bewaad institute@kasumigaseki

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  • 08/26/2007 (11:59 pm)

    厚生労働省事務次官・社会保険庁長官人事

    Filed under: government ::

    先日の防衛省に続いての次官・次官級人事として世の耳目を集めております。

     政府は24日、年金記録のずさんな管理問題の責任が問われていた社会保険庁の村瀬清司長官(60)を退任させ、後任に総務省出身の坂野泰治・日本放送協会監事(60)を充てる人事を決めた。厚生労働省の辻哲夫事務次官(60)も退任し、後任には旧厚生省出身で、前内閣府事務次官の江利川毅・日興フィナンシャル・インテリジェンス理事長(60)を起用する。年金記録問題に伴う事実上の更迭といえる。同日開いた首相官邸の人事検討会議で了承した。31日付。

     安倍首相は24日夜、訪問先のクアラルンプールで記者団に「一刻も早く、新しい体制で国民の不信を払拭(ふっ・しょく)して前進していかなければならないという観点から、けじめとして現在の内閣において人事を行った」とした。

    朝日「社保庁長官を更迭 後任に坂野氏 厚労次官も 年金問題」

    辻次官は昨年9月に就任したのですから、1年という通常の次官の任期満了に「けじめ」の時期が重なったに過ぎないともいえます。しかし、村瀬長官の人事については、とりわけ彼が民間から登用されたことを考えると、残念なことだと思わざるを得ません。ちょうど先日のエントリのコメントとして本件について尋ねられた際、webmasterは次のように書きました

    それよりも、郵政公社の生田前総裁もそうでしたが、民間から招聘された者が最終的には石もて追われる状況なのは、誰も引き受けてがなくなるのではないかという気がします。先日、日本政策金融公庫に統合される諸機関等のトップは民間から登用するとの記事がありましたが、とりわけ国民生活金融公庫以外の総裁のなり手は、少なくとも積極的にやりたいなんて人はいないんじゃないでしょうか(国民生活金融公庫総裁が新公庫のトップになるとの報道であり、となればそれ以外の総裁になっても1年後にはナンバーツー以下ですから)。

    実際、以前に村瀬長官が謝罪ビラを街頭配布させられた際には、次のような報道がありましたし、

     「官邸はずいぶん焦っているな」(与党議員)。厚生労働省と社保庁に対し、官邸から矢継ぎ早に細かい指示が飛ぶようになったのは先月最終週以降。各種の世論調査で内閣支持率の急落傾向が鮮明になったためだ。

     他の官庁は「対策がその日暮らしでドタバタ感がある」と冷ややかな視線を送り、社保庁幹部は「支持率低迷の責任はわが身にあり」と身を縮める。

     一方、首相周辺では語呂合わせ問題の世耕氏に代わり、塩崎氏が前面に出て“官邸主導”の大号令を連発したが、空回り続きだ。

     七日午後、東京と大阪の繁華街一カ所ずつに設けた緊急相談窓口は、事前告知がなく訪れた相談者はごくわずか。八日朝には、村瀬清司社保庁長官自らが記録相談を呼び掛けるビラ配りでJR東京駅頭に立ったが、ワイドショーなどで「本来業務をちゃんとやるべきだ」と酷評された。

     厚労省幹部は、損保ジャパンの副社長から初の民間出身長官として「三顧の礼」で迎えた村瀬氏を「さらし者にしてしまった」と悔やむ。塩崎氏からは、柳沢伯夫厚生労働相もビラを配るよう要求され、押し戻すのが精いっぱいだった。

     大手生保幹部は、社保庁の惨状について「今後は民間から誰もトップを引き受けないんじゃないですか」とあきれた。

    東奥日報「断面2007/年金記録不備の政府対応/官邸「暴走」で大混乱」

    今回の人事に関する報道においても、次のような報道がありました。

     厚労相は当初、村瀬氏の後任には再び民間人を登用する方向で検討し、経済界に打診していた。しかし、適任者が見つからず、年金記録の確認などを担当する菅総務相や塩崎官房長官らと協議して、総務省OBを起用することで決着した。社保庁は2010年に非公務員型の日本年金機構へ移行することが決まっている。

    読売「社保庁長官・厚労次官を更迭…後任長官に総務省OB坂野氏」

     社保庁長官の後任選びで柳沢氏は民間からの起用も模索した。だが、年金問題の逆風下で適任者が見つからず、日本放送協会監事として現業部門も経験した坂野氏を最終的に選んだ。

    朝日「社保庁長官を更迭 後任に坂野氏 厚労次官も 年金問題」

    読売・朝日とも「適任者が見つからず」としていますが、誰も火中の栗を拾わなかったというのが真相でしょう。大組織を運営した実績のある者を招聘しようとすれば、それなりの大企業の経営陣経験者となりますが、そのまま引退するなり子会社等に「天下り」するなりしていれば約束される老後の安泰を擲ったところで、不祥事があればがいどうで街頭でビラ配りまでさせられた上でスケイプゴートとして詰め腹を切らされるというのでは、来てもらえるはずもありません。

