/時系列書庫[8]/2003-07
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(2003-08)[9]
(2003-06)[7]
本日7月27日は今年(2003年)の土用の丑の日でもあり、この店をピックアップ。
虎ノ門界隈では有名店の一つであり、特に昼食時の行列はかなりのものだ。 長い伝統も手伝って固定客も多いのだろうが(安部譲二も常連だったとのページをどこかで見つけたのだが、google danceのためか今では見つからない・・・)、大きな換気扇で路上にあふれ出す香ばしい匂いと、外からでもガラス越しに見える炭火焼き(備長炭だそうで)の迫力もいい感じである。 しかも、この店は回転がすこぶる良いので、行列が長くなってもそれほど待たずにありつけるのもありがたい。
しかし、やはり鰻は高い。 普通の鰻丼で1,000円、ダブル(蒲焼きが二倍)で1,750円というのは、毎日の食事として気軽に食べられるものではない。 むろん、都心の鰻屋としてはかなり安いことは間違いないが、それは他の鰻屋が高すぎるだけ。
鰻にこだわる人からすれば論外なのだろうが、これだけ輸入養殖物が増えている中で、国産鰻だから高いというのは大衆食堂としてはいかがなものか。 すき家の鰻丼と比較するわけではないが、1,000円を下回る値段を見せてくれればと思う。
元来、鰻は庶民の食事として人気を得たもの。 江戸のファストフードだったわけだから、安さに徹することが伝統を守るという一面もあるはず(化政期には高級料理化した一面もあり、落語のネタとしてはご馳走として取り扱われることが多いが)。 すべての鰻屋がそれを志向する必要もないが、この店の立地、客層、回転を見ても、そうした独自性を出してくれればと思う。 どうしても国産鰻がという人向けには、高い店が他にいくらでもあるのだから。
| 味 | 値段 | 量 | その他 | 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 蒲焼きとしては十分本格的。4点 | 特にダブルはオフィス街の食事としては高い。1点 | お金があればダブルで、なければ飯大盛りで。4点 | 匂いを嗅ぐと入りたくなる。4点 | 帯に短し襷に長し?13点 |
「鐵五郎」、港区虎ノ門1-8-11、03(3592)0725
(2003-07-27記)
小沢一郎が1990年代以降の日本政治における重要なキーパーソンであったことは否定しがたい事実だが、中でも最も注目すべきことは、野党にある種の桎梏をかませたことだろう。 それが何かというと、とにかく政策を重視し、政局の要素を軽視・蔑視する態度である。 細川政権が発足したとき、しきりに55年体制の崩壊という言葉がささやかれたが、社会党こそほぼ消滅したものの、結局今に至っても自民党は与党であり続けている。 その大きな原因の一つがこの桎梏と考える人間は、霞が関には結構多いのだ。
細川内閣の発足が1993年8月9日で、辞任表明が1994年4月8日。 次の羽田内閣の発足が1994年4月28日で、辞任表明が同年6月25日。 これが何を示すかというと、当時の連立政権は一度も予算編成のすべてをやっていないのだ。 これが、自民党を復活させた。
各省庁の予算要求提出は8月末であるが、当然その前に各省庁内で、関係業界・族議員を巻き込んで予算の絞り込みがなされる。 細川内閣はこの段階で成立していなかったので、1994年度予算は、基本は自民党政権時代に作られた要求の枠内でしか編成されなかった。 他方、羽田内閣は予算要求以前に崩壊している。 そして、羽田内閣が短命に終わった最大の原因は、小沢が連立政権から社会党・さきがけを切り捨てたことだ(他方で、その後自民・社会・さきがけ連立政権を樹立させた自民党は、さすがに勝負の勘所がよくわかっている)。
歴史にifは禁物だが、もし小沢が政策の不一致よりもとにかく自民党の息の根を止めることを優先して社会党・さきがけを取り込み続け、1995年度予算を連立政権で編成していたら、おそらく自民党は崩壊していただろう。 各種圧力団体からしてみれば、自民党は与党であり予算にコミットできるから意味があるのであって、連立政権が一度でも予算を取り仕切る実績を見せれば、雪崩を打って自民党を見放していた可能性は極めて高い。 やりたいことをやるのはそれからでも十分であったはずなのに、自らの政策にこだわって政権を崩壊させ、自民党を与党に復帰させてしまった。
