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  • 01/17/2008 (11:59 pm)

    大数仮説リターンズ!?

    Filed under: science ::

    科学者たちは10年間にわたり、ある驚くべき現象に頭を悩ませている。はるかかなたに見える超新星が、近くにある星よりも高速に地球から遠ざかっているように見えるのだ。

    研究者の多くは、これらの星が何らかの理由で加速している――あるいはもっと正確に言うと、ビッグバン後の宇宙の膨張速度が時間の経過とともに加速していると推測している。

    (略)

    スペインにあるバスク大学とサラマンカ大学の科学者グループは、異なる考えを提示している。時間の経過のほうが減速しているのかもしれない、と彼らは主張しているのだ。

    望遠鏡ではるか遠くの銀河を観測するとき、本質的には時間の経過がいまよりもっと速かった時点を遡って見ているために、これらの銀河は加速しているように見えるだけなのだという。

    『Physical Review D』に発表された論文およびイギリスの『New Scientist』誌と『Daily Telegraph』紙で概要が示されたこの理論は、現在のところまだ理論の域を出ていない超弦理論[超ひも理論、super string理論]を部分的に組み合わせた考えをベースとしている。超弦理論によると、われわれの宇宙は、われわれが検知できない高次元の空間に存在する多次元の「ブレーン」に組み込まれているという。

    時間が減速している:「宇宙膨張は加速」を疑う新説

    この記事を読んだとき、webmasterは次の仮説を思い出したのです。

    ク−ロン力と万有引力の比10の39乗、光が電子の半径を通過する時間(原子単位系の時間)と宇宙年齢150億年の比10の39乗、宇宙にある水素原子の数10の78乗つまり10の39乗の2乗となる。

    水素原子の数をN、原子単位系の時間をtとすると、N=tの2乗、この関係が成立すると考えると、tが大きくなればNも大きくなる、未来へいけばいくほど水素原子の数は増え、過去へいけばいくほど水素原子の数は減る。つまり物質が無から生成されている事を表す式なのだ。

    • ク−ロン力/重力=10の39乗、
    • ク−ロン力=eの2乗/rの2乗、
    • 重力=Gx質量/rの2乗、

    この三つの式から出てくる式はG=eの2乗/(質量xt)。重力定数Gは分母にある時間tが増えれば増えるほど減少する事になる、これは定数であるはずの重力定数Gが時間とともに変化する事をあらわしている。

      ディラックはマクロの時間とミクロの時間は一致しないという仮設を設定した。マクロの時間で万有引力の定数は減少してきているから、地球が太陽を回る公転速度はだんだん遅くなってきている事になる。先ほどの仮定からマクロの時間はミクロの時間に影響を与えない、とすれば過去に遡ってマクロの世界が今より時間が速くなればミクロの世界の時間は相対的に遅くなっている事になる。いいかえれば過去に遡ればのぼるほど現在のマクロの目でみたミクロの世界はゆっくり運動しており、原子核の周りの電子振動は昔ほどゆっくりだった事になる。その結果放出される光も波長の長いものとなる。言葉を変えると星が遠ければ遠いほど光のスペクトルが赤い方にずれる事になり、これは赤方偏移そのものである。

    「ディラックの大数仮説」(@電気工事屋さんの答え2007/7/23付)(webmaster注:強調はwebmasterによります)

    かつてLOGiNにて鹿野司さんの連載「オールザットウルトラ科学」でその存在を知って以来、もちろん中身を正確に理解してということではないのですが、時の歩みの速度が変わるというこの大数仮説はwebmasterが忘れ去ることなく今に至っています。冒頭の引用記事でいう「時間の経過のほうが減速している」ということの理論的な含意が大数仮説のそれと同じなのか、それともそうでないのかはwebmasterにはわからないのですが、どうなんでしょう? 詳しい方にご教示いただければ幸いです。

    12/21/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work IV

    Filed under: politics, science ::

    さらに参戦ですか・・・。

    Q: UFO論議が注目を浴びていますが、大臣のご所見をお願いします。

    A: 「UFOは、存在しない。」と断定できる根拠がありません。個人的に信じる、信じないという問題も色々あるのでしょうが、そういうような未確認飛行物体、あるいはそれを操る生命体、それが「存在しない。」と断定し得る根拠が無いのであって、防衛省というよりは私個人の話ですが、「存在しない。」と断定し得ない以上、それはいるかもしれない。少なくとも「ない。」と断定するだけの根拠を私は持っていません。ですから、「そういうものも有り得るだろうね。」ということだと私は思います。

    Q: その場合、防衛力のあり方について、何か影響がありますでしょうか。

    A: 「ゴジラ」という映画がありますが、その時に自衛隊が出ますが、「一体何なのだ、この法的根拠は。」という議論があまりされません。映画でも、そこで防衛大臣が何かを決定するだとか、総理大臣が何かを決定するというシーンは無いわけです。ただ、ゴジラがやってきたということになれば、これは普通は災害派遣になるのでしょう。ですから、それが命令による災害派遣か、要請による災害派遣は別にして、これは災害派遣でしょう。要するに天変地異の類ですから、モスラでも同様であろうかと思いますが、これがこのUFO襲来という話になると、これは災害派遣なのかなということになるでしょうね。つまり、その場合は領空侵犯なのかというと「あれは外国の航空機か。」ということになるわけです。普通に考えれば、外国というカテゴリーにはまず入らないでしょう。航空機というからには、翼があって揚力によって飛ぶのが航空機ですから、そうするとUFOが何によって飛んでいるのか、これは色々な議論があるのでしょうけれども、それをそのまま領空侵犯で読めるかというと中々厳しいかもしれない。そうなってくるとこれは飛翔体なのかということになると、どうなるのか。しかし、例えば隕石が降ってきたということと同じに考えられるか、隕石は自然現象ですから、何の意志もなく降ってくるわけですが、UFOの場合には意志なく降ってくるわけではないので、これをどのように法的に評価するのかということもあるのでしょう。そうすると、災害派遣が使えるのか、領空侵犯でもどうもなさそうだ。そうすると防衛出動かということになるのですが、それはわが国に対する急迫不正の武力攻撃のように考えるかというと、そうはならないのでしょう。よくテレビにあるようにUFOが襲来して、色々な攻撃を仕掛けるということになれば、それはそういう評価も成り立つのかもしれませんが、「地球の皆様、仲良くしよう。」とか言って降ってきた時に、それは、わが国に対する急迫不正の武力攻撃でもないし、また何らかの意志が伝達された時に、何を言っているのか、よく分からない。そういう場合に、一体どうやってわが方の意志を伝達するのかということもあって、別に当省としてこういう場合にどうするのかという方針を固めたわけでも何でもないのですが、これも私個人のお話であって、ただ、頭の体操ということはあまり好きではありませんが、色々な可能性というのは考えておくべきものなのでしょう。ある日突然そういうことが起こって、どうするのかということもあまり望ましいことではなくて、これも省としてそれに取り組むとか、そのようなことではありませんが、私自身として、一体どうなるのだろうなということは考えてみたいと思っています。今までも考えて来たし、大臣なる前に何かのテレビの番組で、「どうですか。」と聞かれて、「色々な可能性を考えていかければならないのでしょう。」ということは申し上げましたが、どうすべきか。その時に日本だけ襲来するのかというと、世界あちこちに襲来するのでしょう。その時に国連でそういう議論が行われたかというと、あまり承知をしていないところであって、そういうものが存在しないと断定し得る根拠がない以上は、やはり頭のどこかには置いておくべきではないのかと。ただ、当省として、そういう方針を決定したということではありません。

