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  • 11/05/2007 (11:59 pm)

    荻上チキ「ウェブ炎上」

    Filed under: book, politics, WWW ::

    きわめて皮肉なことに、およそヒトというものが見たいものを見たがる傾向にあることから論を発する本書もまた、その傾向から逃れられないでしょう。本書を読んでなるほどと思うような人は、おそらくは本書を手に取る以前に、漠たるものではあっても同様の問題意識をもっている場合が過半ではないかとwebmasterは思います。といっても本書を腐したいわけではなく、

    • 関連する学説等の紹介が豊富で、そのような問題意識を持っている者が改めて考え方を整理するに役立つ。
    • 「同様の問題意識をもっている場合が過半」であろうとも、全てではあり得ないので、まったくの新たな知識として受け止める者がそれなりには存在する。

    という点に意義があるでしょう。とりわけ後者について、書籍というネットとは異なるメディアで流通することが大いに利いてくるものと考えられます。

    ただ、このように多くの人に読んでもらいたいという観点から見ると、本書には残念な点があるといわざるを得ません。というのも、本書ではサイバーカスケードという現象に多くの紙幅が割かれ、それを客観的に解説するために「炎上」現象への評価は極力中立的であろうと努力がなされているのですが、いかんせん著者が世間的に見れば「左」であることから、おそらくは若干「右」側に踏み込まねば中立とは捉えられないと考えられるのです。

    端的には、イラク人質事件の取扱い‐これがまた、個別の事象としては、一番大きく描かれていますから‐は、少なからぬ「右」側の論者からはためにする議論と受け止められてしまうようにwebmasterは思います。もちろん、著者と人質たちの見解・立場には相違があるわけですが、それこそサイバーカスケード流に「右」「左」の二分法が支配する世界においては、そのような相違はほとんど意味を持ちません。いわゆる自己責任論への批判としてこのような面妖な概念を持ち出した、などという理解が広まるのは著者としても本意ではありますまい。

    しかし、著者がこの点に無自覚であったとは、webmasterには信じられません。となると、

    • 多くの人が誤解することを覚悟の上で(誤解するような人は、本書を読んだから誤解するのではなく、読む前からそうであるでしょうから)、少数でも理解してくれる人が増えることを望んでのことか、
    • 著者の名前が出た時点で読者層は限られると割り切って、そうした読者層向けに書いたのか、

    いずれかなのかな、と邪推してしまいます。いずれにしても達観でしょう。

    蛇足ながら、当サイトで以前紹介した蒲島郁夫、竹下俊郎、芹川洋一「メディアと政治」との併読を強くお薦めいたします。本書を先に読まれた方にとっては、本書で紹介されるさまざまな理論・仮説について、周辺も含めより多くを知ることができるでしょう。「メディアと政治」を先に読まれた方にとっては、理論を現実に適用することの面白さを味わうことができるでしょう。

    11/04/2007 (11:59 pm)

    大連立構想、民主党のトラウマと空気の読めない小沢代表

    Filed under: politics ::

     民主党の小沢代表は4日、福田首相との党首会談をめぐる「政治的混乱にけじめをつける」として、鳩山由紀夫幹事長に代表の辞職願を提出した。小沢氏はその後、緊急会見を開き、2日の党首会談後の役員会で連立政権に向けた政策協議入りを全員一致で拒否されたことは「不信任を受けたに等しい」と説明した。小沢氏の突然の辞意表明で、同党の混迷は必至だ。小沢氏は会見で離党は否定したが、小沢氏が安保政策での一致などを理由に与党との連携を目指すのではないかとの見方もでている。

     小沢氏は記者会見で、首相が党首会談の中で「わが国の安全保障政策について、極めて重大な政策転換を決断した」ことを受け、「政策協議を始めるべきではないか」と役員会に提案したことを初めて明らかにした。

     具体的には、首相が(1)「自衛隊の海外派遣は国連の安保理か総会の決議で認められた活動に限る」とする小沢氏の持論を受け入れた(2)連立政権が成立すれば補給支援特措法案の成立にはこだわらない――と確約したことをあげ、「我が国の無原則な安保政策を根本から転換するもので、それだけでも政策協議を開始するに値すると判断した」と語った。

    朝日「小沢民主代表が辞意 連立「協議に値した」」

    参議院選挙直後に次のように書いたwebmasterとしては、具体的な事象としては驚きもありますが、大枠では了解可能な動きだと考えます。

    具体的には累次の強行採決であり、既述の中間報告ですが、従来の自民党政権はおそらく、それらの「禁じ手」を使えば好き放題できることは百も承知で、有権者のニーズにも配意してその行使を必要最小限にとどめてきたわけです。ところが安倍総理は、有権者のニーズよりも自らのやりたいことを優先し、その結果が上記の「実績」ということになります。

    今般の選挙結果により、今後はそのような「実績」の達成に歯止めがかかることになります。他方でもちろん、民主党(に代表される野党)は衆議院では少数派なのですから、これまた何らかの実績を作ることは困難です。これらによりもたらされるのは現状維持、すなわち与野党の現状変更の努力は相殺され、ポテンヒットのように現行の法制度が続くことが多くなる事態です。

    このような構造を前提とすれば、次の衆議院総選挙までの与野党にとっての合理的戦略は、「必要な改革が与党(野党)のせいでできない」とネガティヴキャンペーンを張ることとなります。結果を誇る機会が減少する以上、結果を出せない責任を如何に回避するかが相対的に重要性を増すのは当然のことでしょう。

    参議院選挙2007雑感(7/29付)

