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2007-02-25
■ [media][history][comic][book]ホイチョイ・プロダクションズ「気まぐれコンセプトクロニクル」
ビッグコミックスピリッツでの連載をまとめたものですけれども、時々の世相風俗+広告業界の流行り廃りを4コマで表したに過ぎないものが、これだけ積み重なるとそれだけで価値が出てくるといえるでしょう。テレビや新聞ではあまり振り返られることのない時代の側面が描かれているのを見れば、当時を知っている人間からすれば懐かしさをくすぐられるでしょうし、知らない人間からすれば、例えばバブルとはどういう時代だったのか、単に株価や地価が高かったという知識からは得られない臨場感を味わうことができるでしょう。
そうした過去の記録として、おそらくは著者陣の意図とは異なって感慨深いのは、本書の80年代で描かれる風俗は、得てして消費のピークが93年前後であることです。教科書的に記すのであれば次のWikipediaのようになるのでしょうけれど、それが具体的にどういう事象の集合を指しているのか、その一部でしかないのは致し方ないにせよ、本書はこれ以上なく実感させる材料を与えてくれます。
「バブルの崩壊」は、あるとき一瞬にして起きた現象ではない。グラフ(各種指標)はある瞬間に最大値を取り、理論上、そこでバブル崩壊が始まったわけだが、それは始まりに過ぎない。バブル崩壊は、開始から数年間をかけて徐々に生じた過渡的現象である。現象の進行は地域や指標の取り方によっても異なり、例えばマンションの平均分譲価格を見ても、東京と大阪ではピークに約一年の差がある。東京でバブルが崩壊したとき、大阪ではまた崩壊していなかった、とも言える。俗に「バブルが弾けた」というが、あたかも風船やシャボン玉がある瞬間に破裂したかのようなニュアンスのあるこの表現は、誤解を招く。
数値的に確認できる「バブルの崩壊」と、体感的な「バブルの崩壊」にも最大で数年程度のずれがある。データ上、バブルの崩壊は1991年10月ごろ始まったが、必ずしも誰もが直ちにそれを体感したわけではない。バブルの崩壊を経済学的現象ではなく社会現象ととらえるとき目安となる時期は1993年ごろであり、それまでは(事実としてバブル崩壊が始まっていたにもかかわらず)それを認識できずに楽観的でいたり、そうでなくても、まだ持ち直すかもしれないと期待していた人も多かっただろう。
しかしさすがはホイチョイというべきか、内容を離れて本書の存在自体がネタとして通用するわけです。ひとつには、本書がこのタイミングで出版されるのは当然ながら「バブルへGO!!〜タイムマシンはドラム式〜」の封切りを念頭に置いたものであること。簡単に思いつくものとしても、単純な露出増を狙ったメディアミックス展開に留まらず、原案(pp867-875)の出版という意味もあるわけで、業界のプロとして20年以上の仕込をどうこの機会に活用しようとしているのか、裏読みをはじめるといろいろ勘ぐってしまうという楽しみがあります。
また、本書に掲載されている期間は22年(1984〜2006年)に及ぶわけですが、その間に絵柄がほとんど変わっていないことが確認できるのも、それ自体が本書の性格を物語っているといえましょう。通常の漫画家であれば、20年以上も連載していれば、絵がうまくなってしまって絵柄が変わってしまうのは不可避でしょう。もっとうまく描けるようになったのに、あえてそう描かないことを選択できる漫画家は、あまり想像できません。
にもかかわらず、本書ではその選択が行われています。本当にうまくなっていないという可能性もあるのでしょうけれど(笑)、素直に考えるなら、マンガであることはメディア(媒体)選択の結果であって、どのようなメディアであるかを変えるのは、あくまで意図を持った判断の結果でしかあり得ないということなのでしょう。漫画家の作家性ではなく、メディアとしての在り様から絵柄が決められ、だからこそうまくなったからなんていう理由でそれを変えることはないのだ、というメタ的なメッセージを読みとるのは、読者の勝手な思い込みというわけでもないといえるのではないでしょうか。
最後に脱線ですが、先に紹介した「バブルへGO!!」について、馬場康夫監督が次のように語っています。
若者が資本主義に乗っかったときに、企業もそこからお金を得るシステムを作りました。新しい遊園地がどんどんできて、90年代後半までそんなトレンドが続いた。