    他方で、官僚という人種は、そうした場合に(それこそ事実上の命令で)人の嫌がるポストにも就くことを受け容れるよう、社会人経験を通じて規律付けられる人種であるともいえます。今般、民間人からはそっぽを向かれた社会保険庁長官に坂野監事が就任するのもその一例といえるでしょうし、さらにわかりやすい例としては、経営破綻の前に天下り、最後のトップとして有罪判決を受ける可能性が極めて高い窪田日本債権信用銀行元頭取が挙げられるでしょう。

    #脱線ですが、接待不祥事等で霞が関が批判に晒されていた際には、検察出身者がかなりの頻度で登用されましたが、今般は旧総務庁OBとのことで、本当に行革が課題だからそうなったのか、検察からも嫌がられるようになったのか(笑)、どちらなのかなぁ・・・。

    上で引用したwebmaster自身のコメントに再度触れるなら、来る政府系金融機関のトップ人事には興味が惹かれます。民間人登用を公言したところで、どうせ内諾をもらっているような手際のよさはないでしょうから(笑)、調整に入ったら誰も引受け手がいない、なんてことにもなりかねません。民間から人に来て欲しいなら、まずは今民間から来てもらっている人に「来てよかった」と思いながら退任してもらえるような環境を整えなければならないとwebmasterは思うのですが、これって霞が関の常識・世間の非常識なんですかねぇ?

    #どんなにひどい目にあわせても引き受けるはずだと官邸がお考えなら、それこそ官僚相手のやり方が普遍的に通用するとの誤解を抱いているのでは(笑)。

    08/24/2007 (6:12 am)

    竹中先生の嘘三度

    Filed under: government, politics ::

    これまで当サイトでは竹中先生の2つの「嘘」を取り上げてきました。

    その嘘の性質とは、

    昨日は有権者を騙したのではないかと指摘しましたが、それよりむしろ、竹中大臣自身が事後的に記憶を物語化して改変してしまったのかな、という気がしてきました。というのも、騙したというなら、ここでこのような詐術の種明かしをするのは愚の骨頂ですが、良くも悪くも竹中大臣にはそのような頭の悪さはないと考えられるからです。出馬当時の心情は都合よく忘却し、小泉総理に殉ずる自分という画に酔っているのではないかと。

    「続・竹中大臣の議員辞職表明」(2006/9/17付)

    嘘吐きの件を脇に置くとしても、ここでの発言は、彼の認知的不協和を解消するため、異様なまでにアンフェアな議論になっています。民間議員がそのような名義貸しをしたなら民間議員もまた有罪ということになりますが、それを責めれば自らがいた時代についても責めることになってしまいます。積極的に関与していたのか消極的に認容していたのかはさておき、与謝野前大臣を責めるならば小泉前総理の任命・監督責任があるということになるでしょう。会議の主宰者たる総理について、かねてから主体的・積極的に取り組んでいたと誉めそやしていたわけですから、不適切な運営となれば総理もまた責任を負うべきですが、「恩人」である小泉総理に対しては、そんな発想など浮かびもしないのでしょう。

    このような矛盾から目を逸らし心の平安を得るため、全ての責任は財務省へ、という認識が都合よく形成されているわけです。そうしておけば彼の美しい脳内世界‐この世の悪なるものはすべて官僚に帰せられ、それに対峙する自分や小泉総理は全身全霊を賭けて大義に殉ずる正義の士‐は整然とした秩序を保つことができる上、世に抵抗勢力の策謀を告発することともなり、構造改革への最後のご奉公というヒロイズムが満たされるわけです。先に詐欺師と書きましたが、自らの正義に微塵も疑いを持たず、その実現への尽力に自己陶酔し、方や存在自体が悪である敵対者に対してはどんな悪辣な手法を用いても問題ないとは、むしろカルト宗教の徒が似つかわしいのかも(笑)。

    「バッシングと嘘と諮問会議」(2006/9/29付)

    というものではなかろうかと分析してきたわけですが、やはり同じことを繰り返していらっしゃるようで。

    ここでも、今の自分の都合のいいように記憶が書き換えられ、そのゆがめられた記憶を前提とした官僚批判につなげられています。こういう人だから、webmasterにはどうしても竹中先生を信頼できない部分が残るのです・・・。

    08/15/2007 (4:14 am)

    続・何でもかんでも官僚のせいにするのは勘弁してください。

    Filed under: government ::

    昨日のエントリについて、藤代裕之さんより言及をいただきました。

    追記・上記エントリーに対して「何でもかんでも官僚のせいにするのは勘弁してください。」というトラックバックを頂きました。よく読んで頂きたいのですが、政治に問題があることは指摘していますが(小池氏の手法についても言及している)、それは後で国民が審判を下せることであるということです。このエントリーのポイントは官僚の分をわきまえぬ行動にあります。bewaad氏がどのような人物か知りませんが、何でもかんでも官僚のせいにしているわけでもないのに、あえてステレオタイプの官僚バッシングのように見せ、他に責任を擦り付けるのは官僚の常套手段ですね(苦笑

    bewaad氏は『民間企業でたとえるならば、部長人事は本部長権限ではなく取締役会事項とされているような場合において、取締役会をさしおいて本部長が部長人事を決定したので…』と書かれているのですが、そもそも次官の任命権者は所管の閣僚にあるわけで、慣例がまかり通っているに過ぎません。『次官の任命権者は所管閣僚だが、制度上、官房長官が主催する閣議人事検討会議に諮る必要があり、塩崎長官が会議開催を拒否すれば、人事は事実上凍結される』(毎日新聞)、『事務次官などの省庁幹部人事は通例、大臣と官邸双方の意向が反映される。大臣が現職事務次官と相談して大筋の人事を決め、正副官房長官による人事検討会議の了承を得て閣議で決定するのが慣例となっていた』(朝日新聞)。それに、民間企業ならお家騒動で価値が下がれば株を売ることも出来ますが、省庁は株を売ることはできません。

