writings concerning kasumigaseki issues and others: 2004-07
2004-07-25更新分
[法令XML文書化計画]:目的など
今般の年金法改正に際して多くのミスが生じ世の批判を浴びたことは記憶に新しいと思うが、webmasterが考えるに、そうしたミスの原因の第二はチェック作業のほとんどを未だに人力に頼っている現状である(第一は人間がやることだから)。 もちろん人力といっても肉筆でやっているなんてことはなく、ワードなり一太郎などを用いて作成しているのだが、例えば今回最初に見つかった、ある条の前に条を追加したため「前条」の意味が変わってしまったため、「前条」という言葉を変更しなければならない、なんてことは肉眼で見つけ出すしかない。 これを何とかしたいというのがこの企画を立ち上げた動機である。
この企画においてwebmasterがやることは何か、最初に明らかにしておきたい。 それは、法令用のXMLのサブセットをまとめること。 「XML文書化」という看板は法令をXML文書に変換するような印象を与えるものであり、その点羊頭狗肉気味であるのは否めないが、サブセットができ、その使い勝手が良ければ、webmasterがやるまでもなく進んでいくことが期待される。
ちなみに、法令をXML文書化することは、実は出版社等で既に行なわれている(webmaster注:読者からのメールでご教示いただいた。 確かに「法令 XML」でぐぐればいろいろな例が見られる。 情報提供多謝!)。 であるからして、何を今更という指摘もあろう。 このテーマについていろいろ考えることがwebmasterにとって非常に楽しいことである、というのが身も蓋もない続ける理由ではあるのだが、それを脇においても、本企画にはなお次のような意義があるのではないかと考えられる。
- オープンに作業が進められること。 各種のオープンソース運動がベンダーによるクローズドなソフト開発と相補って全体のパイを広げているように、法令のXML文書化という分野においても、オープンな形での作業が活躍することに意義があると考えられる。
- 法令改正作業に携わったことのある官僚が関与するものであること。 特に、改正法の改正文については、出版社側にXML文書化するニーズに乏しいと考えられ、また、実態として官僚にしかノウハウがない(法学部の講義でも改正文の書き方などは教えられていない)ことから、これを官僚がカバーする本企画がもっとも比較優位を占めるニッチはあると考えられる。
- 法令のXML文書化の知名度が向上すること。 本企画によりまとめられたサブセットや、それを前提にして作成されたアプリケーションなどが法令改正作業などに用いられれば、発起人として非常に嬉しくはあるが、そもそもの目的を考えれば、既存のXML文書化の枠組みが政府に採用されることも大歓迎である。 本企画を通じて一人でも多くの人に法令のXML文書化の意義を理解してもらい、知名度が向上していけば、そうした広い意味での目的達成により近づくものと考えられる。
ここで、XMLとは何かについて触れておこう。 XMLとはExtensible Markup Languageの略で、原データにマークを付けて意味づけをし様々な活用を可能とするマーク付け(マークアップ)言語の一種で、"extensible"というとおりユーザによる自由な拡張を可能とする点に特徴がある。 本企画では、法令が高度に定型化されたテキストであることに着目し、マーク付けに応じてできる限り自動処理を進めるとともに、ヴァリデータ(XML文書がその書式に従い正しく記述されているかどうかをチェックするソフト)等の活用によりケアレスミスを防止する観点から、XML文書化を進めることとしたものである。 今回の「前条」の例で具体的なイメージを描くとすれば、XML文書上はこうした条番号の指定は定型的にマーク付けし、XML文書を法令文に変換する際、その指定が同じ条において行われていれば「同条」、前後の条において行われていれば「次条」「前条」と置き換え、その他の条においてであれば「第○条」と置き換えることとすればミスは防げるだろう。
