宮沢元総理の死去と彼の不良債権処理公的資金注入論
頭がよいので総理には向いても(自民党)総裁(もっといえば政治家、かもしれませんが)に向かないという稀有な人材でした。合掌。
岸信介が宮沢喜一を評して曰く、頭が良くて見識もあり総理に適任、ただし「他人がみんな馬鹿にみえる」ので人の世話をしないから総裁には不適任、との由(pp. 374-375)。岸が「頭が良い」と評しているのは他には彼の兄くらいで、派閥が違う宮沢をここまで褒めるということはよっぽど宮沢が群を抜いていたということでしょう。「世界デフレは三度来る」(ASIN:4062820064)での宮沢の低い評価とあわせて考えるとこの評は大変興味深いものがあります。いずれ彼のことも詳しく調べてみるつもり。
「最近読んだ本 岸信介特集 その4」(@svnseeds’ ghoti!4/21付)
彼の「低い評価」とは、結局のところ次のような指摘に尽きましょう。
不良債権問題で失われた十年をやっちまった戦犯として、あるいは、55年体制からポスト55年にいたる時代の節目の政権を担った宰相として、金丸氏と竹下氏の狭間で棚ぼたの首相就任、そして日本新党ブームみたいな、次の出し物の呼び水的ポジションであることは間違いなく。
やはり個人的には「不良債権問題を処理するためには政府が財務面で緊急出動して早期に処理しなければならない」というセオリーを知っていながら、右顧左眄首鼠両端の挙句、指導力を発揮できないうちに問題を大きくしてしまったなあという印象が強い。回顧録でもたびたび出てくるネタではあるけれども、彼は周囲を馬鹿にし軽視したが彼の状況を打開するにはそういう人たちに頼らなければならないことに最後まで気づかなかったのだなあという。
「宮沢喜一「分かっていて何も出来なかった人」逝く」(@切込隊長BLOG(ブログ)〜不滅の俺様キングダム〜6/28付)
「『不良債権問題を処理するためには政府が財務面で緊急出動して早期に処理しなければならない』というセオリー」とは、宮沢元総理の文脈でいえば1992年8月の発言のことを指すのでしょうけれども、ではあの段階で公的資金を導入していたら、「不良債権問題で失われた十年をやっちまった」現実は変えられたのでしょうか? 経済学の世界では、その理論的構成としてゾンビ仮説というものがあり、
- 不良債権問題を抱えた邦銀は、本来であれば破綻すべき貸出先を延命させ(ゆえに「ゾンビ」)、
- その結果、市場から退出すべき低生産性企業が退出せず、経済全体の生産性を下押しした、
というものがあります。まあ経済学界でもまだ議論が続いている話であり、webmasterごときがこれを妥当でないと論証することなど夢物語ではありますが、日本経済の生産性低下にバブル崩壊後の長期停滞の原因を見出すとしても、
深尾:
1つの仮説として、ゾンビ仮説があります。銀行が不良債権問題が表面化しないように、立ち直る見込みのない企業にお金を追い貸ししたり、金利の減免を認めるために倒産しかけている企業(ゾンビ企業)が倒産せず、生産性の高い新しい企業が参入できずにいるために生産性が停滞しているという議論です。しかし、我々が最近分析した結果ですと、工業統計表のミクロデータの分析を1981年までさかのぼってみても、日本では経済の新陳代謝機能は悪かったんです。たとえばアメリカや韓国に比べると1980年代から日本では新規企業の参入は少ないし、生産性の低い企業が必ずしも退出していない。それから生産性の高い企業がどんどん拡大するということもなくて、昔の方が生産性が高かったのは内部効果といいますが、それぞれの工場の中で努力して生産性が上がっていたために、産業全体の生産性も上がっていたということです。最近では、生産性が下がったのは結局内部効果が下がったからであって、退出効果や算入効果、再配分効果などは余り変わっていないということがわかりました。そうすると、ゾンビ企業が問題なのではなく、企業内や工場内の生産性の上昇がなぜ減速したかを調べないといけないということになります。あともう1つ解ったのは、最近までデータを伸ばすと、2000年以降、少し明るさが見えてきて、新陳代謝機能がやや多くなったかなという感じはあります。
という見方があります。まして、生産性の低下とは需要の低迷に相当程度足を引っ張られた結果であり、需要が底堅ければ長期停滞は避けられたという見方を採るならば、総需要の不調ゆえに不良債権が増えたのであって、不良債権が増えた(ないし「抜本的処理」をしなかった)から総需要が不調になったわけではない、ということになります。
webmasterはバブル潰しの金融政策こそが長期停滞の主因であると考える身ではありますが、そうした立場からすれば、宮沢元総理の最大の責任は、世のバブル潰しの風潮を拱手傍観したこと、となります(金融政策の独立性を尊重する前提で)。となると、実は切込隊長さんと同様に、「彼は周囲を馬鹿にし軽視したが彼の状況を打開するにはそういう人たちに頼らなければならないことに最後まで気づかなかったのだなあ」という結論になるのが面白いところではありますが。