    大臣が事務次官人事を行うのは普通のことであり「慣例」は反対の根拠のなりません(何度も言いますが、小池大臣の手法と官邸と官僚の政治の力学などに問題はありますが、ここではそれが論点ではありません)守屋次官におかれましては、国民の貴重な税金で給与が支払われている執務時間内に、人事白紙撤回や後任の阻止といった「政治活動」にいそしむことなく、本来の防衛省職員としての仕事に励んでいただきたいものです。

    「官僚天国ニッポン、事務次官はクビに出来ないのか」(@ガ島通信8/13付)

    まず事実関係については、branchさんが詳細に検証されているように、人事検討会議を経て閣議了解、という流れは閣議決定事項ですから、制度的な根拠のない慣例などではありません。対外的効力が問われているのであればさておき、行政府内においては、総理大臣といえども閣議決定に服する必要がありますから、(昨日と半ば重なりますが)藤代さんがエントリのタイトルに冠されている「事務次官はクビに出来ないのか」との問いについては、きちんと手続を踏めば出来ますよ、今回は手続に瑕疵があって騒ぎになっていますが、というのが答えなのです。「クビに出来ない」と事実に基づかない前提を立てて、「官僚天国ニッポン」とレッテルを貼られたことにつき、それは違います、と申し上げているわけです。

    続いて、藤代さんご自身がエントリのポイントとされている「官僚の分をわきまえぬ行動」というのが、webmasterにはよくわからないのです。守屋次官自身については、今回の騒動(やその長期政権、およびその期間中の部内統制)を見るに、webmasterの好みを言えば決していい評価を与えたいものではありません。不満があっても呑み込む方が見習いたい立居振舞であるのは事実です。しかし、それは人の常というものでしょう。

    人事に対して不満を持つ人はこの世にいくらでもいます。主観的に理不尽だと思う人事について、何ら不平もいわず淡々と受け入れる人ばかりでないからこそ、そのような行動が賞賛されもするのでしょう。そして不平不満がある際、手続的瑕疵に着目してその効力を争うというのも、これまた世の中にいくらでもある話です。手続に何ら問題なく正式に組織決定された事項に対して反抗するのであればともかく、不平不満を抱くことそのものや、手続の問題に着目して挽回を図ることまでもが「分をわきまえぬ」というのであれば、官僚は聖人君子であらねばならぬし、手続に瑕疵があっても文句を言うな、ということになってしまいます。

    結局のところ、

    国民は、今回の小池大臣の行動が気にいらなければ選挙で審判を下すことが出来ますが、官僚は選べません。官僚機構が現実として国を動かしているとすれば、政治にはせめて事務次官をクビにする(選ぶ)ぐらいしか出来ない、それすら否定されれば選挙、民主政治の意味がなくなってしまいかねません。

    「官僚天国ニッポン、事務次官はクビに出来ないのか」(@ガ島通信8/13付)

    という事実認識が藤代さんの論を支えているのだとwebmasterは思います。「政治にはせめて事務次官をクビにする(選ぶ)ぐらいしか出来ない」というご指摘は、webmasterは違うと考えていますが、そこは水掛け論なのでしょう。その判断は読者諸賢にゆだねたいと思いますが、たとえば横田由美子「私が愛した官僚たち」に出てくる政治家に転身した元官僚たちは、皆官僚ではできることに限界がある、本当にやりたいことをやるには政治家でないと、といって役所を辞めているわけです。webmasterの管見では政治家だってやりたいようにやるなんてことは出来ない(といいますか、そんな人はこの世に何人いるのでしょう?)と思うのですが、とまれ、官僚だからといって好き放題できるのであれば、そのような理由で政治家に転身する人はいないのではないでしょうか。

    #官僚を志望して官僚となる=世間の平均よりは霞が関の情報を収集しているであろう者であっても、入ってみてこんなはずではなかったと思うぐらいですから、なかなかわからなくても無理はないと思いますが。

    08/14/2007 (4:39 am)

    何でもかんでも官僚のせいにするのは勘弁してください。

    Filed under: government ::

    昨日の続きのようなものですが。

    小池百合子防衛大臣が、トップダウンで守屋武昌事務次官を退任させようとしたものの中に浮き、人事が凍結されて内閣改造後に判断することになりそうだとのこと。以前、田中真紀子外務大臣が同様のことをしてバッシングされたことがありましたが、報道によると守屋氏は「聞いていない」と怒り、官邸の安部首相を訪ねたとか。テレビや新聞社は、相変わらず「政局」として伝えていますが、官僚の増長ぶり、省庁のガバナンスの問題として捉えるべきではないのでしょうか。