    石破防衛大臣記者会見(2007/12/20)

    少なくとも法的には、「隕石が降ってきたということと同じに考えられる」こととなります。基本的には人間以外の生命体は非生命体と同様に扱われ(たとえばペットに危害を加えた場合には、器物損壊ということとなります)、地球外生命体といえども「人間以外の生命体」であることには変わりないからです。

    つまりは災害派遣ですが、害獣駆除は災害派遣の一形態であり、実際に猪狩りに出動したこともあるとのこと。仮に地球外生命体が地球に飛来した際には、その危険性が認められれば、害獣として駆除されるというのが法的な整理となるでしょう。

    ただ、火器による射撃は地元のハンターが行い、自衛隊は輸送・通信の支援を行うとの役割分担のようですので、各種作品にてゴジラやガメラに相対する際のように自衛隊が火力の使用に踏み切るには、所要の制度改正が行われなければならないような。その意味では、先の火器使用の限定に関して、「特に必要があると総理大臣(防衛大臣でもいいのですが)が認めた場合は、この限りでない」といった例外規定を加えればよいということとなります>石破大臣。

    12/20/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work III

    Filed under: politics, science ::

    UFOは存在しません−。政府は18日、「地球外から飛来してきたと思われる未確認飛行物体」は存在しないと、閣議決定した答弁書で見解を示した。政府がUFOの存在を正式に否定したのは初めて。【「「UFOは存在しません」政府がUFO存在を否定」政治も‐政局ニュース:イザ!より引用】

    (略)

     その意味では、日本政府の「UFOは存在しない」という発言はとてもおかしい。元々の意味のUFO(=正体がまだ確認できていない飛行物体)ならば存在を否定することに意味がないし、マスコミの言うところのUFO(=宇宙人の乗り物)ならば、この存在を頭から否定することは政府がすべきことではない。

     政府なんだから、もう少し正確に「UFO(未確認飛行物体)目撃の報告は数多く受けているが、政府として、そういったものが一部の人たちが言う様に宇宙から飛来した宇宙人の乗り物だとは認識していないし、さらに調査が必要と思わせるだけの信頼度の高い情報も持っていない」と発言すべきだと思うんだがどうだろう。

    「日本政府の「UFOは存在しません」発言にいちゃもんをつけてみる」(@Life is beautiful12/18付)

    確かに政府が「存在しない」とした旨を報ずるメディアは数多くありますが、一昨日引用した朝日の報道では、「地球外から飛来してきたと思われるUFOの存在を確認していない」とする答弁書を決定とされています。また、政府は18日午前の閣議で、地球外から飛来してきたと思われる未確認飛行物体(UFO)について「存在を確認していない」とする答弁書を決定したとの東京新聞の報道もあります。

    未だ参議院サイトでは質問主意書・答弁書の公開がなされていないので、実際にどのような文言が用いられているのか現時点では不明ですが、政府が「確認していない」としたのに「存在しない」としたかのように誤報する可能性と、逆に政府が「存在しない」としたのに「確認していない」としたかのように誤報する可能性とでは、後者の方が大きいのではないでしょうか?

    政府への批判としては、もう少し正確に「『存在していない』との報道が事実であれば、『UFO(未確認飛行物体)目撃の報告は数多く受けているが、政府として、そういったものが一部の人たちが言う様に宇宙から飛来した宇宙人の乗り物だとは認識していないし、さらに調査が必要と思わせるだけの信頼度の高い情報も持っていない』と発言すべきだと思うんだがどうだろう」としていただきさえすれば、webmasterとしては言うことはないのですけれども。

    12/19/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work II

    Filed under: politics, science ::

    昨日取り上げた町村官房長官発言について、branchさんが次のように評していらっしゃいます。

     それにしてもこの官房長官、ノリノリである。 …というか、官房長官のこの対応振りは、ネタも相俟って多くのメディアで報道されて国民に親近感を与える効果が期待され、政治的にはとてもうまい。御本人の素朴な考えなのか計算の上なのかはたまた秘書官が振り付けたのかは知るべくもないが、大いに感心。

    続・航海日誌(12/19付)

    UFOというネタそのものはおっしゃるような見方も可能かもしれませんが、やはりナスカの地上絵を引き合いに出したことについては、webmasterはまったく感心できないのです。でまあ(事務)秘書官が振り付けたならばその手のネタは避けるでしょうから、ご本人のお考えなのではないかとwebmasterは思うのですが、いかがでしょう?

