bewaad institute@kasumigaseki

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  • 01/24/2008 (11:59 pm)

    あまりに当を得たブログ評論

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    今さらながらではありますが、

    をやってみたところ・・・

    紳士たる者、植田和男氏を疎かにしてはいけない。

    勝手にブログ評論(webmaster注:当サイトURI入力済みです)

    とのリードが冒頭に(笑)。ごめんなさい、疎かにしてます(笑)。ま、紳士ではないということでご容赦いただければ。

    #その余の部分はそれほど面白くもなく・・・。なお、総合得点は、93点もいただいてしまいました。ちなみに引用部は、おそらく時間(=当サイトにおける新規エントリの追加による使用語句の推移)とともに変わっていくのでしょうけれども。

    01/22/2008 (11:59 pm)

    自己診断もの2題‐外交と幕末

    Filed under: economy, politics, WWW, history ::

    branchさんのお導きより。

    webmasterの結果はグローバル指向+2にタカ派+1ということで、自己評価を正確に反映しているといってよいでしょう。食料自給率にこだわるなとか日本でやれば高コストの事業は外国でやれとかさんざん書いてきているわけですから・・・。

    #まあ+2でしかないじゃないか、というご指摘はあるでしょうけれども、外国人労働者の受入れに対してさまざまな軋轢の可能性を考えてネガティヴだったのが響いたのかな、と。外国人労働者を受け入れるよりも、海外への生産拠点のシフトの方が、同様の効果をより少ない社会的コストで達成できるのではないかと思っています。

    他方、これはbranchさんに試していただきたいな、と。

    webmasterは岩倉具視でした。どのようなタイプかといえば、

    目的のためには手段を選ばないあなたは、ひょうひょうと大仕事を成し遂げて行くでしょう。常に客観的で冷静。この性格は人間関係にも顕著に現れ、自分にとって必要とあらば厚い信頼を寄せますが、一度必要ないと判断したら、今までの付き合いが嘘のように相手を切り離します。客観的なのはいいことですが、人から信用されなくならないように注意が必要です。

    だそうで、webmasterの個人的知り合いの方々は、webmasterにとっての必要性を維持すべくご尽力いただきたく(笑)。

    ちなみに全タイプを挙げれば、井伊直弼・板垣退助・伊藤博文・岩倉具視・大久保利通・勝海舟・桂小五郎・西郷隆盛・斉藤一・坂本龍馬・佐久間象山・芹澤鴨・徳川慶喜・土方歳三・吉田松陰・近藤勇・岩崎弥太郎・中岡慎太郎・岡田似蔵・伊東甲子太郎とのこと。個人的には大久保利通狙いだったわけですが、坂本龍馬のようなwebmasterにはまったく似つかわしくない者にならず、よかったのかな?

    01/18/2008 (11:59 pm)

    むしろ”Economy First”であるべき

    Filed under: economy, law, WWW ::

     日本音楽著作権協会(JASRAC)や実演家著作隣接権センター(CPRA)など著作権者側の87団体は1月15日、「文化」の重要性を訴え、私的録音録画補償金制度の堅持を求める運動「Culture First」の理念とロゴを発表した。「文化が経済至上主義の犠牲になっている」とし、経済性にとらわれない文化の重要性をアピールしながら、補償金の「適正な見直し」で、文化の担い手に対する経済的な見返りを要求。今後は新ロゴを旗印に、iPodなども補償金制度の対象にするよう求めるなど、政策提言などを行っていく。

    (略)

     CPRA運営委員の椎名和夫さんは「経済・流通至上主義の考え方で、権利者側は既得権者と呼ばれ、流通を阻害している元凶とも言われる。コンテンツは単なる嗜好(しこう)品に過ぎないという考え方があるのも知っている。それが間違っていると言う気はないが、新技術やビジネスが、文化やそれを支えるシステムをき損してはいけない」と訴える。

     「経済至上主義がさまざまな問題につながっている。医療に経済至上主義が進出した結果、病院で問題が起きていると聞くし、地球温暖化も経済至上主義の結果だ。社会の中の『文化』も例外ではない。文化そのものがおろそかにされていることに、強く警鐘を鳴らさなくてはならない」(椎名さん)

    (略)