つまり、当サイトでのこの企画単独で、目的である法令作成に当たってのミスの軽減は達成できない。 この企画で無事上記サブセットをまとめることが出来たとしても、それはあくまで第一段階にすぎず、目的を達成するためにはその後、そのサブセットを前提とした数々のアプリケーション(改正法案や新旧対照表、参照条文の自動作成とか)やXSLTが整い、さらにそうしたプロトコルでの法改正作業が政府において採用されるという段階を踏む必要がある。
企画が一段落した時点で、かかるプロセスを実現するためにどういった活動をすべきかは考えていきたいが、一つだけ明らかなことは、webmasterの独力では絶対に不可能だということだ。 そこで、本企画にご賛同いただける方々がいらっしゃれば、次のようなご協力を希う次第である。
- 自らサイトをお持ちであれば、本企画をご紹介いただけるとありがたい。 多くの人々に知ってもらわなくては何も始まらない。
- 法令に関連するご職業にお就きの方々にあっては、いろいろな注文をつけていただけるとありがたい。 webmasterが見逃しているニーズなども、作成過程を公開することを通じて少しでも多く取り入れたい。
- XMLに造詣の深い方々にあっては、添削をしていただけるとありがたい。 なにぶんwebmasterは素人であり、であっても誰かが始めないことにはと、低レベルなものになりそうなことには目をつぶっているため、皆様の協力なくしては、完成度を高めることは望めない。 特にスキーマには全く自信がないので、ご協力に期待するところ大である。
- 法令データベースを作っていらっしゃれば、是非本企画でまとめられたサブセットを試用していただけるとありがたい。 その結果をフィードバックしていただければなおさらである。
- 以上のいずれにも該当しなくてもご協力いただけるという方々には、是非ともこのサブセットの名付け親となっていただきたい。 webmasterはその手のセンスが無く、Markup Language for Japanese Laws and Ordersというあたりしか思いつかず、これ自体はそれほど悪くはないと思うものの、いい略語が作れないのだ・・・。
このように本企画は開発プロセスを公開しながら進める読者参加(期待)型のものであるため、URI表記の簡素化の観点から、当サイトにおける「テーマ別アーカイヴ」のファイル整理を若干特別なものとしたいと考えている。 通常であれば、"./archives/themebased/"下にファイルを置いているが、本企画については、ルート直下に"hourei2XMLdocument"ディレクトリを設置し、その中にindex.html(目次)、purpose.html(目的、本テキスト)、element.html(各要素の解説)、schema.txt(要素等についてのスキーマ)といったファイルを整理していくこととしたい。
さて、ここまで辛抱強くお読みいただいたからには、さっそく中身を一度見ていただきたい。 百聞は一見にしかず、である。
(注)
- 本企画に関する著作権等の取扱いについては、当サイトの指針に従う。
- 本企画に係るXML関連の記述は、WWWCのXML関連テキスト及びその邦訳の他、たのしいXML、Studying XML for Beginners及びXMLカレッジなくしてはあり得なかったものであり、深く感謝の念を表する次第であるが、なお残るであろう多くの誤りについては、その責任はすべてwebmasterに帰せられるべきものである。
(2004-07-25記)
[法令XML文書化計画]:要素解説−article要素
属性
- id属性(必須)
- 概要:各条が個別の値を有する属性。 その値を他の条における参照等において用いる。
- 値:a+その条が制定された際の条番号(条番号が枝番(第○条の×の形式で付される条番号)である場合、枝はハイフンで表記。 また、その条が附則第○条である場合は、この後に".appendix"を付ける)+_+改正法等により追加された場合にはその改正法令のid属性値
- 用例:id="a1"(法令制定時から存在する第1条)、id="a23-4_l56-h7"(平成7年法律第56号により第23条の4として付け加えられた条)、id="a89_c12-s34"(昭和34年政令第12号により第89条として付け加えられた条)
- number属性(オプション)
