bewaad institute@kasumigaseki

  • archives by smart archives
  • 01/13/2008 (11:59 pm)

    「総量規制」の経緯

    Filed under: policymaking, government, history ::

    昨日、CXにて放映された「バブルへGO!!」においては、いわゆる総量規制通達が重要な位置を占めていたわけですが、まあ××のために、というのはご愛嬌としても(ネタばれ防止のため伏字にしてます)、実際にどのような状況であのようなものが導入されたのか、当時のデータとしてネットで収集可能なものとして、国会会議録から集めてみました。国会会議録検索システムを使って探したので、検索語の不適切さ等からもっと的確な発言を探し漏らしている可能性はありますので、その点にはご留意をいただければ。

    まずは1990(平成2)年3月27日の通達発出前のものから。最初に土地関連融資の伸び率に着目した応答が行われたのは、1986年まで遡ります。

    ○刈田貞子君 それから、土地高騰を招いている原因として地上げ屋というような存在が強引な土地の買い占めを行っていくというような事柄もいろいろ出ておるようでございますけれども、その裏にやはり民間金融機関等の不動産業種への異常な貸し付けというのは、これは私、否めない事実なんですね。これも私は四月の、先ほどの申し上げました委員会におきまして御指摘申し上げておるわけです。マネーゲーム的に土地を一生懸命買い占めておると、これを今規制しておかないと大変ですよということを私は申し上げておりまして、当時日銀の調査で、私が調べたところでは不動産業者への貸付残高、たしか二三・一というふうに一月から二月の間のデータで御指摘申し上げた。一般企業への貸し付けは一〇・三なんです。それが二三・幾らだったわけ、それで私はこれは異常ですよと申し上げておいた。そしたらその後日銀の調査では四月―六月期で何と三一・一に上がってるでしょう、そうですね。そして七月―九月には三〇・九にはなっているけれども、私申し上げておいたとおりこれは四月に大蔵さんに依頼して指導してくれと銀行局さんに言ったんでしょう。だけどその指導が一向に功を奏してないわけですね。これは私はまことに遺憾な事情だと思う。大蔵省さん見えてますね、なぜこの効用が発揮できなかったんでしょう、通達の。

    ○説明員(中平幸典君) 金融機関の融資の問題でございますけれども、金融機関がどういうところに融資をするかという問題につきましては、基本的には各金融機関の自主的な判断に基づくものであるというふうに考えておりますけれども、金融機関は公共的な使命を有しておるわけでございまして、このことを十分に自覚をしてその融資に当たりまして社会的な批判を招くことがないように従来から私ども指導を行ってきているところでこざいます。ただいま先生の御指摘もございましたように、国土庁からの御要請もございまして本年の四月に金融機関に対して通達を発出いたしまして、投機的な土地取引を助長することのないように指導を行ったところでございます。

     ただいま先生御指摘のように金融機関の土地融資、特に今先生がおっしゃいましたのは不動産業向けの貸し出し残高の伸び率につきまして非常に高い伸び率ではないか、こういう御指摘でございます。先生の御指摘になりました数字にもございましたように、九月末のところで前年に比較をいたしまして三〇・九%伸びております。これは八月末の三四・一というのから比べますと若干数字は下がっておりますけれども、依然として高いということは御指摘のとおりでございます。

     今回の通達は、今申し上げましたとおり投機的な土地取引を助長するようなことのないように適切な対処をしてくださいと、こういうことでございまして、金融機関の土地関連融資その額そのものを抑制しようとするものではございません。土地に関連する金融機関の融資にも社会的に有用なものがあることが通例であることは御承知のとおりでございます。したがってその融資額が顕著に減少してないということをとって、直ちに通達の趣旨が生かされていないのだということにはならないと思いますけれども、いずれにいたしましても、最初に申し上げましたとおり金融機関の土地融資につきましては、今後とも国土庁等と緊密な連絡をとりまして通達の趣旨が徹底するように私どもとしても指導に努めてまいりたいというふうに考えております。

    参議院・決算委員会(1986年12月12日)(webmaster注:刈田貞子議員は、公明党(当時)所属です)

    ここでは、大蔵省(当時。以下同じ)の担当者は、「金融機関の土地関連融資その額そのものを抑制しようとするものではございません」としており、総量規制的な考えを採ってはいないことを明らかにしています。続いて、総量規制について直接の言及のあったものに進みます。時代は3年ほど下って1989年。

    ○粟屋委員 今、金融の引き締め問題について国土庁長官もお触れになりました。私は、この金融の引き締めを適期にきちんと行うことが地価高騰の抑制につながるのではないかと思っておるところでございます。

     昭和四十七、八年の異常な地価高騰の際も、銀行局長通達を四十八年に出しまして、土地関連融資の増勢、伸び率でございますけれども、これを総融資額の範囲内にとどめるという措置をとったわけでありまして、これが大きく効果を発揮しまして、潮の引くように地価鎮静に至ったのではないかなと思っておるわけであります。ただ、金融政策は土地ばかり見詰めておるわけにはいかないこともよく承知をしております。当時の好不況の問題もありましょうし、また金融政策独自のお考えもある。これは私もよく理解をできるわけでございますが、やはり時宜を得て的確にやっていただくこと、これは必要ではないかなと思っております。