    このネガティヴキャンペーンとして何を考え付くかという観点から与野党の行動を見れば、お互いに実に素直な動きをしています。すなわち、

    与党

    野党の言うことは何でも聞きますと表明し、にもかかわらず協力しない野党に問題があると主張する。

    野党

    具体案は出さずに政府・与党案を批判する。

    というパターンがこの国会中に見られてきたわけです。若干付言すれば、与党がなぜ「野党の言うことは何でも聞きます」と表明できるのか(得たりと応じられては空振りになってしまいます)、もちろん上記のロジックに照らせばネガティヴキャンペーンができなくなってしまうということがあるのですが、ロジックを離れたものとして金融国会のトラウマがあるでしょう。小渕総理(当時)は金融再生法等につき実質的に野党案を丸呑みしたわけですが、そこが峠となり以後国会運営のイニシアティヴは与党へと移りました。民主党内の当時煮え湯を飲まされた面々にとっては、与党が丸呑みすると聞けば身構えて当然です。

    加えて、単なる丸呑みに留まらず連立話で、これは自社さ連立を経て党を閉じざるを得なかった旧社会党・さきがけ出身者にとってのトラウマです。面白いことに、現在の民主党の主要メンバーである菅代表代行、鳩山幹事長、前原副代表の3人はこの2つのトラウマを抱えています。いくら魅力的な提案に見えたとしても、毒饅頭ではないかと警戒が先にたち、丸呑み・連立を受諾するとは感情的にも考えづらいのです。

    民主党にとって不幸なことに、こうした局面において党首だったのが、かつてwebmasterが論じた(2003年2004年)ように人情の機微に疎くおよそ政局に向いていない小沢一郎でした。政策が実現できるからいいではないか、と飛びついた結果がこれです。今回の騒動がどのような形で収束しようとも、政権奪取のモメンタムは遠く失われてしまったものと考えられ、上記のwebmasterの予測のごとく、これからひたすらに千日手が続く可能性が極めて高くなったのではないでしょうか。

    蛇足ながら、千日手を回避するための奇策として、これまた民主党所属議員の多くのトラウマを掻き立てるであろうものがひとつだけあります。成功する確率はそれほど高くないかもしれませんが、今般の騒動の結果、洋上補給再開の目処が立たなくなったとして内閣総辞職してしまい、次の総理候補は立てずに民主党に政権を任せてしまうというものです。もう11月になっていますから、来年度予算案は大枠は現行方針でいくしかありません(今からゼロベースで作り直していては、来年度に間に合いません)。結果、民主党は、来年の1月には自分たちの意向を盛り込んだわけでもない予算を政府・与党として国会に提出する破目に陥ります。

    下野したとはいえ自民党は衆議院で過半数を握っているわけですから、予算審議は思いのままです‐憲法上の予算審議に係る衆議院の優越が、ここでは重い意味を持ちます。大枠として現在の政府・与党が検討を進めていたものとはいえ、多少は民主党の独自施策に関連する予算も入ってくるでしょう。そこに難癖をつけて予算委員会で少数与党を袋叩きにして、最終的には予算成立を花道に民主党政権退陣に持ち込めば、おそらく民主党は今をはるかに上回る大混乱となってしまうに違いありません‐そう、細川政権崩壊後の当時の連立与党がそうであったように。

    10/31/2007 (11:59 pm)

    テロ特措法期限切れ

    Filed under: politics, law ::

    政治的な話はさておき、長らく洋上給油活動に携わってきた自衛官の方々、お疲れ様でした。

    09/19/2007 (5:57 am)

    「怪物と戦う者は、自らも怪物とならぬように心せよ」by Friedrich Nietzsche

    Filed under: politics, media, WWW ::

    その後には、「汝が久しく深淵を見入るとき、深淵もまた汝を見入るのである」と続くわけですが。

    自民党衆議院議員の戸井田とおる氏ブログのコメント欄に、衝撃的な投稿がありました。書いた方は、水間政憲氏と名乗っています。第1回水間政憲氏 対談ページ 戸井田とおる 姫路衆議院議員という対談をされているので、戸井田氏とは親しい方のようです。

    内容は、次のようなものです。

    • 自民党総裁選挙の演説会等の反応は、マスコミの報道と違い麻生支持が強い(水間氏の印象)
    • 現場の報道関係者からも総裁選関連のニュース編集には偏りがあるという証言を得た
    • 自民党の派閥が福田氏支持に動いたのは、日テレの10日夜都内のホテルで開催された「太郎会」の報道がきっかけ
    • 「太郎会」の報道では、10日の時点で参加者全員が安倍辞任を知っていて陰謀を巡らせていたような印象操作がされている
    • しかし実際には鳩山邦夫氏等参加者はそのことを知らず、10夜の時点で安倍辞任を知っていて意図的な編集をしたのは日テレである

    「読売グループの総力あげて麻生を潰すとナベツネは言った」(@アンカテ(Uncategorizable Blog)9/18付)(webmaster注:強調はwebmasterによります。また、原文では、最初のリンクは強調部の始めからa要素になっています)

    読売グループの報道にバイアスがかかっているのではとのオルタナティヴにおいて、逆のバイアスがかかるようでは、その意義を著しく減殺してしまいます。さて、引用部において強調した戸井田議員、投稿者である水さんと親しいのではとの推測がなされていますが、実際に両者が親しいと仮定した場合、この戸井田=水ラインにバイアスがかかっているおそれはないと信じてよいのでしょうか?(9/21訂正)

    ■推薦人名簿(敬称略、○は推薦人代表)

    (略)