- 概要:条番号が何番であるかを示す属性。 id属性の値は、その後条文が移動し条番号が変化しても変わらないため、そのような移動があった場合にその条が第何条になったかを示すために用いる。
- 値:a+条がその制定後の法令改正により別の条番号の条とされた場合におけるその別の条番号(枝番の取扱いはid属性の値におけるそれに同じ)+_+その法令改正に係る改正法令のid属性値
- 用例:number="a56-7_cao89-h12"(平成12年内閣府令第89号により第56条の7へ移動)
内容
- heading要素(オプション)
- clause要素(必須)
解説
「条」を示す要素。 条番号はスタイルシートで付与することとし、内容には含まない(属性として扱う)。 また、条文の文言自体も「項」を示すclause要素よりも子の要素の内容とし、article要素直下の内容とはしない。
(2004-07-25記)
(2004-08-01一部修正)
(2004-08-08一部修正)
[法令XML文書化計画]:要素解説−heading要素
属性
- inherit属性(省略可能)
- 概要:共通見出し(複数の条が同一の見出しを用いる場合のその見出し)を表す属性。 値がtrueの場合、空要素でないheading要素を含む直前のarticle要素のheading要素の内容を共通の見出しとして有することとなる。
- 値:trueまたはfalse(省略した場合はfalse。 要素内容が文字列の場合は必ずfalseの値をとり、空要素の場合は必ずtrueの値をとる)
- 用例:<heading inherit="true"/>
内容
- 文字列または空要素
解説
各条に付されている「見出し」を表す要素。 見出しをくくる括弧はスタイルシートで付与することとし、内容には含まない。 article要素がheading要素を含まない場合、その条には見出しが存在しないことを表すが、inherit属性の値がtrueであるheading要素を含む場合、法令としては見出しが記載されないが、意味的にはその条に見出しが存在することを表す。
(2004-07-25記)
2004-07-18更新分
[書評]:「失敗研究」の成功と失敗−「名経営者が、なぜ失敗するのか?」(シドニー・フィンケルシュタイン著、橋口寛監訳/酒井泰介訳)
失敗から学ぼうというコンセプトが注目を集めるということは、しばしば見られる情景である。 例えば、既に古典の域に入らんとする戸部良一他「失敗の本質」(webmasterは、戦中日本を題材とした本であるならば大井篤「海上護衛戦」をより好むが)の書名を聞いたことがある人間は決して少なくないだろう。 一時期失敗学会の活動がメディアで注目されたことを記憶している人々もいるだろうし、爆笑問題のラジオ番組や本を通じてハインリッヒの法則を知った方もいるだろう。 そんなマーケットに新規参入を図ったのが本書である。
構成は極めてベーシックでわかりやすい。 簡単にまとめれば、まず数々の失敗例−本書はダートマス大学のタック・スクールにおける講義を下敷きとしており、アメリカの事例が数多く取り上げられているが、雪印やソニーといった日本企業、そしてモトローラのような日本でも知られる大企業もあり、それほど抵抗なく読み進められるだろう−を詳しく描写し、ついでなぜそれらが失敗したのかを分析し、最後に失敗を回避するための示唆を導き出すというもの。 アメリカで出版される大学の教科書にありがちな、一見読む気を萎えさせかねない分厚さ(469ページ!)ではあるが、これまたアメリカ産教科書の特長どおりよく整理されており、心配には及ばないだろう。
そんな本書一番の特徴は何かであるが、まずは次のリストを見て欲しい。
- 無能な経営者
- 予測不能な事態
- 現場の混乱
- トップの怠慢
- リーダーシップの欠如
- 経営資源不足
- トップの私利私欲
企業の失敗の理由として誰もが思いつく項目であるが、筆者はこれらを「7つの俗説」として退けている。
世の構造改革原理主義者に是非とも目にして欲しいのだが、筆者曰く、"名経営者"がなぜ失敗するのか、その理由をこうした俗説に求めることができれば私たちの手間も省けたことだろう。
だが、事はそう簡単ではなかった
(pp31, 32)のである。
そうしたことに目もくれず、経営悪化企業を十把一絡げにゾンビなどと呼んで悦に入っているヒョーロンカ連中の底の浅さがわかろうというものだ。