     今般も銀行局長通達を三度にわたってお出しをいただいておるようでございまして、最初は、土地関連融資が社会的な批判を招かないように配慮をすべしということであったようでありますが、六十一年の十二月になると、投機的土地取引の融資については厳に慎むこと。また六十二年十月には、閣議決定の緊急土地対策要綱を受けて具体的な指示をされております。特に、監視区域内においては、勧告をしないという不勧告の通知があった場合あるいは一定期間内に判断が下されない、そういうような場合には融資をしてもいいがそれ以外は慎むとか、また、実需を対象として融資をすべきであって、融資対象土地の利用計画、建設計画をきちんと明らかにした上でやれ、こういうような通達もお出しになっているようであります。

     私は、そのときどきに適切な措置をおとりになったと思いますけれども、やはり上がり切ったところでそういう措置をとってもこれは余り効果が出ない、やはり上がらんとするときに、異常な事態となろうとするときにそれを事前にきちんとつかまえた上で、早期に的確にやっていただくことが必要ではないかと思っておるところでございます。大蔵省のおとりになった措置は私は評価いたしますけれども、今の私の見解につきまして大蔵大臣からお答えをいただければと思います。

    衆議院・予算委員会(1989年10月13日)(webmastr注:粟屋委員は、自民党所属の粟屋敏信議員)

    この「土地関連融資の増勢、伸び率でございますけれども、これを総融資額の範囲内にとどめるという措置」とは、後の総量規制の内容そのものですが、この発言からわかることは、

    • 総量規制は列島改造論による地価高騰時に講じられた措置であり、当時においてはその存在を記憶している人々が少なからずいた、
    • 総量規制に先立って大蔵省は重ねて土地関連融資抑制策を講じてきており、総量規制において急ブレーキを踏んだわけでは必ずしもない、

    ということでしょう。

    続いて、当時の大蔵省を巡る状況がもっともよく表れているいるとwebmasterが思うものを。結構長いのですが、お許しいただければ。

    ○村沢牧君 基本法には「土地は、投機的取引の対象とされてはならない。」、投機的取引の抑制を規定しています。

     今日まで異常な土地騰貴をもたらした元凶は投機的取引にあったことは国民だれしも知っておることです。投機的取引の背景には金融機関の不動産関連融資がある。銀行が地価の高騰を助長してきた面もある。日銀の澄田総裁は、かりそめにも金融機関の融資活動で土地の騰貴をもたらし、インフレ心理をあおったり、国民生活を不安定にさせてはならないと金融機関に警告を連発しておったのです。私も同感であります。大蔵省銀行局長の見解を求めます。

    ○政府委員(土田正顕君) 金融機関の土地関連融資につきましては、かねてから通達の発出、特別ヒアリングの実施等を通じまして、投機的土地取引等に係る融資を排除するように厳正に指導してまいったところでございます。

     その結果、金融機関の不動産向け融資の残高の伸び率は、特別ヒアリング実施後の六十二年度上半期以降基調として大幅に減少してきていると考えております。

     ただ近時、地方都市を中心に地価上昇が続いている状況にかんがみまして、国土庁のとられます措置と平仄を合わせ、大蔵省としても投機的土地取引等に係る融資を厳に排除するという従来の通達の趣旨をさらに徹底させるとともに、これは簡略にいたしますが、諸般のいろいろな措置を講じておるわけでございます。

     ただ、ここで一つ申し添えたいと存じますのは、不動産業向けの融資の数字などを私どもは参考にしているわけではございますけれども、土地関連融資のすべてが問題であるということではございませんので、住宅、民活関連、その他の内需に必要な資金、それの円滑な供給はこれは確保してまいる必要があるわけでございます。しかし他方、投機的な土地取引等に係る不適切な融資は、これは厳しく排除するという必要があるわけでございます。

     そこで、このようなところから見まして、なかなか特定の統計の数量のみをもって成績を評価するということは難しいわけでございまして、そこのところは私どもが従来からやっておりますようなきめの細かい特別ヒアリングとか金融検査とか、そういう個別のチェックが必要となるというふうに考えております。

     このような点に十分留意いたしまして、今後とも私ども一連の措置を通じまして、投機的土地取引等に係る融資が厳に排除されるように強力に指導してまいる所存でございます。

    ○村沢牧君 金融機関に対する大蔵省の指導については、もう何回もここでお聞きをいたしました。今局長からまた改めてお聞きをしたところでありますけれども、しかし大蔵省の担当課長は、本委員会で、銀行行政として考えられるあらゆる手段を尽くしているというふうに答弁をしておるのであります。局長、今までやってきた手段が、大蔵省としてはもうこれが最高のものだというふうにお考えになっていらっしゃるのかどうか。基本法が制定されることを契機にいたしまして、過剰な土地関連融資を抑制する政策を大蔵省ももっと強化すべきではないかと思いますが、どうですか。

    ○政府委員(土田正顕君) (略)