その後の新生党の分裂にしても、自由党の分裂にしても、小沢は田中角栄・竹下登・金丸信の薫陶を受けたにしては無様なほどに数の力が維持できないし、下手な戦しかできていない。 というより、彼のそういった政局より政策を尊重するやり方が、そもそも政治家として大成できない特徴だと言えよう。
他方で合併相手の民主党だが、これまた政局にはとことん弱い。 金融国会で小渕政権にとどめを刺せなかったこともそうだし、今国会の最後に内閣不信任案を出したのも下手な喧嘩だ(で、どちらのときもトップは菅直人。 喧嘩の下手さでは鳩山由紀夫も似たようなものだが)。
本気で小泉政権を打倒しようと思うなら(と現役官僚が言うのもなんだが)、今年の2、3月に経済失政を追及し(イラク新法ごときで政権が崩壊するわけなかろう)、予算案を人質にとりつつ自民党内の「抵抗勢力」と手を結んで竹中大臣の首を狙うべきだったのだ。 それでも、その本質は政局の人であり喧嘩上手の小泉首相に勝てるとは限らない。 それなのに、結局小泉政権への批判が真の改革ができていないというものである以上、自民党内の「抵抗勢力」と手を結ぶなど言語道断なのだろうし、公明党・保守新党の切り崩しなどもトライしているかどうかすら定かではない。 はたして、これで本気で政権を奪取する気があるのだろうか?
と考えると、民主党と自由党の合併が日本政治の風景を変えるということはほとんど期待できない。 唯一の道は、政策として体系化など不可能であっても、一つの争点に的を絞り、そこで手を組める相手は清濁・左右を問わずすべてを取り込んでとにかく小泉政権を下野させることだ。 とにかく政権を維持さえしていれば、展望など後からついてくるのだから。 総花的なマニフェストなど作っている場合ではないのだが・・・。
(2003-07-27記)
これまでの連載を見れば十分に予測可能であろうが、各会計年度における当期損益とは、その年度における純資産(総資産-総負債)の変化額を表すべきものである。 その中身をどう区分するかについては、キャッシュフローの種類(営業、財務、投資)によるものと、バランスシートの科目(在庫、不動産、有価証券など)によるべきであり、現在の損益計算書で重要視されている経常利益と特別損益の区分は意味がない(だからこそ、現在の国際会計基準の検討の場では「包括利益」の概念が提案されているのだ)。
つまるところ、財務諸表の役割はステイクホールダーに事業の継続可能性を示すことであり、その観点からは、例えば持ち合い株式の時価評価をして減価していることが明らかとなった場合、本業の収益力とは無関係だといって損失に計上しなかったり(現行会計基準では「その他有価証券」などの時価評価がこれ)、損失計上しても特別損失として取り扱う(現行会計基準では減損処理がこれ)のはおかしいのだ。 将来の実質的なキャッシュインが減ったがゆえに継続可能性にとってマイナス影響を及ぼしているようなものを、なぜ特別扱いする必要があるというのか。
こうした見方に対しては、金利や株価、外為といった経営者自らの経営努力とは無関係な外的要因によって損益がぶれるのが問題という意見がよくある。 外的要因で評価が変わってしまうようなリスク資産を数多く持っている以上、そうした結果を受け入れてしかるべきなのだが、どうしてもというのであればいい折衷案がある。
それは、「自己のれん」の計上を認めることだ。 のれんとは、例えば合併時に買収側が被買収側の純資産がxしかないのにx以上の金を支払ったときなどに、xと支払額の差額を現経営陣が認定した換価しがたい企業価値として資産計上するもの。
先の例で言えば、持ち合い株式の価格が大幅に下落したような場合、市場価格が下がったとしても、持ち合い関係の維持に伴う取引の安定確保や将来の株価の回復可能性があるとして経営陣が評価する額を足し戻して相殺するのだ(で、ある年度に自己のれんに繰り入れた額はその年度の利益に計上する)。 持ち合い株式の下落が本当に経営にダメージを与えないと考えるのであれば、そのことをきちんと立証する責任が経営陣にはあるはずだ。