    12/18/2007 (11:59 pm)

    UFO=Unbelievable Foolish Officials-work

    Filed under: politics, science ::

     「個人的には絶対いると思う」。UFO(未確認飛行物体)は未確認という政府の公式見解に、内閣のスポークスマンである町村官房長官が18日、「異議」を唱えた。

     政府は同日の閣議で、民主党の山根隆治参院議員の質問主意書に対し、「地球外から飛来してきたと思われるUFOの存在を確認していない」とする答弁書を決定。文部科学省によると、「UFOに関する答弁書は初めて」という。

     ところが、町村氏は記者会見で「政府の公式答弁は極めて紋切り型。私は個人的にはこういうものは絶対いると思っている」と反論。「そうじゃないと、ナスカ(南米ペルー)のああいうの(地上絵)、説明できないでしょ」と述べた。

    朝日「町村長官「UFO絶対いる」 政府公式見解に「異議」」

    こんな質問主意書を担当させられた方々には心より同情申し上げます。ちなみに、質問主意書への答弁としては初出のようですが、国会答弁としては既に存在しています‐しかも、同じ山根議員への質問によって。

    ○山根隆治君 雲をつかむような話のついでといってはなんですけれども、UFOの問題について少し聞いてみたいと思います。

     国会では今までUFOを取り上げられたことがないということのようでありますけれども、未確認の飛行物体ということでございますけれども、大臣はUFOを見たことございますか。

    ○国務大臣(麻生太郎君) おふくろは見たといってえらい興奮して帰ってきたのがありますけれども、残念ながら私自身は見たことはありません。

    ○山根隆治君 私もよく深夜散歩することが多いものですから、そのたびに空見て、深夜というのは、犬の散歩というのは私の日課でございますので、何があっても散歩しなくてはいけないと、犬を連れての散歩ですね。何かちょっと、事件がちょっとあったようですから、それとの絡みで思われては困りますが。空を見て、UFOを見てみたいものだなというふうにいつも思っているんです。一度も私、見たことがないんです。

     ただ、これ名古屋大学の福井先生の著書の中で引っ張ってきましたけれども、銀河系全体では二千億個の星があって、さらに宇宙全体では二千億個もの星から成る銀河が一千億個以上もある。もう天文学って、正にこれ天文学的な数字の星があるわけでございまして、私は個人的には、これだけの膨大な、頭の中で整理もできないぐらいの数の星がある中で、知的な生物がこの地球上に人間だけだというふうに思うことが私は不自然なように私自身は思っているんです。

     そういうことからすると、UFOが度々もう飛来、世界じゅうに飛来している、しょっちゅうそれはテレビで、先日も私、一週間ほど前テレビでまた見ましたけれども、これについて全く無関心でいるというわけにはいかない。それはやはり政治家として国民の生命、財産というものをどう守るかということもありますし、防衛上の問題もある。

     アメリカも、やはり一九四八年から相当期間、実際にやっぱり調査をアメリカの空軍でしてきたというのがこれ明らかになっている話です。その調査結果によると、相当の、何万という事例を検証していったけれども、全部否定し切れるものではない、相当数のものを認めざるを得ない、飛行物体があるということを否定し切れないという報告でした。最初のうちはそれがやはりもうUFOなんだということをかなり積極的にというか、肯定的にとらえて報告をしていましたけれども、後半の部分になってくると一気に否定的な報告になってきて、それ今はもうその組織は解散をいたしているわけでございます。

     私は、なぜこういう唐突なお話をさせていただくかということについては、今お話ししましたように、国家や人類のやっぱり防衛上の問題ということで無関心であってはいけないと。これを真摯にやっぱり受け止めて、情報の収集やそれこそ解析やということを国家としても、やはりアメリカもほかのヨーロッパの諸国も行われていると。今はそれを否定する報道が多いわけでありますけれども、事実上アメリカの空軍はそういうのを行ってきたということが明らかでありますけれども、日本は国家として、アメリカからそうした情報を得たり、あるいは意見を交換したりというふうなことがあるのかどうか、その辺についてお尋ねをしておきます。

    ○国務大臣(麻生太郎君) これは防衛庁じゃないかと思いますが、今、山根先生お話のありましたのは、たしか一番よく言われたのは、人工衛星が、アメリカの人工衛星が昭和四十何年に上がりましたときに、あの衛星の後ろにUFOが三台付いて一緒に回っていたというのが結構あの当時話題になった。私のUFOに関するアメリカの新聞の記事でいくとそれが一番最初の印象なんですけれども、これは結構真剣に考えているんだなと、今からかれこれ四十年前の話で恐縮ですけれども、そう思った記憶がありますけれども。

     それにいたしましても、おっしゃるように百五十億光年前、百五十億光年かなたに最初の宇宙ができてと言われているんですが、膨大な数の星の中に地球にしかこういった我々みたいなのがおらないということはちょっと幾ら何でも想像力がなさ過ぎるんで、似たようなのが一杯いたっておかしくはないだろうなと私自身もそれはそう思っております。そこが更に進んだ技術を持っていて、何となく時々、この地球にいるのが今後どういう具合なことになっておれたちに危害を与える可能性について向こうがこっちを調査している可能性も、それは否定できないんだと思いますね。

     私は、この種の話は多分いろいろ、サイエンスフィクションの世界に限らず、いろいろ考えられるところだとは思いますけれども、今総務省としてこの種のことに関してしかるべき手を打っておるかと言われれば、私どもとして特にUFOに関して調べているということではないのが率直なところです。

     これは国防上というのであれば、多分これは防衛庁ということになるんだと思いますけれども、防衛庁で、その種のUFOに関するほど想像力の高いのが防衛庁にいるなんというのは余り聞いたことありませんし、ちょっと守屋の顔からもなかなか想像できないなと思わないでもありませんけれども、いずれにいたしましても、こういった話というのは常にいろんな意味で、ある日突然に来る可能性というのは常に考えておくべき問題だとは存じます。

    参議院総務委員会(2005年3月10日)

    この3月10日に一週間ほど先立って山根議員が視聴したというテレビ番組が何か判明すれば、山根議員がどの程度きちんとした議論をされているかがわかるでしょうけれども、下記のとおり、基本的にはいわゆるビリーバーな人のようです。2年9ヶ月余りの間に変わってきている可能性はありますが・・・。