    小池大臣が、官僚や防衛族などへの寝回しといった霞ヶ関と永田町の論理に従わず、人事を記者にリークしたという戦略がまずかったこと、人事について相談されていないことに事務次官が不快に思うことは理解できますが、国民に選ばれたわけでもない事務次官が大臣の判断に公然と反旗を翻し、首相の貴重な時間(まあ、安倍氏なので貴重かどうか分からないという議論はさておき)を自身の進退について割くというのは官僚の分を超えています。政党がシンクタンク機能を持たず、政策立案を霞ヶ関に丸投げしている政治の問題、官僚の流動性がないこと(民間企業のように、次の事務次官がダメなら守屋氏を呼び戻すというのもアリにすればいいと思う)、も議論しなければなりませんが、その前にあくまで官僚は公務員であり、国民に選ばれた大臣を支えるのが仕事のはずです。

    「官僚天国ニッポン、事務次官はクビに出来ないのか」(@ガ島通信8/13付)

    そもそも事務次官人事は、大臣の専決事項ではなく、官邸の意向も踏まえて行うものとされています。だからこそ、塩崎官房長官も待ったをかけているわけです。

     小池防衛相が一度内定した守屋武昌防衛事務次官(62)の退任が13日、凍結された。在任5年目で官邸と太いパイプを持つ守屋氏に相談しないまま小池氏が警察庁出身者を後任に決めたため、守屋氏が反発。塩崎官房長官も根回し不足を理由に「待った」をかけた。13日には小池、守屋両氏が代わる代わる首相官邸を訪れ、安倍首相や塩崎氏と直談判する異例の事態に。結論は27日ごろの内閣改造後に先送りされる公算が大きく、安倍政権の求心力の低下が露呈した形だ。

     小池氏は13日午前、官邸に塩崎氏を訪れ、15日の閣議で次官人事を決めるよう要請。しかし塩崎氏は「事前に相談がなく、手続きが非常識だ」などと突っぱねた。この直後、今度は守屋氏が官邸で安倍首相と会談。さらに小池氏が再び訪れ首相と面会。首相は13日夜、「人事検討会議は官房長官が開きます」と記者団に語り、現段階では塩崎氏の判断を支持する考えを示した。

     収まりがつかない小池氏は同夜、周囲に怒りをぶちまけた。「塩崎さんは、官僚の長期在任を許さないのが持論だったはずではないのか!」

     事務次官などの省庁幹部人事は通例、大臣と官邸双方の意向が反映される。大臣が現職事務次官と相談して大筋の人事を決め、正副官房長官による人事検討会議の了承を得て閣議で決定するのが慣例となっていた。

    朝日「防衛次官人事で火花 防衛相の独断に官邸「相談ない」」

     塩崎氏は「次官人事は正副官房長官による人事検討会議で決めるべきだが、事前に報告がなく報道だけが先行した。人事の意思決定システムが大きく揺らいでいる」と指摘。さらに「内閣改造後に新しい防衛相の下で決めるべきで、これは正副官房長官4人の総意だ」と小池氏の提案を拒否した。

    東京「小池氏、一時辞任も示唆 防衛次官人事先送りへ」

    民間企業でたとえるならば、部長人事は本部長権限ではなく取締役会事項とされているような場合において、取締役会をさしおいて本部長が部長人事を決定したので、総務担当取締役が異を唱えた、というようなものでしょう。藤代裕之さんがエントリのタイトルに冠したように事務次官を辞めさせることができないなんてことはまったくなく、それこそ閣議決定(前述の例で言えば取締役会決定)をしてしまえば終わる話です。閣議の主宰者である総理(とその補佐役である官房長官)が閣議でなく凍結を選んだのですから、仮に小池大臣の意向が尊重されるべきなのだと藤代さんがお考えであれば、その批判の対象は総理・官房長官であるべきでしょう。

    まして、branchさんが言及されているように、小池大臣は事前に総理の了解はとりつけていた可能性があります。もしそうであるならば、ことは官邸内の意思疎通・ガヴァナンスの問題、つまりは総理が担当である官房長官の了解を得ずして了承したことについて、担当の意向とトップダウンとのいずれを重視するかの問題でしょう。ま、塩崎官房長官が官僚の操り人形であるとお考えであるならば、話は違ってくるのでしょうけれども。

    #正直に申し上げるならば、総理の寵を小池大臣と塩崎長官とが争い、今のところ塩崎長官に軍配が上がっているようにしか見えない気が(笑)。

    蛇足ながら藤代さんは、同エントリにて、

    先日は、天下り斡旋を調査するために公開ヒアリングに、財務、厚生労働、農水、国土交通各省の事務次官経験者全員が出席要請を拒否していることも明らかになりました。小泉政権は国民の圧倒的な支持があり、ある程度(あくまである程度)は官僚に押さえが聞きましたが、支持率が低い安倍政権は既に官僚に見切られているのは明らか。政治もだらしないですが、増長した官僚の行動を批判なく伝えるマスメディアも、官僚天国ニッポンを支えているのです。

    「官僚天国ニッポン、事務次官はクビに出来ないのか」(@ガ島通信8/13付)

    ともお書きです。しかしこの件については、

    (問)昨日の懇談会のお話で恐縮なんですけれども、事務次官OBの出席要請というのは、なされたのかなされてなかったのかがはっきりしなくて……。

    (答)これは私の方から行政改革推進本部事務局に対して23日の会合に7名の次官OBの方に出席をお願いするように明示的に指示を出しております。したがって、週末の時点で事務局から事務次官OBが都合がつかないようだという報告がございました。これを塩崎官房長官の方にも報告をしておりますので、官房長官の方では事務次官OBが出席したくないと言ってきているという理解をされたんだと思います。