    ◆麻生陣営

    【津島派】○鳩山邦夫、馬渡龍治、戸井田徹、山口泰明【古賀派】菅義偉、今井宏【山崎派】甘利明、武田良太【伊吹派】中川昭一、西川京子、吉田六左エ門、鍵田忠兵衛、椎名一保【麻生派】鴻池祥肇【無派閥】島村宜伸、浜田靖一、永岡桂子、遠藤宣彦、坂井学、武藤容治

    毎日「自民「派閥談合型」の総裁選 福田、麻生氏が届け出」(webmaster注:強調はwebmasterによります)

    戸井田議員が麻生総裁候補の推薦人であることは、この文脈では併記されるべきだとwebmasterは考えます。

    09/16/2007 (11:59 pm)

    ひっぱたかれたくない「丸山眞男」の眷属の独り言

    Filed under: economy, politics ::

    とあるところで「『丸山眞男』をひっぱたきたい」の紹介をみて、それ以前には「丸山眞男」は岩波文化人などの象徴であり、その手の知識人批判だと思っていたわけですが、大いなる勘違いとわかり読んでみました。中心となる主張そのものは、昭和恐慌後の日本国民の多くが戦争を歓迎したことの再現ということになりますが、著者の赤木智弘さんのサイトに設けられている掲示板でのやりとりには、より掘り下げた赤木さんの心情が記されています。

    タイトル : Re^19: 議論の整理

    記事No : 495

    投稿日 : 2007/07/20(Fri) 08:29

    投稿者 : 赤木智弘

    議論の振り出しに戻った感がありますが、 絶対的貧困をどう思うのかもう一度お答えください。 1「中間層と貧困層の格差」が無くなるなら絶対的貧困のままでいい。 2「中間層と貧困層の格差」が有っても絶対的貧困から救え。

     3 「中間層と貧困層の格差」が無くなれば、絶対的貧困からは救われる。

     絶対的貧困は相対的に決定されるものだと思います。
     つまり社会の大多数が貧困になることによって、物価も全体的に低下し、年収150万円でも生活できるようになります。

     念のために言っておきますが、決して私は最初から「全員が貧困になること」を望んでいるわけではありません。
     希望順位で言うなら

    1、「中間層と貧困層の格差が上方に是正される」
     中間層を年収500万、貧困層が年収150万とするなら、これが350万あたりのところで平等になること。

    2、「中間層と貧困層の格差が下方に是正される」
     全体的に年収150万になる。

    という、順位です。
    しかし、中間層が希望するのは、私の希望順位の最下位である。

    最下位、「労働分配率の向上(安定的昇給の復活)」
     中間層の年収が750万、貧困層が200万程度になること。

     と、中間層は、より貧困層との格差を押し広げようとしているのが現状でしょう。そうである以上、中間層と貧困層の連帯が必要かつ、中間層に減給の自覚を強いる「1」を選択することはできない。よって「2」こそが最善手ということになります。

    (略)

    タイトル : Re^25: 議論の整理

    記事No : 503

    投稿日 : 2007/07/22(Sun) 15:56

    投稿者 : 赤木智弘

    (略)

    確かにそうかもしれません。多くの人は他人の給料がどうなるかより基本的に自分たちの給料にしか興味は無いですね。 そういう意味では「中間層750万、貧困層200万」でも「中間層750万、貧困層500万」でも諸手を挙げて賛成するかもしれません。

     それはありません。
     中間層の裕福さは、中間層500万、貧困層150万をベースとして考えた際に、その格差の350万にあるのです。
     貧困層より350万収入が高いことが、彼らの裕福さを担保するのです。
     すると、前者の例では中間層は550万の豊かさを享受できますが、後者では250万の豊かさしかありません。
     もちろん口先では後者を主張するかも知れませんが、自己責任だ、自助努力だ、若者優遇は不平等だetc.etc。結局は貧困層の昇給には大きなブレーキがかかるでしょう。
     そのような批判が相次ぐだろうことは、先に書いた弱者批判の傾向を考えても明白ですね。

    そうかもしれません。 そして富裕層はその中間層を卑下し、こき使い、中傷し、その挙句に「働かない社員が悪い」と被害者面している連中です。

     そして、そうした富裕層の意識においては、中間層も貧困層も平等なのです。
     富裕層からしてみれば、貧困層から奪い取る50万も、中間層から奪い取る50万も同じものです。
     どちらから奪いやすいかといえば、すでに奪い取ったあとの貧困層より、まだ奪い取る余地のある中間層なのです。
     そして、そこにこそ富裕層と貧困層が連帯する意味があるのです。
     富裕層が中間層から、より奪い取ることによって、中間層が貧困層に貶められたときに、初めて「同じ労働者」という平等を実現することができるのです。

    深夜のシマネコBBS

    3日前のエントリにて書いた、

    (略)改めて小泉路線の支持構造を俯瞰すれば、

    • 「勝ち組」には資源配分・所得再分配機能の抑制による財源負担の軽減という実利を与え、
    • 「負け組」には「構造」の破壊による鬱憤晴らしと、そうした破壊にはあなたの助力が必要だとの自己実現を与え、

    双方から支持を集めていました。

    ということがまんざら的外れではないようです。先日も、有職者が憎いとの理由でテロを計画したと検察が冒頭陳述を行った公判がニュースになりました(a要素の内容を訂正しました(a要素の内容にins要素・del要素を含むことができないので、このように追記しております)。訂正前は「有職者が憎いとの理由でテロを計画した者の公判がニュースになりました」と書いてありましたが、(1)被告人はそうした動機を現時点で否定しており、(2)政治的主張の実現のための暴力的手段の活用=テロではないことから、表記を改めました。(9/19訂正))が、こうしたところまで突き詰めてしまう人は圧倒的少数派であるとしても、生活の不安定さが安定した生活そのものへの敵視を招くとの側面は、多くの人が持っているのではないでしょうか。