現在、自己のれんが会計基準上認められていないのは、経営陣の主観に依存し客観的に検証が困難だからとされている。 しかし、毎期毎期の外部環境の変化を損益として表示しないこと自体、経営陣の主観を前提としたもの。 それを一律にルール化する方がよほど乱暴かつ具体の検証を困難とする話であり、このような主観に依存する項目の具体的な検証という面倒な作業から公認会計士は逃げるべきではない。
ゴーイングコンサーン開示や減損処理適用の有無、繰延税金資産に係る将来の課税所得見通しなど、公認会計士がそうした事項をチェックするということはすでに導入されているし、そうしたことまでチェックして初めて、投資家や取引先が直面する情報の非対称性の解消という外部監査制度の趣旨が果たされるのだから。
(2003-07-21記)
とうとう辻元清美前議員と五島昌子前政策秘書が逮捕されてしまった社会民主党であるが、その歴史に幕を閉じるのもそう遠くあるまい(ちなみにwebmasterは、近いうちの社会民主党終焉を昨年中に予言していたのだが)。 何が社会民主党にとって致命的だったかといえば、実質的にフェミニズム政党になってしまったことだろう。
時は1989年。 ベルリンの壁崩壊の年であり、本来であれば、社会主義を掲げてきた政党にとっては試練が訪れ、その中で将来に向けた新たな動きを育てるべきときであった。 しかし、この年の参議院選挙では、消費税導入という自民党にとってのすさまじい逆風が吹き、日本社会党(当時)は敵失により労せずして大勝を得てしまった。
そのとき盛んに言われたのが「マドンナ旋風」。 今となっては覚えている人のほうが少ないかもしれないが、単に土井たか子委員長(当時)率いる日本社会党の女性候補者が軒並み当選したことをこのように呼んだのだ。 試練を受けるべきときに試練を受けることができず、また、どうやっても勝てた選挙を女性候補者ゆえに勝てたと勘違いしてしまったことになる。 これが不運の1と2。
また、当時はバブルの絶頂期であり、その4年前の1985年に男女雇用機会均等法が制定されたこともあって、女性の社会進出が高らかにうたわれていた。 これからは女性の時代とばかりに、当時の社会党は委員長をはじめとして女性であることを前面に出したプロモーションに走った。 これが不運の3。 これらが重なって、フェミニズム路線を突き進むことになってしまったのだ。
しかし、確固たる男女差別の文化的基盤がない日本でフェミニズムを振りかざしてもドンキホーテになるだけ。 バブル崩壊後の長期不況の中で、男性であっても就職できない人間が数多くいる一方で、優秀な女性は多くの企業でしかるべき立場にたっていることからも、男女差別意識はしょせんは利潤追求に膝を屈する程度のものでしかないことがわかる。 アメリカのプロライフとプロチョイスの対立におけるキリスト教保守派のように、ちょっとやそっとのことではくじけない敵がいないのだ。
そうである以上、日本におけるフェミニズム運動は、強力な差別勢力に対する抵抗を代表する存在にはなれない一方で、個人の嗜好として「男女差別」的な扱いを受け入れている人間の自己決定権を犯すものであるという自家撞着が色濃く出てこざるを得ない。 要は、広く支持を得ることなどできはしないのだ。
土井党首の韜晦に満ちた対応が批判されているが、社民党の抱える問題はそんな表層的なものではない。 仮に彼女が辞任し、福島瑞穂が党首になったところで、今の路線の先に未来はない。 かといって今さら社会主義政党への回帰もできず、福祉重視では民主党左派や共産党どころか、自民党の一部とも差異化できない。 その他の戦略を考える機会はすでに過ぎ去ってしまっている。
辻元他の逮捕は、社民党の滅びを飾る一つのエピソードであり、党の運命はそのはるか手前の段階で決していたのだ。
(2003-07-21記)
世に「○○経済学」と銘打たれたものは相当程度存在する。 この場合、「○○」というテーマを「経済学」の手法で分析するいうことになるが、これは、一体どのようなことを指すのであろうか。
