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  • 01/22/2008 (11:59 pm)

    自己診断もの2題‐外交と幕末

    Filed under: economy, politics, WWW, history ::

    branchさんのお導きより。

    webmasterの結果はグローバル指向+2にタカ派+1ということで、自己評価を正確に反映しているといってよいでしょう。食料自給率にこだわるなとか日本でやれば高コストの事業は外国でやれとかさんざん書いてきているわけですから・・・。

    #まあ+2でしかないじゃないか、というご指摘はあるでしょうけれども、外国人労働者の受入れに対してさまざまな軋轢の可能性を考えてネガティヴだったのが響いたのかな、と。外国人労働者を受け入れるよりも、海外への生産拠点のシフトの方が、同様の効果をより少ない社会的コストで達成できるのではないかと思っています。

    他方、これはbranchさんに試していただきたいな、と。

    webmasterは岩倉具視でした。どのようなタイプかといえば、

    目的のためには手段を選ばないあなたは、ひょうひょうと大仕事を成し遂げて行くでしょう。常に客観的で冷静。この性格は人間関係にも顕著に現れ、自分にとって必要とあらば厚い信頼を寄せますが、一度必要ないと判断したら、今までの付き合いが嘘のように相手を切り離します。客観的なのはいいことですが、人から信用されなくならないように注意が必要です。

    だそうで、webmasterの個人的知り合いの方々は、webmasterにとっての必要性を維持すべくご尽力いただきたく(笑)。

    ちなみに全タイプを挙げれば、井伊直弼・板垣退助・伊藤博文・岩倉具視・大久保利通・勝海舟・桂小五郎・西郷隆盛・斉藤一・坂本龍馬・佐久間象山・芹澤鴨・徳川慶喜・土方歳三・吉田松陰・近藤勇・岩崎弥太郎・中岡慎太郎・岡田似蔵・伊東甲子太郎とのこと。個人的には大久保利通狙いだったわけですが、坂本龍馬のようなwebmasterにはまったく似つかわしくない者にならず、よかったのかな?

    01/21/2008 (11:59 pm)

    部分的核実験禁止条約の調印年

    Filed under: politics, history ::

     大手予備校「河合塾」(名古屋市)は21日、19日に行われた大学入試センター試験の「世界史A」で、不適切な出題があるとして、大学入試センターに質問書を送付した。同センターでは今後、世界史担当者らで内容を検討する。

     河合塾によると、この問題は「原子力発電や核実験」について述べた四つの文から正しい選択肢を一つ選ぶもの。このうち、「日本とアメリカ合衆国は、1963年に部分的核実験停止(禁止)条約に調印した」という選択肢は正解ではないとされた。

     しかし、河合塾は、「世界史年表」(岩波書店)と「世界史大年表」(山川出版社)に、63年に日米とも調印したという記述があると指摘、選択肢の中に正解が二つあるとしている。

    読売「「世界史Aに不適切出題」センター試験で河合塾が質問書」

    河合塾もなんで岩波や山川の記述を元に指摘するのやら・・・このぐらい、調べればわかるでしょうに。

    というわけで、同条約の国会審議を見てみます。

    ○議長(重宗雄三君) これより本日の会議を開きます。

     日程第一、大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験に禁止する条約の締結について承認を求めるの件(衆議院送付)を議題といたします。

     まず、委員長の報告を求めます。外務委員長黒川武雄君。

    (略)

    ○黒川武雄君 ただいま議題となりました条約は、核実験停止に関する米英ソ三国間の、四年有余に及ぶ交渉の結果、昨年八月署名されたものであります。

     条約は、すべての国に開放され、わが国をはじめ百九カ国が署名し、米英ソ三国の批准により、十月に発効を見たのであります。

    (略)

    ○議長(重宗雄三君) 投票の結果を報告いたします。

      投票総数    百五十四票
      白色票     百五十一票
      青色票        三票

     よって本件は承認することに決しました。(拍手)

    参議院本会議(1964(昭和39)年5月25日)

    というわけですから、

    • 1963年署名(=調印)
    • 1964年批准(=国会承認)

    という事実関係となり、河合塾の指摘の方が正しいのです。出題者は、おそらくは署名と批准とを取り違えたのでしょう。

    01/10/2008 (11:59 pm)