     Culture Firstは、文化を守るために私的録音録画補償金を守るべき──というのがその主張だ。87団体は「補償金があるからこそ私的なコピーが自由にできる」とした上で、「受け取る補償金の額が激減し、権利者の保護レベルが急激に低下した。危機的状況にある」と訴える。

    ITmedia News「「iPod課金」は「文化を守るため」――権利者団体が「Culture First」発表」

    いみじくも記事において「経済性にとらわれない文化の重要性をアピールしながら・・・文化の担い手に対する経済的な見返りを要求」と書かれていますが、結局ここで87団体が主張していることは、

    • 世の中にフリーランチはない、
    • 人々はインセンティヴに反応する、
    • 均衡価格において総余剰は最大化し、それよりも低価格となって消費者余剰が増加する場合にはそれでは埋め合わせられないほどの生産者余剰の減少が生じている、

    というような経済学の知見にロジカルには適合するもので(現在の補償金の水準が均衡価格よりも高いか低いかといった実証の問題はさておき)、むしろ”Economy First”と呼ぶべきものではないでしょうか。といいますか、このようなロジックにのっとりつつ、現行の補償金水準において総余剰は最大化されていて、補償金の支払いが減るような事態は消費者余剰が増えたとしても総余剰は減少するなんていう実証分析を提示して”Economy First”の理念を掲げたならば、webmasterは一も二もなく彼/女らの賛同者になったことでしょう。

    しかるに実際に唱えられるのは”Culture First”であるというのは、「経済至上主義」(が正確に何を意味するのかwebmaseterには理解不能ですが)という言葉が世間的には否定的に捉えられていることの表れでしょう。マーケティングに立脚した戦略としては正しいのでしょうけれども、理屈としては”Culture First”はかえって自らの立場を苦しくするものでしかありません。

    真に”Culture First”であるならば、「地獄変」の良秀よろしく、他の何にも増して表現行為を優先させてしかるべきです。見返りとしての報酬を求めての表現行為であればそれは”Reward First”に他ならず、見返りが得られようが得られまいが、何かを表現したいとの内的衝動ゆえに文化的所為に走らざるを得ないことこそが”Culture First”のはず。「補償金はゼロであるべき、というのも表現できるだけで幸せなはずで、なぜなら”Culture Firstなんだろう?」と言われて引き下がらざるを得ないような理屈を唱えることには、根本に立ち返ってまでは頭を使っていない浅はかさをwebmasterは感じてしまうのです。

    12/25/2007 (11:59 pm)

    急がば回れの著作権議論

    Filed under: law, WWW ::

    違法サイトからのダウンロード違法化等については、自らの主張を正義と確信して言い張っているだけではねぇ、といった趣旨のことを書いてきたわけですが。

    webmasterの書くことはわかりづらいという方々に置かれましては、ぜひ上記にお目通しいただければ。はてなブックマークでも注目を集めていますから、何をいまさら、という向きも多いでしょうけれども。

    12/24/2007 (11:59 pm)

    微妙な地域のサンタクロース

    Filed under: WWW ::

    毎年恒例のNORADによるサンタクロース追跡に関して、標記につきiori3さんがさまざまな例を取り上げていらっしゃいますが、ひとつ見落としがあるのでは、とwebmasterは思います。追跡が始まってからまもなく、なんとサンタクロースは・・・

    »

    12/22/2007 (11:59 pm)

    MIAUは未だ失敗せず?

    Filed under: policymaking, law, WWW ::

    MIAUを政治運動として見ればおっしゃるとおり失敗したのでしょうし、次につなげるためには切込隊長さんのご指摘を活かすなり、大沼保昭「「慰安婦」問題とは何だったのか」にお目通しいただいて政策実現の実際を知っていただくなりする必要があるのでしょう。しかし、これはあくまで政治運動として見れば、という前提あってのこと。前提が変われば、結論も変わってきます。

    前提が異なるのでは、とは実は切込隊長さんがまるで「私たちの意見が通らなかったからこの仕組みは不正義だ」とでも言いたいのかととおっしゃっている点に端的に現れているとwebmasterは見ています。「言いたいのかと」とお書きですが、実際に言いたいのでしょう(切込隊長さんとて承知の上での婉曲表現かもしれませんが)。さらには、仕組みが不正義だというにとどまらず、権利者団体側の存在そのものが不正義であると(無論、それらに組する文化庁の存在もまた)。