本書は、題名からも明らかなように、その中でも「教育経済学」に属する分野の一冊であるが、これを読んでみて、ふと「経済学で考える」とは、モデル化するということではないかと思い至った。 経済学の特徴は何かと考えれば、お金で計ることができるものを対象とした学問ということになるが、お金という抽象的な数量を対象とするが故に、数理モデル化が文系学問の中では一番進んでいる。 「経済学で考える」とは、経済学で発展したモデルによる分析という手法の他分野への当てはめに他ならない。
単に数値をベースに考えるということであれば、例えば同じ教育学分野の著作、刈谷剛彦の「階層化日本と教育危機」にも豊富に見られることから明らかなように、経済学に限定されてはいない。 が、これは単に統計学的手法で各種の具体例を処理しているだけであり、統計学的分析ではあっても経済学的分析ではない。
他方で、例えば本書の第3章では、教育を将来の不確実性への対応の一種としてオプションモデルを用いた分析が行われているが、ここでは具体的な数値は用いられていない。 分析の枠組みとしての経済学が応用されているのだ(この点、他の分野への応用としては山形浩生による「ネットワークのオプション価値」も見られるなど、モデル化による分析手法の応用範囲の広さが伺えよう)。
本書の意義は、こうした経済学の応用をまさに教育論において行ったことにある(webmaster個人としては、親と子供それぞれの教育に対するニーズが違う可能性があるとの枠組みを用いた以上、親をprincipal、子供をagentとするprincipal-agent分析での更なる展開を見たかった気がするが)。 過去数十年にわたり広く行われ、いわゆる「ゆとり教育」問題が登場して以後はまさに諸説入り乱れている教育論ではあるが、例えば教育改革国民会議の議論を見ても、個別具体的な経験に引きずられた印象論が多くを支配するなど、有益な議論が多いとはお世辞にも言えない状況にある。 義務教育制度がある以上、どんな人間でも教育を受けた経験があり、それについて何らかの意見は必ず持っているであろうから、玉石混淆の議論となってしまうのだ。
モデル化により個別の事象は抽象化されることになる。 モデル化の巧拙、手法の是非などについて議論はあれど、そこでは一定のレベルが確保されることとなり、また、勝敗を決するルールも自ずと定められることになる。 とすれば、教育に限らず、モデルに基づく分析手法の応用により改善が図られる分野は多いはずだ。
統計学が独立のカリキュラムとして、経済学に限らず他の文系分野でも履修することが可能となっている大学は多いと思うが、モデル分析も同様なカリキュラムとして構成できないか。 基本は微積分とゲーム理論の組み合わせということになろうか。 図らずも、webmasterとしても現在の教育に対する提案を一つすることとなってしまったわけであるが(しかし、こうなると入試に数学は必須となるので、私大文系では無理だろうな)。
結局のところ、
のいずれかに当てはまる人にとっては、大いに読む価値があると言ってよいだろう。
(小塩隆士(2003)、「教育を経済学で考える」、日本評論社)
(2003-07-13記)
この事件の本質を言ってしまえば、容疑者は12歳ではあるが、その年齢であっても確率としてまれにあってもおかしくないということに尽きてしまう。 もちろん個別の事情としては、事前の兆候があったり、予防する手段もあったのだろうが、それを言えばすべての犯罪について当てはまるわけで、つまるところそうしたことが見逃され、事件に至ってしまうことは完全には防止し得ないとしか言いようがない。
にもかかわらず、この事件がここまで騒がれるゆえんは、上記のように確率としてはまれであること(よく言う「犬が人を咬んでもニュースにならないが、人が犬を咬めばニュースだ」ということ)に加え、多くの人にとって何らかの形で当事者意識を持ち、何がしかのことを語ることが可能だからだろう(無論、ここでこうしたテキストを書いているwebmasterもその例外ではない)。
これを読む人も、例えば次のような感情を持っていることだろう。
そうしたさまざまな発言の中で、その成り行きによっては刑事法の枠組みを動かしかねないものが2つある。