そのころの若者は車も持っていて元気が良くて、ある意味高感度だった。その時代は刺激的だったでしょ、今と違って。
でもあのバブル時点と現代では、学生のバイト時間はそんなに変わっていない。なのになんで豊かさを感じないの、と考えると、お金を回せばなんとかなるんじゃないかって思います。
まじめな話をすれば、映画の冒頭シーンで米連邦準備理事会(FRB)の前議長、グリーンスパンの言葉が出てきます。あの言葉に象徴されているのですが、「バブルは崩壊して初めてバブルとわかる」。ならば、崩壊させなければバブルじゃないよ、という意味ですね。
米国ではITバブル、住宅バブルなどいろいろあったけど、グリーンスパンは絶妙な舵取りで、景気を膨らましては引き締めて決してバブルを弾けさせなかった。
一方、日本では日銀の三重野総裁がちょっと過激なことをやって、マスコミも「土地はだれのもの」とか、そんなに土地が上がってどうするのか、とかネガティブなイメージで捉えていた。で、結局、グリーンスパンのようにうまく着地できずに、バブルを弾けさせてしまいました。
映画『バブルへGO!!』馬場康夫監督に聞く――「いざなぎ」越え、実感ないのは……(2007/02/16)(1/2)
次期日銀総裁には是非馬場さんを(笑)。
近所のシネコンで、初日。入りは普通。以下ネタばれありw おススメ 「バブルへGO!!タイムマシンはドラム式」オリジナル・サウンドトラック アーティスト: サントラ, 本間勇輔 出版社/メーカー: ソニーミュージックエンタテインメント 発売日: 2007/02/07 メディア: CD
>「バブルは崩壊して初めてバブルとわかる」
金利の調整と口先介入でつぶせるのはバブルかもしれないけれど、金融の規制や税制まで持ち出して、コーゾーカイカクのハンマーでぶっ叩いて潰れたのだから、「潰れた部分のほとんどはバブルではなかった」のかもしれません。日本ではわかる機会がなかったのかも。
口先と金利でバブルを潰したのがグリーンスパン(そして潰れた所をどうするかをやっていた米国政府)、消費税、地価税、取引規制と構造を改革して好景気をたたきまくった日本.....太平洋は広く、深いですね。
>馬場康夫監督
うーん、この人ただものではない。w
私もバブル期の雰囲気を身を持って知っている世代ですが、個人的には当時の方が余程「健全」な世の中に思えます。ある種の人たちとは「健全」の定義が違うんでしょうけど。バブル期には庶民もそこそこ潤ってたことを忘れて、「誰かけしからん奴」が暴利を貪るから俺たちがわりを食うんだ、という言説が一人歩き、結果自分で自分の首を絞めるという構図ですか。歴史的には繰返されてるようですが・・・。
相変わらず苺のバカが馬鹿馬鹿しいことを言っている
米国と日本では市場の質が違う
間接金融でやってきた田舎の有力y者連中が人類史上最大の融資拡大をやったのが日本のバブルだ
うまくやれば100年は続いたかも知れない日本の黄金時代を食いつぶしたのがバブルだ
あれは大蔵省が税収のために資産拡大を許した痴呆的政策ミスだ
大蔵省に会計をやっている人間がいてバランスシートを読めればあんな馬鹿なことはしない
ここだけMOF批判してるので、張り込んではいるのですが、確か、大蔵省は6月から12月までが忙しく、それ以外は海外に研修に行っているとか。。予算編成、つまり予算の振り分けが仕事なわけで名目こそが必要なのです。(笑)恐らく盗聴機械で囲まれているので、書類の確認はシビアになるでしょうが。なんでも福祉建設費に引っ掛ける地方も杜撰もいいとこですね。BBSの報道で右翼の90パーセントが北朝鮮人だというReportがありました。日本の右翼こそ特殊工作員で、テレビ的でっちあげではないかと考えています。
警察、軍隊への過剰な予算配分、並びに次に投入が予想される総会屋。対立こそが政治の原動力だというマルクス思想の社会主義的な価値観を国民はもっていないはずです。監視国家の共産党が選挙に勝てるというなら話は別ですがね。
恥ずかしながらようやくバブルへGO!を観てきますたw
筋は外資禿鷹と財務官僚の陰謀というアレな話ではあったので
失望(とはいえリアルでノーパンのオッサンの一人がなんとかいう
ファンドに「天下りw」してるのを目撃したので丸で嘘といえずw)
だが、ワンレンボディコンとブルックシールズ眉毛には泣けた。
なつかしすぎ。
ああ、苺の馬鹿って俺?苺ってなんですか?