    切込隊長さんのご助言にせよ大沼本の最大の教訓にせよ、webmasterなりに本質を抽出するならば、妥協が重要だということとなります。政治運動であれば、たとえば敵対する主張の穏健派を取り込むために相対的に重要でない主張については妥協することは、ほとんどの場合において必然でしょう。100点満点を求めて支持を得られず何も実現できないよりは、50点でもいいから支持を取り付けて(消極的支持でも何の問題もありません)実現することを目指すのは、政治運動であるならば当然のことです。

    他方、自らを正義の側と認め不正義の撲滅を目指すならば、妥協は忌むべきものとなります。撲滅すべき対象として認識している者に対する妥協は、撲滅ではなく存続を認めることが前提になるわけですから、忌避されるのも当然です。つまりはイデオロギー闘争の場合ですが、自らがいかに正義であるかを説き、対する者がいかに不正義であるかを説いて自らの正義の普及に努めるのは、イデオロギー闘争としては当然のことです。

    MIAUの発起人の方々の主観的意図がどうであれ(主観的意図としては、政治運動だったのでしょう)、MIAUへの賛同者がそれなりに集まったのは、イデオロギー闘争として機能した側面があるからではないか、とwebmasterは思います。あるいは、政治運動としてはほとんど機能していなかったとも。主張への賛同者がそれなりに集まったことを見れば、イデオロギー闘争としては案外成功であったのではないでしょうか。

    以下は蛇足ですが、「それなりに集まった」ことは上記のとおり評価できるでしょうけれども、今後の展望を考えるとなかなか厳しいのではないでしょうか。というのも、デジタルデータとして取り扱われる主としてネット上での著作物流通については、関心を有している人々はほぼ今般で情報が行き届いていると考えられるからです。言い換えれば、今後はそもそも関心を持っていない人々をいかに囲い込むかの段階へ移っていくこととなります。

    MIAUが事実の積上げに基づく論理的な議論展開を図るのであれば、その手の囲込みははかばかしくは進捗しないでしょう。というのも、細かな事実関係を確認したり、議論の論理性にこだわったりするのは、あくまで関心を持っているからこそできることだからです。その手の言論が説得力を発揮するには、まずは関心を持ってもらわなければなりませんが、その手の競争において、

    • 今後のコンテンツ産業の興隆を見据え、中国がネット上での海賊版流通を促進するために著作権法の強化に反対しており、それに加担するのは「反日」「売国」勢力である、といったコピペ
    • 某動画投稿サイトの愛用者が一目惚れしたストリートミュージシャンのため、広告になるかと思いライヴ映像をアップしたところ、悪質なパロディが広がって彼女は傷つき嫌われてしまい、彼女のためにもそのパロディの根絶に立ち向かう、といったD社制作映画、

    なんてものに対抗していくのはなかなかしんどいでしょう。今般のパブリックコメントの数に希望を見出す向きが多いようですが、あれだけの活動を進めているにも関わらず「一万件にも届かない程度のパブコメしか集まらなかった」との切込隊長さんのご指摘はまことに当を得ていると思います。世の中には、数万人規模の集会や署名なんてものはざらにありますが、それが実を結ぶ確率を考えれば、ということです。

    12/13/2007 (11:59 pm)

    「コピーされると儲かるシステムにすれ(命令形)」と故石原潔さんは語りき。

    Filed under: law, WWW ::

     白田氏は、ハーバード大学のウィリアム・フィッシャー教授の説に言及しながら、「ある国の経済規模全体に占めるコンテンツ産業の規模は、おおよそ決まっており推計可能だ。その推計をもとに、税あるいは課徴金として国民が毎年一定額を支出することにより、国民がコンテンツ産業全体を買い上げることができる」と説明する。

     課徴金制度では、ユーザーが納める額は一定で、徴収の段階で誰が何をどのように閲覧したかは問題にならない。これによりユーザーのプライバシーを維持し、「お金を払っていない人にはコンテンツにアクセスさせない」という、本質的には困難であり、取引費用の大きな所有権的アプローチをとる現在の著作権制度とは別のあり方が出てくる、と白田氏は話す。