     そのような措置の前進を図っていきますのが現在のところでは最善の対応と考えております。

    ○村沢牧君 石井国土庁長官は、本委員会で我が党の山本理事の質問に対して、地価高騰の要因とされている金融機関の土地関連融資の拡大について、土地基本法の成立を前提に土地関連融資残高の多いところから銀行名を公表することが必要である。また、不適当な融資には罰則を含めた規定をつくってもよいではないか。こういう決意を込めた答弁をしておるのであります。

    (略)

    ○国務大臣(石井一君) 私は弁解をしたり弁護をしたりするつもりはございません。ただ、村沢先生、私は前回の答弁で、土地がこれ以上暴騰を続け、また不動産関連の融資がこれ以上額をどんどんとふやすというようなことになれば、公表もするべきであり罰則も加えるべきである、こういう趣旨の答弁をいたしたわけでございます。前段は一つあったということは事実でございますが、ところが新聞にも報道されました。大蔵省の方からもおたくの長官はあんまり元気よくやるなと言うて後ろからやってきたのも、私は直接聞いておりませんが、私のところへ来ておりませんけれども、事実でございます。

     しかし私は、なぜこの公表ができないのかという問題をも追及いたしたわけでございます。ただいま局長の答弁にもございましたが、中には適正な融資もある、不適正な融資もある。この区別も非常に難しい。また、額だけで順番を決めても、それを専門的にやっておる、そこに重点を置いておるバンクもあれば、そうでないものもある。そしてさらに、大手とか地方ぐらいまでは手が届くのですが、銀行局自体の届かぬところで一番反社会的行為が行われておる。このようないろいろ立場上の問題もあるようでございます。

     しかし私は、あの発言一言で、銀行に対しましても相当なアナウンス効果は出ておると思います。それに甘んじてはおりません。今後必要であれば大蔵大臣と直接直談判をいたしまして、銀行局長はこのように申しておりますが、さらに状態が悪くなれば当然やるべきであるし、銀行というのはやっぱり社会的信用ということを最も重視しておりますだけに、我々から見れば公表一回ぐらいですよ……

    参議院・土地問題等に関する特別委員会(1989年12月8日)(webmaster注:村沢牧議員は、日本社会党(当時)所属です)

    この応答からわかるのは、

    • 大蔵省は総量規制導入の約4ヶ月前であっても「現在のところでは最善の対応と考えております」と答弁しており、総量規制を含む新たな規制の導入には後ろ向きだったこと(国土庁の事務方に対して牽制するほどに)。
    • 他方で石井国土庁長官(当時。以下同じ)が個別銀行名の公表や罰則制定(!)といった新たな規制の導入の必要性を訴えていること。

    です。当時のマスメディアの論調の裏取りは困難ですが、急速な金利引上げを主導した三重野日銀総裁(当時)が「平成の鬼平」と誉めそやされたこと等に照らせば、石井国土庁長官の側に世論の支持があったことは想像に難くないでしょう。

    加えて、国務大臣である国土庁長官の発言がある以上、それに対してゼロ回答、というのは官僚としては採り難い選択肢です。というのも、もちろん他の大臣の発言を公式に蹴飛ばすには官僚の側も自分の大臣に上げる必要があるのですが、となれば大臣同士が意見を異にすることとなり、閣内不一致を引き起こしてしまうからです。閣内不一致となれば、大臣の辞職、ひいては内閣の信任問題にもつながりかねませんが、そのような事態の引き金を引く度胸は、官僚にはありません(例外的な者の存在の可能性は認めるにせよ)。

    結局のところ、芹沢局長=土田銀行局長(当時)が「バブルへGO!!」で描かれたような傲岸不遜な官僚であれば、むしろ世論や石井長官の意見にも背を向けて、我こそが正しいと総量規制を否定し続けることができたことでしょう。彼が世論を気にし、他の大臣の発言にも何らかの形で応えなければと考えるありがちな官僚だったからこそ、総量規制は導入されたのです。

    11/29/2007 (11:59 pm)

    接待を違法化すべき。

    Filed under: government, law ::

     守屋武昌前防衛事務次官(63)が在任中、防衛専門商社「山田洋行」元専務、宮崎元伸容疑者(69)側からわいろの認識をもって総額389万円に上るゴルフ旅行接待を妻とともに受けたとして、東京地検特捜部は28日午後、守屋容疑者と妻、幸子容疑者(56)を収賄容疑で逮捕した。特捜部は守屋容疑者が防衛装備品調達などで宮崎容疑者側に便宜を図ったとみて調べる。

     300回を超えるゴルフ接待など元防衛官僚トップと業者との長年の癒着は汚職事件に発展した。特捜部は防衛利権を巡る不正の全容解明を進めるとみられる。

    日経「守屋前次官夫妻を収賄容疑で逮捕――東京地検」

    守屋前防衛事務次官が接待を受けていたことはかなり前から明らかになっていたわけですが、逮捕が今のタイミングになったのは、

     (収賄、受託収賄及び事前収賄)

    第197条 公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、5年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、7年以下の懲役に処する。

    2 (略)