    • 「銀河系全体では二千億個の星があって、さらに宇宙全体では二千億個もの星から成る銀河が一千億個以上もある。(略)これだけの膨大な、頭の中で整理もできないぐらいの数の星がある中で、知的な生物がこの地球上に人間だけだというふうに思うことが私は不自然なように私自身は思っている」というのは、ドレイク方程式のようなものを念頭に置いているのでしょうけれども、人類以外の知的生命体の存在の可能性を肯定することと、地球外生命体の宇宙船としてのUFOの存在を肯定することはイコールではありません。ドレイク方程式を議論の前提としつつ、かかるUFOの存在可能性を否定的に論ずる議論は当然成立するのです。
    • 「アメリカも、やはり一九四八年から相当期間、実際にやっぱり調査をアメリカの空軍でしてきたというのがこれ明らかになっている話です。その調査結果によると、相当の、何万という事例を検証していったけれども、全部否定し切れるものではない、相当数のものを認めざるを得ない、飛行物体があるということを否定し切れないという報告でした」というのはプロジェクト・ブルーブック等の一連のプロジェクトを指すのでしょうけれど、Wikipedia英語版によればFrom 1947 to 1969, the Air Force investigated Unidentified Flying Objects under Project Blue Book. The project, headquartered at Wright-Patterson Air Force Base, Ohio, was terminated December 17, 1969. Of a total of 12,618 sightings reported to Project Blue Book, 701 remained “unidentified.”(略)There has been no evidence indicating the sightings categorized as “unidentified” are extraterrestrial vehicles.とのことで、正体が「未確認」のまま終わったものがあると認める一方で、地球外生命体の宇宙船である可能性を示す証拠はないと言い切っています。これは明らかにバイアスがかった参照でしょう。

    他方で町村官房長官も、地球外生命体の宇宙船としてのUFOを個人的に信じるのは思想・信条の自由の範疇ですが、その材料としてナスカの地上絵を引き合いに出すようでは。下記のとおり、地球外生命体の存在を仮定しなくても、説明は可能ですから。

    The alien theory is proposed mainly because some people find it difficult to believe that a race of “primitive Indians” could have had the intelligence to conceive of such a project, much less the technology to bring the concept to fruition. The evidence points elsewhere, however. The Aztecs, the Toltecs, the Inca, the Maya, etc., are proof enough that the Nazca did not need extraterrestrial help to create their art gallery in the desert.

    In any case, one does not need a very sophisticated technology to create large figures, geometrical shapes, and straight lines, as has been shown by the creators of so-called crop circles. The Nazca probably used grids for their giant geoglyphs, as their weavers did for their elaborate designs and patterns. The most difficult part of the project would have been moving all the stones and earth to reveal the lighter subsoil. There really is nothing mysterious about how the Nazca created their lines and figures.

    Nazca lines - the Skeptic’s Dictionary

    12/17/2007 (11:59 pm)

    英語と日本語の情報伝達効率比較

    Filed under: science ::

    街中はクリスマスムードでいっぱい。今日も「赤鼻のトナカイ」がどこかで流れていて、ふと、その英語と日本語の歌詞の情報量の差に呆然。

    日本語で

    ♪真っ赤なお鼻の♪

    と歌う間に英語はこれだけ入ってます:

    ♪Rudolf, the red-nosed reindeer♪

    つまり、「真っ赤なお鼻のトナカイさんのルドルフが」。日本語に比べて、「トナカイ」と「ルドルフ」という2アイテム多い情報伝達がなされるわけ。

    (略)

    この間日本で、日本のシティバンクのカスタマーサポートに電話したら、録音メッセージがナビゲートするタイプだった。しかし、アメリカで日頃使っているものに比べて、あまりに一つ一つの選択肢を言われている時間が長いので、イライラして途中でギブアップ。例えば、

    「日本語をご希望の方は、1、を押してください」

    というのに多分4秒強かかると思われ。同じことが英語の録音音声だと

    「If you would like to proceed in English, please press one」

    という感じ。長そうだが、多分3秒弱くらい。30%違うのね。これに耐えられず。(ま、そもそも、録音メッセージナビゲート自体が、言語に関わらずいらだつのですが。)

    もちろん、同じものをさしていても、英語より日本語の方が短い時間で言える単語もある。あるのではあるが、一般的には、ある程度の長さの情報を口頭で伝えようと思ったら、少なくとも日本語の方が3割方長めにかかる気がする。(これ、きっとどこかにきちんとした調査・分析をされてる方がいると思うんですが、ご存知の方がいたら教えてください。)

    日本語は全ての音が「子音+母音」で成立しているが、英語では、子音が母音と独立して存在、一つの母音に、様々なバリエーションの複数の子音をくっつけられる。一方で、一つの母音を発音している時間は日本語と英語でそれほど変わらないので、単位時間あたりの情報量に差が出ると、そういうことだと推測してるんですがどうでしょうね。2進法と3進法、みたいな差でしょうか。

    「赤鼻のトナカイに見る日本語と英語の単位時間あたり情報量」(@On Off and Beyond12/6付)

    さて、この観察が実際に正しいのかどうか調べてみました。前提として、情報量ということでエントロピーがどうなっているかを見ると、英語は1.34 bits/letter、日本語は2.71 bits/letterとのことですので、これを時間当たりに変換すれば大まかな傾向はつかめるでしょう。

    まず1分あたりどの程度話すかを調べてみると、英語は150 words per minuteがaverage日本語は250〜300字/分が聞きやすい・話しやすい目安とのこと。しかし両者は単位が異なるので、このままでは比較できません。これらの単位をあわせるためには、英語についてはword当たりの文字数を調べ、日本語については漢字が含まれている分を調整する必要があります。

    英語の文字数については、中学1年生用の検定教科書で3.86字、中学3年生用の検定教科書で4.11字とのことなので、一般的には中学3年生の水準からさらに中学生で学ぶ分だけ上昇すると仮定すれば、4.11+(4.11−3.86)=4.36ということとなります。したがって、1分当たりに話される英語の情報量は、