    捕鯨問題への対処に見る自己満足

    Filed under: politics ::

    11/20のエントリー(「[捕鯨問題がちょっと気になりました - Baatarismの溜息通信](http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20071120)」)で、オーストラリアで日本の調査捕鯨に対する反発が強まっていて、労働党は軍を派遣するという発言までしているという話を書きました。その後、日本側でもオーストラリアの状況に反発した人がいたのか、今度はYouTubeにオーストラリアの反発を批判する動画が投稿されました。これに対してオーストラリアでは、ネットユーザーのみならず、マスコミや政府まで批判発言をしているそうです。

    (略)

    この動画を見て思ったのは、使われている手法が、従来「嫌韓」や「嫌中」で使われていた手法に似ているなということです。相手を直接批判するのではなく、相手の主張の矛盾点や相手が嫌がる事実をことさらに取り上げて揶揄するというのは、日本のネットにおける「嫌韓」や「嫌中」でよく使われていた手法ですが、この動画も「人種差別」や「動物虐殺」といった、オーストラリア側の矛盾や嫌がる事実を強調しています。

    今後も日本のネットナショナリストは、他国で日本に対する理不尽な批判が行われたと感じたら、このような方法で相手を攻撃するのでしょうね。

    「日豪捕鯨対立がYouTubeに飛び火」(@Baatarismの溜息通信1/9付)

    タイトルの「自己満足」とは、批判するにしても真に有効な批判であるか、より一般化すれば批判することの影響を検討することなしに、自らの考えるところではこれは有効な批判であろうと思い込んでしまっていることを意味します。Baatarismさんはこの動画も「人種差別」や「動物虐殺」といった、オーストラリア側の矛盾や嫌がる事実を強調していますとされていますが、これって「矛盾や嫌がる事実」なのでしょうか? 言い換えれば、ここでいう「オーストラリア側」とは、誰を指しているのでしょうか?

    人種差別や動物虐殺が「矛盾や嫌がる事実」であるためには、それらを為す者が捕鯨に反対している必要があります。言行不一致、すなわち口では捕鯨という「動物虐殺」を非難しておきながら、自分がやっていることは日本人その他の有色人種差別で明らかに捕鯨反対が為にする議論であるとか、ディンゴやカンガルーに対する「動物虐殺」だという場合においては、それが批判として有効に機能するわけです。しかし、オーストラリア人という点で同じ属性だからといって、これらの者が重なるとは限りません。捕鯨反対派から、「ああ、あいつらもお前らと同じぐらい問題だね」と返されたらそれで終わりです。

    さらには、仮にオーストラリアがそれらにきちんと対処して、「自分たちは批判にきちんと応えた。次は日本が捕鯨を止める番だ」なんてことになったらどうするのでしょう? 論理的にはつながらないものの、政治的にはこう言われて捕鯨を止めなければ「人種差別」や「動物虐殺」を言挙げしたことは単なるごまかしないし嫌がらせだったとみなされてしまうでしょう。かといってこれで止めるぐらいならば、今まで言ってきたこと(日本の文化が云々とか、捕鯨を止めればかえって生態系が傷つく云々とか)は、これまた実が伴わなかったとみなされるわけで、にっちもさっちも行かない状況に追い込まれるのは日本の側です。

    #ま、そんなことをいう人間がYouTubeにいたからといって、それが日本を代表するものとは思われないでしょうけれども。だからこそ政府間交渉では、日本政府はこんな言い分を持ち出したりはしないのです。

    結局のところ、この批判は議論に勝つためのものとして練られてはおらず、単に批判的なことを言って憂さを晴らしたかったのだろうな、と。そうでないと言うのであれば、無能だとの評価に甘んじなければならないわけですし。

    12/31/2007 (11:59 pm)

    2007年を振り返る(4)‐年間10大ニュース「政治・経済部門」

    Filed under: economy, politics ::
    第10位 建築基準法改正による住宅投資低迷

    世間の求めに押されて採用された政策が、実施してみれば事前に懸念された悪影響をもたらした際、批判されるのは霞が関なんだよなぁ、という文脈においては、バブル崩壊時の総量規制に相通じるものが見て取れます(幸いにして消費者金融の上限金利引下げについては、マクロ的にはまだ影響は観察されないようですが)。