    という収賄罪の規定中、「その職務に関し」を満たすかどうかの判断に時間がかかったということでしょう。逆に言えば、現行法上、「職務に関」するものでなければ、接待は無論のこと、金品を受け取っても刑法上の収賄罪とはなりません。しかし、現在の公務員に対する世論からすれば、「職務に関し」なくとも収賄とする法改正をすべきであるとwebmasterは思います。

    法技術的には、どこからが「賄賂を収受」するものなのかの判定が難しいことが問題になるのかもしれません。たとえば接待に関して、割り勘であれば「賄賂を収受」でないとしていいかと考えても、公務員がそれなりの価格のワインを空けて同席者は飲んでいない場合、ワイン代込みでの割り勘は、厳密には「賄賂の収受」でありましょう。しかしこの理屈をつきつめれば、大皿から取り分けた料理がどれだけかをいちいち量らないことには「賄賂の収受」の可能性があるということとなり、罪刑法定主義の観点からすれば微妙な話です。

    #現行法の運用としては、起訴便宜主義でそのあたりは阿吽の呼吸なのでしょう。刑法は、口語化されたとはいえ記述振りとしては明治の法律ですから、最近の法律との規定の粗密のバランスとしては、若干粗きに過ぎるようにwebmasterには思われます。

    こうした「神学論争」のために早急な整備が難しいというのであれば、次善の策として、国家公務員倫理法改正が考えられます。

     経理局長の嶋口武彦(62)と官房長の守屋武昌(63)。会議前の立ち話だった。

     「お前なあ、倫理規程ができたんだから、(業者からの接待は)いい加減気をつけろ」

     入省年次が1年先輩の嶋口は、同年4月に出入り業者とのゴルフや飲食を禁じた自衛隊員倫理規程が施行されたことを踏まえ、こう切り出した。

     庁内で毎日配布される幹部の行動予定表の中で、守屋の夜の予定の多さは際立っていた。毎晩1〜3回程度の「会合」がいつも記載されていた。その頻度からみて、すべて自己負担の会合ではないことは容易にうかがえた。

     だが、嶋口の苦言に、守屋は平然とした顔で答えたという。

     「嶋ちゃん、あんなのいくらでも抜け道があるんだよ」

     「お前、官房長だろう。取り締まる立場なんだぞ」と嶋口は重ねて自覚を求めたが、守屋の態度は変わらなかった。

     守屋は山田洋行元専務、宮崎元伸(69)から、飲食接待のほかに8年間で300回を超すゴルフ接待を受けていた。倫理規程の施行前後から、ゴルフの際は夫婦で偽名を使うようになっていた。守屋が言った「抜け道」とはこのことだったのか−。

    産経「【防衛利権の闇(1)】夜の人脈誇示 自民領袖・議員、宴席にズラリ」(1/4)

    これらの行為は、おそらくは国家公務員倫理法第6条の報告義務違反でしょう(裏は取ってませんが)。現行の同法は、報告義務違反について罰則が科されていないのですが、これについて罰則を科せば、接待を受けた段階で収賄として取り扱う場合とほぼ同様の効果が得られるのではないかと思います(単純収賄とのバランスを考えれば、5年以下の懲役というのがひとつの相場でしょうか)。

    11/26/2007 (3:23 am)

    キャリア制度廃止?

    Filed under: government ::

     福田首相の私的懇談会「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」(座長=岡村正・東芝会長)は23日、国家公務員1種採用試験に合格した入省者がほぼ自動的に幹部に昇進する「キャリア制度」の廃止を提言する方針を固めた。

     具体的には、〈1〉現行の1種、2種採用試験を廃止し、新たな採用・昇進の仕組みとして「総合職」(企画職)採用試験と「一般職」(執行職)採用試験を導入〈2〉一般職採用者にも幹部登用への道を開く「幹部候補育成課程」を創設――の2点が柱となっている。

     現行のキャリア制度は、1種採用の「キャリア官僚」が、入省時から幹部候補生として育成される。2種、3種採用の職員が幹部に登用される例や、キャリアが幹部コースから外れる例が少ないため、人事が硬直的になり、職員の能力・実績が昇進に反映されていないとの批判がある。

     例えば、2005年度時点で見ると、本省課長以上の幹部職員計4778人のうち3536人(74・0%)を1種採用者が占めている。審議官級以上の「指定職」に限れば、887人のうち783人(88・3%)が1種採用者だ。

     今回明らかになった提言内容には、こうした人事制度が省庁の活力を奪っているとする批判にこたえ、現行の2種を含む「一般職」の職員でも幹部職員になれるようにする狙いがある。幹部候補課程に入っても育成効果が出ない職員は課程の対象から外すとし、能力・実績主義の徹底も打ち出した。

    読売「国家公務員の「キャリア制度」廃止、首相懇談会が提言方針」

    webmasterが言うのも大きなお世話ではありますが、このようなものを「『キャリア制度』廃止」と言ってしまっていいのでしょうか? 新しい「総合職」が従前のI種と何が違うのか、webmasterにはよくわかりません。

    「総合職」でなくても課長以上になれるというなら、記事にあるとおり、I種でなくとも課長以上になれるのが実態です。企業でも「総合職」「一般職」の違いはあるわけで、「総合職」的な存在を否定するような提言でなくてよかったとは思うものの、これでいいなら、単にI種以外からの幹部登用の数を増やせとするものと実質的には何も変わらないわけで・・・といいますか、この制度導入後は、「総合職」が「キャリア」と呼ばれるようになるだけのような気が。

    で、III種はどうなるんでしょうか?

