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writings concerning kasumigaseki issues and others: 2005-02

2005-02-28更新分

[書評]:会計とは何ともよくできた制度であることか−「公会計革命 『国ナビ』が変える日本の財政戦略」(桜内文城著)

この本を読んで、webmasterはタイトルのごとく本当に感動した。 会計とは、ある組織の財務状況を明らかにするという唯一の目的の達成のために数百年にわたり積み重ねられてきた人類の叡智の結晶であり(現代会計制度の基盤となる複式簿記は15世紀のイタリアで発明され、これはゲーテ曰く「人知のもっともすばらしい発明」とのことである)、その理解がまるでダメだったりしても、一定のフォーマットに従って計数を処理することにより、それなりのアウトプットが出せるのだから。

というと、本書の題名を見て、「そうかぁ、公会計の革命により、財政政策についての理解や理念がなってなくても、きちんとした財政運営が可能になるのか」と思われた方もいるかもしれない。 が、webmasterの言いたいことは正反対である。 「著者のように会計について全くわかっていない人間であっても、やろうとすることを会計のフォーマットに落とし込んでいけば、それなりに使い物になる会計基準を作ることができるんだなぁ」ということなのだ。

著者が本書で提案する「国ナビ」とは、企業会計の3種類の財務諸表−貸借対照表、損益計算書、資金収支計算書−に加えて損益外純資産変動計算書を作成し、予算ベースでこれらの財務諸表を突合することにより、将来の国民負担をもシミュレーションを通じて明示できるようになり、政策判断に当たってはそれを必ず意識して行わざるを得なくなることを指している。 となれば、当然新たに加わる損益外純資産変動計算書、及びそれに記載される処分・蓄積勘定の導入が「国ナビ」のキモであることは明らかだ。

では、それらはいったい何を表しているのか。 折に触れ繰り返し説明されているが、代表例として次の記述を紹介しよう。

・・・国ナビが将来世代の負担を算出できるのは、会計期間中のフロー(取引)情報を処理する勘定として、企業会計で用いられる「損益勘定」だけでなく、新たに「処分・蓄積勘定」を導入しているからだ−ということである。

p168

ふむふむ。 では「処分・蓄積勘定」で経理され、損益外純資産変動計算書に記載される取引はなんだろうか。 該当する記述を探すと、損益計算書の尻の他に、社会保障給付や、インフラ資産を整備した際の資本的支出のような、損益外で財源を費消する取引を指している。p168

はあーん? 何書いてんだ、こいつ? どっちも損益外で純資産を変動させるものじゃないじゃん!

具体的に見てみよう。 まず社会保障給付であるが、生命保険協会作成の「生命保険会社のディスクロージャー〜虎の巻(2002年版)」の「3.損益計算書について」を見ると、「経常費用」の主なものは、(1)保険金・年金・給付金・返戻金などの支払p16、以下略)とあり、要すれば損益内で純資産を変動させるものである(更に言えば、企業会計には存在しないものだという理解も間違っているわけだ)。

次にインフラ資産を整備した際の資本的支出であるが、これは損益外であるのは確かなのだが、逆に純資産を変動させないものだ。 支出をした瞬間の経理処理は、貸借対照表上の現金が同額のインフラ資産に振り替わるだけなので、純資産の額(=資産と負債の差額)には影響がない。 必要な資金調達まで視野に入れたところで、資産と負債が両建てで同額計上される、つまり、資金調達による負債の増加分はインフラ資産の額と使われずに残ったあまりの現金の額の和に等しく、やはり純資産の額には影響がない。

いや、言いたいことはわかる。 人件費などのランニングコストと政策判断により配分が決定されるものをきちんとわけて、それぞれに適した意思決定プロセスを構築すべきという方向性には異論はないし、狭義の国にとどまらず、日銀とも会計を連結させ広義の国の財務状況を把握して財政政策・金融政策・為替政策を一体的に見るべきとか、そういう着眼はとってもいい。 しかも、会計についての本で、自分のアイデアを会計に落とし込むためのコアになる概念についてここまででたらめなことを書いてあるにもかかわらず(いちいち挙げないが他にも妙な記述はいろいろある)、公認会計士等を交えて結果としてできあがった財務諸表及びその使い道はなかなかのもの。 だからこそ冒頭書いたように、会計制度とはfoolproofである点においてかくもすばらしいものだと感じ入らざるを得ない。

更に言えば、このような仕掛けをいろいろと考える動機もいかがなものかと考えざるを得ない。 筆者は財務省出身者なのでそういう考え方に染まるのも無理はなかろうが、歳出要求に対してタックスイーターなどとラベルを貼って一方的に攻撃するというのはさもしくないか(タックスペイヤーの反対だとしているが、ほとんどの「タックスイーター」は同時に「タックスペイヤー」であるはず。 「然し悪い人間という一種の人間が世の中にあると君は思っているんですか。 そんな鋳型に入れたような悪人は世の中にある筈がありませんよ。 平生はみんな善人なんです。 少なくともみんな普通の人間なんです。 それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです」という「こころ」の一節でも読んでほしいものだ)。 財務省が予算要求を切るのが仕事なら、他省庁等は予算を要求するのが仕事。 他省庁等をおとしめる前に自らの査定技術のつたなさを悔いるのが先であろう。 ま、国債は全額返済しなければならないと考えていたり、政府と国民の関係について、比喩を比喩とも考えずに延々と信託がどうのこうのと議論を続けたりと、そういった自らの考えを相対化できない資質では望むべくもないか。

というわけで、本書はいいツールを紹介しており、実際どのような記帳をしたらよいのだろうか、ということを知るためだけに読むにはお薦めであるが、筆者の哲学を開陳しているような部分はすべて飛ばすことを忘れずに、ということを念押ししたい。 ちなみに、会計に関する部分以外の記述も、戦後の経済成長を産業政策によるものとしてみたり、デフレ対策として斉藤理論的に名目金利引き上げを主張したりと、そういったものである。 しかし、こういう薄っぺらい「エリート」を見ると、「日本のエリートには教養がない」との俗っぽい批判にも一定の説得力を認めざるを得ないのが悲しいねぇ・・・。

桜内文城(2004)、「公会計革命 『国ナビ』が変える日本の財政戦略」講談社

(2005-02-28記)

※リンク用パーマネントURI
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