    第9位 食品偽装問題

    もちろん問題視するに値する事柄ではありますが、他方で健康被害が生じたわけでもなく、ここまで大きく取り上げることがバランスの取れた話かと考えれば、webmasterとしては疑問です。

    第8位 安倍前総理突然の辞任・福田総理就任

    日本の総理大臣として、あのような辞め方は空前ですし、おろらくは絶後でしょう。

    第7位 テロ対策特措法失効

    民主党の反対以上に、自民党の自滅で延長が頓挫したのが実態でしょう。第8位からの続きとなりますが、安倍前総理は、少なくとも延長を成し遂げてから辞任すべきだったはずです。

    第6位 霞が関への不信感増大

    近年継続する年金問題(社会保険庁)に加え、守屋前防衛事務次官の接待問題があり、霞が関への世の信頼は、もともと地に堕ちていたようなですが、地に潜った感があります。おそらく、その回復はもはや不可能でしょう。当事者としては非常に残念ですが。

    第5位 温暖化ガス対策の進展

    ゴアとIPCCのノーベル平和賞受賞に加え、COP13でのバリ・ロードマップ合意も大きな前進でしょう(それに先立ってのAPEC・シドニー宣言もまた)。後者について、内容に不満を覚える人もいらっしゃるのでしょうけれど、アメリカが枠組みに入った意味は大きいと思います。この延長線上において、ポスト・ブッシュのアメリカがより踏み込むのは間違いないのですから。

    第4位 コモディティ相場の上昇

    大きくメディアで取り上げられたのは100ドル/バレルに近づいた原油でしたが、それ以外についても、金属や食料品などおおむね強気の展開となりました。これがためにインフレ観測が出てくるのには閉口ですが、諮問会議・金融庁で進められる総合取引所構想などの背景として、来年もその動向は要注目ではないでしょうか。

    第3位 参議院選挙・自民党大敗、民主党第一党に

    これで以後3〜9年の政治の枠組みが決まったわけですから、たった一度の選挙の及ぼす影響の大きさたるやいかばかりか。大連立を含む政界再編があれば話は別ですが。

    第2位 デフレ脱却できず

    最新データにおいては、いわゆるコアCPIでは対前年同期でプラスには転じたようですが、コアコアではまだ横ばいですし、何より上方バイアスがあるのですから、到底デフレ脱却とは言い難い状況です。さて、いつになったら脱却できるのやら、まずは日銀の新総裁人事が試金石となるでしょう。

    第1位 サブプライム問題の深刻化

    webmasterの管見では、アメリカの実体経済が底堅いのであれば、それほど心配する必要はありません。しかし、この問題が実体経済の底割れにつながる‐あるいは、実体経済の悪化の「カナリア」がサブプライム問題である‐のであれば、世界的経済収縮がやってくるのではないでしょうか。だからこそ、FRBその他の先進国中央銀行(日銀を除く)は、バジョットルールが要請する流動性供与を超えて金融緩和に踏み切っているのでしょう。わかりやすく言えば、「サブ」のないプライムローンについても問題化するようなことがあれば、長いトンネルの入り口だったということに。

    12/21/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work IV

    Filed under: politics, science ::

    さらに参戦ですか・・・。

    Q: UFO論議が注目を浴びていますが、大臣のご所見をお願いします。

    A: 「UFOは、存在しない。」と断定できる根拠がありません。個人的に信じる、信じないという問題も色々あるのでしょうが、そういうような未確認飛行物体、あるいはそれを操る生命体、それが「存在しない。」と断定し得る根拠が無いのであって、防衛省というよりは私個人の話ですが、「存在しない。」と断定し得ない以上、それはいるかもしれない。少なくとも「ない。」と断定するだけの根拠を私は持っていません。ですから、「そういうものも有り得るだろうね。」ということだと私は思います。

