないし商店街まで自転車専用レーンを整備するだけでもだいぶ違ってくる(対歩行者・対車とも事故が減る)と思うのですが。
一部センターラインのような浅いデコボコで自転車通行帯と車用通行帯を区切れば、双方に危険が少なく、かつ低コストで(自転車と自動車双方の)運転者に注意を喚起できると思うのですが…。
同級生に強力な自転車運動家がいるんですが、彼から欧州での話を聞いて逆にこりゃ日本じゃ無理だと思いました。
まず都会ではそんな土地はないし、仮に自動車を追い出せたとしても自転車にも乗れない「交通弱者」のことを考えればその分のスペースは公共交通で埋まるでしょう。それに、走る場所よりも止める場所のほうがむしろ致命的なような気が…。ベビーカーとか並みに折りたためて(かつ現在の速力と積載量を維持し)店や電車の中にでも持ち込めるくらいのものが出ないと厳しいでしょう。
じゃあ人口密度の低い郊外や地方都市ならば可能かというと、こちらもアップダウンがきつすぎて無理なんですよね。こちらは電動自転車のコストダウンで解決できるとは思いますが。
松浦氏が言及している警察庁の提言には官僚のすり合わせ技術が使われていると見ていいんでしょうか?
お上に対してはまず疑いの目を持って見るというのが健全なんでしょうが、今度はどこまで疑うのかが問題になるでしょう。コストというか、疑い出せばきりがないわけで。そっち踏み込んじゃったらなかなか帰って来れません的領域がありますよね、ようこそ電波さんワールドへ、みたいな。それこそ松浦氏は「確証はないけど確かな内通者がいたと思われる」なんて言い出してしまいました(当該エントリーのコメント欄参照)。
>JSFさん
こちらこそご無沙汰しております。
デマのない、大屋先生のお言葉を借りれば健全な疑念による監視がベターであるということには、なんら異論はありません。その上で、不健全な疑念による監視の世界と、監視がない世界という両極を考えた場合には、まだ前者がましなのだろうな、という不毛な(笑)議論をさせていただきました。最初はその「健全さ」っぷりに、立場上当事者足り得ることもありうれしさ先行で書き始めたのですが、いろいろ考えていくうちにそのような結論になったものです。
>BUNTENさん
道路特定財源を一般財源化する替わりに、自転車重量税でも新設して特定財源化しますか(笑)。
>kogeさん
>ベビーカーとか並みに折りたためて(かつ現在の速力と積載量を維持し)店や電車の中にでも持ち込めるくらいのものが出ないと厳しいでしょう。
カーボンやチタンをふんだんに使えば可能でしょうけれど、そうすると価格が・・・。
>うしさん
そう考えています。
>irさん
そのあたり、民主政下においてどれだけ自分の意見が反映されるのかについての合理的判断の結果(個々人の意見などほとんど反映される可能性はない)でもありましょうし、それをあたかも繁栄させているがごとく感じさせたところに、小泉前総理の人気の秘密の一端があったのだと思います。
◆ bewaad (2007-02-21 04:09)さん
http://bewaad.com/20070219.html#c24
>自転車重量税
自転車の重さの実効値から言ってそれは体重込みでしょうねぇ。
こらいかん、減量せねば。(^_^;)
>BUNTENさん
乗率(掛け目)を変えるんだと思いますよ(笑)。
松浦晋也氏のブログのコメント欄では、bewaadさんが2/18と2/19で主張を変えたという話が出てるようですね。
僕には別にbewaadさんが主張を変えたようには見えず、同じ話題に関連した別の話をしてるだけだと思うのですが、どうしてそう取ったんでしょうね。
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2007/02/post_209a.html#comments
>Baatarismさん
断りもせずに前言撤回したかのように受け止められるのは極めて不本意ですので、本日(2/23)付で補足いたしました。情報提供ありがとうございました。
あぁ、コメントを書く暇が無いうちに面白い話が...
