終身雇用等の幻想
狂童日記にて、
- 新富裕層(いわゆる「勝ち組」)
- 旧中間層(大企業・公的セクターの正規雇用者)
- 不安定低所得者層(非正規雇用者)
- 小規模自営層(読んで字のごとく)
との階層を仮定した上で、次のようなご指摘がありました。
ここ数年「格差社会」と言われてきたが、日本の圧倒的大多数は依然として(2)の層であることは強調しておく必要がある。(2)の層は学校を卒業すると「正社員」になって安定した給料を手にし、30歳くらいになればマイホームやマイカーを持つという「一億総中流」の人生経路をほとんど空気のように受け取ってきた。そのため、そうした安定した生活を成果主義的な「競争」の末に獲得しなければならないという現実の変化への適応に苦労を強いられている。既に定年を迎えた年金受給者も多く、生活水準が傾向的に低下し続けているので、現実の所得格差以上に「格差社会」の言説に強いリアリティを見出しやすくなっている。テレビやネットで目にする「ネットカフェ難民」「子供への殺人」のニュースに過剰に敏感になり、「ますます世の中が悪くなっている」と思い込みがちである。
こうした不安感は(3)の多くを占めると思われる、「豊かで平等な日本社会」をやはり「空気」のように消費して子供時代を過ごしてきた、「団塊ジュニア」の世代にも違った形で継承されていると言えるだろう。ただそれに対する反応は大きく異なっている。社会の過剰な流動化に不安を感じる(2)に対して、(3)はむしろそういう流動性こそを潜在的に求めている。流動化による上昇を期待するのでは必ずしもなく、上の層がもっと下に落ちてくれば自らの社会的地位や向けられる視線が相対的にマシになるからである。これは社会保険庁の不祥事をめぐって、(2)が年金制度の持続を必死に求めるのに対して、(3)が年金制度そのものを不要と見なす気分が強まっていることを見れば明らかである。
「現代日本の階層構造」(@狂童日報1/7付)
しかし、「日本の圧倒的大多数は依然として(2)の層である」とは幻想であろう、さらにはかつてもそうではなかったとwebmasterは認識しています。たとえば千葉商科大学商経学部の伊藤公一教授の研究によれば、
- 日本の労働者の約半数はバブル真っ只中の1990年においても(そして現在も)従業員99人以下の企業に雇用されており、
- 中小企業では大企業に比べ勤続年数が短く中途採用中心の人事慣行が広くいきわたっていた、
わけですから、被用者の約半数という少なからぬ集団は「(2)の層は学校を卒業すると「正社員」になって安定した給料を手にし、30歳くらいになればマイホームやマイカーを持つという「一億総中流」の人生経路」には乗っていなかったということになります。
他方で「一億総中流」という概念が多くの者に受け入れられていたのもまた事実です。実際には格差があったにもかかわらず(年配の方々であれば、「二重構造」という言葉に思い当たる節がおありかと存じます)格差がないように受け止められていたのはなぜでしょうか。webmasterの管見では、将来の期待ゆえ、ということとなります。
自身の給料を考えても、毎年5%ずつ上昇するならば、15年弱で2倍になります。20歳で就職して30歳で2倍に給料が増えたならば(年功序列でなくともスキルの習得等による増分がありますから、被用者所得が全体として5%=安定成長期の日本の名目GDP成長率にほぼ等しい割合で伸びていくにしても、各個人に着目すれば10年程度で倍になったと考えられます)、かつての自らとの対比で豊かになったと感じ、貧しいわけではない「中流」との意識を持つでしょう。さらには今後についても同様の期待を持つでしょうからなおさらです。
加えて、世代間の対比もより以上に影響を与えることが考えられます。上記の一個人の事例と同様、経年上昇にて親よりも子が豊かであることが全体としては自然でした。さらに一般的傾向として戦後日本においては高学歴化が進み、すなわち中卒の親の子が高卒だったり、高卒の親の子が大卒だったりといった事例が多く見られました。これまた一般的傾向として、中卒よりは高卒が、高卒よりは大卒が生涯賃金が多くなるので、経年上昇分以上に子が豊かである傾向が強かったことでしょう。そして、子が豊かであるならば、自らもまた豊かになったような気になるのも人の常でしょう。
以上を裏返せば、目先の給料がどうであるかよりも、自身の将来の給料や子の給料がどうなるかという見通しこそが、中流意識の醸成に影響力を有するものと考えられます。将来見通しが足元のトレンドに左右されるならば、これは現在の絶対水準よりもトレンドによって階層意識が定まる部分が多い、と言い換えられます。このwebmasterの推測が正しいのであれば、qushanxinさんの階層論については、
- バブル期以前は上昇トレンドのため「中流」だと思っていた「不安定低所得者層」が、バブル崩壊以降の右肩下がりトレンドによって期待が持てなくなり、そうでないとの意識を抱き始めた、
- 現在の絶対水準が悪いわけではない「旧中間層」においても、とりわけ子の就職難に直面した者を中心に、将来の期待が剥がれてより下の階層に転落するのではとの不安が広がっている、
というように解することが適当であるように思われるのです。