    Q: その場合、防衛力のあり方について、何か影響がありますでしょうか。

    A: 「ゴジラ」という映画がありますが、その時に自衛隊が出ますが、「一体何なのだ、この法的根拠は。」という議論があまりされません。映画でも、そこで防衛大臣が何かを決定するだとか、総理大臣が何かを決定するというシーンは無いわけです。ただ、ゴジラがやってきたということになれば、これは普通は災害派遣になるのでしょう。ですから、それが命令による災害派遣か、要請による災害派遣は別にして、これは災害派遣でしょう。要するに天変地異の類ですから、モスラでも同様であろうかと思いますが、これがこのUFO襲来という話になると、これは災害派遣なのかなということになるでしょうね。つまり、その場合は領空侵犯なのかというと「あれは外国の航空機か。」ということになるわけです。普通に考えれば、外国というカテゴリーにはまず入らないでしょう。航空機というからには、翼があって揚力によって飛ぶのが航空機ですから、そうするとUFOが何によって飛んでいるのか、これは色々な議論があるのでしょうけれども、それをそのまま領空侵犯で読めるかというと中々厳しいかもしれない。そうなってくるとこれは飛翔体なのかということになると、どうなるのか。しかし、例えば隕石が降ってきたということと同じに考えられるか、隕石は自然現象ですから、何の意志もなく降ってくるわけですが、UFOの場合には意志なく降ってくるわけではないので、これをどのように法的に評価するのかということもあるのでしょう。そうすると、災害派遣が使えるのか、領空侵犯でもどうもなさそうだ。そうすると防衛出動かということになるのですが、それはわが国に対する急迫不正の武力攻撃のように考えるかというと、そうはならないのでしょう。よくテレビにあるようにUFOが襲来して、色々な攻撃を仕掛けるということになれば、それはそういう評価も成り立つのかもしれませんが、「地球の皆様、仲良くしよう。」とか言って降ってきた時に、それは、わが国に対する急迫不正の武力攻撃でもないし、また何らかの意志が伝達された時に、何を言っているのか、よく分からない。そういう場合に、一体どうやってわが方の意志を伝達するのかということもあって、別に当省としてこういう場合にどうするのかという方針を固めたわけでも何でもないのですが、これも私個人のお話であって、ただ、頭の体操ということはあまり好きではありませんが、色々な可能性というのは考えておくべきものなのでしょう。ある日突然そういうことが起こって、どうするのかということもあまり望ましいことではなくて、これも省としてそれに取り組むとか、そのようなことではありませんが、私自身として、一体どうなるのだろうなということは考えてみたいと思っています。今までも考えて来たし、大臣なる前に何かのテレビの番組で、「どうですか。」と聞かれて、「色々な可能性を考えていかければならないのでしょう。」ということは申し上げましたが、どうすべきか。その時に日本だけ襲来するのかというと、世界あちこちに襲来するのでしょう。その時に国連でそういう議論が行われたかというと、あまり承知をしていないところであって、そういうものが存在しないと断定し得る根拠がない以上は、やはり頭のどこかには置いておくべきではないのかと。ただ、当省として、そういう方針を決定したということではありません。

    石破防衛大臣記者会見(2007/12/20)

    少なくとも法的には、「隕石が降ってきたということと同じに考えられる」こととなります。基本的には人間以外の生命体は非生命体と同様に扱われ(たとえばペットに危害を加えた場合には、器物損壊ということとなります)、地球外生命体といえども「人間以外の生命体」であることには変わりないからです。

    つまりは災害派遣ですが、害獣駆除は災害派遣の一形態であり、実際に猪狩りに出動したこともあるとのこと。仮に地球外生命体が地球に飛来した際には、その危険性が認められれば、害獣として駆除されるというのが法的な整理となるでしょう。

    ただ、火器による射撃は地元のハンターが行い、自衛隊は輸送・通信の支援を行うとの役割分担のようですので、各種作品にてゴジラやガメラに相対する際のように自衛隊が火力の使用に踏み切るには、所要の制度改正が行われなければならないような。その意味では、先の火器使用の限定に関して、「特に必要があると総理大臣(防衛大臣でもいいのですが)が認めた場合は、この限りでない」といった例外規定を加えればよいということとなります>石破大臣。

    12/20/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work III

    Filed under: politics, science ::

    UFOは存在しません−。政府は18日、「地球外から飛来してきたと思われる未確認飛行物体」は存在しないと、閣議決定した答弁書で見解を示した。政府がUFOの存在を正式に否定したのは初めて。【「「UFOは存在しません」政府がUFO存在を否定」政治も‐政局ニュース:イザ!より引用】

    (略)