    • 1.34×150×4.36=876.36 bits

    ということになります。

    他方、日本語の漢字については、ぐぐっていろいろなページを見る限り、概して3〜4割程度含むものが推奨されているようですので、1/3の漢字を含み、それが平均して1.5字のかなに相当するとすれば、同じく1分当たりの情報量は

    • 2.71×250〜300×(6/7)=580.7〜696.9 bits

    ということになり、確かに英語の方が情報量が多いと推測されます。580.7 bits per minuteだとすると英語の66.3%、696 bits per minuteだとすると英語の79.5%ですから、「日本語の方が3割方長めにかかる気がする」というのはなかなか当を得たご指摘であるととりあえずは考えることが可能でしょう。

    #上記の1分当たりの計数のリンク先によると、英語のfast talkersは180 words per minute、日本語は最大で400字/分とのことなので、きわめて早口の場合は英語の1,051.632 bitsに対して日本語の929.1 bitsと、多少は差は縮まるようです。

    他方で、どのような言語であっても、情報伝達効率には差がないことが自然であるようにwebmasterには思われます。というのも、英語・日本語に限らず、いわゆる圧縮の余地は多分にあり、ある程度の冗長性があってこそエラーやノイズへの強度や脳の言語処理能力とのバランスといった関係で最適だという水準に落ち着いていると考えられるからです。言い換えれば、こうした強度やバランス上適切な水準を超えて冗長性があるならば、さまざまな圧縮が慣用として行われ、結果としてより伝達効率の高い言語体系に生まれ変わってしまうはずです。

    このwebmasterの見立てが正しいのであれば、上記のような聴覚を介した情報伝達において言語間に差があるのなら、その他の手段による情報伝達では逆の関係が成立し、言語による情報伝達効率は、各手段の使用頻度に応じた加重平均値ではほぼ同じものとなるとの推測が成立します。分かりやすい例としては、聴覚を介した伝達において日本語が劣るのであれば、視覚を介した情報伝達では日本語が勝るはずでしょう。これは、表意文字である漢字を用いることからも、一見正しそうな仮説といえるのではないでしょうか。

    では、実際に試算してみましょう。黙読については、英語では250〜300 words per minuteが平均的なスピードのようですが、日本語では500〜700字といったところのようです。上記の式を漢字補正を除いて当てはめてみますと、

    英語

    1.34×250〜300×4.36=1,460.6〜1,752.72 bits

    日本語

    2.71×500〜700=1,355〜1,897 bits

    となり、甲乙つけがたいように推測されます。となれば、前述の加重平均値では、日本語は英語よりも情報伝達効率が低いものとなるでしょう。webmasterは既述のように言語間で大差はないものと考えていますので、webmasterの仮説が誤りであるか、それとも上記の各推計に誤りがあるのか、いずれかということとなります。

    ここからは完全なあてずっぽうですが、疑うべきは日本語のエントロピー2.71ではないでしょうか。もちろん、数値自体を疑うものではありません。ただ、原論文を見ていないので勝手な憶測ではあるものの、おそらくは書き言葉のエントロピーであり、話し言葉のそれではない可能性はあります。仮に英語の書き言葉・話し言葉の差よりも日本語のそれの方が大きく、書き言葉・話し言葉の双方に同じエントロピー値を当てはめて推計することが不適当であるならば、話し言葉においても英語と日本語の単位時間当たり情報伝達量は等しい、ということもあり得ます。

    #エントロピーの絶対値が問題というより、書き言葉と話し言葉のそれぞれのエントロピーの比の問題、というのが正確な表現でしょう。英語のその比が1:1である場合は同じことですが。

    直感的には、たとえば言文一致が試みられた歴史など、日本語の方が英語よりも書き言葉と話し言葉との乖離が大きく、書き言葉のエントロピーをそのまま当てはめた推計では他言語よりも相対的に低い推計値が出てしまうような気がします‐渡辺千賀さんが冒頭の引用で触れられた事例は、赤鼻のトナカイは翻訳(それも歌詞という、音節や韻等の制約が厳しい対象のそれ)に伴う問題であり、電話メッセージは書き言葉を読むことと話し言葉を話すことの違いに起因する問題と整理するのが、この直感とは整合的です。さて、どのように確認すればよいのかといえば、どなたか専門家の方にお願いしたいなぁ、ということになってしまうのですが。

    07/10/2007 (12:48 pm)

    武田邦彦先生からのメイル

    Filed under: science ::

    先日のエントリを受け、武田先生とメイル交換をさせていただいておりましたが、その際、『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』のウソに対する反論をお寄せいただきました。公開をご快諾いただいたので、以下、関係部分を転載いたします。

    ネットでご指摘されていること(1)

    「私は当日の番組は見ていなかったが、6月3日(日)にテレビをつけると、再び武田氏がゲストに呼ばれ、主張の違う細田衛士氏(慶應義塾大学教授)と議論を戦わせていた。細田氏はごくまっとうな話をされ、「(武田氏の著書にある)ペットボトル再利用量の数字はおかしい」とも指摘されていた。」

    これについて事実を示したいと思います。

    事実は、「ペットボトルの再利用量の数字はおかしい」とのご発言に対してパネルの方から「それでは何万トンですか?」という質問に対して「そんなことはわからない」とお答えになりました。

    つまり、ペットボトルの再利用量は拙著「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」で示した数字が日本では初めてで、その他の数字はいまだにありません。細田先生がお答えできなかったのも、リサイクルに関係している機関が公表しないからです。

    もし、細田先生が「数字がおかしい」と言われる場合は、「数字」を示さなければならないと思います。

    私は、10年間も多くの日本人がペットボトルのリサイクルに協力してきたのだから、リサイクルしてきた方は、それが何にどの程度使われているかを知りたいと思い、ペットボトル・リサイクル協会の数字に基づき数量を出し、理論計算などでチェックしました。それは私のホームページに示してあります。

    数字は常に公的機関の数字が正しいとは限りません。私の場合、著作はリサイクル、地球温暖化、ダイオキシンと多岐にわたるのでその根拠を細かく示すわけにはいかなかったので、ネットで公開しています。

    ご検討ください。

    ネットで指摘されていること(2)