    #脱線するならば、小泉前総理の支持の少なからぬ部分は、この破壊衝動を共にしているところから生まれてきたような気がします。他方で安倍総理については、関心となる分野の違いもさることながら、破壊ではなく置き換え(憲法にせよ教育にせよ、現在の状況を破壊して後は野となれ山となれというのではなく、他の価値体系を現在のそれと換えたい)が基本的スタンスで、となれば純粋な破壊を求める立場からは、不純な破壊を企んでいるかのように見えたのではないでしょうか。

    興味深いのは、こうした敵視が富裕層には向いていない、ということです。堀江貴文被告人に対して好意的だった者がどのような層に多く見られたかに整合的な話ですが、その理由は「同じ労働者」という言葉遣いに手がかりがあるとwebmasterは思います。自らよりも優れていると認める者が富裕になることよりも、同じような能力でありながら扱いの差があることにこそ、許しがたさを見出すのでしょう。

    そのような思いは、好況であっても抱かれるものではあります。しかし、失業者が雇用され、または非正規雇用者の待遇が改善し、もしくは正規雇用者となることができる可能性は、明らかに好況において高まります。さらには好況においては、2つめの赤木さんのレスで引用されているニューケインジアン参さんのアイデア、すなわち中間層と貧困層の双方が豊かになり、格差が縮まっていく傾向が見られるのは、理の必然でもあります‐そうした労働力こそが不足気味になるのですから。

    ニューケインジアン参さんは他にも重要な指摘をしていらっしゃいまして、

    タイトル : Re^16: 議論の整理

    記事No : 482

    投稿日 : 2007/07/17(Tue) 12:49

    投稿者 : ニューケインジアン参

    (略)

     ちなみに、いま年収500万程度の人全てが150万になるようなことになったら、赤木さんの年収はもっと減ります。
     なぜなら彼らが使える金が減るからです。単純な話です。
     現在貧困層の人が概算で2174万人いるので、
     http://www.mgssi.com/terashima/0704.html
     仮に同じ人数(2174万人)が年収500万→150万になったとしましょう。
     そうすると、年間で350万*2174万=76兆900億円のお金が減ります。
     これだけのお金が使われなくなる(回らなくなる)ので、景気はもっと悪くなります。(乗数効果という)
     名目GDPで100兆は軽く落ち込むでしょう。

     そして、当然景気が悪くなるので企業は採用枠を物凄く減らします。結果、高卒の募集に大卒が応募してくるような事態になります。
     当然非正規雇用も。そうなれば赤木さんのような現在の非正規雇用者はより悪い待遇に甘んじるか無職になるしかなくなります。

    深夜のシマネコBBS

    赤木さんのご主張が各個人にとって合理的であったとしても、合成の誤謬で赤木さんたちにとっても結局ははより悪い状況になってしまいます。赤木さんのお答えは個人が使わない分は、法人が使えばいいのです。/つまり、労働分配率を低く抑えればいい。/経済はBtoBでまわせば良いのです。とのことですが、不況期に労働分配率を下げれば企業がその分使う(この場合、使う=(設備)投資ということになりますが)はずもなく、内部留保が増える一方だというのは、このデフレ期の企業行動を見ていればこれまた明らかなわけですが。

    以下蛇足ながら、冒頭の「とあるところ」とは池田信夫先生のエントリなのですが・・・。

    この論旨は、当ブログで前に書いた記事と似ている。要するに平和とは、既得権を守ることなのだ。椅子取りゲームで、あるとき笛が鳴ってみんなが椅子に座った瞬間、座った人々は二度とゲームをしなくなる。それを平和という名で正当化するのだ。民主主義や資本主義も、建て前としての平等(機会均等)は掲げるが、実際には資本をもたない者にとっては機会は決定的に不均等なのだから、この状況を壊すには椅子をひっくり返すしかない。

    (略)

    そしてこれは、筆者がたまたま比喩として使った丸山眞男につながる。丸山の同時代の若者があの戦争に突っ込んでいったのも、必ずしも召集されていやいや行ったわけではなく、農村の貧しい少年が戦争で手柄を立てて「一発当てたい」という衝動からだった。丸山はそういう兵士を軽蔑し、戦争の元凶を天皇を頂点とする「超国家主義」に求めたが、戦争機械はもっと「古い脳」に埋め込まれているのだ。この意味では、丸山よりも筆者のほうが正確に戦争の本質をみている。丸山に代表される戦後的な偽りの平和を壊さない限り、フリーターに未来はないだろう。

    「丸山眞男をひっぱたけ」(@池田信夫 blog9/14付)

    全共闘に理解を示した丸山眞男こそが、「右」の学者に勝るとも劣らないほど全共闘に偽善者呼ばわりされてつるし上げられたわけで、この理解は裏切られざるを得ないような気がします。それこそ赤木さんは、上記の掲示板において、論座という雑誌を読むような「左」側の人からも、救いの手は伸ばされていません。/みんな他人に同情はしても、何も与えてはくれません。「同情するなら金をくれ!!」は弱者救済の基本なのですが、そんなことすら分からない人たちなのです。とおっしゃっているわけで、これを「左」に対する批判だと理解するならば早とちりでしょう。池田先生が赤木さんに「金」をあげるならばともかく、そうでなければ、池田先生とて丸山眞男と同じ穴の狢とみなされ、やはりひっぱたかれる対象になってしまうのです。

    #池田先生がご自身を富裕層に属するものと位置づけられているのでしたら、話は変わってきますが。

    09/15/2007 (7:20 pm)

    5人めは誰?