     昨日の説明によれば、皆様もお聞きになっていたと思いますが、行政改革推進本部事務局と各省との間でどういう内容を聞くかなどの打合せをしておったと。そのうちに時間切れになってしまったという説明でした。つまり、次官OBには直接声をかけていなかったというのが真相だったのというのが昨日の説明でした。

     これは私の理解では、行政改革推進本部事務局と各省が、意図的にか意図せざるものかは別として、結果としてサボタージュを行ったと言われてもやむを得ない結果だと思います。事務局にはこうした不手際を繰り返さないよう私の方から強く指示を出しております。

     事実関係というのはそういうところですね。

    (略)

    (問)確認なんですが、要するに次官OBのところまで、本人には伝わってなかったという認識でよろしいんですか。

    (答)事務方の説明では、結果としてそういうことだと思います。つまり、各省といろいろ打合せをしているうちに時間が過ぎてしまったということですから。ですから、結果として伝わっていなかったと。ですから、それが意図的にやったのか、成り行き上そうなってしまったのかについては判然としません。結果としてサボタージュと言われてもしようがないなということではないでしょうか。

    渡辺内閣府特命担当大臣記者会見要旨(平成19年7月24日(火)10:06〜10:19 於:内閣府本府 522号室)

    と渡辺大臣がはっきりおっしゃっているように、「事務次官経験者全員が出席要請を拒否している」というのは事実無根です。まあ何をやっても官僚が批判される現状はあきらめていますが、せめて事実に基づいた批判をお願いしたいもので。それとも、官僚は存在自体悪だから、言いがかりだろうと何だろうと、あらゆる批判は望ましいものであるとお考えなのでしょうか?

    08/13/2007 (7:36 am)

    守屋防衛事務次官の退任

    Filed under: government ::

    branchさんが継続的にヲチしていらっしゃいます(8/58/78/88/108/12)が、branchさんの解釈にはwebmasterは異論があります。少なくとも退任が小池大臣との確執等によるサプライズ、というのは違うような気がします。

    まず、小池大臣との仲は悪くないようですし、

     安倍晋三首相が、辞任した久間章生防衛相の後任に小池百合子首相補佐官(安全保障担当)を充てたのは、参院選を目前に控え、閣僚経験も長く安定感のある女性の起用で内閣のイメージ回復を図る狙いからだ。首相官邸で安全保障政策に携わり、キャスター出身で知名度も高い小池氏は「選挙の顔」になるとの判断もあったようだ。

    (略)

     安倍政権発足以来、小池氏が安全保障担当補佐官として、安全保障政策に関与してきた経験も適任と判断する材料になった。防衛省の副大臣や政務官は経験していないが、守屋武昌事務次官とは旧知の仲。制服自衛官幹部との付き合いもあり、もともと省内の一部には待望論もあった。

    毎日「久間防衛相辞任:後任人事でイメージ回復狙う 異例の決着」

    久間前大臣の時代に9月の退任は既定路線であったことを伺わせる報道もあります。

     防衛省の守屋武昌事務次官(62)が、8月1日で在任5年目を迎える。通常1−2年で交代する中央省庁の事務次官としては異例の長期。参院の与野党逆転で秋の臨時国会ではテロ対策特別措置法の延長問題が最大焦点となるため、年内は続投するとの見方が有力になっている。

    (略)

     防衛省内では当初、9月1日の大幅な組織改編に合わせて守屋氏も勇退するとの観測があった。しかし参院選の与党惨敗を受け、同省幹部は「安倍内閣は臨時国会を乗り切るために守屋氏が必要なはずだ」と指摘する。

    時事「守屋防衛次官、在任5年目に=テロ特措法控え続投論も」

     小池百合子防衛相が、在任期間が異例の4年を超えた守屋武昌事務次官(62)の退任を決断したのは、当面続投すると見られていた守屋氏をあえて退任させ、指導力を示すことを狙ったものと見られている。後任に警察庁出身の西川徹矢官房長を充てたのも、小池防衛相が就任以来、情報保全体制の強化を最優先にしていることの表れでもあり、「小池色」を強くにじませた人事と言えそうだ。

     政府関係者によると、守屋氏は今年3月に定年延長した際、久間章生前防衛相から「9月に退任する」ことを条件として提示されていたという。しかし、久間氏が原爆投下を「しょうがない」と発言し辞任。後任に守屋氏と旧知の仲であった小池防衛相が就任したことから、「当面は続投」との見方が省内では支配的になっていた。

    毎日「守屋防衛次官退任:「小池色」アピール 長期在任への不満考慮」

    それにしてはいろいろと物議を醸している(からこそbranchさんもヲチされているのでしょうけれども(笑))のは、後任はサプライズだったのかな、と。

    08/02/2007 (11:23 pm)

    労働保険特別会計のタクシー券問題

    Filed under: government ::

    すでに同業者であるbranchさんt9930211さんもおとり上げですが。

     厚生労働省労働基準局が職員の深夜帰宅用タクシーチケットの使用規定を設けず、使用者控え(半券)を記録しないまま廃棄し、タクシー業者からの請求額と照合せずに精算していたことが分かった。この利用料金は労災保険特別会計に計上され、国民の労災保険料が財源だ。ずさんな管理実態の裏で、他局の職員が私的に流用していた疑いも浮上し、同局は疑わしいチケットの使用実態調査に乗り出す方針だ。