     その意味では、日本政府の「UFOは存在しない」という発言はとてもおかしい。元々の意味のUFO(=正体がまだ確認できていない飛行物体)ならば存在を否定することに意味がないし、マスコミの言うところのUFO(=宇宙人の乗り物)ならば、この存在を頭から否定することは政府がすべきことではない。

     政府なんだから、もう少し正確に「UFO(未確認飛行物体)目撃の報告は数多く受けているが、政府として、そういったものが一部の人たちが言う様に宇宙から飛来した宇宙人の乗り物だとは認識していないし、さらに調査が必要と思わせるだけの信頼度の高い情報も持っていない」と発言すべきだと思うんだがどうだろう。

    「日本政府の「UFOは存在しません」発言にいちゃもんをつけてみる」(@Life is beautiful12/18付)

    確かに政府が「存在しない」とした旨を報ずるメディアは数多くありますが、一昨日引用した朝日の報道では、「地球外から飛来してきたと思われるUFOの存在を確認していない」とする答弁書を決定とされています。また、政府は18日午前の閣議で、地球外から飛来してきたと思われる未確認飛行物体(UFO)について「存在を確認していない」とする答弁書を決定したとの東京新聞の報道もあります。

    未だ参議院サイトでは質問主意書・答弁書の公開がなされていないので、実際にどのような文言が用いられているのか現時点では不明ですが、政府が「確認していない」としたのに「存在しない」としたかのように誤報する可能性と、逆に政府が「存在しない」としたのに「確認していない」としたかのように誤報する可能性とでは、後者の方が大きいのではないでしょうか?

    政府への批判としては、もう少し正確に「『存在していない』との報道が事実であれば、『UFO(未確認飛行物体)目撃の報告は数多く受けているが、政府として、そういったものが一部の人たちが言う様に宇宙から飛来した宇宙人の乗り物だとは認識していないし、さらに調査が必要と思わせるだけの信頼度の高い情報も持っていない』と発言すべきだと思うんだがどうだろう」としていただきさえすれば、webmasterとしては言うことはないのですけれども。

    12/19/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work II

    Filed under: politics, science ::

    昨日取り上げた町村官房長官発言について、branchさんが次のように評していらっしゃいます。

     それにしてもこの官房長官、ノリノリである。 …というか、官房長官のこの対応振りは、ネタも相俟って多くのメディアで報道されて国民に親近感を与える効果が期待され、政治的にはとてもうまい。御本人の素朴な考えなのか計算の上なのかはたまた秘書官が振り付けたのかは知るべくもないが、大いに感心。

    続・航海日誌(12/19付)

    UFOというネタそのものはおっしゃるような見方も可能かもしれませんが、やはりナスカの地上絵を引き合いに出したことについては、webmasterはまったく感心できないのです。でまあ(事務)秘書官が振り付けたならばその手のネタは避けるでしょうから、ご本人のお考えなのではないかとwebmasterは思うのですが、いかがでしょう?

    12/18/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work

    Filed under: politics, science ::

     「個人的には絶対いると思う」。UFO(未確認飛行物体)は未確認という政府の公式見解に、内閣のスポークスマンである町村官房長官が18日、「異議」を唱えた。

     政府は同日の閣議で、民主党の山根隆治参院議員の質問主意書に対し、「地球外から飛来してきたと思われるUFOの存在を確認していない」とする答弁書を決定。文部科学省によると、「UFOに関する答弁書は初めて」という。

     ところが、町村氏は記者会見で「政府の公式答弁は極めて紋切り型。私は個人的にはこういうものは絶対いると思っている」と反論。「そうじゃないと、ナスカ(南米ペルー)のああいうの(地上絵)、説明できないでしょ」と述べた。

    朝日「町村長官「UFO絶対いる」 政府公式見解に「異議」」

    こんな質問主意書を担当させられた方々には心より同情申し上げます。ちなみに、質問主意書への答弁としては初出のようですが、国会答弁としては既に存在しています‐しかも、同じ山根議員への質問によって。

    ○山根隆治君 雲をつかむような話のついでといってはなんですけれども、UFOの問題について少し聞いてみたいと思います。

     国会では今までUFOを取り上げられたことがないということのようでありますけれども、未確認の飛行物体ということでございますけれども、大臣はUFOを見たことございますか。