日米の市場は全く違うというのはまさにその通りですね。
>人類史上最大の融資拡大をやったのが日本のバブル
用語の定義の問題ですが....急速にぱちんとはじけるような部分をバブルと呼んでます。当方馬鹿ゆえ、きちんとした定義を示している場所があればご教示いただければ死ぬ前に少しだけ馬鹿がなおるかもしれません。
仮にバブルを製造しているのが洗濯機だとしたら、(できれば泡を吹き出す前に)対処を要するモノだという主張はもっともだと思います。しかし、バブルを潰す事と、洗濯機を潰す事は全く別の事なんだと思いますが........
>kumakuma1967さん
GDPでいえば1〜2%ポイントほど強気な見通しであるだけで合理的な価格形成だったと正当化可能であることは、もっと知られてよいのでしょう>バブル。浮かれた空気を敵視して設備投資から消費から何から何まで潰してしまったことの重大さをもっと知るべきと考えればよいのか、それとも倫理観とはそれほどのコストを支払ってなお見合うほどに多くの人々にとって意義深いものなのか、正直申し上げて私にはどちらかよくわかりません。
>すなふきんさん
当時において敵視するのは理解できないでもないですが、今なお嫌悪感が残っているのはいかがなものかと思います。認知的不協和回避のためではあるのでしょうけれど。
>PKさん
バブルつぶしの最大の原動力は地価への関心でしょうけれど、地価というミクロ問題にマクロ政策を割り当てたのが問題でしょう。地価暴騰はマネーサプライの高い伸びを放置したことが必要条件ではあったでしょうけれど、ミクロのゆがみがなければあんなことにはならなかったと考えています。
>銅鑼さま
実は私は観ていないのですが、それは残念ですねぇ。引用した馬場監督の発言を見れば、てっきり日銀を名指しで戦犯扱いしてくれるものだとばっかり(笑)。
近々見に行きます。楽しみだなー
バブル当時と現在のどちらがよいか、と問われれば、当然
『あの時代』で決まりですね。
地価高騰で庶民には家が持てなくても、なんだかんだいってもみんな楽しく暮らせていたのではないでしょうか。
バブルが再来してくれれば現在の経済状況はすべて解決すると思うのですが。
「バブル」っていう言葉には、「Go!!」の最初に出た(そしてここ
で何度も繰り返している)「終わって見なきゃわからない(非常な
景気の高揚)括弧内銅鑼」という意味だけではなく、それに伴って
生じた多くの経済犯罪(銀行などの粉飾やスレスレから大手金融機
関への闇勢力の浸透そして地上げ屋ダンプが民家に突っ込んだり、
放火したり、店先に糞尿まいたり)といったもの、さらには金融ば
かりか製造業でも蔓延した異常な自己満足と慢心といったこともあ
るのを忘れてはいけません。
前者については地方公務員殿の言われるとおりですが、制度的な不
備によって引き起こされた後者の問題は、それ自体としては決して
軽視できないものです。
ヘンテコリンな倫理観でマクロ経済政策を左右することには断固と
して反対すべきですが、だからといって後者をも許容しているかの
ように思われてしまうと、非常に危険です。老婆心ながらこの点は
強調しておきたいと思います。