    「自分の納めた課徴金のうち、『○○パーセントを××というクリエイターに分配する』と指定できる仕組みが確立できれば、クリエイターの側には収入を増やすために、自分の作品を積極的に広める動機が出てくる。本質的にクリエイターは、作品がユーザーの手許に届くことを望んでいるはず。また、情報技術関連のエンジニアは、情報の送り手と受け手の自由をひろめるよう努力してきたはず。こうした積極的な方向への理想や努力を制約する制度は不幸だ」(白田氏)

    「隠す権利」から「広める制度」へ 変化が求められる著作権のあり方(3/3)

    白田先生にwebmasterの案(の基本的な枠組み)を受け入れていただいたようでうれしい限りです! って、先生は「webmasterの案」などご存知であるはずもないのでしょうけれども、フィッシャー教授の代替保証制度の公表に1年近く先立って、実は公表していたのです。今から見れば粗もあり恥ずかしくはありますが(たとえば、著作権者が自らネット上でコピーを繰り返すことへの対策がありませんが、ランダムサンプリングでトラフィックを推計することとすれば、現在の視聴率調査程度には大丈夫かも)、改めて明らかにすれば次のとおりです。

    1. ネット上で流通するデジタルデータについて、ウォーターマークを埋め込むこととする。 そして、データ送信の過程でウォーターマークが流通する回数をカウントすることとする。 今の技術で可能ではないような気もするが、webmasterは文系人間ゆえ、そのうち可能になるものと楽観的に考えてさらに議論を進めると、その回数に比例して国がウォーターマークを埋め込んだ著作権者に金を支払うこととする。 プレーンテキストはどうしようもないのであきらめてもらわざるを得ないが、その他は画像、音声、動画、プログラムなど、どれでも保護対象にできることになるだろう。 これにより、サイトからダウンロードであろうと、WinnyやWinMXなどによるP2Pでの交換であろうと、とにかくネット上で広まれば広まるほど儲かるということになる。

    2. 支払われる金の財源としては、新たな税金を設けることとする。 しかし、エルドレッド法案のように著作権者から徴収するのではない。 基本的には受益者負担が望ましいのだが、あまり厳密にすると負担逃れのためのクラックが横行するリスクがあるし、気軽な試用ができずコピーが阻害されかねない。 したがって、記憶媒体に課税することとする。 コピーして活用する場合には、必ず何らかのメディアに記録する必要があるから、ゆるやかな受益者負担となるし、購入時点で間接税として徴収されるため、クラックをするインセンティブは相当程度低くなるはずだ(愉快犯的な欲求は常にあるだろうからゼロにはならないだろうが)。 バイトあたりいくら、という形が基本だが、記憶媒体の進歩を促すためには、密度に応じて税金をまけてやるなんてことも有効だろう。

    3. このままでは2つ問題が残る。 1つは好ましからざる使用の防止には有効でないこと。 例えばアイドルが自分の写真をアイコラには使って欲しくないということに対しては、ウォーターマークスキームは無力だ。 これについては、基本は現行法制と同様の仕組みで対応することが無難だろう。 つまり、一定期間内は著作権者に使用の差し止め請求権を認めることとする。

    4. もう1つは、フリーウェア作成が停滞するリスクがあること。 なにせ、ウォーターマークスキームにおいては、使う側からすれば直接金を支払わなくてよいという点では、企業製品も個人の作品も変わりがなくなる。 であれば、今は企業製品やシェアウェアに金を支払いたくないがためにフリーウェアを使っている人間の多くがフリーウェアの使用を中止しかねないし、そうすればフリーウェアを作成する気力を失う作者も多かろう。 これについては、国から金を受け取る権利を分割・譲渡可能にすることで対応することとする。 いわばデジタルデータについて「株式」を発行するようなものだ。 自分はお金はいらないから少しでも多くの人に作品を見たり使ったりして欲しいという作者はこの「株式」を利用者に与え、他方で利用者は「配当」を期待して将来普及しそうと見込まれるフリーウェアを使ったり自主的にPRしたりするようになる、という形でのプロモーションが可能となる。