もう一つwebmasterが感心したのは、この世に万能薬はないということをきちんと押さえている点。
例えば「官僚的」といえば組織の悪弊の代名詞であって、経営学の教科書では罵倒の言葉として用いられることがほとんどであるが、本書は、もちろんその問題点は指摘しているが、同時に事実上、すべての大規模組織が何かしらの"官僚的組織"を採用しているのは、理由がないことではない。
"官僚制"は安定性、説明責任、そして効率をもたらすからである。
多くの人々は"官僚制"という言葉を忌み嫌うが、実際には、"官僚制"なしに存続できる組織などほとんど存在しない。
マックス・ウェーバーがずっと昔に指摘したことだ
(p303)とも語っている。
その他、所有と経営の分離に問題があるのと同様それらの一致にも問題はある(p79)とか、現場に権限を委譲すれば業務に集中でき細部へも目配りできるようになるが、各現場の縄張り争いを招く原因にもなる(p117)とか、企業トップが様々な問題を引き起こした張本人であっても、それを馘にしたからといって問題が解決するとは限らない(p214)とか、社員の士気を高めることは大切だが、自画自賛に陥る危険に配意しなければならない(p278)であるとか。 考えてみれば極めて常識に属することではあるが、逆にそうした点をおろそかにせず限界を見極めている点は素直に評価できよう。
そんな美点を備えた本書はあるが、webmasterが失敗研究にありがちと考える陥穽にはやはりはまってしまっている。 それは何かといえば、成功例との対比がなされていないことである。
こう書くと疑問に思う人も多かろう。 失敗研究はそのほとんどが成功例と比較対照を行っているではないかと。 本書にだって成功例が豊富に掲載されているではないかと。 だがそれらは、あくまで失敗研究が指摘する失敗の原因を回避したが故に成功した、という事例であるにすぎない。 ところが現実の社会では、失敗の原因を抱え込んでいながらなお成功した事例、逆に成功の原因を抱え込んでいながらなお失敗した事例というものがいくらでも観察できるのだ。
例を挙げてみよう。 本書では失敗に係る警告サインとして5つの分野に関する17のチェックリストが提案されている。 その中の一部(全部が何かは本書を紐解いていただきたい)を紹介すれば以下のとおりである。
過剰な誇大宣伝(ハイプ)に気をつけろ
13 期待の新製品が、単なるハイプである可能性はないか?
14 期待の合弁買収(M&A)が、単なるハイプである可能性はないか?
15 期待のプロジェクトが、単なるハイプである可能性はないか?
16 深刻な問題の予兆となるスケジュールの遅れや目標不達成が最近ないか?
(p357)
これらにことごとく当てはまる前科を持つ有名企業に思い当たらないだろうか? そう、マイクロソフトがそれである。
他方でそのライバル企業であるアップルやサン・マイクロシステムが、本書において成功の秘訣とされている社内の風通しのよさにおいてマイクロソフトに勝るとの評判を勝ち得ながら、なぜ結果は逆になってしまうのか−アップルはこれまで、ある意味風通しが良すぎたが故にあまりにも多くの可能性を実現できず、サンにいたっては、経営悪化からマイクロソフトに「講和」を申し入れざるを得なくなっている−その理由は、本書を読んでも明らかにはならない。
結局のところ、操作変数のみを動かしてその他の条件を同一に保った形で実験することができないため仕方がないのだが、読み手はそこを十分に踏まえて本書に対峙する必要がある。 これさえやっておけば大丈夫だとか、こんなことをしていては失敗は避けられないとか、そのように教訓を過度に単純化して失敗を再生産するようでは、何のために失敗に光を当てたのかわからなくなってしまうだろう。
(シドニー・フィンケルシュタイン(2004)、「名経営者が、なぜ失敗するのか?」、日経BP社)
(2004-07-18記)
2004-07-11更新分
[月旦評]第19回:宮内義彦
日本プロ野球界を震撼せしめたブルーウェーブとバファローズの合併報道から1ヶ月弱、宮内の名は渡辺恒雄・ジャイアンツオーナーや堀江貴文・ライブドア社長らと並んで様々なメディアを賑わせている。 合併自体には反対の声が強いようであるが、はたして、この経営判断をどう評価すべきか。