    Filed under: politics ::

    例の死亡フラグは健在だったようで、「集団自殺」に巻き込まれた若林農林水産大臣でしたが、となれば新政権の発足はすなわち今年に入ってから6人めの農林水産大臣誕生ということになってしまいます。どれだけ中の人が大変かといえば、松岡元大臣の死去以降、

    赤城元大臣

    61日(6/1〜8/1)

    若林元大臣

    27日(8/1〜8/27)

    遠藤前大臣

    8日(8/27〜9/3)

    若林大臣

    20日?(9/4〜9/23?)

    ということで、平均すれば1ヶ月弱(29日)に1回大臣が替わっているわけです(現大臣の再任に当たっては、引継ぎなどの負担は多少は軽減されたでしょうけれども)。毎月社長が替わったら如何に大変かを想像していただければ、その苦労も察せられることでしょう。他方で、次のような見方が救いの可能性を示唆しています。

     さて、大臣引継資料を用意するか…と思ったが、たぶん日付を変えるだけでおkかな、と思ったり、次の総理が誰になるにせよ国会開会中でもあり閣僚の多くは留任かな、と思ったり。

    続・航海日誌(9/12付)

    webmasterの管見としては、一般論としても、新総理は自らの思うように組閣をしたいでしょうから、できれば全部取り替えたいのだろうなぁ、という気がします。まして若林大臣に関しては、後援会長の政治献金が問題視されたわけですから、諸事情あって少なからぬ者を留任させるにしても、そこからは漏れてしまう可能性が高いでしょう。

    かわいそうに・・・。

    09/13/2007 (6:07 am)

    安倍総理辞職表明と小泉純一郎の呪い

    Filed under: politics ::

    以前webmasterは、次のように書きました。

    • 今回の組閣で一番割を食ったのは明らかに安倍官房長官でしょう。というのも、閣外にいれば担がれやすいので取り込んだということもありますが、それ以上に、官房長官は総理の盾となる身ですから自分の主張は殺すことが求められ、したがって彼独自の見解として支持を集めていた主張(北朝鮮への経済制裁、人権擁護法反対など)を引っ込めざるを得ないどころか、それに反する政府公式見解を述べなければならないからです。それだけ小泉総理が彼のポテンシャル(=自らの退陣後に独自路線を打出す可能性が高い)を恐れているということかと思います。。

    第三次小泉改造内閣発足(2005/11/1付)

    突然の安倍総理の辞職ではありますが、先の参議院選挙での大敗を含め、大枠としてはこの「取り込んだ」ことに源を発しているとwebmasterは思います。引用における官房長官就任がその後の事実上の禅譲につながりましたが、これにより安倍総理は小泉前総理の後継者としての立場をとらざるを得ず、仮にその認識に反するような振る舞いがあれば、後継者のくせに、と反発を招いて支持が離れていく構造になってしまったわけです。禅譲政権であるため、非小泉路線をとればすなわち反小泉路線だということになってしまうのがつらいところで、後継者だとみなされていなければ、明確に反小泉路線でない限り、非小泉路線であっても許容されたことでしょう。

    実際、先の参議院選挙の敗因について、伝統的自民党支持基盤の離反といった話がよく取り上げられているものの、実態としては、

     確かに今回の選挙では、05年の郵政選挙で小泉自民党を支持した都市無党派層票の大半が民主党に流れた。そのことは、首都圏、愛知、大阪などの3・5人区で自民党が辛うじて一議席を死守しているのに対し、民主党は軒並み複数議席を獲得していることを見ても明らかだ。

     しかし、地方・農村票などの自民党の伝統的支持層が、小泉構造改革の影響で自民党から離反したとの説明に対して森氏は、自民党の支持基盤の崩壊は既に小渕・森政権時代から継続的に起きている現象であり、小泉政権の5年間は首相の個人人気によってそれが覆い隠されていたが、今回それが改めて表面化したに過ぎないと説明する。

     実際、今回の選挙で自民党の絶対得票率(有権者数に対する得票数の割合)は、獲得議席が49だった04年の参院選の19.21%と比べても1.4ポイントしか下がっていない。伝統的自民支持層に長期減少傾向があることは否定できないが、特に今回の選挙でそれが一気に加速したとの事実は、データを見る限りはうかがえない。

    データから見えてくる「やっぱり自民党は終わっていた」

    とのことですし、これは「自民党をぶっ壊す」という小泉前総理が橋本元総理を総裁選において破った機運が地方から生まれたこととも整合的です‐伝統的自民党支持基盤が掌を返しただけで今般の大敗をもたらせるほどに強固であるなら、そもそも「自民党をぶっ壊す」なんていうような者を総裁にしたいとは思わないでしょうから。衆議院総選挙における「一区現象」といわれる、各地での人口集中地域における従来型自民党への反感は、農村票を補って余りあるほど構造改革への支持をもたらすものなのでしょう。

    この「小泉純一郎の呪い」、すなわち安倍総理が構造改革路線から外れるようなことがあれば支持率の低下を招くので構造改革路線を維持せざるを得ないことは、しかしながら安倍総理の思いもよらぬ振る舞いにより、おそらくは小泉前総理の意図を遙かに超えた強力な効果をもたらしたように思われます。「思いもよらぬ振る舞い」とは、小泉路線の後継者であったからこその高い支持率を、自力で勝ち得た自分の路線(憲法改正その他)への支持だと安倍総理が勘違いしてしまったことです。