    ○国務大臣(麻生太郎君) おふくろは見たといってえらい興奮して帰ってきたのがありますけれども、残念ながら私自身は見たことはありません。

    ○山根隆治君 私もよく深夜散歩することが多いものですから、そのたびに空見て、深夜というのは、犬の散歩というのは私の日課でございますので、何があっても散歩しなくてはいけないと、犬を連れての散歩ですね。何かちょっと、事件がちょっとあったようですから、それとの絡みで思われては困りますが。空を見て、UFOを見てみたいものだなというふうにいつも思っているんです。一度も私、見たことがないんです。

     ただ、これ名古屋大学の福井先生の著書の中で引っ張ってきましたけれども、銀河系全体では二千億個の星があって、さらに宇宙全体では二千億個もの星から成る銀河が一千億個以上もある。もう天文学って、正にこれ天文学的な数字の星があるわけでございまして、私は個人的には、これだけの膨大な、頭の中で整理もできないぐらいの数の星がある中で、知的な生物がこの地球上に人間だけだというふうに思うことが私は不自然なように私自身は思っているんです。

     そういうことからすると、UFOが度々もう飛来、世界じゅうに飛来している、しょっちゅうそれはテレビで、先日も私、一週間ほど前テレビでまた見ましたけれども、これについて全く無関心でいるというわけにはいかない。それはやはり政治家として国民の生命、財産というものをどう守るかということもありますし、防衛上の問題もある。

     アメリカも、やはり一九四八年から相当期間、実際にやっぱり調査をアメリカの空軍でしてきたというのがこれ明らかになっている話です。その調査結果によると、相当の、何万という事例を検証していったけれども、全部否定し切れるものではない、相当数のものを認めざるを得ない、飛行物体があるということを否定し切れないという報告でした。最初のうちはそれがやはりもうUFOなんだということをかなり積極的にというか、肯定的にとらえて報告をしていましたけれども、後半の部分になってくると一気に否定的な報告になってきて、それ今はもうその組織は解散をいたしているわけでございます。

     私は、なぜこういう唐突なお話をさせていただくかということについては、今お話ししましたように、国家や人類のやっぱり防衛上の問題ということで無関心であってはいけないと。これを真摯にやっぱり受け止めて、情報の収集やそれこそ解析やということを国家としても、やはりアメリカもほかのヨーロッパの諸国も行われていると。今はそれを否定する報道が多いわけでありますけれども、事実上アメリカの空軍はそういうのを行ってきたということが明らかでありますけれども、日本は国家として、アメリカからそうした情報を得たり、あるいは意見を交換したりというふうなことがあるのかどうか、その辺についてお尋ねをしておきます。

    ○国務大臣(麻生太郎君) これは防衛庁じゃないかと思いますが、今、山根先生お話のありましたのは、たしか一番よく言われたのは、人工衛星が、アメリカの人工衛星が昭和四十何年に上がりましたときに、あの衛星の後ろにUFOが三台付いて一緒に回っていたというのが結構あの当時話題になった。私のUFOに関するアメリカの新聞の記事でいくとそれが一番最初の印象なんですけれども、これは結構真剣に考えているんだなと、今からかれこれ四十年前の話で恐縮ですけれども、そう思った記憶がありますけれども。

     それにいたしましても、おっしゃるように百五十億光年前、百五十億光年かなたに最初の宇宙ができてと言われているんですが、膨大な数の星の中に地球にしかこういった我々みたいなのがおらないということはちょっと幾ら何でも想像力がなさ過ぎるんで、似たようなのが一杯いたっておかしくはないだろうなと私自身もそれはそう思っております。そこが更に進んだ技術を持っていて、何となく時々、この地球にいるのが今後どういう具合なことになっておれたちに危害を与える可能性について向こうがこっちを調査している可能性も、それは否定できないんだと思いますね。

     私は、この種の話は多分いろいろ、サイエンスフィクションの世界に限らず、いろいろ考えられるところだとは思いますけれども、今総務省としてこの種のことに関してしかるべき手を打っておるかと言われれば、私どもとして特にUFOに関して調べているということではないのが率直なところです。