1つは鴻池大臣の市中引き回し・打ち首発言。 メディアを見る限り非難一色であるし、そうなることを予見できなかった彼の政治家としての識見もどうかと思うが、2ちゃんねるなどで一定の支持を得ていることからもわかるように、非難して足りるほどことはそう単純ではない。
この問題は、つまるところ刑罰の本質論に行き着く。 鴻池本人が自覚しているかどうかは不明だが、親を罰すべきという意見の根本には、(年少であることをもって犯罪者が刑罰の対象外になることを前提として)罪が存在する以上、それに対する罰が存在すべきという考え方がある。 法学部で刑法を履修した人間であれば覚えているだろうが、刑罰は応報(簡単に言えば仕返し)のためにあるのか、教育(簡単に言えば再発防止)のためにあるのかという議論があるが、鴻池発言は応報刑としての「打ち首」を求めたものだ。
死刑の存廃をめぐる議論の根本にもある対立点であるが、インテリほど(死刑廃止論に傾きがちなことからもわかるように)教育刑をもって是とする傾向が強い(ちなみに、脱線を承知で死刑廃止論について一つだけ述べれば、少なくとも先進国の多くがそうであることを理由として死刑廃止の方が進んでいるというのは誤りだ。 死刑廃止論は、キリスト教の「命は神が左右するもので人が左右すべきではない」という教義と深く結びついているのだから)。 だからこそ、メディア関係者や弁護士といった層からは鴻池発言への反発が強く出てくることになる。
しかし、日本においては死刑存続論が根強いように、素朴な応報感情は主流を占めており、それに対してあまりにメディアが蓋をするようであれば、思わぬ形での噴出があるかもしれない。
もう1つは刑法適用年齢を引き下げるべきとの主張。 刑法は第41条で「十四歳に満たない者の行為は、罰しない」と定めているが、もっと年少であっても刑法の適用対象とし、罰則を与えるべきとの意見である(殺人のみとかいろいろバリエーションはあるが、本質には差がないので捨象)。
既述の応報・教育刑の対立(少年法は第1条で「非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行う」と規定していることから明らかなように、応報の要素はないので)もあるが、別の大きな論点としては、責任主義をどう考えるかというものがある。 説明すると長くなるので先のリンク先を読んでもらいたいが、刑法が適用対象年齢の下限を設定している理由は、その年齢(現在の日本であれば14歳)以下は責任を問うに足る存在とは認めていないからだ。
仮にこの年齢を引き下げたとしても、その引き下げた年齢以下の子供が事件を起こせば似たような議論が出てくるのは必至。 つまり、問題とされているのは実は年齢の水準ではなく、年齢制限それ自体である可能性が高い。
似たような議論として、精神障害者を責任阻却で無罪とすることについて強い反対意見があるが(心神喪失者医療観察法案の成立を踏まえ今後の動向を見る必要はあろうが)、いずれも程度問題では片付けられなくなっているようだ。 そもそも責任を問うに足る存在でなければ罰を科さないという枠組み自体が問われているのだとすれば、刑法は今大きな変化の圧力に晒されているということなのだろう。
(2003-07-13記)
内定を獲得した人、おめでとう。 あなたにとしては願いが叶い、また、あなたを選んだ省庁としても、あなたという人材に職場として認められ、互いに幸いであることこの上ない。 その幸いに、この一連のテキストが役立ったとすれば、それはwebmasterにとっての幸いでもある。
ここで、官僚の先輩としてえらそうに官僚たる心構えなどを説くのは簡単だが、それはすまい。 100人の官僚がいれば100の官僚の理想像があり、結局は霞が関に来て以後、官僚としてどう生きるべきかは、あなた自身が見出していくものだからだ。
どんな人間であっても、生きることができるのは今しかなく、未来は過去の延長にしか存在しない。 学生(人によっては社会人)である今の暮らしの中でできることを、今のうちに十分やっておいてほしいと思う。 そして、来年4月に霞が関の住人となってみたときに、違和感を感じられるような人間であってほしいと思う。