     労基局総務課によると、このチケットは同省の一般会計に計上された職員用のものとは別に、労災関連業務用として使用している。一般会計のチケットには使用規定が設けられているが、同特別会計のチケットにはない。

     原則として、公務により深夜に帰宅する職員に支給するが、チケット申請の記録は付けていない。職員は交付された当日中に使用し、次の勤務日には担当者に控えの半券を渡すことになっている。

     半券には、利用した職員名や日時、経路、金額を記入するが、担当者は半券上での整合性が取れていれば、使用簿などに記録することもせずに半券を廃棄。その後、タクシー業者から請求がきた際に、半券の内容と照合せずに精算していた。

     一般会計のチケットは、使用申請者や使用実態を記録することになっており、請求時に照合できる。

     労基局の19年度予算で、深夜帰宅用タクシー費は9600万円を計上している。同省では職業安定局と医政局にも特別会計のチケットがあるが、一般会計チケットと同様の管理がなされている。社会保険庁は産経新聞の取材に対し回答しなかった。

     一方、ずさんな管理の仕組みにつけ込み、同省の他局の職員が、労基局の特別会計チケットを私的に利用していた疑いが浮上。同局でも情報提供を受け、事実関係の確認を行う方針。

     この職員は産経新聞の取材に「私的な飲食後のタクシー代は自分で払っていると記憶している」と回答。所属課の調べにも同様に答えている。

     同局総務課は「職員がうそを書くとは考えられない。適切に管理している」としている。会計検査院は「チケットの申請記録も使用者控え半券も記録簿もなく、他の方法で照合できないならトラブルがあったときに十分な確認ができないことも考えられ、好ましくない」と指摘している。

    産経「厚労省、タクシー券 半券照合せず精算 職員、私的流用の疑いも」

    branchさんやt9930211さんと同様の趣旨になりますが、このような全く正当性のない問題は、同業としても情けなく恥ずかしい限りです。何の言い訳も出来ない事態とは、まさしく本件にふさわしい形容としか言いようがありません。この手の話には厳しく対応しなければならないでしょう。

    07/31/2007 (12:48 pm)

    政権交代と官僚制

    Filed under: government, politics ::

    本来、選挙で選ばれた政治家が官僚機構を指揮していくしくみなんだろうけど、実際には行政ってかなり専門的だから、政治家にはなかなか手が出せない。結局、どんな政府であろうと、実際にはその下にいる身分保証された同じ人たちが、同じようなやり方でものごとの大半を動かしていくしくみになってる。こういう「代替がきかないからしかたなく」ということに対するフラストレーションって、今の「空気」の中で重要な要素だろうと思う。

    そういう点からすると、政治家だけでなくて、官僚機構も複数の選択肢から選べるようになっていたほうがいいんじゃないか、なんて思ったりする。そんなことできるわけないじゃんというのが正論なんだろうが、そのうちの少なくとも上のほうは、選挙のたびにごそっと入れ替わるぐらいの勢いでいいんじゃないか。最近は人材バンクとかいう話もあることだし、シンクタンクとか大学とか民間企業とかとの間で行き来するような流れができたら、ノウハウの逸失みたいな心配をする必要もあまりなかろう。そうなれば、競争原理が働いてガバナンスもモラルも向上するだろうし、政策論争もずっと有意義なものになるような気がする。

    「暴論:官僚システムを選べないことが問題なのではないか」(@H-Yamaguchi.net7/28付)

    昨日は政策関連のシンポジウムのあと懇親会へ.渋めの話題なのに非常に活況を呈していた.片隅では民主党が参議院選で躍進する前提で,衆参ねじれると重要法案が軒並みストップするのかなあという話で盛り上がる.つらつらと話しながら日本は小選挙区制の導入で二大政党制に近づいたらしいが,どうも機能していないのは結局どちらの党が勝っても政策を組み立てるのは同じ人々なんだよねえというところ.

    (略)

    この状況は公募制だとか政治任用の活用といった小手先の人事制度改革では変わらない.前に何度かこのblogでも書いたように,いくら省庁間連携のための新しい組織を内閣府や内閣官房の下にぶら下げても,各省大臣官房秘書課が人事権を握り続ける限り,省あって国なしの状況は変わらない.政権交代が起こっても官僚は入れ替わらないのだから,大衆の支持を失えば地位を失うという,リップマンが『幻の公衆』で喝破した民主主義の根幹を支える緊張感もない.風が吹いている間は,身を竦めていればいいのである.我が国に於ける官庁の年功序列システムは天皇制よりも堅牢で,第二次大戦に負けても壊れなかった.といっても起源はそう古くなくて,藩閥政治が綻んだ大正時代くらいではないかと推察するのだが,なにぶん勉強不足でよく分からない.