宮内自身、赤字額の大きさが問題なのではなく、(投資に)見合うだけのメリットが得られるかが重要と語っていることから、まずはそうした投資効率の観点から考えてみると、一リーグに統合されることを前提とすれば(実は意外なことに、この話は宮内の口からは一度も公には語られていないのだが)、リーズナブルな判断であると評価していい。 合併・一リーグを前提として年間の損益を考えた場合、目立つ収益改善要素はテレビ放映権料が入ること、もっと露骨に言えばジャイアンツと試合ができるようになることしかないのだが、それはたかだか10億円程度であり、数十億円規模とされるブルーウェーブの赤字を到底埋めきれるものではない。
しかし、これについては宮内は(ファンが)燃え立っていれば、たとえ赤字でも知名度向上という意味で企業にマイナスではないと明言しており、おそらくはこの10億円程度の赤字縮減ができれば、それでそろばんが合うのだろう。 これほど意向を無視されて合併を推し進められたファンは燃え立ちなどしないだろう、との反論があるかもしれないが、このファンに配慮したかのような発言は建前だと考えておいた方がよい。 コアなブルーウェーブ/パリーグファンにとっては言わずもがなだろうが、イチロー、田口、ニール、中嶋、高橋、長谷川、星野、野田、平井、鈴木平といった1996年の日本一を支えた主力選手を軒並み放出するは、獲得できないことが明らかだった沖縄水産・新垣(現ホークス)のドラフト指名を強行して三輪田スカウトを自殺に追いやるは、ドラフトがらみで言えば契約金ゼロといったふざけたことをするは、とファンの熱意に水をかけるようなことばかりしてきたのがブルーウェーブの(日本一になり十分知名度を向上させた後の)歴史である。 はっきり言ってしまえば、宮内のそろばんにとって、ファンに愛されるかどうかということはたいした意味を持たないはずだ。
なぜなら第一に、彼がCEOを務めるオリックス・グループはその収益を法人取引に負うところが大であるが(詳しくはそのセグメント分析を参照されたい)、ワンマン社長が相当に熱狂的なブルーウェーブファンであるといった事情がない限り、野球についての感情を取引の損得に優先することはあり得ないこと。 第二に、ブルーウェーブのファンは数少なく、第一で例示したようなワンマン社長であるブルーウェーブファンはほとんどいないと予想されること。 今までのブルーウェーブに対する彼の態度、及びそのオリックス・グループの収益への影響のなさからも、この推測が誤りではないことが裏付けられよう。
さらに今回宮内のうまいところは、既述のとおり一リーグ制といった合併に付随する議論に沈黙を守っているところ。 今般の合併を巡る役回りとしては、この手の話題では必ず全面に出てくるジャイアンツの渡辺オーナー及び「署名に加わったら、プロテクトしない」発言や「古田はそんなに偉いのか」「清原? あんな男に何億も払っているということこそ、糾弾せな」発言に代表される失言を繰り返している近鉄の山口社長が悪役として定着した。 一般のイメージが悪くなってもそれほどのダメージは受けないといっても、悪くならないに越したことはないわけで、宮内が余計なことをしゃべらないのは、山口社長の振る舞いはともかく、渡辺オーナーが自分の盾になってくれることを十二分に見越してのことであろう。
そうした巧妙な立ち回りも、そもそものそろばんが狂っていては意味がないが、地元密着をこれ以上なく成功させているホークスの経営状況を見ても、情に流されない今回の経営判断は、最善とは言わないが企業の責任者のそれとしては及第点だろう。 よく引き合いに出されるメジャーリーグだって多くの球団は赤字だし、Jリーグの経営はプロ野球の半額という人件費を抜きにしては語れない。 結局は放送権料が増えないことにはどうにもならないのは、先にリンクした各球団の経営状況を見ても明らか(セリーグ・パリーグを合計すれば全体としては赤字だ)。 TBSが子会社化したベイスターズの試合を放送しないことからも、現時点ではジャイアンツの試合以外はまとまった放送権料が入らないと考えてよく、そうした外部環境を前提とすれば合理的だと評価すべきだろう。