    先の参議院選挙後、大敗を承けてもなお、安倍総理は自分の路線は支持されていると語りました。年金問題や政治資金スキャンダルなどによる大敗だとすれば、確かに本来の路線は支持されているのに、という状況は想定できないわけではありません。報道によれば、投票直前であっても、官邸においては40議席台前半は確保できるとの票読みがなされていたとのこと、これも自分への支持を確信するがゆえのバイアスではないかと。

    そのような誤解をもたらしたのは、政権発足直後にちやほやされたことを真の実力だと考えてしまったことでありましょうし、「美しい国へ」がベストセラーになったことを自らの路線への支持の高まりだと考えてしまったことでもありましょう。誤解なく、高い支持率は小泉後継であるがゆえの上げ底であると認識していたならば、造反組復党騒動の際の支持率低下に直面して路線の修正を図ったところ、認識せずに就任時の路線を追求してしまったために支持率の低下に歯止めがかからず、ついには選挙の敗北・退陣にまでいたってしまったわけです。

    なぜこのタイミングで辞職を表明したのかについては、あくまで勝手な憶測ですが、こうした実態に安倍総理が最近になってようやく気づいたということでしょう。きっかけがどのようなものかはわかりませんが、自分の路線が支持されたわけではなかったとようやく悟ったことで、苦境を耐え抜くだけの根気がなくなってしまったということではないかと。そうした根気を養う試練を経ずに総理になってしまったというのも、思わぬ「呪い」の副産物ではありましょうが。

    さてこの「呪い」、安倍総理だけではなく、日本の政界の隅々にまで及んでいます。となれば、安倍総理以外にも囚われる人間が出てくるはずで、その候補は後継総理と小沢代表ということとなります。改めて小泉路線の支持構造を俯瞰すれば、

    • 「勝ち組」には資源配分・所得再分配機能の抑制による財源負担の軽減という実利を与え、
    • 「負け組」には「構造」の破壊による鬱憤晴らしと、そうした破壊にはあなたの助力が必要だとの自己実現を与え、

    双方から支持を集めていました。ここで格差だの地方だのを持ち出して資源配分・所得再分配機能の復権を図ろうものなら、財源負担を嫌う「勝ち組」に見放されるのみならず、そこそこの規模では「負け組」に生活改善を実感させるようなことはできない一方で鬱憤晴らし・自己実現を取り上げてしまうこととなり、「負け組」にすら見放されてしまうことになってしまいます。先の選挙結果は民主党の農業政策が評価を受けたから、なんてことを思っているとすれば危ないことです。

    ヴェネズエラのチャベス大統領やタイのタクシン前首相のように行き着くところまで行ってしまい、「負け組」に実利を行き渡らせる路線にまで舵を切るというのであれば、話は変わってきますが・・・。

    09/09/2007 (3:17 pm)

    地方分権と経済成長

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    とあるところにて、

    中央集権国家と地方分権国家の成長率の実証分析が欲しい。

    というものを見かけ、確かに興味深い話だと思いましたので、簡単な分析を。

    材料としては、当サイトでは何度か取り上げているアレンド・レイプハルト「民主主義対民主主義」を用います。その第10章は「連邦制と分権」であり、「連邦制・分権指数」として、まずは連邦制と非連邦制(単一国家)に分かち、それぞれを分権と中央集権とに細分し、「半連邦制」を追加した1から5までの指数が定義され、36ヶ国について分類がなされています(一部、.5や.2といった調整があります)。

    それに、国際貿易投資研究所がまとめた世界各国の実質成長率(GDP伸び率)を重ね合わせると、次のような表ができます。

    連邦制・分権指数 90-95 95-00 00-05
    オーストラリア(*) 5 2.69 4.22 3.15
    カナダ(*) 5 1.72 4.14 2.54
    ドイツ(*) 5 1.48 2.01 0.72
    スイス(*) 5 0.08 2.02 1.00
    アメリカ(*) 5 2.46 4.10 2.39
    ベルギー(*) 5 n.a. n.a. 1.48
    オーストリア(*) 4.5 2.17 2.94 1.51
    インド 4.5 5.20 5.78 6.00
    ベネズエラ 4 3.45 0.61 ▲3.22
    イスラエル 3 n.a. 4.82 1.96
    オランダ(*) 3 5.52 4.05 1.16
    パプアニューギニア 3 n.a. 0.75 1.37
    スペイン(*) 3 1.94 4.11 3.23
    デンマーク(*) 2 2.34 2.86 1.39
    フィンランド(*) 2 ▲0.72 4.65 2.27
    日本(*) 2 0.93 0.76 1.69
    ノルウェー(*) 2 3.85 3.60 2.06
    スウェーデン(*) 2 0.98 3.23 2.24
    フランス(*) 1.2 1.31 2.80 1.49
    イタリア(*) 1.2 1.80 1.92 0.63
    トリニダッド 1.2 n.a. 7.55 7.37
    バハマ 1 ▲1.64 n.a. n.a.
    バルバドス 1 ▲0.75 3.34 1.68
    ボツワナ 1 4.37 7.96 6.35
    コロンビア 1 4.55 0.92 3.44
    コスタリカ 1 6.28 4.93 4.07
    ギリシャ(*) 1 1.25 3.42 4.43
    アイスランド(*) 1 n.a. 4.74 3.87
    アイルランド(*) 1 4.65 9.78 5.16
    ジャマイカ 1 2.21 ▲0.08 1.47
    ルクセンブルク(*) 1 6.78 6.13 3.29
    マルタ 1 n.a. n.a. 0.30
    モーリシャス 1 n.a. n.a. 3.35
    ニュージーランド(*) 1 3.12 2.99 3.51
    ポルトガル(*) 1 n.a. n.a. 0.64
    イギリス(*) 1 1.66 3.19 2.44