    「報告の「将来予測」では《南北両極では海氷の縮小が予測される》《グリーンランドの氷床の縮小は、2100年以降も引き続き海面水位の上昇を引き起こすと予測される。地球の平均気温が産業革命前と比べて1.9〜4.6度上昇し、それが数千年間続くとグリーンランドの氷床はほぼ完全に消失し、海水面が約7メートル上昇する》《人間が排出する二酸化炭素は1000年以上、温暖化と海水面の上昇を引き起こす》とあり、武田氏の引用とは全く違う。」

    これについて説明します。

    (1)ここで引用しているのは2007年2月にでた第4次IPCC報告で、拙著の後に世に出ていますので、時間的な順序で拙著に「引用」するのは物理的に無理であることをまずご理解ください。

    (2)内容的には、「地球の平均気温が・・・上昇し、それが数千年続くと・・」ということを前提にしています。私は今後30年程度を目安にしておりますので、数千年後を論評しているわけではありません。

    私も温暖化が数千年続けば海水面が上がると考えています。というよりこの記事はIPCCの報告書に基づいていますが、私はIPCCにそって話をしていますので、数値は同一です。

    私は地球温暖化をはじめ、多くの将来予測には30年を一つの目安としています。それは、次の3つの理由によります。

    1. 温暖化の原因になる二酸化炭素は石油の燃焼によって出ますが、石油は30年後にはかなり供給に問題が生じると言われており、それが事実かどうかは別にして、相反すること(石油の枯渇と地球温暖化)を同時に論じるのは誠意がないので、30年をとっている。
    2. 30年が一世代程度だから長さとして適当。予測もこのぐらいが良い。
    3. 日本がこれまで
      1930年  ロンドン条約で軍拡中
      1960年  所得倍増計画で大量生産中
      1990年  バブル崩壊で環境重視
      と30年ごとに大きく変化している。

    従いまして、数1000年後を論じるか30年後を論じるかの問題ですから、「私の引用と違う」というところを何とかしていただければと存じます。

    ネットで指摘されていること(3)

    「これは、武田氏が「浮かんでいる氷」しか見ていないからそういう結論になるのだ。IPCC報告のように、極地(北極圏)にある世界最大の島、グリーンランドの氷床(広い土地を覆う厚い氷)に目を向けると、一転して上記のような予測となり、水位は7mも上昇する。」

    これについてはIPCCの記述にそったということです。

    IPCCの報告では、グリーンランドは「北極、北極圏、極地」とは別に「グリーンランド」として表示しています。従って、拙著でもグリーンランドと北極を区別しています。

    たとえばIPCCの第四次報告(ご参照になっていること)でも、次の表が示されており、グリーンランドはグリーンランドとして表示しています。(これまでも区別しています。)地質学的には北極圏の中にグリーンランドを含む場合がありますが、地球温暖化では区別しています。

    |海面水位の上昇率(mm/年)||

    海面水位上昇の要因 1961〜2003 1993〜2003
    熱膨張 0.42±0.12 1.6±0.5
    氷河と氷帽 0.50±0.18 0.77±0.22
    グリーンランド氷床 0.05±0.12 0.21±0.07
    南極氷床 0.14±0.41 0.21±0.35
    海面水位上昇に寄与する個別要因の合計 1.1±0.5 2.8±0.7
    観測された海面水位上昇 1.8±0.5 3.1±0.7
    差異(観測値から気候の寄与の見積もりの総計を差し引いたもの) 0.7±0.7 0.3±1.0

    この表からは、グリーンランドの氷床が融けることによって将来、起こると考えられる海水面の上昇は、年に0.21mmですから、30年で6ミリメートル程度です。

    30年で6ミリメートルだけ海水が上昇する場合、それほど大きな影響はありません。日本の場合、潮の満ち引きなどで2メートル40センチ、地盤沈下で2メートル程度の海水面の上昇は経験済みです。回避できないほどの問題が起こったことはありません。

    ゴア氏の6メートル(7メートル?)については私が執筆した文芸春秋の記事をご参考になってください。6ミリメートルと6メートルでは1000倍も違いがあり、正確な事実認識が必要と思います。

    また日本のマスメディアの報道は主として北極に浮かんでいる氷が融ける映像を流していましたので、それが物理的原理(アルキメデスの原理)と違うことを示しました。学校でならう基本的な法則を日常生活に活かすことが大切と思います。

    ネットで指摘されていること(4)

    「しかし、出典と記されたPETボトルリサイクル推進協議会の「PETボトルリサイクル年次報告書2006年度版」を読むと、05(平成17)年の国内生産量は53万t、実質回収量(国内回収+輸出)は38万t(回収率72%)、そしてその全て(38万t)がリサイクル(指定法人による引き取り+輸出による海外リサイクル)に回っているとあり、同書の3万tとはひと桁違う。」

    上記の記述ではつぎのことをご考慮ください。

    「38万トン」はリサイクル(場合によって定義が違うことに注意)した量ではありません。日本国民の手にとどかず、再利用されていません。

    私は著作でも書いてありますように、容器包装リサイクル法には「資源の節約のために、資源を繰り返し使う」とある。そこで、リサイクルでは、まず
    ・・・現実に国民が再利用している(業者が取り扱ったということではない)・・・
    を前提として、

    1. 焼却はリサイクルに入れない。
    2. 国際的な約束(先進国の廃棄物を開発途上国に出さない)を守る
    3. 資源の有効利用になっている

    の3つを制限を加えています。私には当然のように思います。

    そこで、「リサイクル率」の定義として、「廃棄されたペットボトル」を分母とし、「日本国民が利用したリサイクル・ペットボトルの量(用途は制限しないが上記条件は制限する)」を分子として示すとしました。

    政府やマスメディアがリサイクルを国民に呼びかける時に、同じことを言っています。つまり、
    「皆さん、ペットボトルをリサイクルしましょう。焼却は有害ガスを出すので焼却せず、自分たちが出す廃棄物は自分たちで処理しましょう」
    と呼び掛けています。

    またリオデジャネイロ宣言で、「先進国の廃棄物を発展途上国に出さない」と約束していますし、ここは「約束を守る」という「日本人の誠」を信じています。先進国が廃棄物やそれを処理したもの、または中古品を国をあげて輸出する弊害は、次のようなものです。