だが、最近の宮内の活動は、オリックスの経営トップとしてのそれよりもむしろ財界活動−特に規制緩和関連−に軸足を移しつつある。 その観点からすれば、一連の彼のスタンスはなかなか評価ばかりもできまい。 これだけの議論を巻き起こしておきながら、合併の一当事者としての立場を前面に出してお得意の「構造改革」に触れないのは、以後の彼の言動を素直に受け取ってはもらえなくなる一因となろうし、ましてプロ野球界の旧態依然たる慣習を受け入れるようになったというのではなおさらだ。
当たり前といえば当たり前ではあるのだが、宮内の規制緩和論もある種の投資効率を考えた主張であって、それに殉ずべき宗教的信条などではない。 経営者としてはそれが当たり前−経済同友会時代のそれと主張を180度変えた生田日本郵政公社総裁が典型例−ではあるが、規制緩和のイデオローグとしては上記のような態度はその輝きを著しく曇らせることになるであろうし、例えば再販問題あたりで渡辺オーナーに今回の借りを返さなければならない(どうも昔から再販問題と一リーグをバーターにしていたらしい(webmaster注:リンク先の4月7日を参照)ことからも不可避だろう)ことからも、今後の彼の言動は今までのそれに比べて冷めた目で見られることは覚悟せざるを得まい。 今後の展開によっては、堕ちた偶像となるリスクだってあるのだ。
霞が関の住人としては、およそすべての規制緩和推進がアプリオリに正義と認められるべきものではなく、それなりの思惑を持って主張されるものとして取り扱うべきだ(だからといって規制緩和すべきでないということではなく、あくまで個別の規制について是々非々で臨むべきだというのがwebmasterの主張である。 念のため)ということが明らかになるのはいいことだと思っているが(笑)、そんなロジックで彼を評価する人間は極めて少ないであろうし。
(2004-07-11記)
2004-07-04更新分
[月旦評]第18回:清原和博
ちょうど一ヶ月前の今日、清原は2000本安打を記録した。 通算本塁打も490本と歴代8位であり、彼がひとかどの選手であるのは事実だ。 それにしても、2000本安打達成直前の盛り上がりに代表される彼の人気−例えばPL学園の2年後輩の立浪は、昨年、清原より一足先に2000本安打を達成した(ちなみに一年前の明日だ)が、その人気は比べようもない−はどこからくるのだろうか?
ホームランバッターはアヴェレージヒッターよりも一般に人気は高いし(清原が真に活躍できるのはアヴェレージヒッターに徹したときではあるのだが)、歴代1位のオールスターMVP(7試合)や歴代2位のサヨナラ本塁打・ヒット(それぞれ10本、18本。 ちなみにどちらも1位は一本差で野村克也)に代表される「記憶に残る」タイプの活躍をしているし、高校時代の活躍(甲子園に5回連続出場して通算本塁打13本、優勝2回)でプロ入り前から相当の人気を得ていたこともあるし、ライオンズの黄金時代を重ね合わせる人もいるだろうし(当時の監督であった森は、「『10年間日本一に君臨したチームの4番打者であった』という勲章に替わる記録などほぼない」と語ったという)、「番長」キャラが今では温かく受け入れられていることもあるし、ペタジーニ優先の起用法が判官びいきをもたらしていることもあるだろう。 それに加えて何か考えられないか、下の表を見ていただきたい。
| 年 | 日本経済に関する主な出来事 | 清原に関する主な出来事 |
|---|---|---|
| 年 | 日本経済に関する主な出来事 | 清原に関する主な出来事 |
| 1986 | 11月の景気の谷以降、第11循環の上昇局面入り(いわゆる「平成景気」)。 | 前年のドラフト1位指名により西武ライオンズに入団。 デビュー当初より主軸をまかされ打率.304、ホームラン31本の記録を残し、新人王・新人最多本塁打タイ記録(高卒新人最多本塁打記録)などの活躍。 ライオンズは日本一となり、黄金時代を迎える(1992年までの7年間で6回の日本一)。 |
| 1987 | 地価・株価の急激な上昇が始まり、バブルに突入。 10月にブラック・マンデーがあったが、ほとんど影響を受けなかった。 | 日本シリーズでドラフト時の因縁浅からぬジャイアンツと対戦、日本一決定直前の落涙がテレビで盛んに放映される。 |
| 1988 | 引き続き経済は好調。 | ライオンズが日本シリーズ3連覇。 初のベストナイン・ゴールデングラブ選出。 最多勝利打点を獲得。 |