    #国名に「*」が付してあるのはOECD加盟国です。また、ベルギーは1993年以前は指数3.1とされていますが、実質GDP成長率が2000年以降のものしか記載されていないので、指数5にのみ掲げてあります。

    指数と言いつつ、先の定義のように序数として振られているので、まずは指数ごとの平均値を比較してみます。

    指数 平均実質GDP成長率 うちOECD加盟国
    5 2.26 2.26
    4.5 3.93 2.21
    4 0.28 n.a.
    3 2.89 3.34
    2 2.14 2.14
    1.2 3.11 1.66
    1 3.44 3.95

    これを見る限り、先進国であろうとなかろうと、地方分権かどうかによって経済成長の程度が変わってくるとの傾向は観察されません。

    さて、この指数は序数ではないかとはレイプハルトも気にしていたようで、全税収に対する中央政府税収の比率(これは当然基数となります)との相関係数(▲0.66、1%有意)や、ラーネとアションによる制度的自律指数との相関係数(0.82)をチェックしています。これらからすると、基数として扱うことがナンセンスというわけでもなさそうです。

    一応この指数が基数としても扱えると仮定して、上記の表から散布図を作成し、近似曲線を求めると次のようになります。

    1. 全体
      • y=−0.2204x+3.4026
      • R-squared=0.0262
    2. うちOECD加盟国
      • y=−0.2408x+3.3765
      • R-squared=0.0513

    R-squaredがほぼゼロですからほとんど無関係だということになりますが、にしてもおぼろげに見えるトレンドの傾きにあえて触れるならそれは負、つまり地方分権が進めば進むほど経済成長率は低くなるようです。地方分権が進めば経済成長が可能だとは、少なくともレイプハルトの分析に依拠する限り、あまり確からしい政策提言ではなさそうだといわざるを得ないでしょう。

    09/06/2007 (11:59 pm)

    与謝野官房長官は反知性主義者?

    Filed under: economics, politics ::

    先日のエントリに関連して、svnseedsさんが次のようにお書きです。

    何にせよ個人的には、もう本当に日本はダメだなあと思いました。15年も同じことばかりやっている。根っこにあるのは反知性主義的な感情で、これは実は戦前から変わっていない。悪いことに、不景気が続くことでこの感情はますます多くの人々を引きつけて行く。これから日本がどこへ向かっていくかはわかりませんが、何れロクなものではないでしょう。真に自業自得と思います。

    「もう日本ダメだね」(@svnseeds’ ghoti!9/5付)

    ここでsvnseedsさんが「実は戦前から変わっていない」とおっしゃるのは、おそらく昭和恐慌時が典型ではないかと察しますが、では昭和恐慌時にいわゆる石橋湛山や高橋亀吉らの「新平価解禁四人組」が学界の通説を代表していたかといえばそうではありませんでした。ネット上のリソースとしては野口旭の「ケイザイを斬る!」/第4回 清算主義=無作為主義の論理と現実がよくまとまっていると思いますが、清算主義を正当化する知性もまた少なからず存在したのが実際です。

    与謝野官房長官の現状認識は、煎じ詰めれば、

    • 日本の経済低迷はサプライサイドの問題に因るところが大きい、
    • 日本の財政破綻を回避するためには消費税等の増税が不可避である、

    ということになりましょうが、前者は林&プレスコット論文に代表されるように学界においても支持者が多い仮説ですし、後者はたとえば、

    ――インフレになることで国の財政はどう変わるんですか?

    土居 たとえば、いまより物価が倍になるとします。これは、お金の価値が半分になるということです。缶ジュース10本で1200円だったのが、インフレ後には2400円になる。現金1200円では5本しか買えなくなるんですね。これがお金の価値が目減りするということです。

      このとき、国債と税金がどうなるかを考えてください。インフレになっても、国債の額面はそのままですよね。だから、国債の価値は半分になる。一方税金は、すごく単純に言えば、額面では倍になる。消費税を考えればわかりやすいでしょう。

      つまり物価が倍のインフレになると、国債という借金の負担は2分の1になり、税収は2倍になるので、借金が半分返せちゃうということです。だから、簡単に言えば借金を半分にしようと思ったら、物価を倍にすればいい。そういう関係になっているんですね。

    ――物価が倍になるなんてことは、ありえるんですか?

    土居 さすがに物価が倍になったら経済は破綻同然ですから、日銀はその前になんとかするでしょう。でも、このまま財政が悪化の一途をたどれば、10%ぐらいのインフレや20%ぐらいの金利というのは、ありえない話ではないと思いますよ。そうなったらかなりあやうい経済ですけど。

    ――それを避けるには……

    土居 今から手を打って、借金をできるだけ増やさないようにするしかないんですね。無駄な財政支出を極力減らし、つらいけれど増税をお願いする。

    ――どのあたりから手をつけるべきでしょう?

    土居 やっぱり消費税でしょうね。10%は当たり前、15%ぐらいの数字まで、段階を踏んで上げていく。これこそポスト小泉政権の最大の課題でしょう。

    ――財政学の専門家はそのあたりの見解は一致しているんですか?