ここでwebmasterがなんと言おうと、今の霞が関が多くの課題を抱えていることは否定しがたい。 新人が感じる違和感の多くは他愛もないものではあるが、そうした違和感の中にしか、課題の解答は存在しないからだ。 どんな人間であれ、霞が関に入ってしまえば、多かれ少なかれ霞が関の流儀には染まってしまう。 そんな世界に少しでも多くの多様性をもたらすことが、今のあなたに求められる最大のことだと考えてほしい。
そして内定を獲得できなかった人、残念でした。 しかし、日本はあくまで資本主義社会であり、その主役は民間企業だ。 また、政策の執行に軸足を置きがちな行政府に、中長期的な方向性を問いただすことができる一番の存在は、学界の住人である。 その他の進路を含め、それぞれが社会において不可欠の役割を果たしており、霞が関はその中の一つに過ぎない。
たまたま霞が関の人事担当との相性が悪かったぐらいで落ち込むことはない。 それぞれが選んだ分野で活躍し、あなたを採用しなかった人事担当を悔しがらせるような人材になってほしい。 霞が関とは、しょせん外部の各主体が順調であることでしか、自らの成功を証明できない存在であり、古今東西、官僚だけが継続的に栄えた国家などないからだ。
さぞかし腹立たしく、なんでそんな形で霞が関に貢献しなければと思うかもしれないが、我々はかよわい、あまりいじめるな
(by 田村玲子@寄生獣)ということ。
いずれにせよ、官僚という職業を志望してくれたことは大変うれしい。
できれば今後も同情心をもってくれるとなおさらありがたい(笑)。
以上で講義は終了だ。 ご清聴を多謝。
(2003-07-06記)
野口旭は、リフレ派の中でも活発な活動をしている学者の一人であり、その著作も多い。 しかし、本書には、微妙な方向転換が感じられる。 といっても内容が、ではない。 デフレの害への警鐘に始まり、構造改革論や中国・アメリカなど外国に罪をなすりつける議論を排し、オーソドックスな経済学に立脚しつつ金融緩和を説き続けていることは、野口の以前の著作と同様である。 異なるのは、野口の姿勢だ。
例えば、本書と似通った狙い・内容である「経済学を知らないエコノミストたち」においては、経済学の知見を広めることが現在の日本の窮状を救うとの信念が全体を覆っていた。 しかし、本書における野口はそうではない。
本書は、筆者がこの四年ほどの間に行ってきた、ドンキホーテ的な闘争の記録である。 筆者がそれをドンキホーテ的と形容するのは、その闘争に勝利といったものはないことを、筆者自身が最もよく知っているからである。
筆者が挑んできた相手を抽象的に言えば、それは、経済の「世間知」である。 すなわち、経済問題についての、世間一般の人々によって幅広く受け入れられ、信じられている、一見もっともらしい把握の様式である。
しかし、その「世間知」のもっともらしさは、単なる見せかけにすぎない。 多少の経済学的考察を行ったり、歴史的な事実と照らし合わせたりすれば、それらが論理的でも現実的でもないことは、すぐに明白になる。 ところが、すでに「世間知」に染まっている人々−それは要するに世間の大多数の人々ということになる−に対して、そのことを十分に納得させるのは、至難の業である。 というよりも、ほぼ不可能に近い。 その意味で、筆者のこの「闘い」は、最初から敗北を運命付けられているわけである。
これが、本書のまえがきの冒頭部分だ。 まだサイトを開いて半年のwebmasterがこれまで長期間言論活動を続けてきた野口に言うのも僭越なのだろうが、後世に対する身の証を考えるには早すぎるのではないか。 まだ致命的なクラッシュが訪れたわけではない。 それはリフレ派にとって救いのはずであり、このまま恐慌に至って「やっぱりリフレ政策を採った方がよかった」と認められることが救いであってはならない。
昭和恐慌に関する若田部昌澄のペーパーによれば、昭和恐慌の際、リフレ派の言論が優勢となったのはまさに恐慌が来たからということであるが、これを繰り返すようではどこに人類の英知があろうか。 恐慌が来なくては、恐慌防止のための政策の正しさが事実により裏付けられることがないというのは矛盾ではある。 しかし、その矛盾を承知の上で、恐慌を防止するのが真のエコノミストの心意気ではないだろうか。 仮に、結果においてはカッサンドラの悲劇を繰り返すことになろうとも。