    5. 蛇足ながら、ウォーターマーク埋め込みは義務ではなく権利である。 したがって、例えばストールマンの理念に共鳴してGPLライセンスで自分の作品を流通させたいと思えば、ウォーターマークを埋め込まずそのままネット上で公表すればよい。 ウォーターマークはあくまで国から金をもらうために埋め込むことができるものであり、国から金など受け取りたくないという人に対して同調を強いるものではない。

    書を捨てず、ネットに出よう−「コモンズ/ネット上の所有権強化は技術革新を殺す」(ローレンス・レッシグ著、山形浩生訳)(2003/12/4付)

    といってもこのアイデアも、さらに5年の時をさかのぼり1998年に公表された故石原潔さんのコピーされると儲かるシステムにすれ(命令形)にインスパイアされたもので、まことにネット上での著作権の議論らしくオリジナルが何かということは(少なくともwebmasterにとっては)重要ではありません。より重要だとwebmasterが思うのは、白田先生のご提案の勘所が何かという点で、石原さんのタイトルのようにコピーされればされるほど著作権者が儲かり、著作権者が自ら儲けのためにコピーを促進するようなものでなければならないでしょう。下衆の勘繰りではありますが、白田先生のこれまでのおっしゃりようから察するに、現在の流通業者等が儲からなくなってもかまわないとお考えなのでは、という気がするのです。

    しかし、現在の流通の仕組みによって儲けている者がおり、仕組みが変わることによってその儲けが失われると予測するならば、当然にそれらの者は仕組みの変更に反対するはずです。実際に、儲けが減る可能性が高い者の存在は、次のように十分に予測可能です。

     なぜ、Winnyの音楽ファイルダウンロードがCD売上を減らさなかったのか。田中氏はこの理由として、CD購入者とWinnyユーザーは需要が異なるという仮説や、Winnyには宣伝効果があるとする仮説などを立てる。

     「実際、米国では中堅以下のアーティストがファイル交換ネットワークに作品を流すと、売上が増えるという。トップアーティストの場合は売上が減るようだが……」

    WinnyはCD売上を減らさず〜慶應助教授の研究に迫る (3/3)

    だからといって、そうした反対者を理念的に糾弾したところで(たとえば「自分の利益のために全体の足を引っ張っている」など)、その批判を受け入れても飯の種にはならないのですから、反対は止むはずもありません。あくまで儲かるとのインセンティヴによって賛成に誘導することが、自由なコピーの実現にためには有益でしょう。

    さらに言えば、仮に現在著作権関連の企業の利益がX兆円、消費者が支払っている代金がY兆円だったとして、分配金の学はX兆円ではなくY兆円とするぐらいの思い切りがあれば、導入はさらに早まるでしょう‐現在X兆円しか儲けていないのに、儲けをY兆円(に近い額)とするのは心理的抵抗が大きいとは思いますが、消費者としては今以上の負担を強いられるわけでもなく、他方でコピーの自由が享受できるようになり、現時点でも損はないですし、中長期的メリットは言わずもがななのですから。

    12/06/2007 (11:59 pm)

    HTML要素テスト

    Filed under: WWW ::

    eiji8pouさん経由で。HTML 4で定義されている91要素のいくつを知っているか、5分間の制限時間内に打ち込むものです。

    45 elements remain

    Named so far:

    A, ABBR, ACRONYM, B, BLOCKQUOTE, BODY, BR, CAPTION, CITE, COL, DD, DEL, DIV, DL, DT, EM, FRAME, H1, H2, H3, H4, H5, H6, HEAD, HR, HTML, I, IFRAME, IMG, INPUT, INS, LI, OBJECT, OL, P, PRE, Q, S, SPAN, STRONG, TABLE, TD, TH, TR, U, UL,

    You forgot:

    ADDRESS, APPLET, AREA, BASE, BASEFONT, BDO, BIG, BUTTON, CENTER, CODE, COLGROUP, DFN, DIR, FIELDSET, FONT, FORM, FRAMESET, ISINDEX, KBD, LABEL, LEGEND, LINK, MAP, MENU, META, NOFRAMES, NOSCRIPT, OPTGROUP, OPTION, PARAM, SAMP, SCRIPT, SELECT, SMALL, STRIKE, STYLE, SUB, SUP, TBODY, TEXTAREA, TFOOT, THEAD, TITLE, TT, VAR,

    How Many HTML Elements Can You Name in 5 Minutes?