    土居 消費税10%はほぼ合意できてますね。消費税が1%あがると、2兆円の税収が入ってきます。だから5%アップの10%にすると、いまより10兆円増える。それでも単年度の借金の半分にはなりません。全然、足りてない。そこでもう一つ、国から地方への補助金を減らす。いま地方交付税が16兆円ありますけど、私はこれを半分にできると思っています。そうすると、8兆円浮きますよね。これで国が毎年している借金の半分以上は減らせます。消費税アップと地方交付税のカット、この二つが財政再建の軸だと私は思っています。

    「第11回 国の借金は減らせるの?――土居丈朗インタビュー其の二」 日刊!ニュースな本棚

    とあるように、「財政学の専門家はそのあたりの見解は一致してい」たりもします。となると、与謝野官房長官とて「知性」に依拠した主張をしているのであって、反知性主義に基づき専門家に広く支持される見解を無視しているわけではない、ということになるわけです。

    これらのうち、とりわけ財政問題については、財政学者なんてものは財務省の御用学者ばかりだとの陰謀説的な認識もあるのでしょうけれど、たとえば権丈先生が医療経済学の知見を無視した「経済学」に基づく主張が多いとお嘆きになっているように、真の専門家である財政学者は上げ潮政策に否定的で、あんなものを支持するのは一知半解で「経済学」を語る論者なのだ、という認識も枠組みとしては十分成立し得るわけです。どちらが反知性主義的かといえば、むしろ前者ということになってしまうのではないでしょうか。

    たとえば脚気について、「科学的根拠」があるとされた森鴎外らの脚気細菌説とそれに基づく誤った陸軍の脚気対策を退けたのは、最終的には医学界における学問的成果でした(森鴎外の死亡を待ってではありましたが)。日本の経済政策についても、経済学者の間でおおむね共有されている知見に明らかに反するものは少ないのではないでしょうか(たとえば貿易政策について、昨今においては真正面から保護貿易を是とする意見はなく、保護的な主張であっても、外部性等の存在を前提としたものでしょう)。つまりは経済学界で決着がついていないからこその経済政策を巡る路線の混迷であり、決して反知性主義によってそれが生じているわけではない、とwebmasterは思うのです。

    09/05/2007 (10:52 pm)

    スキャンダル方程式

    Filed under: politics, media ::

     さて、閣僚における不祥事の発生率の要素を考えてみましょう。

     僕が思うに、次のようなものではないでしょうか:

     不祥事発生率=
    (1)事務方による「身体検査」の見過ごしやすさ
        ×
    (2)閣僚候補内で不祥事を抱えている人の比率
        ×
    (3)その他の理由

    ということは、不祥事発生率が極端に高まるためには上のうちのどれかが、いきなり高まる必要があります。

    (略)

     この二つが、いきなり大きく変わるとはあまり考えられません。 というのも、官邸周りの官僚の人事異動は、少しずつ入れ替わるようにして行われるはずですし、いきなり与党の政治家の構成が変わるわけでもないので。

     検証もしないでおいてなんですが、上の考えがある程度妥当性を持つのであれば、閣僚における不祥事の発生率というのは、ある程度一定率に保たれるはずです。

     しかし、現実にはそうなっていない。

     その理由は、何なのでしょうか。

    「閣僚の不祥事発生率を冷静に考える。」(@Taejunomics9/5付)(webmaster注:括弧付き数字は、原文では丸付き数字です)

    まず、「不祥事」の範囲が広がり、「与党の政治家の構成が変わ」らなくとも、不祥事認定される事象の割合が増えた=閣僚候補内で「不祥事」を抱えている人の比率が上昇した、ということが考えられるでしょう。昔ならばこんなことは問題視されなかった(少なくとも大臣が辞めるような話にはならなかった)、とはよく言われることです。

    「不祥事」の範囲が広がれば、当然ながらチェックすべき項目の数も増えますから、(1)についてもまた増加することとなるでしょう。「身体検査」の生産性を上げなければ、見過ごす確率は高くなってしまいます。

    (1)についてはさらに、派閥推薦を排していわゆる一本釣りを行うようになったことの影響もあるでしょう。クロスチェックをかければ見過ごす確率が減るのは一般的に妥当する話ですが、派閥とて推薦する以上、スキャンダルで内閣にダメージを与えてしまっては総理に借りを作ることになってしまいますから、派閥という人的つながりにおいて得られる情報(官邸とは別ソースになりますから、その意味でも有効なクロスチェックといえましょう)を用いて、ある程度のスクリーニングを行っていたものと考えられます。あるいは、「今度推薦するからきちんと身辺整理をしておけ」などと言ったりもしたでしょう。一本釣り組閣によって、これらが失われてしまったことは、少なからず影響を与えていることと推測されます。

    しかし何よりも影響が大きいのではとwebmasterが考えているのは、(3)に属するものとして、不祥事のニュースヴァリューの変化です。メディアとて商売ですから、視聴率なり部数なりにつながる報道をねらっています。そんな中で、安倍政権は「政治と金」の問題で色が付いてしまったため、従来であればベタ記事にしかならないようなネタ‐たとえば、少額の政治資金に関する記述漏れ・誤記載‐であっても、一面トップを飾れるような環境になってしまっているわけです。

    となれば、当然ながらメディアもそうした「不祥事」を探るためにより多くのリソースを投入するでしょうし、見つけた「不祥事」を最大限視聴率増・部数増等につなげられるよう、大々的に報道することとなります。内閣改造後の遠藤前農林水産大臣の問題にせよ、鴨下環境大臣の問題にせよ、公表資料の収集・分析によって得られる情報ですから、それこそアルバイトでも雇って人海戦術をかければ、いつかは見つかる類のネタです。かつて立花隆が田中金脈問題を追及した際には、登記簿という公表情報をしらみつぶしに当たることで真相に切り込んでいったわけですが、それと同じ(加えて、掘り下げははるかに楽な)作業が行われているのではないでしょうか。

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