と言うだけではなんなので、野口へのエールを込めて、今後の選択肢の一つを考えてみた。 「と学会」の成功の秘訣は、20世紀末のサブカルチャー全盛を経たからこそある、あの斜めからものを見る姿勢だ。 野口の著作はあたかもマーティン・ガードナーの「奇妙な論理」であり、メジャーな人気を獲得するにはまじめすぎる面がある。 学者に付けるべき注文ではないのかもしれないが、よき編集者と巡り会って、よりマジョリティに受けるテキストを世に問うことを期待してやまない。
(野口旭(2003)、「経済論戦/いまここにある危機の虚像と実像」、日本評論社)
(2003-07-06記)
今回のテキストには、田中の作品に関する一部ネタバレが含まれているのであしからず。
とある書店に平積みされていた「創竜伝13」を、思わず買ってしまった。 田中の小説を読むのもずいぶんと久しぶりだったが、彼の本を買うのはこれが最後だろうとの思いを禁じ得ない。
なぜかといって、とにかくつまらないからだ。
老舗の田中批判サイト、田中芳樹を撃つ!(通称タナウツ)でも創竜伝はとかく評判が悪いが、webmasterが田中に批判的である理由はそこでの議論とはかなり異なる。 タナウツでは、田中の現代日本社会への評論に対してとかく評価が辛い(評論で糞味噌に貶されているところの官僚であるwebmasterも、事実関係はタナウツ主流派と見解を同じくすることが多い)が、それは問題の本質ではない。 現実から遊離した前提に基づく言いがかり的な作中人物への攻撃が、物語の致命的な欠点に必ずなるわけではないというのは、忠臣蔵を見ても明らかだ。
だいたい、それをもって田中の欠点とするのであれば、彼の作品中最高峰と称せられることの多い銀河英雄伝説(銀英伝)であっても、そこから免れているわけではない。 ヤン・ウェンリーの言動は竜堂始のそれとほぼ重なっているし、ヨブ・トリューニヒトに対する描写は、創竜伝中の与党政治家に関するものと入れ替えてもさほど違和感はない。 タナウツの常連諸氏もこの点には気づいているはずなのだが、スタンスとして銀英伝を肯定しているので、なぜか一貫しない評価となってしまっている。
それでは、銀英伝(に代表される初期の作品)と創竜伝(に代表される最近の諸作)とは何が違っているのか。 それは、葛藤の有無である。
銀英伝では、主人公ラインハルトは姉アンネローゼを皇帝に奪われ、友キルヒアイスは自らの判断ミスが原因で命を落とすなど、ラインハルトには様々な障害が待ち受けており、希望が叶わないが故の悩みもあった。 他方で創竜伝では、主人公たち(始は無論のこと、それより年少の続、終、余も当然含め)が無敵の竜王であることも手伝い、この手の悩みを抱えている様子は全くうかがえない。 この点は創竜伝に限らず現在田中が執筆している諸作にも言えることであり、例えばタナウツでもかなりの高評価を得ているアルスラーン戦記も、物語としてみれば、万能軍師ナルサスと無敵の勇者ダリューン(その他のアルスラーン陣営の人物も多かれ少なかれ人間離れしているが)のせいで勝負の行方が見え透いており、盛り上がりに欠けること甚だしい。
さて、田中はこの手の葛藤をしっかり書けるのに書かないのか、それとも書けないのか。 銀英伝では書いていたから書けると思いたいところだが、実際のところ、少なくとも田中が思い入れをもって描こうとする主人公については、書けないのではないだろうか。 銀英伝の主人公は(おそらく田中自身の人格が投影されている)ヤンではなくラインハルトであるが、ラインハルトについては女性に人気が出ることを予想するなど、多分に意図的に作り出したキャラクターであり、作家として彼にまつわるドラマを構想することもできたのだろう。 しかしヤンについては、自身の思い入れが手伝ってか、彼にとって厳しい二者択一を迫られ、どちらを選んでも後悔にさいなまれること間違いなしといった場面には遭遇していない。 田中の分身であるが故に、直面しがたい課題は免除されたのだ。
