一昨日のエントリにて、国鉄と社会保険庁の組合問題は表層的には似たものとして扱われることがあるものの、財界のニーズへの適合度から言えば差があり、財界のニーズに相対的に冷淡な安倍政権に対して財界は距離を置いているのでは、と書きましたが、それがマスメディアで裏付けられるという事態に(笑)。まず、国鉄と同様に扱われがちという点については、次の記事がありました。
長年にわたる社会保険庁の杜撰な事務による年金記録の不備が露見し、国民の不安と憤慨が募っている。その有り様を見るにつけ、私自身が渦中に身を置いた国鉄の改革の時代のことが思い起こされる。1981年3月に臨時行政調査会(第二臨調)が発足して程なく、国鉄の現場におけるヤミ手当、ヤミ休暇など数々の悪慣行の実体が露わになり、世間を憤激させた。
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国鉄と社会保険庁。これら病める組織に共通の病根は二つあると思う。その一つは職員の「親方日の丸意識」である。国民生活に必須の交通手段を預かっていた国鉄、国民の年金事務を管理する社会保険庁。いずれも決してなくすことの出来ない業務を担っている。だから「不沈鑑」であるという意識が蔓延しやすい。そしてもう一つは、賃金が人事院勧告(国鉄の場合は仲裁裁定)といった形で他律的に決定されるシステムとなっていることである。
この二つを重ね合わせると、「職員に嫌われてまで職場管理に苦労することはない」という管理者と「どうせ給料は同じなら取り分は労働密度の緩和だ」という労働者が生まれてくる。そして労組の運動は、勤務の緩和、非効率を目標とするようになる。改革の第一歩はこの悪循環を断つことだ。国鉄の場合それが分割民営化だった。
しかし両者には、見過ごすことの出来ない相違点もある。国鉄は曲がりなりにも企業体の体裁を整えていた。従って労働の非効率は、毎年度の決算で明確になる仕組みだった。営業収入の85%が人件費であるという最悪時の数値は、大手私鉄の平均35%程度という数値と比較して、言い逃れの出来ない労働非効率の証拠として公表されていた。
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また国鉄の場合、規律の乱れは直ちに日々の列車運行の乱れという症状を発症し、利用者の批判を呼ぶ性格を持っていた。そして国鉄の職場管理が最悪の当時ですら、日本の国鉄は世界で最も安全・正確・安定的な運行を誇っていた。それは現場管理者たち(非組合員)、穏健な労組に加入している職員たち、それに非現業職員たち、合わせて10万人余りの人々が私生活を顧みず、列車運行を守っていたからである。第二臨調が発足したとき、国鉄の窮状を現場から訴え、国鉄改革の実現を求めたのは彼らだった。
社会保険庁の腐敗、堕落は、列車の乱れとは違って、当事者さえ黙っていれば長期にわたって誰の目にも触れることがない。すなわち身を挺して国鉄輸送を守った筋も筋肉も、社会保険庁の場合、どこにも存在しないわけである。管理者ぐるみの底なしの腐敗堕落が進行するのはこの歯止めのなさから来る。年金記録の不備問題も、内部からの告発が発端と言われる。しかしその狙いは国鉄のときのように改革を求めるコアグループの叫びとは全く異なるのではないだろうか。
それではなぜ今日になって内部告発が発生したのか。「日本年金機構法」が上程されたことにより、これまで腐乱の限りを放置してきた社会保険庁も、早晩その実情を天下に知られざるを得なくなったことが背景にあると思われる。いずれ露見するのならという訳で内部告発による攻勢防御に転じたのだろう。「改革の要請」としてではなく、「改革の向かい火」としての内部告発だと思わざるを得ない。
読売「葛西敬之氏の地球を読む/年金記録問題/社保庁腐敗 国鉄を想起」