     これは国防上というのであれば、多分これは防衛庁ということになるんだと思いますけれども、防衛庁で、その種のUFOに関するほど想像力の高いのが防衛庁にいるなんというのは余り聞いたことありませんし、ちょっと守屋の顔からもなかなか想像できないなと思わないでもありませんけれども、いずれにいたしましても、こういった話というのは常にいろんな意味で、ある日突然に来る可能性というのは常に考えておくべき問題だとは存じます。

    参議院総務委員会(2005年3月10日)

    この3月10日に一週間ほど先立って山根議員が視聴したというテレビ番組が何か判明すれば、山根議員がどの程度きちんとした議論をされているかがわかるでしょうけれども、下記のとおり、基本的にはいわゆるビリーバーな人のようです。2年9ヶ月余りの間に変わってきている可能性はありますが・・・。

    • 「銀河系全体では二千億個の星があって、さらに宇宙全体では二千億個もの星から成る銀河が一千億個以上もある。(略)これだけの膨大な、頭の中で整理もできないぐらいの数の星がある中で、知的な生物がこの地球上に人間だけだというふうに思うことが私は不自然なように私自身は思っている」というのは、ドレイク方程式のようなものを念頭に置いているのでしょうけれども、人類以外の知的生命体の存在の可能性を肯定することと、地球外生命体の宇宙船としてのUFOの存在を肯定することはイコールではありません。ドレイク方程式を議論の前提としつつ、かかるUFOの存在可能性を否定的に論ずる議論は当然成立するのです。
    • 「アメリカも、やはり一九四八年から相当期間、実際にやっぱり調査をアメリカの空軍でしてきたというのがこれ明らかになっている話です。その調査結果によると、相当の、何万という事例を検証していったけれども、全部否定し切れるものではない、相当数のものを認めざるを得ない、飛行物体があるということを否定し切れないという報告でした」というのはプロジェクト・ブルーブック等の一連のプロジェクトを指すのでしょうけれど、Wikipedia英語版によればFrom 1947 to 1969, the Air Force investigated Unidentified Flying Objects under Project Blue Book. The project, headquartered at Wright-Patterson Air Force Base, Ohio, was terminated December 17, 1969. Of a total of 12,618 sightings reported to Project Blue Book, 701 remained “unidentified.”(略)There has been no evidence indicating the sightings categorized as “unidentified” are extraterrestrial vehicles.とのことで、正体が「未確認」のまま終わったものがあると認める一方で、地球外生命体の宇宙船である可能性を示す証拠はないと言い切っています。これは明らかにバイアスがかった参照でしょう。

    他方で町村官房長官も、地球外生命体の宇宙船としてのUFOを個人的に信じるのは思想・信条の自由の範疇ですが、その材料としてナスカの地上絵を引き合いに出すようでは。下記のとおり、地球外生命体の存在を仮定しなくても、説明は可能ですから。

    The alien theory is proposed mainly because some people find it difficult to believe that a race of “primitive Indians” could have had the intelligence to conceive of such a project, much less the technology to bring the concept to fruition. The evidence points elsewhere, however. The Aztecs, the Toltecs, the Inca, the Maya, etc., are proof enough that the Nazca did not need extraterrestrial help to create their art gallery in the desert.

    In any case, one does not need a very sophisticated technology to create large figures, geometrical shapes, and straight lines, as has been shown by the creators of so-called crop circles. The Nazca probably used grids for their giant geoglyphs, as their weavers did for their elaborate designs and patterns. The most difficult part of the project would have been moving all the stones and earth to reveal the lighter subsoil. There really is nothing mysterious about how the Nazca created their lines and figures.

    Nazca lines - the Skeptic’s Dictionary

    11/30/2007 (9:01 pm)

    法律家≠政治家

    Filed under: politics, law ::

    たぶん法律家の人達は「あるべき日本の道徳」とか、正義といったものを、議論して定義するところまでを仕事の範囲にして、実装は経済学者に任せればいいんだと思う。

    ほとんどどんな条件のもとでも、一意的な均衡に誘導するメカニズムは存在するし、経済学者はたぶん、それをデザインすることができる。

    1. 法律家は「国民はこうあるべき」という仕様書を作って、経済学者に渡す
    2. 経済学者は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
    3. そのデザインには誰も口出しできない代わり、経済学者は、「仕様書」には口を出せない

    道義最適と、経済最適とは、たぶんしばしばぶつかりあう。「どちらがより最適なのか?」を議論する場所は、あくまでも仕様書を作る議会。法律家のお仕事。

    (略)