    発展途上国が貧乏だからと言って寿命12年のテレビを10年は日本で使って中古品として輸出するのも日本人の誠に反すると私は思っている。このようにすると、発展途上国は2年使ったら捨てなければならず、日本は廃棄物ゼロ、発展途上国は5回、買わなければならないので、もし日本人が自分で廃棄物を処理した場合に比較して5倍の廃棄物がでるからです。

    拙著では法律の趣旨に基づいてリサイクルの定義をし、ペットボトル・リサイクル協会から示されている数字をもとにして計算した数字とそれを理論的な計算でチェックして掲載しました。

    ペットボトル・リサイクル協会が拙著の数字を「捏造」と表現しているということですがが、日本で利用されたリサイクル・ペットボトルの量は拙著で示した量が唯一なのでもともと捏造ということはありません。また計算ではリサイクル協会の数値をもとにしていますので礼儀として出典を示したものです。

    06/16/2007 (9:06 pm)

    なぜπは3.14…であって6.28…でないのでしょう?

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    非常にどうでもいいことなのですが、ふとしたことから気になりだすといつまでたっても頭の中から離れず、他のことに身が入らない(笑)ので、いっそのことサイト管理者の立場を悪用してしまおうと。

    #我ながら、せっかくの天気のいい週末に、なんでこんなことに時間を使っているのかと半分呆れております。全面的に呆れるべきかもしれませんが(笑)。

    πは円周/直径として定義されますが、円の径として直径を基本とする(=半径はあくまで「半」、すなわちその1/2)のは中国的発想であって、西洋においては、少なくともローマ期以降は、半径が基本となります。半径を表すrはradius(で、その語源はラテン語)の略で、直径は2r、すなわち半径の倍と数式においては表されます。Wikipediaで調べる限り、円周率を求める歴史として残る最古のものはバビロニアであって、中国起源のものがオリエント・西洋に輸入されたということではないと考えてよいでしょう。

    もちろんπには他の定義もあれこれあるわけですが、英語版Wikipediaのπの項においては、In Euclidean plane geometry, π is defined as the ratio of a circle’s circumference to its diameter:とあり、ユークリッドは円周/直径で考えていたようなので、西洋においてもこれがもっとも基本となる定義として通用していると思います。他方でユークリッドは、その第3公準において「任意の点を中心とする任意の半径の円を描くこと」としており、やはり円の径としては半径を基本に考えています。

    であるならば、πの定義として円周/半径を用い、したがって数値としては6.28…になる方が、西洋の数学体系(とまで大風呂敷にしなくとも、少なくともユークリッドの原論)での整合性でいえば、しっくりくるのではないでしょうか。webmasterが理由として考え付くのは、円周率を用いる場合としてもっとも多いであろう面積の計算にあたって、半径基準のπを用いた上で2で割るよりは、直径基準のπをそのまま使った方が楽だから普及した(言い換えれば、当初は半径基準ではじまったものの、それを計算上2で割ることが多く不便なので、最初っから2で割ったもの=直径基準として再定義した)、というぐらいなのですが、どなたかご存知の方がいらっしゃいましたらよろしくお願いいたしますm(_ _)m。

    03/30/2007 (11:53 pm)

    喫煙と社会保障支出との関係

    Filed under: science ::

    ITOKさんによるタミフル問題のまとめの中で言及されている「不都合なタバコの真実@週刊東洋経済(読了して追記)」(@リヴァイアさん、日々のわざ3/20付)において、エントリのタイトルが物語るようにそもそもタバコの話だったわけですが、タミフル問題以外にタバコについても、次のようなコメントのやりとりがありました。

    この号で特に目を引いたのがJT役員の禁煙して長生きすると医療費と年金が余計にかかるとの主張。
    この主張の真偽はともかく、
    JTは国のために人を殺してやっているという本音が見えてきた。

    投稿 FT-620B | 2007.03.23 21:41

    (略)

    そして、ワイネフさん、FT-620Bさん。
    医療費の問題は、真偽はともかく、JTが言う問題ではないですね。

    とはいえ、実は、ぼくは意外とこの議論は大事だと感じています。
    だって、本当にそうかもしれないから。
    たばこを吸う人が、数年間高度な医療を受けて、そのまま亡くなってしまう社会と、長生きしてちょくちょく薄く長く病院にかかる社会はどちらの医療費が大きくなるのでしょう。
    禁煙対策が進んでいる国では、その「結果」があと十年、二十年の間に出るのではないないでしょうか。いや、すでにもうその手の研究はありますか? 寡聞にして、知らず、なのですが。

    で、なぜこれを考えることが大事かというと、もしも、JTの言い分が正しければ、少なくとも医療費問題を喫煙対策の理由にすることはできなくなるからです。
    いや、本来的には、医療費のことを問題にしなくたって、喫煙問題は立派な問題なわけです。我々は「何が問題なのか」をよりシャープに考えなければならなくなります。つまり、生きることにおける福祉の問題ということです。

    個々人のある瞬間の選択として、「今、がんになりたいですか」と聞いて、イエスと回答する人は、ごくごく希なはず。「今、死にたいですか」ですと、そこそこイエスの人がいるかもしれませんが、よりによってまわりくくどく、がんになるなんて、嫌な体験に決まってます(たぶん)。

    だから、やはり、がんはできるだけ少なくしたい、というのはぼくには正当な理由に思えます。身近な人にもなってほしくないし、自分もなりたくないです。

    そんなこんな。

    投稿 カワバタヒロト | 2007.03.25 07:52

    (略)

    かわばた様、
     たくさん色んな問題を先送りにしていますが、喫煙と医療費の問題、あまりきちんと計算したことはありませんが、これは大丈夫と思います。ちょくちょく受診長生きとタバコ吸って癌で短期間に医療費かかるのとでは、前者の方が医療費がかからないでしょう。理由は下記の通り。
    1.がんの医療費とちょくちょく受診の医療費は桁違いで、数十年長生きしないと並びそうにない(もちろんちょくちょく受診の種類により違いの大きい少ないはありますが)
    2.喫煙により、ちょくちょく受診の1回当たりの額も、ちょくちょくの回数も増える
    3.上に関連しますが、喫煙は、がんで死ななければ、慢性気管支炎や肺気腫、心臓疾患、脳血管疾患などなど、ちょくちょくどころか医療抜きには過ごせない疾患を大幅に増やし、これが莫大な医療費になる

     さて、問題はこれに長生きして年金を含めて議論しようとするんですよね。これだと分からないんです。さて、どうします?私は却下としたいです。消費もしてくれて経済を回してくれるわけですから。
     あと、JTの医療費議論だと、職業がんなどの発がん物質規制をする必要はなくなりますよね。職業がんの病因物質である例えばアスベストなどは何の役にも立たないタバコより役に立つし、そもそも大量曝露に気を付けておけばタバコと違って癌以外の疾患も少なそうだし。
     こんなところで回答になっているでしょうか?