    11/24/2007 (11:48 pm)

    政府=間接部門の効用

    Filed under: government ::

    ヒトの生殖細胞を使わず、皮膚の細胞から幹細胞を作り出した山中教授のグループの研究は大きく取り上げられています(ノーベル賞もん?)が、教授にインタビューしたTimes記者氏のブログに非常に興味深い内容がありやした。

    なんと、教授の研究の原動力は日本政府の無能さに対する怒りなんだそうです。なぜ日本では生殖細胞の研究利用が認められているのに、あえてそれを使わずに研究してるのかを尋ねられた彼は・・・

    (略)

    日本の幹細胞研究に対する政府の態度には2つ大きな問題がある。まず、一つの幹細胞に関する実験のたびに500ページもの書類3部を提出しなければならない。これを書くのに1カ月、さらに政府の審査に1カ月、これでは英国のライバルがその間10回以上実験できてしまう。本気で競争しようと思ったら、研究者を一人首にして代わりに事務員を2人雇わなければならない。だからほかの研究者が、公務員仕事の代わりに実験に集中できるよう、幹細胞を人工的に作る方法を見つけたんだ。

    それから日本の厚生省の気の変わりやすさ。長期研究を短い期間に押し込めたり、十分な資金を与えずに放置したり。問題は、事務官の長が3年ごとに変わることだ。新しい人が来るたびに、科学研究に足跡を残そうと新しい予算を立ち上げるが、科学的な根拠はなく思い付きだけで、すでにある研究プロジェクト(どんなに成功していても)から予算を奪ってしまう。基本的に、3年でプロジェクトが完成できなければ、あきらめろということだ。

    「So cool, Prof Yamanaka! 」(@おこじょの日記11/21付)

    実態としてはそうなのだろう、とは霞が関の住人であるwebmasterも思います。不当な非難やいいがかりではないでしょう。しかし、厚生労働省や文部科学省とて、好きでそのようなことをやっているわけではない、というのがこのエントリの趣旨となります‐嘘だろう、とお感じになる方も多いでしょうけれども。

    担当職員が偉ぶっていて不愉快な思いをした研究者の方々も少なからずいるとは察せられます。だからといって、担当職員が偉ぶりたいからといって制度ができるわけでもありませんし、その上司が部下を偉ぶらせたいからといって制度を作るわけでもありません。組織の権限の維持・拡大のためにあれこれ手を広げるとは霞が関(に限らず官僚組織一般)についてよくいわれる批判ではありますが、それが真であるとは限らないのです。

    では何のためにこのような制度ができるのか、それを示唆する好例が、最近話題の建築基準法の「改悪」でしょう。耐震偽装問題を受けて昨年に行われた建築基準法改正が、あまりに面倒な手続を強いるために住宅着工が落ち込み、ひいては景気の足を引っ張っていると最近言われています。なぜ国土交通省がこのような改正に踏み切ったかといえば、ねちねちと業者をいじめることに役所の窓口の人間が喜びを見出すからではなく、耐震偽装問題が大いに世の中で問題視され、国土交通省自身も厳しく批判されたからに他なりません。

    それと同様に、幹細胞研究における政府の関与も、それなくしては政府自身が大いに批判を受けかねない、との主観的認識の帰結であるとwebmasterは考えます。

    審査するのは先生方であって官僚ではないです。手続き上中央官僚が事務局をやっていますが、本来大学なり研究所の倫理審査委員会がきちんと対応できればそれで済むはずのことです。

    しかし現実には「ヒトになる可能性のある受精卵を壊す」という重大な決定に責任を持てないという意見が多かったので国レベルに上がっていたのだと思います。研究者にとっては、ここでお墨付をもらうことで倫理問題については批判されずに済む、ということです。

    「日本の科学技術政策」(@食品安全情報blog11/23付)

    仮に政府の関与がなければどうなるか。政府が対応している諸々の「公務員仕事」、つまりは国会対応やメディア対応等が、すべて各研究機関に降りかかる、ということです。関係省庁が一元的に対応しているがために効率化されている部分がなくなります‐とりあえず政府に聞けば一通り情報がそろう、ということがなくなるため、複数機関に重複して問い合わせ等が行われることとなります‐から、単純に政府がやっている「公務員仕事」の同量が各機関に分割して降りかかるのではなく、それに上乗せして降りかかることとなります。

    何か報道が出れば‐それが真に傾聴に値する批判である保証はまったくなく、単なる言いがかりである可能性は多分にあります‐、当の報道対象となった機関にとどまらず、あなたのところはどうですか、という取材がやってきます。報道が出れば国会で聞かれるとはよくあることですが、参考人招致などが現在の回数で済んでいるのはとりあえずは政府が対応しているからで、政府が「我々に聞かれても知りません。当事者に聞いてください」と言い出せば、世上問題になるような状況であれば毎日国会に出席しなければならなくなります。