    法律家や政治家が支配していたニッチは、今はどうみても経済学の領域。論理と度胸の経済学者が支配していた「お金」の世界は、今は物理学者や数学者が大活躍。様々な学問は、そのニッチを奪いあいながら、社会は進む。

    「法律の人達は神様でも裁いてればいいんだと思う」(@レジデント初期研修用資料11/30付)

    法律家の機能について、ずいぶんと誤解があるように思います。法律と道徳の関係については、次の証言が標準的な見解を示しています。

    ○岩本一郎君 今御質問いただいたのは、法律と道徳との関係だと思うんですけれども、私の基本的な考え方は、近代法の原理というのは、法律と道徳というのは分離すべきものであって、道徳的な態度を法律によって養う、あるいは強制するということは、これは近代法において、あるいは立憲主義においてあってはならないことだというふうに考えております。

     しかしながら、法と道徳というのは全く無関係なものではございません。例えば刑法のようなものというのは、例えば人を殺してはいけないとかそういった事柄というのは、確かに道徳との一致点はあるわけです。しかしながら、法律の中で、そこに組み込まれている道徳というのは最低限の道徳であって、これは、さまざまな人間が暮らしていて、さまざまな考え方を持っている人間たちが暮らすこの社会において最低限の守らなければならない道徳、すべての道徳観において共有されている、コンセンサスを得られる、理にかなった道徳でなければならないというふうに思うわけです。

    2006年11月13日開催の教育基本法に関する公聴会(衆議院・教育基本法に関する特別委員会)における岩本一郎北星学園大学経済学部教授の答弁

    「標準的」と書いたのは、論者によって見解には幅があるから。たとえばケルゼニアンの門前小僧であるwebmasterであれば、もっとリジッドに法と道徳は分離されている(岩本先生の話をお借りすれば、「人を殺してはいけない」とは法が要請するのではなく、そのような法を定める政治が要請するものということになります)と考えるわけですが、いずれにしても「仕様書」を法律家が作るということには、多くの法律家が違和感を抱くはずです。

    medtoolzさんのリストを以上のような観点から書き直すならば、次のようなものとなるでしょう。

    1. 政治家は「国民はこうあるべき」という仕様書を作って、経済学者に渡す
    2. 経済学者は仕様書をもとにして、それを実装するための構造を考え出す
    3. 法律家は経済学者が考案した構造をコーディングする
    4. 仕様書は政治家同士が、構造は経済学者同士が、コードは法律家同士がレヴューすることを基本とする

    #英語で「法律」を表す単語のひとつに”code”があることは、きわめて示唆的でしょう。

    おそらくmedtoolzさんには、法律を作る立法府の構成員は、法律を作るのだから法律家だ、という理解があるのでしょう。しかし、法律家とはまずは法曹、すなわち裁判官や検事、弁護士であり、次いで法の執行を司る行政府職員や司法書士その他の準法曹的専門職などが続くこととなります。立法府とは、法律のてにをはを定める機能を担うのではなく、medtoolzさんご指摘の通り仕様書に相当する理念・概念こそを定めるべきであるからこそ、法律家ではなく一般人(を代表する者)が構成員となるわけです‐もちろん、法律家のバックグラウンドを持つ者が構成員になることを阻むものではないのですが。

    11/06/2007 (11:59 pm)

    民主党役員会にて小沢代表慰留→辞意撤回

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    先日のエントリで書いたように民主党の少なからぬ人々のトラウマに手を突っ込んだ小沢代表に対して、もっと大人気ない対応をするのかと思いきや、なかなか懐の深さを見せてくれました>民主党役員会。政権担当能力がないなんてことを公言した人間を切り離してしまっては、以後外部から同様の発言を繰り返されるだけですから、内部に取り込んでおくのが無難なところ。最終的に袂を分かたざるを得ない場合であっても、下手に出ておいて損になることはありません。

    他方で小沢代表は、本当にお人よしというかなんというか。実質的に何のバーターもなしに辞意を撤回するなんて、いったい何のために辞意を表明したのやら。ごねるだけごねて交換条件を引っ張り出すだけの覚悟がないなら、最初っから辞意など表明しなければよかったのに・・・。

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