| 1989 | 株価が市場最高値を記録。 | デビューの年から死球が多かったが、被死球16で自己ベスト(ワースト?)。 特に平沼(当時オリオンズ)にぶつけられた際には、バットを投げつけて初の出場停止。 シーズン途中、デストラーデがライオンズに入団し、秋山とともに3連覇を支えるクリーンナップが確立。 ライオンズは最終結果で0.5ゲーム差に3チーム(バファローズ、ブルーウェーブ、ライオンズ)がひしめく大接戦の末、パリーグ3位でペナントレースを終える。 |
| 1990 | 株価は前年より低迷するも、地価の上昇が地方に拡散するなど、依然としてバブル期にあった。 | 打率.307(自己ベスト)、ホームラン36本(自己ベスト)、94打点、出塁率.454(最高出塁率獲得)とプロ野球人生で最高の活躍。 オールスターでも初のファン投票最多得票獲得。 この年バファローズに入団した野茂(現ドジャース)との勝負は平成の名勝負とたたえられる。 ライオンズは日本一に返り咲き。 |
| 1991 | 2月に景気の山を越え「平成景気」が終了、地価も頭打ちとなるが、バブルの熱狂を冷ますための必要な調整との認識が多数。 「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」に代表されるトレンディドラマが人気を博すなど、悲観的な雰囲気はほとんど感じられなかった。 | 2連覇を飾ったライオンズの4番を引き続き務め、2年連続でオールスター最多得票を記録するなど変わらぬ人気を集めるが、成績は軒並み前年比ダウン。 特に、この年3割を下回った打率は、二度と3割に復帰していない(規程打席に達したシーズンでは)。 |
| 1992 | 8月に株価がバブル後最安値(当時)を記録するなど、バブル崩壊が身近に感じられるようになり、徐々に悲観的な見方が増える。 | シーズン成績は90年に近いものを残す(打点は90年以上の96打点(ライオンズ時代自己ベスト)、最高出塁率(.401)獲得)が、日本シリーズではスランプに陥り最終戦で途中交代させられる(石毛曰く、「あの交代は当然。 清原にはシリーズ後半から戦う姿勢がまるで見られなかった」)。 |
| 1993 | 10月に景気の谷を迎えるものの、学生の就職状況が「氷河期」と称せられるなど、マインドの好転は見られず。 | デストラーデがメジャーリーグ(マーリンズ)に移籍し、不動のクリーンナップが崩壊。 伊良部(オリオンズ)が対清原で日本最速の158km/hを記録し、野茂に加え伊良部との対決も平成の名勝負と称されるなど人気は相変わらずで、前年秋山にその座を譲ったオールスター最多得票を奪還。 4年連続で二桁だった三振数が120に急増。 以後、怪我で打数が400未満となる98年まで、5年連続で100以上三振。 ライオンズはパリーグ優勝は飾ったが、野村ID野球で知られたスワローズに日本シリーズで前年の雪辱を果たされ敗れる。 |
| 1994 | 引き続き景気回復局面にあったが、東京協和信用組合・安全信用組合の破綻など、不良債権問題が大きくクローズアップされるようになる。 | 前年オフに秋山がホークスに移籍し、黄金時代のクリーンナップが完全に崩壊。 この年、イチローが本格的に一軍デビュー、シーズン210安打の日本記録を達成するなど一大ブームを巻き起こし、パリーグ一の人気選手の座を奪われる。 ライオンズは前年に続き日本シリーズ敗退。 |
| 1995 | 中小金融機関の破綻が相次ぐ中、住専問題が世の注目を集めるようになり、金融不安が取り沙汰される。 | 初の大怪我といっていい右肩亜脱臼の影響か、はたまた平成の名勝負の好敵手・野茂がメジャーリーグ(ドジャース)に移籍しインセンティブが下がったのか、90年をピークに徐々に下降していた成績が最悪を極め、打率.245は自己ワースト(規定打席到達)、デビュー以来の9年連続年間三桁安打も途切れる(なお、打点も当時の自己ワースト)。 チームも「がんばろう神戸」ブルーウェーブに惨敗。 オフの契約更改では、自ら異例の年俸ダウンを申し入れ。 |
| 1996 | 住専処理への公的資金投入が行われ、堅調な景気回復も手伝って金融不安に一服感が漂う。 | ホームランや打点はやや復調したものの、打率は.257と低位安定、何より得点圏打率.248に敬遠ゼロと主軸としては物足りない成績。 シーズン終了後FA宣言、巨人入団。 |