    政府のそのような役割は、企業であれば広報、財務、法務、といった間接(管理)部門に相当するもの、とwebmasterは考えます。第一線で働いている営業等の担当者からは、そうした間接部門の存在は忌み嫌われるものです。すなわち、あいつらがいるから余計な仕事が増える、奴らは我々の足を引っ張ることしか考えていない、等々。しかし、世の中の企業がそうした部門を抱えているということは、結局のところそれらの存在が企業全体の生産性を高めているということに他なりません‐もし全体の生産性を低めているなら、そうした部門を持たない企業が現れ、競争に打ち勝っていくでしょうから。

    日本ではイギリスの10倍「公務員仕事」の手間隙がかかるとは、本当に残念なことだと思います。しかし、政府部門の効率性が同じと仮定すれば、それは政府に求められる仕事の量に10倍の差がある、ということを示しているのです。もちろん、日本の効率性がイギリスのそれに10倍劣り、本来同じだけの「公務員仕事」で済んでいる可能性はあります。ただ、日本の効率性がイギリスのそれに10倍勝り、本来100倍の「公務員仕事」を求められかねないにもかかわらず、10倍で済んでいる可能性だって同様にあるのです。

    11/02/2007 (11:59 pm)

    パブコメジェネレータ!

    Filed under: government, WWW ::

    先日のMiAUに関するエントリの続きです。

    パブコメジェネレータは、簡単に言えば、質問に答えていくとMIAUで提供する原案や投稿されたパブコメ素材を活用した、回答者向けに生成されたパブコメ案ができるというものです。

    パブコメジェネレータ開発

    前回のエントリでは、パブコメの「素材」がテンプレとして用いられる可能性が高く、思考停止を招くおそれがあるのではと批判したわけですが、ますますその方向に突っ走っているようで。

    ジェネレータの最終的な出力を、そのままメール送信までできると「コピペを推奨かよ」と批判されてしまうので、しない方が良い

    パブコメジェネレータ開発

    そのままメール送信すれば、コピーもペイストもしないわけですから、それはもうコピペではありませんね(笑)。とまれ、

    • コピペを助長することになるのでしない方がよいではなく、「『コピペを推奨かよ』と批判されてしまう」ことの回避のためということで、実際にコピペが大量に出回るようなことになったとしても、それを問題だとは思わないのだな、ということがわかり、
    • 他方、そうしたことが批判され得るとの認識はあり、「そのままメール送信までできる」わけではないとの言い訳を用意しているのだな、ということもわかり、

    なかなか興味深い一文ではあります。

    10/28/2007 (11:59 pm)

    パブコメは数じゃないんだよ、兄貴!

    Filed under: government, law, WWW ::

    MiAUによる違法にアップロードされたコンテンツに係るダウンロード違法化についてのパブリックコメント提出を助長する以下の活動があります。

    MiAUの運営側の主観的意図はさておき、客観的には、これらはテンプレ的な用い方をされ、多くの大同小異のパブリックコメントを生み出す方向に作用する可能性は大いにあるでしょう。そのようにパブリックコメントを提出する側には、パブリックコメントを提出する者の数に何がしかの意味があると考えが広がっても無理はないように思われます。もっとありていに言えば、より多くのパブコメを出せば出すほど、法案へ反映する可能性が高まるというような考えが広まるのではないかと。しかし、現実にそうではありませんし、さらに言えば、そうであることが望ましくもないのです。

    数が多ければいい、というのであれば、本件でいえばJASRACや各種コンテンツホルダーが組織的にパブコメを提出したときに、「賛成のパブコメの数が多かったからダウンロード違法化を進めます」という結果になることを受け入れなければなりません。また、締切り直前に非常にいいコメントを思いついたとして、人に呼びかけている時間がないから自分ひとりで提出した場合に、「あなたひとりしか出していないので受け入れられません」という対応を甘受しなければなりません。でも、そんなのいやですよね?

    #webmasterの霞が関経験からしても、業界関係者が大量に似通ったパブリックコメントを提出してきた例に直面したことがありますし。

    MiAUのような試みは、パブリックコメントの提出という行動に際して自らの見解を省み、考察を深める機会を増やすものとして歓迎すべきことだとwebmasterは思います。であるからこそ、いくら「素材」と呼称したところで、テンプレとしてコピペされる可能性が高い形で提示されたことは再考の余地があるのではないでしょうか。具体的な提出手続をわかりやすく示すことは(役所の欠陥を補うものでもあり)すばらしいことです。具体的にどこに着目すべきかの言及もよいでしょう。しかし、どのようなコメントを出すのかについては、あえて自分で考えろと白紙で突き放す方が趣旨に叶うのではないでしょうか。繰り返しになりますが、数に意味があるわけではないのですから。

    10/27/2007 (11:59 pm)

    建築士が官僚のごとく働かねばならぬとしたら

    Filed under: joke, government ::