田中にとって不幸なことに、ヤンは多くの人に受け入れられ、高い人気を得た。 ヤンのようなタイプを主人公とした小説を書いても、商売として成功することが見えてしまった。 それでも銀英伝直後は、作家としての意識が強かったのか、タイタニアのように、田中の分身的キャラクター(ジュスラン)を田中が嫌うであろう支配者側に設定するという新たな試みも見られていたが、その続刊が出ないのは、おそらく今ではその後が書けなくなってしまったのだろう。 結局書き続かれているのは、創竜伝や薬師寺涼子シリーズなど、田中が作中に自らを投影したキャラクターが、気分のいい世界で、都合のいい活躍をするものばかり。
若き日の美しい思い出は、そのままにしておいた方がよかったということか。 少なくとも銀英伝を読み返すのはやめよう、とwebmasterは思っている。
(2003-07-06記)
今回のオールスター、ファン投票における「川崎(詐欺)祭り」が大いに盛り上がった。 メディアでは否定的な捉え方が多かったが、webmasterとしては、なぜそれほど騒がれるかを考えるとなかなか面白いのではないかと思う。
やったこと自体は「田代祭り」の何度目かの焼き直しでしかなく、hackとしての魅力は、それこそすばらしいhackそのものだった田代祭りには遠く及ばない。 むしろ、これにより浮き彫りにされた日本プロ野球・メディア・ファンの3者の関係こそが、興味深いといえよう。
まず、今回のファン投票については、川崎以外にも多くの選手が祭りの候補に挙げられたわけだが(webmasterとしては、川崎よりもむしろファースト・ムーアで盛り上がってほしかったと思うのだが)、結局川崎が祭りの対象となったのは、はっきり言えばFA(フリーエージェント)に対する批判だろう。 いくらスクリプトに責任を押し付けようと、川崎への投票は相当程度多数の参加があってこそ成立したものであり、それほどの参加を伴わなかった他の投票活動がそれなりの結果に終わっていることとの対比は明らかだ。
FA自体は選手の権利の一つとして認められてもいいかもしれない。 しかし、ドラフトにおける逆指名と共存しており、建前はどうであれ、実態としてジャイアンツ(広くとればセリーグ)に有利な制度として仕組まれていることは否定しがたい。
しかも、その結果が最悪だ。 仮に自分の応援している球団の選手がFAで移籍するとして、それ自体を裏切りと非難する人もいようが、そうでなければ、せめて移籍先でも活躍してほしい(特に、他リーグへ移る場合)と思うのが人情だろう。 それがジャイアンツでは、多くの場合飼い殺しだ。
ジャイアンツの勝利のために不可欠というならなんとか我慢もできようが、単にその選手をどのように使うか、既存選手とのすみわけをどうするかも考えずに獲得した結果であれば、長島前監督をはじめ、関係者を恨んでも誰が責められようか。 さらには、そんな長島や、そして同様にドラフトで有望選手をかき集めておきながら(これは故根本陸夫の成果)、それを毎年使いつぶし、その割りに優勝できない王をいつまでで持ち上げ続けるメディアも腹立たしい。
以上のことは、ジャイアンツファンを含め、野球を大切に思う人間なら誰しも多少は思うことであるはずなのに、メディアではそのような声はほとんど取り上げられることがない。 そうした球界不信、メディア不信の積み重ねがあったからこそ、川崎祭りのように歪んだ形でファンの思いが噴出するのだ。
しかし、川崎祭りですら、メディアでの取り上げ方は一方的であり、それほど反省の色は見えない。 川崎への投票数は確かに異常だが、タイガースの選手ばかりが選ばれたファン投票結果(選択式で選べる選手が、中継ぎ安藤、抑えウィリアムスで一本化されていれば、岩瀬と高津も選ばれず、全員タイガースだったろう)もまた組織票が理由の異常なものであるにもかかわらず、これについてはメディアのステレオタイプで解釈可能であるがゆえに、一向に問題視されていない。
今のメディア上層部がいわゆる王長島世代(長島が最初にジャイアンツの監督だったときは、これがより上の世代だったため、多少は長島への批判もメディアを賑わしたのだが)である以上、その交代までは改善しないとは思うが、彼らが第一線から退くまでプロ野球人気は果たして維持できるのだろうか。 その下の世代の人間は、一度まじめに考えたほうがいいだろう。
(2003-07-06記)
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/時系列書庫[8]/2003-07