| 1997 | ついに5月に景気の山を越え景気後退局面入りするが、財政構造改革が政治イシューとなり、消費税引き上げなどが行われる。 後半には北海道拓殖銀行や山一証券が破綻し、金融危機が叫ばれる。 | 巨人移籍後中軸を任されるも、シーズン152三振を喫し(セリーグ記録)、打率も.249にとどまる(規定打席到達シーズンでは自己ワースト2位)など不本意な結果に終わる。 ジャイアンツ低迷(4位)の戦犯とされ、3回死球をぶつけた藪(タイガース)には「今度やったらしばいたる」と発言し、それらを受けて雑誌FRIDAYでその夜遊びなどをあげつらう「番長」記事が始まるなど、悪役扱いが定着。 |
| 1998 | 日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が破綻。 金融危機が頂点を迎える。 | この年から怪我が目立ちはじめ、出場試合数が116と当時の自己ワーストまで減少。 因縁の藪には「顔ゆがめたる」発言。 |
| 1999 | 1月の景気の谷以降、景気回復局面に。 | 怪我に泣かされ、プロ入り後初めて出場試合数が100を割る(86試合)。 打率.236(自己ワースト(規定打席未到達))、ホームラン13本(当時自己ワースト)、46打点(当時自己ワースト)と低迷。 プロ入り以来の連続20本以上ホームランも13年でストップ。 この年のオフからケビン山崎の指導で肉体改造開始。 |
| 2000 | ITバブルが絶頂に達するが、ゼロ金利解除等により景気は減速、10月には景気の山を越える。 | シーズン前半は引き続き怪我に悩み、最終的に出場試合数は75にとどまるも、7月以降はスタメンとして活躍し、打率は.296を記録(規定打席未到達)。 |
| 2001 | 小泉政権が発足し「構造改革」ブームスタート。 マイカルの破綻に象徴されるように不景気は続くが、小泉ブームの下で「改革に必要な痛み」として受容される。 | ほぼシーズンを通して活躍、巨人移籍後で最高の成績を残す(打率.298(巨人移籍後の規定打席到達シーズンでは自己ベスト)、ホームラン29本(巨人移籍後自己ベスト2)、121打点(自己ベスト))。 |
| 2002 | 2月に景気の谷を迎えるものの株価は低迷。 | 再び怪我に泣かされ、出場試合数は55、ホームラン12本、33打点にとどまる(いずれも自己ワースト)。 |
| 2003 | 株価がバブル後最安値を更新するも、りそな処理後急激に回復。 昨年来の景気回復にマインドの好転もあって、「構造改革による景気回復」との認識が広まる。 | 再び復活。 114試合出場、打率.290、ホームラン26本、68打点。 |
| 2004 | 現時点では引き続き好景気。 一般には構造改革の成果と捉えられている。 | 2000本安打達成。 |
ご覧いただいたとおり、栄光→停滞→どん底→改革という物語は、奇妙なほどに両者がシンクロしている。 これもまた清原の人気を支える大きな要因の一つとは考えられないだろうか?
同じような道を歩んだ選手がいる。 「記録よりも記憶に残る選手」の代名詞である長嶋茂雄は、高度経済成長が軌道に乗り始めた岩戸景気のさなか1959年の天覧試合で劇的なサヨナラ本塁打を打ち、いざなぎ景気とシンクロするジャイアンツV9の中心選手として陽気なキャラを愛され、V10の夢が破れた1974年、オイルショックにより誰もが高度経済成長の終わりを実感する中で引退した。 思い出の中で時代を代表するキャラクターだったからこそ、長嶋は記録では彼とは比較にならない金字塔を打ち立てた王よりも人々の記憶の中に、時代とともに生き残っているのである。
しかし、高校時代からプロ1年目にかけての彼の活躍を目にした身としてwebmasterは、長嶋ではなく王の道を歩んだ清原をこそ見たかった。 しろはたのテキストに当時の清原がいかにすごかったか(そしてなぜ低迷に向っていったか)が詳しく書かれているので繰り返さないが、ちょっとしたサイコロの目の違いで、王や落合を上回る日本プロ野球史上最高のバッターが誕生していたかもしれなかったのだ。 20世紀最後の四半世紀プロ野球界におけるバッターに関する、最も心引かれるパラレルワールドと言えよう(ピッチャーに関するものは、作新学院卒業直後にプロ入りした場合の江川)。
(2004-07-04記)