    唯一の必須要素であるtitle要素を忘れていたのが情けないですorz。blogやってるからですね・・・。

    11/25/2007 (12:04 am)

    タイピングスピード計測

    Filed under: WWW, computer ::

    プログラマは英語に強いのか?英語のタイピング速度チェッカーゲーム*ホームページを作る人のネタ帳にてご紹介の

    を試してみました。

    初見では、

    You reached 212 points, so you achieved position 38923 on the ranking list

    You type 282 characters per minute
    You have 52 correct words and
    you have 1 wrong words

    ということでした。スペース以外の打ち間違いはバックスペースで訂正できますが、スペースを間違って打ってしまうとwrong wordになってしまいます・・・。

    その後も、スコアアップを目指して何度かやってみました。現時点での最高成績は、なんとか次のものまではいきました。

    You reached 258 points, so you achieved position 802 on the ranking list

    You type 348 characters per minute
    You have 61 correct words and
    you have 0 wrong words

    数年前、一時期タイピングソフトにはまっていたのですが、その際には300ストローク@1分を超えるのは日本語(ローマ字)の場合で、英文では200ストローク超えがせいぜいでした。それに比べれば、ある程度は速くなったようです。

    11/05/2007 (11:59 pm)

    荻上チキ「ウェブ炎上」

    Filed under: book, politics, WWW ::

    きわめて皮肉なことに、およそヒトというものが見たいものを見たがる傾向にあることから論を発する本書もまた、その傾向から逃れられないでしょう。本書を読んでなるほどと思うような人は、おそらくは本書を手に取る以前に、漠たるものではあっても同様の問題意識をもっている場合が過半ではないかとwebmasterは思います。といっても本書を腐したいわけではなく、

    • 関連する学説等の紹介が豊富で、そのような問題意識を持っている者が改めて考え方を整理するに役立つ。
    • 「同様の問題意識をもっている場合が過半」であろうとも、全てではあり得ないので、まったくの新たな知識として受け止める者がそれなりには存在する。

    という点に意義があるでしょう。とりわけ後者について、書籍というネットとは異なるメディアで流通することが大いに利いてくるものと考えられます。

    ただ、このように多くの人に読んでもらいたいという観点から見ると、本書には残念な点があるといわざるを得ません。というのも、本書ではサイバーカスケードという現象に多くの紙幅が割かれ、それを客観的に解説するために「炎上」現象への評価は極力中立的であろうと努力がなされているのですが、いかんせん著者が世間的に見れば「左」であることから、おそらくは若干「右」側に踏み込まねば中立とは捉えられないと考えられるのです。

    端的には、イラク人質事件の取扱い‐これがまた、個別の事象としては、一番大きく描かれていますから‐は、少なからぬ「右」側の論者からはためにする議論と受け止められてしまうようにwebmasterは思います。もちろん、著者と人質たちの見解・立場には相違があるわけですが、それこそサイバーカスケード流に「右」「左」の二分法が支配する世界においては、そのような相違はほとんど意味を持ちません。いわゆる自己責任論への批判としてこのような面妖な概念を持ち出した、などという理解が広まるのは著者としても本意ではありますまい。

    しかし、著者がこの点に無自覚であったとは、webmasterには信じられません。となると、

    • 多くの人が誤解することを覚悟の上で(誤解するような人は、本書を読んだから誤解するのではなく、読む前からそうであるでしょうから)、少数でも理解してくれる人が増えることを望んでのことか、
    • 著者の名前が出た時点で読者層は限られると割り切って、そうした読者層向けに書いたのか、

    いずれかなのかな、と邪推してしまいます。いずれにしても達観でしょう。

    蛇足ながら、当サイトで以前紹介した蒲島郁夫、竹下俊郎、芹川洋一「メディアと政治」との併読を強くお薦めいたします。本書を先に読まれた方にとっては、本書で紹介されるさまざまな理論・仮説について、周辺も含めより多くを知ることができるでしょう。「メディアと政治」を先に読まれた方にとっては、理論を現実に適用することの面白さを味わうことができるでしょう。

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