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掌中の花

prologue: terrorism

2月9日20時12分、本郷

本郷通りから路地に入ると静止画の世界が広がる。 ただ二筋、ヘッドライトがアスファルトを舐めていたが、程なく動きを止めた。

「ではこのあたりで。 今日はもうお帰りいただいて結構です。 お疲れ様でした」

路上に立った男が車内に声をかける。

「本当によろしいのですか? 待たせていただいても一向に構わないのですが・・・」

「私の、属人的な用事ですから」

「わかりました。 お寒いですから、お気を付け下さい」

「ありがとう。 また明日もよろしく」

コツ、コツ、コツ、コツ、コツン。

革のソールがたてる鈍い音だけが凛と締まった空気をわずかに揺らす静寂の中。

バヒュン。バヒュン。

2発の銃弾が奔った。 わずかに遅れて、無彩色の地−銀髪に仄白い顔、グレーのコートにスラックス、黒い靴−に赤黒い染みが広がり始める。 ゆっくりと、しかし着実に。

「だ、大丈夫ですかっ!」

車から飛び出し駆け寄る手の中に男が崩れ落ちていく最中、更に一つ、くぐもった銃声が響いた。

ボフム。

2月9日21時18分、渋谷・NHK放送センターニューススタジオ

「3、2、・・・」

「ここで、番組の途中ですが、ニュースをお伝えします」

「今日午後8時過ぎ、日本銀行の福岡総裁が東京都文京区本郷の都立向丘高校そばの路上で暴漢に襲われ、2発の銃弾を受け東京大学病院に運ばれましたが、まもなく死亡致しました。 69歳でした」

「警察の調べによると、福岡総裁は東京大学経済学部で開催されたパネルディスカッションに参加した後、食事に向かう途中で襲われたとのことです」

「犯人は福岡総裁を射殺した後、所持していた拳銃で自殺したため、身元はわかっていませんが、年齢40歳前後の男性で身長は168cm、服装は緑色のセーターに黒いハーフコートを羽織り、ジーパンをはいていました。 動機については、今回の犯行が、約70年前に井上準之助元蔵相が殺害された血盟団事件と同じ日、同じ時刻に行われ、場所も当時の駒本小学校とほぼ同じであることから、日銀の金融政策に反対する者によるテロ事件と見られ、今後捜査が進められる見通しです」

「それでは、今回の事件に対する各界の反応をお伝えします。 まずは・・・」

(2003-08-03記)

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