ここまで結論先にありきな認識を持つ者が年金業務・社会保険庁監視等委員会の委員に選任されているのはいかがかなものかと思うわけですが(進駐軍のようであるらしいので、ある意味似つかわしいのかもしれません)、単に政府部門の組合だから問題だとの表層的な理解では、ここまでゆがんだ議論しかできないということをはしなくも表しているといえましょう。業務の必要性と人事院勧告が「病根」だというならば、それこそ国家公務員のすべてがそれに当てはまるわけで、国鉄や社会保険庁において問題が生じたことの検証としては、論理として粗雑に過ぎます。
他方で相違点として葛西さんが論じているのは、「国鉄の窮状を現場から訴え、国鉄改革の実現を求めたのは彼ら」というのがまさに葛西さん自身を含む集団を指し、はっきりいえば己の功績を誇るものであるというバイアスがかかっているわけで、「社会保険庁の腐敗、堕落は、列車の乱れとは違って、当事者さえ黙っていれば長期にわたって誰の目にも触れることがない」とは不当な非難でしょう。裁定時に露見せざるを得ないのが記録の不備であり、それでも多数の者に対する裁定が最終的には正常になされてきたのは、もちろん社会保険庁の不備を補う社会保険労務士や企業の担当者、そしてなにより受給権者自身の働きが大きいわけですが、裁定という行為自体が突合せを内包し、国鉄で言えば「日々の列車運行の乱れという症状」に至る手前の段階であったとwebmasterは考えます。
まして内部告発の原因が「攻勢防御」というのは陰謀論的過大評価もいいところで、それだけ悪知恵が回るならばこんな状態になる前にいくらでも手は打てたはず(笑)。どう考えても、デュルケームのいうアノミー、つまりは「人々の行動を規制していた社会的規範が失われて、混乱が支配的となっている社会の状態」に社会保険庁が陥っていると考えるのが自然であり、倒産寸前の会社では横領等が横行し、怪文書が乱れ飛ぶのと同じ現象ということでしょう。
続いて、財界の姿勢を示すものとしては、次の記事がありました。
参院選の投票日まであと6日。世論調査での「自民党劣勢」が伝えられているが、財界団体や主要企業は一部の例外を除いて今回の選挙はもっぱら静観の構え。日本経団連の御手洗冨士夫会長をはじめ財界には安倍晋三首相のシンパは少なくないが、ここにきて微妙な距離を置き始めているようにもみえる。
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表向き、安倍政権と財界の関係は良好だ。今年4月の安倍首相の中東5カ国歴訪に、経団連は約180人の同行使節団を派遣。団長を務めた御手洗会長と首相の蜜月関係を内外に見せつけた。経済同友会の桜井正光代表幹事も参院選公示日の12日から長野県軽井沢町で開いた夏季セミナーで、安倍首相の行財政改革路線への支持を表明した。
だが、水面下では現政権に対する温度差も目立つ。金融界では昨年末の「献金拒否事件」が今も話題になる。全国銀行協会の畔柳信雄会長(当時、三菱東京UFJ銀行頭取)が記者会見で自民党への政治献金再開に言及した同日、世論動向に配慮した安倍首相が大手銀行からの献金を辞退すると表明。根回しに動いていた経団連関係者はハシゴを外された形になった。
「改革か、逆行か」は安倍首相のスローガンだが、その改革の先行きに懸念が広がっている。政府が先月決定した経済財政運営の指針「骨太方針2007」では選挙前を意識したのか、歳出削減への踏み込み不足が指摘された。経済同友会の夏季セミナーでは「骨太方針に物足りない部分もある」「構造改革への動きが止まるのではないか」といった発言も相次いだ。
日経「経営の視点/参院選 遠巻きの経済界/「安倍改革」評価に温度差」
財界にとって幸いなのは、安倍政権が国民的人気を勝ち得ているわけではない、ということでしょうか。だからこそ冷淡に接しても悪影響をそれほど心配する必要がないわけで、ポピュリズム政権が大企業に厳しい政策を実施するというのは少なからず見られることですので、国民的人気を勝ち得ている政権であれば、財界に冷淡であろうと積極的に懐柔を図っていく必要が出てくるわけですから・・・。