    「政策立案機能を行政府から立法府へ」(@雑種路線でいこう7/28付)

    それぞれのご主張の妥当性以前の問題として、政権交代があっても霞が関は変わらないことが当然の前提になっているのは何とも不思議なことです。戦前の「天皇の官吏」時代においてすら、政党政治の成熟化を受けて官界が政治化され、政権交代の度に大規模な幹部の首のすげ替えが行われていたのは、たとえば清水唯一朗「政党と官僚の近代」に詳しく分析されています。まして議院内閣制が現行憲法に定められ60余年、それだけの歴史を重ねてきたというのに、旧憲法の頃よりも官僚が超然主義でいられるというのは、過大評価も甚だしいのではないでしょうか。

    結局のところ、あたかも霞が関が世論から遊離して変わらないように見えるのは、政権交代がないから、ということではないでしょうか。世論が移ろえども、戦後における政権交代(非自民系内閣の成立)は、戦後直後の片山内閣と、先日お亡くなりになった宮沢元総理の後を襲った細川・羽田内閣の2回しか起きていないのです。総理が替わったところで‐それも定義によっては政権交代ではありますが‐、同じ与党を基盤とする政権なのですから、その性格の違いも自ずと一定の範囲内に収まるのが自然といえるでしょう。

    実際に政権が交代すればどうなるか、webmasterに片山内閣の記憶はありませんが(笑)、細川・羽田内閣であればwebmasterに限らずご記憶の方々も多いことでしょう。細川・羽田内閣はあまりにも短期政権で、とりわけ自ら予算編成を最初から最後まで成し遂げることがなかったというのは霞が関に対する影響が限られたものに止まった大きな要因ではありますが、その限られた影響の下においてすら、当時の大蔵省が露骨に自民党を見限って連立政権にすり寄り、その「裏切り」への自民党の怒りが後の財金分離をもたらす一因になったとは、真渕勝「なぜ大蔵省は追いつめられたのか」の描くところです。さすれば、当時の非自民連立政権があと1年でも2年でもいいから続いていたならば、霞が関は色濃く非自民色に染まったであろうとは容易に想像可能でしょう。

    政策立案の実務を霞が関が司っているとしても、それはタクシーの運転手がハンドルを握っているようなもので、クライアントが交代すれば、エージェントはクライアントの意向に従って動くわけです。それは、議院内閣制が当然の前提としていることでもあります。実際に政権交代が起きたにもかかわらず、霞が関がその意向を無視するような行動に出るならば、このエージェントには一般的な議論は通用しないのだと断罪されても当然でしょう。しかし、選挙の洗礼を経て自民党が政権を維持しているにもかかわらず、霞が関が勝手に自民党の意向を無視して野党に迎合するのならば、そちらの方がよほど問題でしょう。

    ・・・そこまで霞が関に変わることを求めるならば、まずは政権交代を起こしましょうよ。

    最後に蛇足ながら、山口浩さんのエントリの枕になったのは次のテキストでした。

    先週、財務省の官僚だという27歳の青年から、田原さんに聞きたいことがあると僕の事務所に何度も電話があった。切実感があるなと感じたので、僕は彼の携帯に電話をかけた。

    彼はいきなり「選挙というのはいったい何なんですか?」という。どういうことか聞くと、「今度の参議院選挙では、日本国にとって、あるいは国民にとって、大事なことは何一つ争点になっていない。どうでもいい問題ばかりが争点になっている。これはなぜなんでしょう」ということだった。

    田原総一朗の政財界「ここだけの話」第21回 争点なき参院選に絶望した財務省若手官僚からの電話(1/7)

    山口さんが怒ってる側はどの省かなんて関係なく、政治家も自治体も含めた「ものごとを決めてるえらい人たち」全体に怒ってるのにね。統治機構全体に対する「信用できない」「だまそうとしてるんじゃないか」みたいな不信感が問題の本質なのにねと喝破されていますが、政府与党に対する信頼の喪失という大事なことが争点になっていたというのにそれが見えていないとは、この財務省若手官僚とやらもずいぶんと頭の悪いなぁ。田原総一朗さんが本当のことを書いているとすれば、こんなの採用していて大丈夫なんでしょうか>財務省。さらにいえば、そんな悩みを田原さんに相談するあたりもずいb(ry

    27歳の青年官僚の疑問に「あなたのいうことはもっともで、それは大事な問題だ。だが、残念ながら今の日本は大事な問題を論議するような状況にない。それは日本に二大政党がないことが原因だ」と答えた。

    田原総一朗の政財界「ここだけの話」第21回 争点なき参院選に絶望した財務省若手官僚からの電話(4/7)

    経済における構造改革原理主義と並んで、ここ10〜20年の日本を迷走に追い込んだ大いなる勘違いが、この二大政党制信仰でしょう。以前にも紹介させていただきましたが、この手の信仰から自由になりたい方々には、アレンド・レイプハルト「民主主義対民主主義」を強くお薦めいたします。

    07/25/2007 (9:27 am)

    お帰りなさいませ

    Filed under: 未分類, government ::

    ご主人様、と続くわけではありませんが(笑)。

     午前、ドナドナされる。辞令を交付されてボスからお言葉をいただき、この2年間のことが水銀燈走馬燈のように脳裡をめぐる。初めての本格的な自治体勤務、しかも部長職、土地鑑もなし、やったことのない分野の仕事が半分以上、ということで赴任当初はそれなりに不安であったけれども、ボスをはじめ上司の指導や同僚たちのあたたかい支援のおかげで及第点は取れた(と思う)。商業振興策とかについてはやり残した感があるが (プライベートでもやり残した感がありありだが、)、全体的には満足しているし、ボスたちも満足してくれた、と思う。「1週間目には10年も居るような顔をし、1か月経てば完全に仕事をマスターし、 3か月頃からは人の領分にまで嘴を突込む」という先達から伝わる心得も、それなりに実践できた…はず。