それはさておき。疋田さんの場合は「自転車活用推進研究会(国会の私的諮問機関)」に於いて昔から色々と自転車を車道通行禁止したいという主張とそれに沿った事務方の仕込みをさんざ耳に入るようなので、その「深読み」はある程度の根拠があるのだと思います。
kumakuma1967 さん >
> 自転車歩道通行可の歩道の基準てすごくいい加減
ここ 30 年でどんどん緩くなっています。
1970 「歩行者の安全が確保され、かつ、自動車交通量が多いため、自転車の車道通行が危険と認められる区間、例えば幅が 3m 未満の歩道では、歩行者と自転車の交通量が閑散であること」
1999 から現在? 「1 普通自転車歩道通行可は、原則として 次のいずれにも該当する歩道 とすること。
(1) 1 歩行者の通行及び沿道の状況から 、歩行者の通行に支障がないと認められる歩道
(2) 2 勾配の急な歩道 (縦断勾配がおおむね10パーセント以上の道路) 以外で、自転車の通行に危険がないと認められる歩道
(3) 3 原則として歩道幅員が2m 以上あること。ただし 、橋梁、高架の道路、トンネル内等で特に必要がある場合には1.5mとすることができる。」
蛇足
このあたりの話をする人は、とりあえず国会図書館の「自転車施策の課題」は読んでおいて欲しい気も。
#html 版は http://www.geocities.co.jp/NatureLand/2091/policy/reference/
また、この件については、私も歩行者との事故や交差点の事故のデータからしてもあまり合理的な規制じゃないよ『データ! データ! データ!』な感じのパブリックコメントを出しますた。
>小僧さん
疋田さんの話題なのに、小僧さんがいらっしゃらないのは寂しいと思っていたところです(笑)。
自動車の制限測度と一緒で、おそらく自転車の車道原則も、「遵法闘争」をすればかなりの混乱が生じるであろうという意味で、無理が通って道理が引っ込んでいる状態なのだと理解しています。警察官僚の頭の中を想像するに、「そりゃ理想はそうだけど、じゃあ現実をなんとかする方策を考えてくれよ」ということではないかと。
koge さん >
> 彼から欧州での話を聞いて逆にこりゃ日本じゃ無理だと思いました。
「美しい話」が好きな人は「美しい話」しか持ってこないので、実装のハードルがさらに高いと感じることは多いのではないでしょうか。ヨーロッパの人も自動車は好きです。
bewaad さん >
> 「そりゃ理想はそうだけど、じゃあ現実をなんとかする方策を考えてくれよ」
同感です。さらには疋田氏(というよりも件のページの常連さん)に私が感じる違和感のひとつはそこです。ですからパブリックコメントにはいくつかの例をあげた上でデータと工学的知見に則った施策を付属研究機関で研究しると書いておきました。 「みらいこくど関東」 http://www.ktr.mlit.go.jp/kyoku/magazine/1_digest/backno/200702.pdf にもあるように交通秩序の構築は地道に悪い場所を潰していくしかないと思うので。
#それらの対策も大型ショッピングセンターが一つできただけでふっ飛ぶものは悲しいものがありますが。
>小僧さん
秩序だった交通というのは外部性の極みというか、フリーライドのインセンティヴが大きいでしょうから、なかなか難しいですよねぇ。
それでも Federal Highway Administration http://safety.fhwa.dot.gov/ に書かれているように、できることはたくさんあるんです。と強気に書いてみます。残念なことにも(教習所教官の場合でさえも)俺テクニックに収斂してしまうためか、和書ではこのレベルの文書は存在しない所が辛いところです。また、パブリックコメントを書いた時は気が付かなかったのが悔やまれるところです。
>小僧さん
ほとんど外部性のないはずの自転車乗車時のヘルメット着用でさえも、という状況ですから(海外だと、たいていヘルメットはきちんと着用していますよね?)。まあ自分も着用していないので、偉そうなことはいえませんが。