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  • 01/03/2008 (11:59 pm)

    駅伝の過酷さとそれを理解しない主催者

    Filed under: sports ::

     3日に終了した第84回東京箱根間往復大学駅伝競走で、大会史上初めて3校が途中棄権する結果になった。前日の往路5区で順大、この日の復路では9区で大東大、10区でも東海大の選手が走行不能に陥った。

     大会会長でもある関東学連の青葉昌幸会長は「情けない。すべての駅伝の教科書のようになっている大会。大学で指導、勉強してほしい。(指導者は)選手を見詰め鍛えてほしい。速い選手はいるが強い選手はいなくなった」と各校の指導法を批判した。大会運営委員を務める神奈川大の大後栄治監督は「今後、給水の回数や中身などについて対策会議を開いて検討する」とした上で、「箱根駅伝は(注目の大会として)象徴化され選手の心的状態は尋常ではない。過保護にし過ぎてもいけないと思うが、そういう精神面も指導していかなければ」と指摘した。

    sportsnavi(時事通信)「史上初、3校途中棄権=指導法などに批判も−箱根駅伝」

    各大学の指導方法にも改善の余地はあるのでしょうけれども、「情けない」とのコメントを発する主催者のほうがよほど情けないといいますか、改善の余地があるでしょう。「速い選手はいるが強い選手はいなくなった」って、かつてと同じタイムでよいならばほとんどの選手が「強い選手」足り得るわけで、スピード追求のために冗長性をそぎ落とす中で強さがなくなったのになにを言っているのやら。

    箱根駅伝が「すべての駅伝の教科書のようになっている」とまで言うのであれば、このような過酷な状況を選手に強いる駅伝という競技のあり方を見直すことからまずははじめるべきでしょう。何が過酷かといって、ひとりの不調、さらにはリタイアがチーム全体に影響を及ぼすことです。個人競技であれば可能なペースダウンやリタイアがチームのためを思ってできず、ために限界まで無理をしてしまう。順天堂大学の小野選手の倒れ方など、骨折や靱帯断裂を伴う危険もありました。

    そのような状況を目にしておきながら、検討対象が給水だけとは・・・もちろん給水は重要でしょうけれど、もっと根本的な見直しを図るべきではないでしょうか。たとえばリザーヴァーを導入し、医師が必要と認めた場合には選手交代をさせるとか。自分自身のためというのであればいざしらず、チームのためにと考えざるを得ない駅伝の仕組みに手をつけない限り、給水の改善で選手に余裕ができればそれはさらにチームのために消費され、結局は状況は変わらないでしょう。

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