    #元ネタはDan Kogaiさんの邦訳によります。

    建築士、

    家を一つ設計施行しろ。まだ何が必要か具体的なことはわからないので、必要になるかもしれないことはきちんと網羅的に説明するように。

    寝室の数は、2から45までの間。寝室の追加と削除は簡単に出来るようにしておくこと。青写真が出来たら、着工するまでにはどれにするかを最終判断する。それぞれの青写真について明細書を付けるように。どれを選んでも問題がないように。あ、詰まっていない粗々のものでいいから、2、10、20、30、40、45の場合にどんな感じになるか、明日の朝一で。

    完成後の家の費用は、今住んでいる家よりも安上がりでないと駄目。もちろん同時に、今の家の欠陥(上に乗るとキッチンの床がきしむとか、壁の断熱がなってないとか)を全て修正しておくように。建築費用だけを考えるなんてことは論外で、保守費用も最低に。当然ながら、それにはアルミやビニールやサイディングのような高品質の部材が必要なのはわかってるよね(アルミが使えない場合は、その理由を委細もらさず説明すること)。施行においては最新のデザインと素材でないなんてことは許さない。モデルルームにひけをとらないように。ただし、キッチンには1952年ギブソン製の冷蔵庫を含め、今あるものが全て無理なく収まるようにすること。正しく家を設計するにあたって、当然だが周りの住人からいちゃもんをつけられるなんてことがないように。そうそう、家に関してはうるさい親戚への根回しもよろしく。盆正月にあれこれ好き勝手なことをいわれるようでは君は無能だ。

    選択肢は入念に吟味すること。ただし、決める前には、必ずこちらの意向を確認しに来い。くだらない問題はそっちの責任で片付けておけ。建築士の仕事は、全体計画・大枠の案を網羅的に示し、その中からこちらが選んだものの細部を完璧に詰めることだ。カーペットの色なんかはいちいち聞きに来るな、でも後で思っていたものと違うことが判明したら、いつでも無償でこちらの要求どおりに変えろ。ところで子供は青が好き。

    資材調達の実費はそちらの負担。最初から最後まで責任を持つのが建築士だから。それから、成案が固まりしだい、48時間以内に棟上げ完了すること。

    家の設計に当たっては、いつかは今の家を別の誰かに売ることを念頭に置いておくように。その際は、できるだけ高く売れ。計画を仕上げる前に、近所の潜在顧客のニーズ調査を怠るなんてことは論外。

    海外の先進事例は当然知っているよな? EUには大いに感銘を受けた。アメリカ並みの水準は必要。たとえば25mプールとか。建築士なら、こうした世界で一番高い品質を、世界で一番安い費用で達成するもの。

    必要な青写真はすべて取り揃えておくこと。本番デザインはロハで。最終決定はこちらがするが、施工業者にまた説明するのも面倒だし。ただし、設計変更による追加費用は、すべて建築士の責任だということは、もちろん知っていると思うが。

    建築士にとってこれほど魅力的なプロジェクトもそうはないはずだ! 最新の技術と部材を使って、自由に設計できるのだから。滅多にない機会だ。アイディアと完成済みの設計をもって今すぐ見せに来い。あ、でも積算上補助者がつくというのは何を考えているのだか。君一人で全部やる見積もりに直してからでいいから。それから、君の事務所から来る途中にコンビニがあるはずなので、何か食べるものを買ってきてくれ。おなかがすいちゃって。

    追伸: 条例との関係で問題があるらしい。建築士なら、丸く納めてこい。コンセプトはまったく変えるつもりはないので、念のため。丸く納められないなら、君が勝手にやったことでこちらは何も知らなかったということで、差し止められるまでに急いで作ってくれ。

    追々伸: もしかして、必要なのは家じゃなくてトレーラーハウスかもしれない。念のため、トレーラーハウスの設計も内々進めておくように。

    10/26/2007 (11:59 pm)

    webmasterも処分されるべき!?

    Filed under: government ::

    ※ 財務省主計局係長ら女性に暴行、2容疑者を逮捕

    http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071025it16.htm

     これで強姦扱いされちゃ適わない、という部分はあるだろうけれど、いくらノンキャリとはいえ、国家官僚が集団で日付が変わるまで外で飲み歩いていたこと自体がすでに処分対象であるべき。よりによって財務官僚がこんなことで、外国の情報機関に付け込まれたらどうするんだ。

    「女神のための円舞曲」(@大石英司の代替空港10/26付)

    「集団」ではなく、ひとりだったら日付が変わるまで外で飲んでいてもいいんでしょうか?(って、「外国の情報機関に付け込まれ」る虞を懸念するなら、かえってひとりの方がダメですよねorz)

    10/02/2007 (11:59 pm)

    国土交通省ネガティブ情報等検索サイト

    Filed under: government, WWW ::

    そのうち、全省庁がこのような情報公開をすることになるのでしょう。ユーザインタフェイスなどはお世辞にも洗練されているとはいえませんが、このような形で広く普及に努めようとする動きとしてプレイアップされた第1号としての歴史的価値は大きいのではないでしょうか。先んじて同様の試みを実施している金融庁ともども、先駆者としてこうした努力を続けていただきたいと思いますし、他の省庁も追随が望まれるでしょう。

    ppgさんに、既に金融庁が公開している旨ご教示いただきましたので、それを踏まえ訂正いたしました。(10/9追記)