    投稿 zusammen | 2007.03.27 15:12

    不確実な情報で申し訳ありません。「喫煙と医療費の議論」に関してですが。

    かつて(10年ほど前?)『東欧の国(ブルガリアだっけ?)で米大手タバコメーカー(フィリップ・モリスだっけ?)の資金で大規模な調査活動が実施され、”禁煙推進するよりも喫煙者の早死にの方が医療費・年金トータルでメリットが大きい”という結論の報告書が提出されたが、さすがに反発が大きく取り下げになった』

    というような趣旨の報道を時事通信の報道(これはまちがいない)にて見た記憶があります。その後ソースを探しているのですが、見つけることが出来ないままなのです。
    この調査報告に関してレポートそのものの中身を見ると、喫煙の社会コストに関する議論の参考になるかと思うんですが、どなたか情報をお持ちの方はいらっしゃらないでしょうか?

    投稿 赤ガエル | 2007.03.27 22:11

    「不都合なタバコの真実@週刊東洋経済(読了して追記)」(@リヴァイアさん、日々のわざ3/20付)

    で、この問題については、少なくとも兪炳匡「「改革」のための医療経済学」に依拠する限り、喫煙率が高ければ高いほど社会保障支出(主として医療費と年金)は抑制されるということについて、関係する研究者の間ではあまり異論はないようです。そのロジックは次のとおり。

    1. 喫煙者の平均寿命は非喫煙者の平均寿命より有意に短いので、年金の支給額は喫煙者が多ければ多いほど抑制される。
    2. 他方、医療費については、喫煙者・非喫煙者を問わず、生涯における医療支出の分布を見れば終末期に集中している。
    3. 喫煙由来の癌などにならないとしても、非喫煙者だからといって終末医療を受けないわけではなく、つまりは他の何らかの病気等により結局は非喫煙者も喫煙者と同等の医療支出を行う。
    4. 以上から、社会保障支出の総額は、喫煙率(人口に占める喫煙者の比率)が高ければ高いほど、抑制される。

    ポイントは、非喫煙者だからといって一般的傾向として「長生きしてちょくちょく薄く長く病院にかかる」だけにとどまるものではなく、「数年間高度な医療を受けて、そのまま亡くなってしまう」点では似たようなものだ、というところでしょう。

    この分析とzusammenさんのお見立てといずれが正しいのかを判断する材料をwebmasterは持ちませんが、「すでにもうその手の研究はありますか? 寡聞にして、知らず、なのですが」とのことですので、今後の有益な議論を願ってのご紹介ということで。

    03/28/2007 (5:56 am)

    タミフル騒動の社会的側面

    Filed under: science, media ::

    医学・薬学的側面としては、現時点では次の見方が無難なように見えます(素人ながら)。

    他方、なぜこのようなことが日本において特に顕著なのかということについては、切込隊長さんのエントリによせられた次のコメントが的を射ているように、webmasterには思えてなりません。

    3.名無しさん(2007-03-27T12:14:48+09:00)

    身の回りのお医者さんに聞いた限りでは、統計的に優位な差が出るかどうかはもっと症例数が増えないと判らないそうです。異常行動はインフルエンザ脳症の典型的な症状なので、タミフルを服用していない場合の異常行動はイチイチ報告に上がらないから、現時点ではタミフル服用時とそれ以外の発症数を正確に比較できるデータが無いとか。

    4.名無しさん(2007-03-27T12:16:26+09:00)

    それと日本で2005年以降の発症時例が多いのは、医者の方は「強い薬だから副作用があるかもしれないし高価だから」と使用に慎重になっていたのに、マスゴミが新薬登場を煽ったせいですよ。お陰で「先生、何故タミフルを打ってくれないんですか?アンタは良い薬も知らない藪医者なんですか?」という患者が沢山病院に押しかけた次第。今になって掌返すマスゴミの責任を追及する人は居ないんですかね。

    「立花隆先生がまた早漏」(@切込隊長BLOG(ブログ)〜俺様キングダム〜3/27付)

    #タミフルが広まった理由のひとつとしての保険適用など、コメントにてbn2islanderさんがご紹介の読売新聞記事は上記引用の補足として有益だと思いますので、ぜひご参照ください。(3/29追記)

    若干付け加えるならば、こうした社会的な側面が医学・薬学的な側面に悪い影響を与えないだろうか、ということが心配になります。インフルエンザウィルスは世代交代の早さ、言い換えれば変異の早さが特徴のひとつですが、あまりにタミフルが(必要もないのに)広範に用いられると、タミフル耐性のあるウィルスの登場を促しはしないか、ということです。

    そうした観点からは、今般の騒動は、瓢箪から駒とも言えるのでしょう。タミフルの処方を求めていた患者(ないしその関係者)が、タミフルの副作用を恐れて行動を変えるのであれば、結果的にタミフル耐性のあるウィルスの登場・蔓延を遅らせることにつながり得るといえるからです。

    もちろん、このような社会的な「副作用」を期待するのは、あまりほめられた話ではありません。しかしながら、rnaさんがおっしゃっているように、そもそもインフルエンザにかからないための努力がもっと強調されてしかるべきであったにもかかわらず、という現状を見ますと、正攻法でタミフルの使用を抑制することは困難であったろうとは思わざるを得ないわけで。

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