    続・航海日誌(7/23付)

     朝から霞が関へ。東京は暑い&人大杉…。(;´〜`)  次官から辞令交付を受けた後、配置された所属に赴いてボスに申告→ 着任行事。事務的な書類作成の後、省内の同期や元上司に挨拶回りとか基礎資料の読込みとか。

    続・航海日誌(7/24付)

    霞が関では、プライベートについてさらにやり残した感が生じてしまうのではないかと心配です(笑)。

    07/24/2007 (12:53 pm)

    うすうす察してはいましたが・・・

    Filed under: government, WWW ::

    このブログは、官僚のやることは脊髄反射的に何でも批判してきたのだけど、これだけは断固支持する。

    「間違えない官僚より間違える官僚の方がずっといい」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)7/23付)(webmaster注:強調はwebmasterによります)

    いいテキストを書かれているなぁと巡回先にしていたところで、このような言葉を見かけると、相当にへこんでしまいます。表面的には丁寧に応対しながら本音では官僚の言い分などまったく信頼できないと考え耳を貸す気は毛頭なかったり、主観的にきちんと考えたつもりになっているだけで実際には脊髄反射的であることに無自覚だったりするよりは、このように自覚して明言していただけることは十二分にありがたいことではあるのですが・・・。

    07/22/2007 (11:58 pm)

    国鉄と社会保険庁に見る組合問題への対処の相違

    Filed under: economy, government, politics ::

    を読んで思ったよしなしごとをば。

    このエントリにおいて、potato_gnocchiさんは社会保険庁の組合問題について論じられているわけですが、公的セクターの組合問題への対処として、おそらくこれまでもっとも大仕掛けのものは国鉄の分割・民営化でしたでしょうし、現に社会保険庁について、組合問題の文脈で、国鉄と対比して論ずるようなものも散見されます。公務(現業)・組合と共通項がそろっているわけですから、対比には格好であるのも事実ですが、webmasterには、両者は大いに違った構造から出てきた話であるようにも見えます‐端的には、この問題は、安倍政権ならではの色彩が色濃い、ということとなります。

    安倍政権ならではの色彩とは、今国会でいえば教育関係の法改正は強行採決してでも通す一方、ホワイトカラーエグゼンプションはあっさりと継続審議にしてしまったことに明らかですが、「美しい国」系の話には非常に力が入る一方で、経済関係には冷淡であるということです。ネットなどでは、安倍政権は財界の言うがままといった評価もありますが、確かに経済財政諮問会議ではその手の議論があるものの、諮問会議自体、小泉政権下に比べれば存在感がなくなってきているわけですから、政権内でのウェイトでいえば下がっていることは間違いありません。

    国鉄に関して言えば、多大な税金が投入されていたわけですが、一般に財界(企業および経営者)は支払う税金が受け取る公共サービスの受益に比して高く、俗に言う小さな政府を志向することが合理的な対応となります。歳出が削られても失うものが少ない一方で、見合いの歳入減少=税金の削減の効用は大きいのですから、削れる歳出はすべて削り、その分だけ税金をまけろ、というのが財界の変わらぬ希望となるわけです。したがって国鉄への税金投入をなくすことは財界にとっても大きな意義がありましたし、組合がその障害になるというのであれば、徹底的に叩くことも本望でしょう。

    他方で社会保険庁に関しては、世間的には組合がさまざまなムダを産んだという理解が支配的ですが、では組合のムダが徹底的に排除されたとしても、財界の負担がどれだけ減るというのでしょうか? 国民年金には1/3の国庫負担(今後1/2に引上げ)があり、厚生年金には1/2の使用者負担はありますが、それぞれの保険料率がムダの排除によって減る程度といえば、ほとんど誤差の範囲でしょう。だからこそ財界は、昨今の文脈における年金問題には冷淡ですし、労使対立のステレオタイプから組合叩きに熱心かといえば、まったくそのようなことはないと考えられるわけです(自治労は自分たちの被用者でもありませんし)。

    財界からすれば、組合問題とは、イデオロギー的な問題ではなく、すぐれてそろばん勘定の問題でしょう。したがって、そろばんに反映される組合問題には力を入れても、そうでない組合問題は、一般論として組合が弱くなることを嫌うわけはないにせよ、二の次・三の次であろうと考えられます。他方で安倍政権は、既述のように「美しい国」系の話には入れ込むわけで、社会保険庁の組合問題にせよ、その手の運動への敵対心が相当程度入っているであろうし、選挙を気にしてという要素が大きいことは否定しませんが、社会保険庁の民営化もまた国会にて高い優先順位が与えられたわけです。

    では、自らの利害に直結する話を後回しにして、そうでない話ばかりに血道を上げる(しかもその結果、政権支持率を上げているわけでもない)政権に対して、財界はどのような態度で望むものと考えられるでしょうか? そういえば、最近の日経は安倍政権叩きに注力しているとの観察がありましたが、日経がどういった者の主張をよく代弁するかといえば・・・。

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