    09/09/2007 (3:17 pm)

    地方分権と経済成長

    Filed under: economy, government, politics ::

    とあるところにて、

    中央集権国家と地方分権国家の成長率の実証分析が欲しい。

    というものを見かけ、確かに興味深い話だと思いましたので、簡単な分析を。

    材料としては、当サイトでは何度か取り上げているアレンド・レイプハルト「民主主義対民主主義」を用います。その第10章は「連邦制と分権」であり、「連邦制・分権指数」として、まずは連邦制と非連邦制(単一国家)に分かち、それぞれを分権と中央集権とに細分し、「半連邦制」を追加した1から5までの指数が定義され、36ヶ国について分類がなされています(一部、.5や.2といった調整があります)。

    それに、国際貿易投資研究所がまとめた世界各国の実質成長率(GDP伸び率)を重ね合わせると、次のような表ができます。

    連邦制・分権指数 90-95 95-00 00-05
    オーストラリア(*) 5 2.69 4.22 3.15
    カナダ(*) 5 1.72 4.14 2.54
    ドイツ(*) 5 1.48 2.01 0.72
    スイス(*) 5 0.08 2.02 1.00
    アメリカ(*) 5 2.46 4.10 2.39
    ベルギー(*) 5 n.a. n.a. 1.48
    オーストリア(*) 4.5 2.17 2.94 1.51
    インド 4.5 5.20 5.78 6.00
    ベネズエラ 4 3.45 0.61 ▲3.22
    イスラエル 3 n.a. 4.82 1.96
    オランダ(*) 3 5.52 4.05 1.16
    パプアニューギニア 3 n.a. 0.75 1.37
    スペイン(*) 3 1.94 4.11 3.23
    デンマーク(*) 2 2.34 2.86 1.39
    フィンランド(*) 2 ▲0.72 4.65 2.27
    日本(*) 2 0.93 0.76 1.69
    ノルウェー(*) 2 3.85 3.60 2.06
    スウェーデン(*) 2 0.98 3.23 2.24
    フランス(*) 1.2 1.31 2.80 1.49
    イタリア(*) 1.2 1.80 1.92 0.63
    トリニダッド 1.2 n.a. 7.55 7.37
    バハマ 1 ▲1.64 n.a. n.a.
    バルバドス 1 ▲0.75 3.34 1.68
    ボツワナ 1 4.37 7.96 6.35
    コロンビア 1 4.55 0.92 3.44
    コスタリカ 1 6.28 4.93 4.07
    ギリシャ(*) 1 1.25 3.42 4.43
    アイスランド(*) 1 n.a. 4.74 3.87
    アイルランド(*) 1 4.65 9.78 5.16
    ジャマイカ 1 2.21 ▲0.08 1.47
    ルクセンブルク(*) 1 6.78 6.13 3.29
    マルタ 1 n.a. n.a. 0.30
    モーリシャス 1 n.a. n.a. 3.35
    ニュージーランド(*) 1 3.12 2.99 3.51
    ポルトガル(*) 1 n.a. n.a. 0.64
    イギリス(*) 1 1.66 3.19 2.44

    #国名に「*」が付してあるのはOECD加盟国です。また、ベルギーは1993年以前は指数3.1とされていますが、実質GDP成長率が2000年以降のものしか記載されていないので、指数5にのみ掲げてあります。

    指数と言いつつ、先の定義のように序数として振られているので、まずは指数ごとの平均値を比較してみます。

    指数 平均実質GDP成長率 うちOECD加盟国
    5 2.26 2.26
    4.5 3.93 2.21
    4 0.28 n.a.
    3 2.89 3.34
    2 2.14 2.14
    1.2 3.11 1.66
    1 3.44 3.95

    これを見る限り、先進国であろうとなかろうと、地方分権かどうかによって経済成長の程度が変わってくるとの傾向は観察されません。

    さて、この指数は序数ではないかとはレイプハルトも気にしていたようで、全税収に対する中央政府税収の比率(これは当然基数となります)との相関係数(▲0.66、1%有意)や、ラーネとアションによる制度的自律指数との相関係数(0.82)をチェックしています。これらからすると、基数として扱うことがナンセンスというわけでもなさそうです。

    一応この指数が基数としても扱えると仮定して、上記の表から散布図を作成し、近似曲線を求めると次のようになります。

    1. 全体
      • y=−0.2204x+3.4026
      • R-squared=0.0262
    2. うちOECD加盟国
      • y=−0.2408x+3.3765
      • R-squared=0.0513

    R-squaredがほぼゼロですからほとんど無関係だということになりますが、にしてもおぼろげに見えるトレンドの傾きにあえて触れるならそれは負、つまり地方分権が進めば進むほど経済成長率は低くなるようです。地方分権が進めば経済成長が可能だとは、少なくともレイプハルトの分析に依拠する限り、あまり確からしい政策提言ではなさそうだといわざるを得ないでしょう。

    次のページ »